第17章 歯車の魔女 107.ともだち
ロザリー暗殺未遂から一夜明けた朝のこと。
ロザリーは危険な状態を脱し、パメラと二人厳重な警戒の下、回復に専念している。サクラコは二度と同じ過ちを繰り返さないよう、ロザリーのそばで見張りを続けた。
リュカとムジカも帰り、事態の究明をするためクリスティアは動ける者を集めた。そこには縛られ、沈黙したカイとジュディの姿も。
「ガーディアナの暗殺者が四人。狙いはロザリー一人だったようです。そうですね?」
「…………」
頑なに口を開かない二人。
「何でロザリーを狙った!?」
リュカが二人を揺さぶる。それにも動じず、沈黙を続ける。
「くそっ! ロザリー……」
「落ち着け、こいつらを傷つける事などロザリーは望んではいない」
「うん……」
ディーヴァがいさめる。停滞した状況に、皆の苛立ちはつのるばかりであった。
「おそらくシークレットガーデンからの指示だな」
そこに、敵側の詳しい情報を知るグリエルマが割って入った。
「エトランザは聖女誘拐に関与していた事で処刑された。そしてイルミナと懇意にしていたガーデンも疑いを掛けられ、真の誘拐犯であるロザリー=エル=フリードリッヒを狙い、差し出すことで許しを請おうとしている。その作戦にはロザリーをよく知る人物、つまり一度接触しているこの子達が適任である。そう考えると辻褄が合うのではないかな?」
グリエルマは、ブラックボードにこの件に関係する人物や組織などを事細かに書き出していった。そこに浮かび上がったのはある人物。
「結論を言うと、ガーデンの所長であり、自身で改造したマレフィカを使役するサンジェルマンが黒幕であろう。この娘達も操られているだけに過ぎぬ」
カイはビクッと身体をこわばらせた。推理は的中したと見える。
「そうだろう? 幼子よ」
グリエルマは、ニヤリと二人に笑いかけた。二人はふるふると震えている。
「ねえ、こいつ……」
「ああ……」
グリエルマ=マニエル。シークレットガーデン副所長。
エトランザが逃がしたはずなのに、また自分達を捕まえに来たのではないかと二人は勘違いする。彼女のモノクル越しの冷酷な瞳は、何も知らぬ子供達にとって恐ろしいものであった。
「ゴメンナサイっ! わたし、何でもするから、実験だけはしないで!」
「あっ、ジュディ、お前だけっ! オレもっ、許してよぉ!!」
その豹変振りに、改めて過去の過ちの大きさを噛みしめる。これ以上はいじめても仕方ないと、グリエルマは態度を和らげた。
「勘違いするな、我はサンジェルマンのお目付役。奴がやり過ぎないようにいつも見張っていただけに過ぎない。前任のクライネのようには出来なかったがな……」
ディーヴァは聞きなじんだその名前に反応した。
「クライネを知っているのか?」
「ああ、彼女はサンジェルマンの弟子だ。しかしセフィロティック・アドベントを聖女に施術する際、謀反を起こした。彼女が何かしらの細工を施したために、聖女にはその効果が表れなかったのだろう。成功していたら何度実験材料にされたか分からぬからな。全く、たいした女だ」
クライネの過去を知る者は少ない。彼女は彼女なりにガーディアナ内部で一人戦ってきたのだろう。
少し安心した二人は、グリエルマに対し問いかけた。
「なあ、メアに、何をしたんだ……? 副所長なら知ってるだろ?」
「そうよ、あの子、元はちょっと抜けてる子だったのに……ガーデンに行ってからおかしく、いや、まともになったの」
グリエルマは深くため息をついた。プエラ・エクス・マキナ計画のほとんどはサンジェルマン一人で進められ、彼女の知るところではない。むしろヒトを無機物に近づける行為など、錬金術の祖をもつ彼女とは到底相容れない考えである。
「ああ、彼女はおそらくすでにヒトではない。お前達と違い、洗脳ではなく改造を施されている。全てが奴の意のままに動く、歯車の魔女、といった所だろう」
「そんな……」
愕然とする二人を、クリスティアが支える。
「では、彼女を救おうとしたロザリーは……」
「徒労……と言うのは流石に失言かな。我にも治す術は分からぬ。専門外だ」
沈黙が流れる。ロザリーが命を削ってまで果たした行為には、何の意味もなかったと。
