第126話 『悪魔』
イデアの塔、十階層外周部。
囚われのマレフィカ達を救出したのもつかの間、突如として現れた襲撃者メア。彼女はその人間離れした体を不気味に駆動させ、リュカとムジカを沈黙せしめる。
そんなメアと一人互角に交戦していたコレットだったが、未だ攻略の糸口を見つけられずにいた。
「状況分析完了。正体不明の影、太陽光10万ルクス照射下において弱体化。つまり、自らも白熱化する事により回避可能」
「くっ、このままでは……!」
メアは暗闇の手から自由となり、攻撃に転じようとしていた。彼女の指摘通り、自分は闇の住人。太陽に近いこの場所ではやはり決め手に欠ける。リュカの技も、ムジカの力も当てにしたい所だったが、負傷した体に無理をさせる事はできない。
「ここはわたくしが何とかします、あなたたちも逃げなさい!」
「コレット、あたいはもう大丈夫だ。ムジカ、お前もいけるか?」
「おおー、こんなノ、どってことない!」
「あなたたち……」
窮地のコレットを助けようと再び二人も立ち上がる。ヴァレリアの治癒により、その傷は大方塞がっていた。
「はあぁっ! 闘攻拳影!」
リュカは呼吸を整えると、自らの怪力の点穴を突き一撃必殺を可能とする状態へと入る。ムジカもそれに続き、再び獣化した。しかし、いつもの半分程度の変化である。体型はそのままに、獣の特質を合わせ持つ半獣化。身体能力と共に理性をも獲得した、バランスのいい形態といえる。
「ハーフライズ、にゃーお!」
「なんてかわいらしい姿……。あなた、そんな事までできたのね」
「今は猫の手も借りたい所だ。いいじゃないか!」
その姿は、まるで猫人間。ムジカは猫型の獣人と獅子型の獣人とのハーフであるため、このような芸当ができるのだ。
「コレット、あたいらの攻撃なら奴に届くはずだ。もう一度、捕まえておいてくれ」
「え、ええ、私の技が通じるかは分かりませんが……。ですが、いいのですか? あくまであれはメアだと……」
「ああ、拳で語る。こうなったらそれしかないだろ!」
「うン! メアに声、届かない、だから、めっ、てする!」
今までもそうだったように、この子達の答えは結局こうなるのだ。コレットは諦めたように笑みを浮かべると、奈落の底から再び闇の僕を呼び出す。
「来なさい、奈落の口!」
主人の呼び声と共に、メアをめがけ奈落から大量の悪霊が解き放たれる。それは光すらも届かぬ暗闇を纏いながら、その体を侵食していった。
「不可解な現象を確認、敵技能における驚異レベル特A。回避行動に移る」
メアは先程と同じよう、最適な行動を取り逃れようとする。これは生命ならば誰もが持つ幽体と強く結びつき、生命力を削り取る類いの術。つまり霊魂の力であるなら、命の理の外にあるメアにとっては与しやすい力でもある。
「遠隔操作モードへ移行。白熱化、最大出力」
「させるかぁ!」
リュカはそこへと追い打ちをかけるように、七人の仙者との修行で新たに身につけた最大の奥義を繰り出した。
「八仙天龍拳奥義、因牙旺砲ぉ!」
彼女は爆発させた気を両の拳へと集め、それを掌から放つようにしてメアへと向ける。
「熱源感知、回避不能」
それは青白い光となり一直線に放出された。波動となった気がメアの胴体を轟音とともに貫く。しかしメアは寸前で暗闇から抜け出す事ができたため、その衝撃を全て受ける事はなく吹き飛ばされた。
「ガッ……」
メアの服は消し飛び、そこからヒビが入った機械の体を露出させる。リュカの気は確かに強化外装の奥、コアである中枢部へと届いていた。
「胸部ニ甚大ナダメージヲ確認」
「ムジカ、次だぁ!!」
「ウオォォォ!!」
リュカの後ろから、間髪入れず雄叫びを上げながらムジカが飛び出した。同時に数キロ先まで聞こえるかのような咆哮が轟く。
「状況解析不能……オトウサマ、命令ヲ」
メアの鼓膜にあたる集音装置はそれに耐えかねエラーを起こした。何者かとの通信が途絶え、それまでと一転、取り乱すメア。
「メア、元にもどれ! アニマライズ、ハンマーー!!」
