第122話 『ヴァレリア』
ルビー砦での騒ぎから一夜明け、空が白み始める頃。辺りに勇ましい戦いのドラが鳴った。それを合図に仮眠をとっていた兵士達は一様に砦前にて整列する。これから本当の戦が始まるのだ。
「よし、どいつもこいつも言い面構えだ! これよりイデア攻略作戦を開始する。先発隊、前へ!」
「「はっ!」」
すっかり鬼軍曹と化していたディーヴァに、クロウは天性のものを感じずにはいられない。脳天気な性格の彼には、これは勤まらないだろう。
「しかし、こういうの似合うな、あんた……」
「クロウ殿が任せたのではないか、まったく。ほら、我々も行くぞ」
「では姫、俺たちは先に行って奴らに風穴を開けておきます。あとは作戦通りに」
「頼みましたよ、二人とも」
戦力の核となるクロウとディーヴァは先発隊として、兵を引き連れ出発した。
「皆様、とりあえず最初の戦闘は彼らに任せ、ある程度鎮圧した状態で私達は乗り込みます。いかにマレフィカとはいえ、イデアでは一兵士に過ぎない事を肝に銘じておくように。それと、パメラさんは私のそばにいて下さい。この名にかけて全力でお守りします」
「う、うんっ」
「あなたに何かあっては、ロザリーに顔向けができませんものね」
少しばかり妬くような言い回しであったが、それは素直に絶対に守り通すという意思の表れでもあった。そんなクリスティアの言葉にパメラは安堵する。
「さあ、では私達も参りましょう。皆様、何があっても必ず、命を優先して下さい!」
「向こうでは魂の輪廻、つまり蘇生は使えません。それは考えないように願いますわ」
「ああ、大丈夫。あたいらは何も、カオスに頼ってばかりでここまで来た訳じゃない」
「うン! ムジカ、いっぱい暴れてやるー!」
気持ちを一つにし、勇ましく馬車へと乗り込む魔女達。席に着いたグリエルマは、イデアの塔内部を書き記した紙を広げ最終確認を行った。
「イデアの構造は皆、頭に入れたかな? 全てで12階層あるが聖女よ、君が目指すのは最上階。道中は姫と我とで護衛する。そして各階のマレフィカはコレット達が解放に向かう。中には協力してくれるマレフィカもいるだろうが、過信は禁物だぞ」
「うん。最上階は全部アリアの部屋になってるんだよね?」
「その通りだ。聞いた話では、ほぼ図書室となっているらしい。そこの中央にイデアの動力源があり、触媒となっているアリアも居るはずだ」
「アリア……」
いよいよだ。ここのマレフィカを全て解放すれば、ガーディアナの過ちを一つ正せる事になる。これがその第一歩だと、パメラはフェルミニアに向かう道の先を見つめた。
************
赦罪の日。ようやくこの時が来た。
魔女の呪い、その全てにケリをつけ、この日のために技も磨いた。これでようやく、長きに渡る孤独も癒やされるだろう。
「ルシフェル・ウルト。お姉様方……私に、力を」
銀の鎧を身に纏う、やや小柄な少女。彼女は白の外套を翻し、周囲に目を光らせるガーディアナ兵めがけ突撃した。
「ふっ」
少女の剣は、銀の光を湛えながら白夜に踊った。その刃は静謐な夜を犯さぬよう、対象の首元だけを切り裂いていく。
「かひゅ……」
死を迎えた事にも気づかずに次々に倒れゆくガーディアナの傀儡達。ここ、フェルミニア・ロンデニオン間にて国境警備に当たっていた兵士達は、一人の魔女の急襲によってその全てが壊滅した。
「我が道に慈悲はありません。お許しを……」
少女の進む道。それは何人とも相容れぬ道。
人と魔女、そのどちらも彼女にとっては敵となりうる。人は裏切り、魔女は忘却するからだ。
故に、血のにじむような努力にて彼女、ヴァレリア゠グリューエンは単騎にて師団クラスの戦力を持つ必要があった。怨敵、ガーディアナを、そして、あの裏切り者の首を獲るために。
「この血と……、流した涙、果たしてどちらが多いのでしょうね」
剣に付いた血を振り飛ばし、彼女はそれを鞘に収める。所々に宝石のちりばめられた宝飾剣。質の高い宝石は、時に魔力に変わる触媒となる。
彼女が操るのは、護法剣ルーングリフ。それは、剣閃にて描いた絵のような文字にて、さまざまな現象を呼び起こす戦術。魔法よりも前に発展した古代の術であり、その使い手はおそらく現代では彼女一人であろう。かつてアルベスタンの武芸大会においても振るったその剣術は、まさに今回のために習得したものと言っても過言ではない。
「だけどもう、迷わない。待っていて下さい。ラクリマ……」
少女は回想する。あの、全てを失った日から起きた、これまでの事を――。
確か、あれは6年ほど前になるだろうか。自分の所属していた傭兵部隊明けの明星は、ガーディアナとの最終戦争にて壊滅した。
雇い主であるフェルミニアの腐った王族は、敗北濃厚な戦いをなおも継続し、ただの時間稼ぎの為に手当たり次第に傭兵を雇っていたらしい。その中にはかつての救世戦争を憧れた若い冒険者もいれば、私たちのような新たな力を持つ幼き魔女もいた。