グリエルマはやや言い過ぎたと、明るい話題へと変えることにした。
「メアに関しては何とも言えないが、君たちはまだやり直せる。更正。もし間違った道を選んでも、それを大人達が導き直す。教育において最も重要なものだ」
「私達、やり直せるの……?」
「そうだ。我の下へ来ればな」
「何か企んでるんじゃないだろうな……」
疑惑の目を向ける二人の頭に軽く手をのせるグリエルマ。
「何を言う。エトランザから何も聞いてないのか? 我はマレフィカの学園、リトルウィッチクラフトの学園長でもある。いや、それが本当の姿だ。お前達をその学園で引き取ろうというのだ」
「そうよー、グリちゃんはこう見えてやさしいんだから」
再び妖精がポワンと現れ、後に続いた。
「アップル、余計な事を……」
アップルと呼ばれた妖精は、その手に自分の体の数倍はあるであろうケースを抱え、二人の前でそれを開いた。
「はい、これが学生証、そして必要書類。おとうさん、おかあさんの同意を貰って、一週間以内に届けてね。今なら、プリティ・マレフィカ、略してプリフィカのミラクルステッキが貰えるの! ほら、クラスのみんなに自慢しちゃおう!」
彼女はあれこれと解説を挟みながら、てきぱきとその場で営業を始めた。どこか年季の入った勧誘トークである。
「両親はいないわ。私達みんな。そもそもプリフィカとか知らないし」
「ああ、オレ達の面倒見てくれたのはエトランザ様だけだ……」
グリエルマはアップルの尻を指で弾いた。アップルは、きゃん! と短い鳴き声をあげ、再び消えた。
「ガーデンのマレフィカに両親などいるわけがなかろう……。すまなかった、気を悪くしないでくれ。だが、そこには孤児も多い。きっと上手くやれるはずだ」
彼女がマレフィカを引き取り、育てていたというのは本当らしい。ガーデンから自由となった今は、マレフィカの学園とやらもそれなりの規模で活動しているようだ。
「色んなマレフィカがいるが皆仲良くやっている。10歳ほどとなると、君達は低学年クラスだな。年齢によって幼学年、低学年、中学年、高学年と別れているからそこは安心したまえ」
「ムジカはー?」
難しい話に尻込みしていたムジカだったが、学校という興味津々な話題に俄然興味を示し食いつく。
「君も低学年だ。アニマでも入学出来るぞ? 来るかな?」
「おー! オマエら、同じー!」
「お、おおー」
「ん、よろしく……」
二人のマレフィカはすでに警戒を解いていた。クリスティアは彼女の巧みな人心掌握術に感心し、それに答える。
「ムジカは私達の方で預かっているので遠慮しておきましょう。……さて、ロザリーが望まない以上、私達もあなた方を咎める事はありません。ですが、知っている情報は全て話していただきます。よろしいですね?」
二人は何度も頷く。そして、クリスティアに嘆願した。
「お願い、ノーラとメアも、助けてあげてほしいの!」
「あいつら、あれからどうなったんだ!?」
困ったようにクリスティアはディーヴァを見つめる。
「メアは逃亡した。そしてノーラだが……」
目を伏せたディーヴァに、何となく結果が分かってしまった二人は再び興奮気味に取り乱した。
「なんで……。ロザリーがやったの!?」
「ぐ、だからオレが……やるって、言ったのに」
洗脳によるリミットが再び外れそうになる。だが、真実は最も信じがたいものであった。
「やったのはメアだ。奴の剣が彼女の胸に刺さっていた。ロザリーは最後までノーラをかばったようだ。傷だらけになりながら」
「なん……で」
二人は理解が追いつかない様子で、暴走の矛先を失った。ロザリーに対する洗脳の刷り込みと、それと矛盾するかのような情報に、頭が割れるかのような葛藤が生まれる。
「そういう人ですよ、ロザリーさんは」
落胆する二人かけられる、どこかで聞いた声。サクラコである。
「お前っ……」
「あの時は、ごめんなさい。でも、ああするしかなかった。それよりも、二人に来て欲しい所があるんです」
「どこによ……」
サクラコは悲しげにうつむき、一言だけ放った。
「お友達のところ」
サクラコは彼女達を死体安置所へと案内した。
地上の暑さに比べ、そこは真冬であるかのようにひんやりとしている。
「おまえ……」