半獣化した肉体により、吹き飛んだメアを越える高さまで跳躍したムジカの渾身の圧撃が振り下ろされる。
「対象の質量と速度から運動エネルギーを算出……危険、こちらの耐久性を凌駕」
メアはそれを両腕で受け止めるも、そのまま勢いよく床へと叩きつけられた。その余波にそこから先の螺旋通路は崩落し、塔は大きく揺れる。リュカはそこから落ちまいと、浮遊するコレットにしがみついた。
「コレット、助けてっ!」
「ちょっと、スカートを掴まないで!」
二人は恐る恐る煙りの晴れた先を見る。すると十一階へと続く通路はすでになく、階下には瓦礫の下敷きになったメアが倒れていた。
「やったのか? というか、やっちまったな……」
「大丈夫かしら……。彼女、人間離れしていましたが、これはさすがに……」
衝撃の反動でこちら側へと着地したムジカ。彼女は余裕の表情でピースサインを作る。
「うン。たぶんダイジョブ。全力じゃないもん」
「手加減したのね、偉いわ」
すっかりコレットはムジカの保護者気取りである。彼女がムジカの猫のような頭を撫でてあげると、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉が鳴った。
「よしよし、帰ったらお勉強も頑張りましょうね」
「えへへ、ムジカもなでなで。おおー? コレットせんせー、血がでてるゾ」
「お前……よく見ると頭割れてないか? それに足も曲がって……。お前こそ人間離れしてるじゃないか、うげー」
おそらくメア襲撃の際、空中から地上へと落下したのであろう。血まみれになりながら平然としているコレットに対し、その顔を歪ませるリュカ。
「失礼しますわね! あなたもコレット先生の教育部屋行きですから。楽しみにしていなさいな」
「なんだそれ怖いな! あたい、仙者の筆記試験に落ちて妖仙になっちゃったんだぞ! 勉強なんかするくらいだったら、家出してやるー!」
「そんなくだらない理由だったのね。あなたらしいというか……」
冗談をかわしながらコレットは思案する。先程の異形とも呼べる機械人形。話に聞いていたメアの情報とはあまりに違っていた。そもそも、ここまで飛んできた時点で普通ではない。
(ロザリーさん……いえ、まだそうと決まった訳では)
情報を集めるためコレットはそのまま下へと降り、無事かどうかを確かめる事にした。
「動かないわ、気絶しているようね」
メアの下半身は瓦礫に埋まっていた。コレットはそれを引っ張り出そうとするが、余りの重さにひとまず諦める。
「まるで、鉄の塊のよう……」
すると、周辺の瓦礫をかき分けようとしていたコレットの近くで、突然電子音が響いた。発生源は当然メアである。リュカもムジカもそれに気づかずにやって来ていた。
「起爆装置、起動。接続部、解除」
「メア……!」
コレットは悪い予感がして身を防いだが、すでに遅かった。彼女はロザリーの時のように爆薬を仕込んでいたのだ。
「おーい、どうだー?」
「あなたたち……逃げっ」
塔の一部で大きな爆発が起きた。それは外周一帯を吹き飛ばし、その衝撃で残っていた通路も一斉に崩れ落ちる。
悠然とそびえ立っていたはずの聖塔も、すでに半壊状態である。地上にいた者達は降り注ぐ瓦礫に追われ、その場からの避難を余儀なくされた。
不吉な爆発音が遠くから聞こえる。ディーヴァは降りてきた全てのマレフィカ達や民間人を保護しながら、仲間達の状況を案じていた。自分から買って出た役目だが、仲間達の下へすぐに駆けつけられない事がもどかしい。
「一体、何があった……?」
先程の爆発は、この下層部分ですらグラグラと揺らす程の衝撃だった。天井からはパラパラと細かな砂が落ち、それは次第に大きくなっていく。カノン砲を爆破させた事や度重なる戦闘で、内部はすでにボロボロの状態となっている。
「これ以上ここに留まるのは危険だ、塔外まで退避する!」
ディーヴァは人々を誘導し、塔の外へと避難させていく。その時、塔の防衛機能が作動したのか、侵入者用のトラップが発動した。
「急げ、何かが動き出した!」