だが、彼女達は諦めてはいなかった。全ては、拾ってくれたあの男に報いるため、がむしゃらに戦った。その働きは次第に王都にまで伸びた前線を押し返し、膠着した状況を打破する程であった。
しかし最後の戦いの折り、ガーディアナは最終兵器を投入した。聖女、セント・ガーデイアナである。
私たち第二部隊はその頃、後方へと控えていたために詳細は分からない。だが、彼女一人によってお姉様方は敗北し、その姿をあのおぞましい異形へと変えた。
それからの事は、全てが聞いた話だ。
全ての元凶であるあの男、ジューダス゠グリューエンはガーディアナへと寝返り、捕らえられたお姉様方は実験施設へと送られた。だがオブリヴィオなどを人類が操れるはずもなく、施設は破壊され、お姉様方は各地へと散り散りとなる。
そこでの生活はおそらく、辛く、苦しいものだったのだろう。彼女達はその後、人と関わる事のない土地で、自らの朽ちる時を待った。
しかし、文明の地にある以上、どうしても人との接触は避けられない。彼女達は、世にも恐ろしい小さな伝承として各地に伝わっていた。
黒の獣の伝承。鉄機兵の伝承。怪鳥に毒蜘蛛、そして小さな操り人形の伝承など、運悪く彼女達に遭遇した者は、数々の犠牲を払う中で決して関わるべきではない禁忌として土地土地の集落へと語り継いだのだ。
私はそれらをつなぎ合わせ、生き延びた第二部隊の仲間と共にその足跡を辿った。
その後の詳細は語る気もない。なにせ、それを覚えている者はもういないからだ。この私以外には。
そう、数えればキリがないほど、私は一人、オブリヴィオとなった魔女を葬ってきた。
おそらく、それが誰だったかは闘えば分かった。中でも黒の獣、ジャバウォックは凄まじい強さで私を圧倒した。第一部隊長、アレグリア。当時、第二部隊の落ちこぼれである自分には、全てが敵わない雲の上の存在である。しかし、いつまでも過去の私ではない。マギアに目覚めた私はそれすらも凌駕する天恵を得、ついに彼女を超えるに至った。
それを最後に、私の長い弔いは終わった。……だが、私の一番会いたい人はどこにもいなかった。そこに、友人ラクリマの変わり果てた姿はなかったのだ。
彼女は、落ちこぼれ第二部隊において長く一緒にいた妹だ。年は一つ下で、誰よりも優しく、全くマギアに目覚めない私にも優しくしてくれた。
それが、よりによって、最後の戦いに衛生班として選ばれた。彼女は特に、あの男に気に入られていた気がする。私は彼女がいつも手にしていた医療用の手記に合うよう、最後に白鳥の模様をあしらったペンを贈った。彼女は、自分がアヒルからようやく白鳥になれた事を喜んでいた。これは、私たちの自虐めいた俗称。第一部隊を白鳥、第二部隊をアヒルと呼んでいた事に由来する。
そんな彼女の行方。それは誰にも分からない。だが異形にも変わらずにあの地獄を生き抜いたとなると、ずば抜けた能力だったのだろうと推測できる。……そう、魔女アリアにも匹敵するような。
だとしたら答えは簡単だ。彼女は、イデアにいる。
私達が異形に変わる事を恐れたガーディアナが造り上げた、魔女の監獄。そこに、私のラクリマがいるのだ。
これで、私の孤独な旅もようやく終わる。
そうしたら、何をしようかな。そうだ、二人で普通の女の子としてこれまで出来なかった事をしよう。お買い物をするのもいい。思い出の海に行くのもいい。そして、夢にまで見た、デート……なんかも。
「はっ……私は、何を……」
少し肌が熱くなってきた事を自覚し、ヴァレリアは意識を現実へと戻した。
「そうだ、早く次の行動に移らないと」
周到に練った計画通り、夜半にて国境の砦を越える。そこには最低限の兵が駐屯するのみだが、本国への連絡を絶つため、一人として生かしてはおかない。
次に明け方頃までに、イデアの塔へと乗り込む。今イデアを守るは、青二才の集まりともいえる兵と司徒のみ。一師団に匹敵するこの剣技にて、全てを斬り伏せる。そして、そこに捕らわれるマレフィカを全て救い出す。
そう、この私一人で。
「……あとは、彼女か」
しかし、破滅の魔女アリア。これだけが不確定要素である。
彼女は世界を呪い、大いなる裁きを下した。その結果、自らはもとより魔女全てが、その不幸に感染したといっていい。斬り捨てるには充分すぎる理由がある。
「そう、私は……魔女を救う者。彼女とて、例外ではないはず」
指先が震えていた。それは恐怖によるものか、武者震いの類いか。今は決起前の高揚した精神状態により判断はつかない。
だがなぜだろう。いつからか、自分は弱くなった。忘却化した姉は、皆眠った。そして本当の意味で一人になった。その事が心許ないのかもしれない。
(それは、あの人に……出会ったから?)
