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ヘクセンナハト・リベリオン ~姫百合の騎士と聖なる魔女~  作者: 吉宮 史
第18章 錬成の魔女(イデアの塔・前編)
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第131話 『声なき声』

 メアという少女に下された、救済による幕引き。その瞬間に偶然立ち会ってしまい、言葉を失うムジカとマリエル。


「メア……」


 それに気づいたヴァレリアは、剣を収めつつ二人へと歩み寄った。少しだけ、表情に出た罪の意識を隠して。


「なぜ来たのです、マリエル」

「それは……。ですがヴァレリア様、なぜあのような事を……。あの子はまだ、子供じゃありませんか!」

「あれはただの器です。残念ながら傀儡と化した彼女の尊厳を守る方法は、もはや救済(サルベーション)のみ」

「うつわじゃない! メアはメアだよ! 白のねーちゃん、あんなにマレフィカの事をずっと大事に思ってたじゃないか!」


 マリエルと共に探していた、ヴァレリアとメア。その二人がよりにもよって戦っていたという事実。ムジカは混乱するよりも、ヴァレリアに対して怒りを見せた。彼女にはアニマが何よりも大事とする、心を感じなかったのだ。


「そうですね……。その思いは、変わりません」

「じゃあ、どーして……」


 その答え、それは簡単に説明できるものではない。道を誤った者にとって、死こそが救い。それは、ヴァレリアのこれまでを形作った理念であった。


「あなたは、忘却化(オブリヴィオ)となったマレフィカを、見たことがありますか?」

「おぶり……びお?」


 忘却。それが何を意味するのか、ムジカには分からなかった。人の持つ温かさに育まれてきた彼女には、マレフィカに待つ暗い運命など知る由もない。

 しばし流れる沈黙。それ以上語らずに黙するヴァレリアに代わり、クリスティアが説明する。


「ムジカ、私達マレフィカはね、死の恐怖や絶望を前にすると、全てを忘れて恐ろしい存在へと変わってしまうのです。私はこの目で見ました。コレットの変わり果てた姿を。そして、私も、もしかしたら……」


 もしイデアの環境下でなければ、自身も忘却化していたかもしれない。それは、未だ次の段階へ至れずにいるマレフィカ、全てに起こりうる絶望。


「そんなコト……でも、コレットはやさしいコレットせんせーだよ?」

「そう、それはロザリーが……」

「姫、あまり喋るとお怪我がたたります。メーデン、こちらへ」

「は、はいっ……」


 ヴァレリアは未だ警戒を解かないムジカを無視し、クリスティアの治癒を再開する。蒼白となっていた顔は少しずつ赤みを取り戻し、なんとか重篤(じゅうとく)な状態は脱する事ができた。


「私の魔法は宝石の力によって効力が増します。治癒を司るのは真珠、アルガリータ。しかしすでに力を使い切り、輝きが失われてしまった。次に何かあっても助ける事は難しいでしょう」