彼女の予感通り、最後の救出者を塔から脱出させると同時、二階と三階を繋ぐ階段が崩れ落ちる。怪我人がいなかった事にディーヴァはほっと胸をなで下ろすが、これで塔の内部は完全に孤立状態となってしまった。
「これは、あいつらの脱出手段を作らねばならんな……だがまずは、民間人の救出が先だ!」
ディーヴァは回収した鉄球で、塔の入り口に積み上がった瓦礫を吹き飛ばした。流石はアバドニウム鉱を磨いて造られたという彼女の相棒、多少の無茶にも傷一つない。
「よし、出口は確保した! 慌てずに脱出するんだ!」
地上ではすでに退避が完了しており、ガーディアナ兵も全て制圧されていた。そこにいたクロウやヘクセンナハトの兵士達が心配そうにディーヴァを出迎える。
「クロウ殿、無事だったか! それにお前達も……!」
「ああ、負傷者は出たが、とりあえずな。まずは一度ここから避難しよう、あとは中の皆にまかせるしかない」
「くっ……」
歯がみするディーヴァ。そんな中、最年長のマレフィカであろう一人が慌てて声を上げた。
「マリエルが……マリエルがいない!」
「何!? ここにいるのが全員ではないのか?」
「そういえばあの子、ヴァレリア様の事をずっと気に掛けて……」
他の皆もざわめきだす。そして、誰もが半壊した塔を見上げた。すでに彼女がいたであろう外周の通路は崩れ落ちている。普通ならばまず助かりはしないだろう。
「ヴァレリア様を助けに行ったんだ……私達が置いてきちゃったりしたから」
誰かの言葉と共に重苦しい空気が流れ、その場にいた皆、黙り込んでしまう。
そんな沈黙に耐えかね、ディーヴァが口火を切った。
「クロウ殿、彼女達を頼む。ここは私が行こう」
「ディーヴァさん、すまん、頼りっぱなしで」
大丈夫だ、と手をかざして見せ、ディーヴァは土煙の塔の中に消えていった。
「まったく、いくら何でも勇者すぎるだろ……」
クロウは制圧したガーディアナ軍の馬車を奪い、百人を越えるマレフィカ達をそれらへと乗せる。そして待機させておいた自軍の馬車と共に、クリスティア達の帰りを待った。
「これで、あとはアリアだけか。任せたぞ……みんな」
できる事は全てやった。そう、ここからは魔女達の戦い。それは彼女達、魔女にしか終わらせる事はできないのだ。
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「ふぅっ! ううっ」
イデア最上階、その中央の制御室では、艶めかしいアリアの嬌声が響いていた。
「ねえ、まだ、なの……?」
終わることのなく押し寄せる波に、彼女は一人うつ伏せで悶え続ける。次第にその高まりに堪えきれず、一際高い声が上がった。
「あっあっ、ああぁーっ!!」
息も絶え絶えとなりながら、アリアはシーツを掴んだ。そこには、今までも同じように為すがままとなった印、くすんだ“色”が刻まれている。
「……っ!」
再び、襲い来る情動。果てを迎えてもなお、その現象は続いていた。
「……!?」
その時、どこかで爆発音が響いた。今日は明らかに普通ではない。あれだけいた人の気配は失われ、すでにマレフィカ達の力も感じない。世界から一人取り残されてしまった様な気がして、アリアは心の拠り所を求めた。
「あなたは……どこへも行かないの?」
アリアは自身に向けて、そう問いかけた。自身の中の何かは、それに対して頷く。すると、また激しい波が襲いかかる。
「んっ!」
これは、儀式により魔力を送り終え疲労した状態となると、いつもアリアに襲いかかる現象である。まるで、見えない何者かによって蹂躙されるような時間であった。
それは確か、十二歳の初潮を迎えた頃から始まったと記憶している。そう、ここに閉じ込められてしまってから、十九となった今でも、毎日のようにアリアの魂はそれに囚われていた。
「ああ、許して……ゆるして……」
彼女はその正体を知っている。自分がこの世に解き放ってしまった悪魔。大聖堂の魔導書に封印されていた邪悪な獣 “ベリア”。
「あああっ!」
アリアは永遠とも思える時の中、この悪夢の始まりを思い返していた。