今も胸に残り続ける情愛。それは、マレフィカのマギアを、想いに変え戦うあの女の欠片。彼女の周りには、愛される喜びを知るマレフィカがいた。自身が人生を賭け相対した忘却ですら、その愛の前には障害ですらない。
(……あり得ない。私は忘却を忘却で塗りつぶす事でしか前へと進めなかったというのに)
価値観が一変した。もっと早くに出会いたかった。だが、その胸に飛び込むには、自分はすでに穢れすぎている。
だが、彼女はきっとそれすらも受け止めてくれるだろう。それでも、この道を歩む誓いに背く訳にはいかない。私は、独りでやり遂げるのだと。でなければ、孤独に死んでいった姉達に何と言えばいいのだ。
(魔女は、呪われた存在。それでいい、そうでなくては……)
押し寄せる後悔と恋慕に負けそうな自分に言い聞かせながら、彼女は夜道をひた走った。
やがてフェルミニアの山道に入り、だんだんと気温は下がる。八月でありながらこの悪寒にも似た肌寒さに、ますます彼女の気は滅入った。ああ、人肌が恋しい……と。
そんなとき、後方から力強い蹄鉄の音が響いた。
「な……! 追っ手……?」
ならば、全て……斬るのみ。
ヴァレリアは振り返り、再び剣を抜いた。この一騎当千の魔法剣を、激情のままに振るうべく。
************
ヘクセンナハト先発隊はすでに国境を抜け、予定より早くフェルミニア領へと到達していた。と言うのも、立ちふさがるであろうはずの警備兵がすでに全て倒されていたからだ。ディーヴァは不審に思いながらも、そのまま山道を走らせる。
「ん、まて! 誰かがいる!」
しかしその途中、行く手を遮る謎の少女に出会った。
剣を抜き、物々しい雰囲気を見せる彼女。この状況から察するに、先程の警備隊はその少女一人に倒されたと見た方がいい。ディーヴァは馬を止め、一人前へと出る。
「貴様、何者だ!」
「追っ手……ではなさそうですね。ならばあなた方……一体何が目的です? このままフェルミニアに攻め入るつもりですか?」
「貴様こそどうするつもりだ、一人で国境を抜けるなどと大胆な……」
「そうか、あなた……マレフィカですね」
ディーヴァをマレフィカであると理解した少女の表情は、幾分か和らいだ。そして素直に武装を解き、対話を試みてきた。
「この先はイデアの塔。マレフィカが多く囚われる場所。……私はこれから、そこを攻めるつもりです」
「なんだと……」
その様子から、どうも敵対する勢力ではないようだ。それどころか目的を同じとする少女に並々ならぬ覚悟を見いだしたディーヴァは、ひとまず彼女に同行する事を求めた。
「それは自殺行為に他ならん。ひいては我らの作戦すら台無しになる可能性がある。正直に言うと、私達の目的もお前と同じものだ。そう言う君もマレフィカだろう。どうだ、ここは一つ我らと共闘するというのは」
「私は……」
少女は、あくまで一人でやり遂げるつもりであった。だが、一年で最も手薄になる日とはいえ、一人の力ではやはり無謀である事も理解していた。失敗すれば、目的とするマレフィカにも被害が及ぶ事は避けられず、二度と救出のチャンスは巡ってこないだろう。
「く……」
ヴァレリアは考えた。彼女達が信用に足るかどうか、いや、違う。自身の戦いに利用できるかどうか。今はしばし近づき、それを見極める必要があると。
「失礼ながら、あなた方の所属は……?」
「我々はリトルローランドが精鋭部隊、ヘクセンナハト。魔女の解放のため戦う者だ。姫百合の騎士、ロザリー゠エル゠フリードリッヒに代わり、今は私ディーヴァ゠ギルガメスが隊長を務めている」
「ロザリー……それに、ヘクセン、ナハト……」
その名前を聞いたヴァレリアは、ディーヴァへと思わず歩み寄った。そんな彼女へと差し出された手は、どこか逞しく、体温の高い大きな掌であった。
「承知しました、ここは一時共闘としましょう。私はヴァレリア。この魔法剣にて、全てのマレフィカを救う者……」
「我々ヘクセンナハトは貴殿を歓迎しよう。よろしく頼む、ヴァレリア」
「……」
それを握る、小さく冷たい手。人の手をただ握っているというだけで、固く結んでいた何かがほだされていく。それは春の雪解けのように、彼女の孤独な心をも暖めた。
―次回予告―
破滅の魔女。それは破滅をもたらす者。そして、破滅を憂う者。
閉じた世界にて、彼女は思い返す。
灰の世界が、一面の赤へと塗り替わる姿を。
第123話「アリア」