「はあ、はあ……。感謝の言葉もありません、ヴァレリア」

「今はこれが限界です。しばらくここで安静にしているように」

「おひめ……。そのケガ、メアがやったの?」


 ムジカの問いに、ただうなずくクリスティア。だが彼女は誤解のないようにさらに付け加える。


「私は戦いに負けただけ。もし私の奥義が決まっていれば立場は逆だったでしょう。ムジカ……メアを恨んではいけませんよ」

「うん……」


 ムジカは一向に動かなくなったメアに駆け寄ると、光の無い瞳でどこか一点を見つめ続ける彼女を抱え上げた。


「ごめんネ、ムジカもいっぱい痛いことしたよね。キミを助けたかったんだ……ごめんネ……」


 クリスティアもまた、そんなムジカと同様にメアの亡骸の側に向かう。そして自分の弱さを教えてくれた彼女に最大の敬意を払いつつ、空をさまよう魂に向け祈りを捧げた。

 マリエルはその様子を見つめながら、ヴァレリアに対して問いかける。


「あの、アルブレヒト様はどこへ……? ここには、彼もいたはずです」

「司徒アルブレヒト……彼は、しかるべき報いを受けました」


 その答えは、彼女の持つ人に対する二面性とも呼べる無慈悲さを物語った。


「そんな……。ヴァレリア様は、何故マレフィカしかお救いにならないのですか? 世界にはたくさん、苦しんでいる人がいます。その力を何故……」

人間(ひと)は人間が救えばいい。私たちは……どう足掻いても魔女なのだから」


 ヴァレリアはそう冷たく言い放ち、思わず顔を背ける。


「そんな言葉、ラクリマが聞いたら……きっと泣いてしまうでしょう」

「彼女はもういません……お姉様達も。ならば残された私は、復讐に生きるのみ」

「ヴァレリア様……」

「私の役目は終わりました。姫、申し訳ありませんが、助力はここまでとさせて下さい」

「ええ……残念だけど、これ以上を望める立場ではありません。あなたはよくやってくれました、ありがとう」


 もうここに用はないと、ヴァレリアは(きびす)を返し立ち去ろうとする。それにはマリエルもどうすべきか迷ったが、彼女の後に続いた。今この方を一人にしてはいけないと。


「白のねーちゃん、行っちゃうね……」

「塔の制圧は完了しました。もう戦闘もないでしょう。ですが、上にはまだパメラが……。ムジカ、ここは大丈夫だから、行ってあげてちょうだい」

「アリアってひとのとこ?」

「ええ」


 クリスティアはまだやるべき事があるとムジカに伝えた。パメラが上階へ向かってから、かなりが経つ。考えたくはないが予期せぬ事態が起こっている可能性があった。ムジカの力なら、閉ざされた強固な扉も破壊できるかもしれない。


「あ、あの、でしたら私も……聖女さまの所へ……!」

「メーデン?」


 倒れたグリエルマを看病していたメーデンが、恐る恐る連れて行って欲しいと願い出る。そして、上に向かおうとするムジカに強引に寄り添った。


「わっ、なんだオマエ!」

「置いて行こうとしてもダメです! もう離さないんですからー!」


 メーデンはムジカに抱きついては、気持ちの悪い声でまくし立てる。


「ン? くんくん。このニオイ、オマエかー! ずっとくさかったんだゾ!」

「臭いのお嫌いですか? でも、あなたもすぐに癖になりますよ。ほら、胸をこうやってバフバフすると、甘酸っぱいニオイが上に昇ってくるんです。これ、急に痩せた事で起きるダイエット臭とも言いまして、それがもうやみつきで。でもー、帰ったら聖女さまと一緒にお風呂はいるんですよ。ああ、きっと聖女さまの甘い匂いと、私の目にしみるような体臭が絡まって……うぇひ」

「きもちわるいー! いいから離れてー!」

「ぎゃへー!」


 ムジカはその怪力で、まとわりつくメーデンを突き放す。その際、二人の手と手が触れ合った。


((――誰か! この声が聞こえますか! 聞こえているなら、ボクをイデアの塔に連れて行って!))


 そんなやり取りの途中、謎の声がムジカに届いた。なんだ今の声は、とムジカは声の主を探るも、その場にそれらしき人物は見当たらない。


「せい、じょ……だと?」


 その一方でメーデンの放った大声が、ふとヴァレリアの耳にも入る。馬鹿騒ぎと共に聞こえてきたのは、紛れもなく聖女という言葉。


「ヴァレリア様、どうかされましたか?」

「まさか……」


 下へと向かおうとしていたヴァレリアは振り返り、騒がしいメーデン達の会話に耳をそばだてる。


「うぇひひ……。まずはお互い洗いっこするんです。へんな所にさわっても仕方ありません、綺麗にするためですからね。もちろん一番大事なところは、ちょっと念入りに。ツバには殺菌作用がありますので、もしかしたら、直接塗り込む必要があるかもしれませんねぇ……ぐひっ」


 しかし耳に届くのは、垂れ流されるメーデンの赤裸々な妄想。ヴァレリアは盗み聞きした事を後悔し、顔を紅く染めた。


「メーデン! ちょっと静かにして! アレ? 聞こえなくなった……」

「何の事でしょう、ムジカ」

「今、男の子みたいな声がしたノ。たぶんニンゲンじゃない、どうぶつ達の声。そういう声が聞こえるのがムジカの力なんダ」


 それならばとクリスティアは、メーデンの手を再びムジカへと繋ぐ。


「では、これでどうでしょうか」


((誰かお願い! アリアの所にボクを連れてって!))