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かつての救世戦争にて地上に出現し、蹂躙の限りを尽くした悪魔。その多くは長い戦いの果て、女神サイファーによって封印された。あらゆる邪悪を自らの中に封じるといわれる|魔導書“ソロモンズアーク”によって。
それは神話の時代にこの世に散らばった、聖櫃の力を持つ聖遺物でもある。悪魔達の眠る魔導書は、古代よりそれらの管理を担う神官達の手によってフェルミニアの地へと厳重に保管された。
それから時は経ち、ソロモンズアーク監視のため建てられたフェルミニア大聖堂にて、一人の少女が生まれる。
聖櫃の管理者、由緒あるロンド家の長女、アリア。この娘は近年続発する不気味な力を持ついわゆる忌み子であったが、その事実は両親の賢明な努力で表沙汰になる事もなかった。
アリアは時折、大聖堂の地下から聞こえてくる“声”を聞いた。それは、美しく淫靡な、男性とも女性とも判別のつかない声。並外れた魔力を持つ彼女なればこそ、封印獣のかすかな声を聞くことができたのだ。
声は幼い彼女にあらゆる知識を授けた。数多くの悪魔、それら全てと繋がる事のできるその魔導書は、その一冊だけで自分だけの図書館へと変わった。
アリアは悪魔から知識を得る事を喜びに、魔導書は、彼女に知識を与える事を喜びに、やがて、二人の間には確かな友情が芽生えていく。
父と母に隠れ、そんな少女時代を過ごしたアリアだったが、その運命を大きく変える出来事が訪れた。
忌み子を生んだ母親の命はそう長くない事が多い。少女に思春期が訪れる頃、それはやって来た。母を誰よりも愛していた少女は悲嘆に暮れる。しかし、そんな彼女に大聖堂の魔導書は悪魔の声で甘く囁くのである。
『愛する者と、再び会いたくはないか?』
幼い好奇心と母への恩愛は、その誘惑を止められなかった。度重なる誘いに負け、彼女は自分の魔力をその本に注いでしまう。かくして、封印されし悪魔は再び漆黒の翼を開き、無垢なる世界へと解き放たれた。
すでに肉体を失っていた悪魔は、無限魔力を持つ持つ幼いアリアの中へと宿る。それが、対価として要求された悪魔との契約。
しかし、いつまで経っても母は帰ってこなかった。ただ、己の中に住み着き詭弁を繰り返すのみ。真実を問いただすアリアに悪魔は語った。何度目かも分からぬ偽りの言葉を。
『嘘ではない。それには命が、足りないんだよ』
やがて魔導書の封印を解いた罪から、アリアはマレフィカ初の異端審問を受けることとなる。結果は、有罪。アリアの父は聖櫃管理者としての責任を問われ、火刑に処されてしまった。
目の前で炎に焼かれる父。その断末魔の中でアリアは、再び悪魔の囁きを聞く。
『そうだ。この世界を生け贄に、二人を蘇らせよう』と――。
すでにもう、色を失っていた世界に興味などなかった。アリアはその瞬間、悪魔に全ての魔力を預け、意識を失う。
目を醒ますと、数万の軍勢が自分を取り囲んでいた。
そして出会った、あの聖なる少女。
まばゆい光が、色の無い悪夢を彩った。
次に目覚めた時、彼女はイデアの塔にいた。
ガーディアナの司徒マルクリウスによって、そこで初めて自分のやった事を聞かされる。お前はあろう事か、都市を一つまるごと消し去ったのだと。
破滅の魔女という呼び名で呼ばれるようになったのは、その時からか。その後、この地に幽閉され、今に至る。それが、彼女の全て。
気づけば、涙が流れていた。これは、忘我の境を重ねたが故のものか、空っぽの心が流したものなのか、アリアには分からなかった。
一つだけ確かな事。悪魔は自分の中に存在する。そう、私こそが悪魔なのだ。
彼女は、すでに色褪せた外の世界になど出るつもりはない。ただ、この悪魔とここで枯れていく事を望んでいた。
「私は、破滅の魔女。だったらこのまま、一人で破滅すればいい……」
―次回予告―
弱き者は強き者に惹かれ、強き者はより強き者に惹かれる。
そうして取り残された、最後の欠片。
それすら救う事もできずに、誰も理想を語れはしない。
第127話「侍女」