 また聞こえた。メーデンの異能により、ムジカの異能(マギア)獣言語(バイリンガウ)が目覚めたのだ。

 それは切迫(せっぱく)した様子で遠くから声を上げている。ムジカはメーデンの手を取って、外の景色が見える塔の端まで急いだ。


「は、速いですっ、手がちぎれますーっ!」

「キミはダレ? ムジカに何かようなの!?」


((キミは……。もしかして、ボクの声がきこえるの?))


「聞こえるヨー!」


((やっぱりここに来て良かった! さっき、キミの遠吠えがこっちから聞こえたんだ。もしかしたらって思って近くまで来たんだけど、イデアにはボクは入れない。魔力でできた生き物だから……。でも、一刻も早くアリアに会わないといけないんだ!))


 その声は、ムジカにも分かるように置かれている状況を説明した。しかし隣のメーデンには、どこからか獣のうなり声が聞こえるだけである。


「んー、入れないのか。じゃあどうすればいいの?」

((そこで頼みがあるんだ、最上階にあるイデアの制御装置を壊してほしい! そしたらきっと、魔力を抑える力もなくなるはずだよ!))

「壊せばいいのか。それならカンタン。ムジカにまかせてー!」

((頼んだよ。キミに会えて良かった!))


 ムジカは何者かと独り言のように会話している。掴まっていたメーデンは次第に嬉しくなって、どうでも良い事を喋り出した。


「あの、あなたも一人で会話するクチでしょうか……、うひっ、実は私もなんです」

「ン? どっかでどうぶつの声がするでしょ? その子と話してたノ」

「ほえ? 頭の中に動物を飼っているのですか? わ、私もっ、ラビちゃんというイマジナリーフレンドをですね……!」

「そうじゃないノ、ほら、外から鳴き声がしてたでしょ?」

「おおお……」


 動物と話すケモノ耳の少女ムジカ。幸か不幸か、メーデンの偏った趣向にそれは深く刺さった。彼女はこれまで動物の要素を持つ少女の事をケモっ子と称し、しばし空想に登場させては歪んだ愛情のはけ口としていたのである。


「んひぃー、リアルケモっ子、かわいいぃ……♥」

「ほら、もう行くよ!」


 うんざりしたムジカは目をハートマークにしたメーデンを振り回しながら、再びクリスティアの元へ戻ってきた。


「じゃあ、おひめ、ムジカ行ってくる!」

「はい、どうか、パメラの事を助けてあげて……」


 ウン! と自信たっぷりにムジカは答えた。そして、もう仲間のピンチに間に合わないなんてイヤだと全力で階段を上っていく。もちろんメーデンは引きずられるようにその後をついていった。


「聖女さまー、今行きますー!」


 メーデンの間延びした声が塔に響く。その時ヴァレリアは確信した。先ほど下層にて出会った、この場所に似つかわしくもない、あのか弱い少女こそが聖女セント・ガーディアナだったのだと。


「見つけましたよ。聖女ガーディアナ……」

「ヴァレリア様……?」

「マリエル、気が変わりました。やはり救う事にします。魔女を……、いえ、世界を」

「ヴァレリア様……!」


 密かな決意を秘め、白の外套を翻し最上階へと向かうヴァレリア。やっと自分の気持ちが通じたのだと、マリエルは少し誇らしくなってその後を追った。


 彼女によって救われる世界。それは、最も弱き少女、ヴァレリアただ一人の世界である事も知らずに。


―次回予告―

 それは同情? それとも、憐憫?

 違う。欲しいのは共感。ただ、共に感じること。

 だから二人で、天国へと堕ちましょう。


 第132話「純愛」

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