そこには、綺麗な姿で横たわるノーラがいた。血の気はないが、今にも動き出しそうなほどに艶があり、不思議な魔力に覆われている。
そこで番をしていたクロウは、二人に事の経緯を説明した。
「ヘクセンナハトには様々なマレフィカがいる。その中の一人、コレットさんは“死”に関するスペシャリストだ。つまり、今彼女は冥王である彼女の管轄下にある」
「分かりづらい、手短に言え」
ディーヴァが急かす。
「容赦ないな! 俺もよく分からん。ただ、彼女次第でどうとでも出来る状態らしい。このままネクロマンシーとかいう力で蘇らせる事も可能だが、それではアンデッドとなる他ない。それではかわいそうだと、彼女は冥界に向かった」
「だから早く要点を言え」
またもディーヴァが急かす。どことなく二人の距離は近い。
「つまり、間違いなくこの子は死んでいたが、コレットさんが甦らせてくれるらしい。普通のヒトとして。そろそろ戻ってくるんじゃないのか?」
そんな事まで出来るのか、と一同は驚いた。死者の蘇生など、パメラにも不可能な所業である。
「だが、これは死後すぐだったから出来たようなもので、これから同じような事があっても期待しないで欲しいとの事だ。なにより、本当にできるのか、それは分からないらしい」
「振り出しに戻ったな……。結局どうなんだ」
「それは……何とも言えませんわ」
どこからともなく、すうっと降りてくる黒服の少女。コレットである。
「コレットさん! どうでしたか?」
「何とも言えないと言ったでしょう……」
どこかつれない様子のコレットに、カイとジュディも縋るような目で見つめる。
それに向け、コレットも作り笑いを浮かべた。
「ゲイズ」
『この娘の魂は保護した。冥王よ、いや、コレット……今こそあなたの真の力を見せる時』
「ええ……」
ゲイズから小さな光が吐き出された。それこそノーラの魂であるという。
コレットはそれを掌で包むと、横たわるノーラの身体へと差し入れた。
「お願い……!」
彼女らしくもない悲痛な声が漏れる。
黒いオーラが彼女から立ち上がり、部屋を満たした。おそらく彼女の全魔力が注がれているのだろう。
しばらくして、皆が固唾を飲み見守る中、コレットから一筋の涙がこぼれ落ちた。
「う、う……っ」
絶望感だけが伝わる。
「魂が、定着しない……。わたくしの……力が、足りないばかりに……」
『やはり、カオスの存在か……』
コレットといえど、失ったカオスを呼び戻すことはできなかった。その事が何かしらの影響を与えているのだろう。
「マレフィカはカオスと対となり一つの生命となった。カオス無きマレフィカは、ただの器でしかないというのか……」
幾度もセフィロティックアドベントによるカオスの抽出を見てきたグリエルマは、カオスを失った者達の末路を見ている。それは、決して避けられない生命体としての終焉。
しばらく彼女の必死な蘇生は続いたが、ついにノーラは息を吹き返す事はなかった。
「ノーラ、ノーラぁ!」
「返事しろよ! 何寝てんだよ!」
コレットは悲嘆に暮れる彼女達に、かける言葉も見当たらない。死を司る事は出来ても、生までは司る事など出来はしない。そんな現実に、冥王たるプライドが押し潰される。
「わたくしに、生……の、力……さえ、あれば」
その時、コレットによぎった考え、それは……。
「コレット、あなたの考えている事はきっと正しいわ」
突然かけられたその暖かい声に振り向く。それは、紛れもなくあの人の声。
「ロザリーさん……!?」
パメラに寄りかかりながら現れたロザリーは、すっかり美しい姿を取り戻していた。
「ロザリーさん、あなた、休んでなくていいの……?」
「コレットの声が、聞こえたの。泣き出してしまいそうな声が……。まだ上手く体はうごかないけれど、なんとかね。パメラのおかげよ」
「パメラさん……」
目があったパメラは、照れくさそうに微笑む。コレットは聖女の生の力がここまで高まっていた事に驚きを隠せない。これならば、あるいは……。
「私に与えられた、パメラの愛。それは命の力。コレット、あなたの力と、新しく目覚めたパメラの力があれば、きっと上手くいくはずよ」
ロザリーは揺るぎない信頼をパメラ達へと向けた。これに応えなければという思いが二人に芽生える。
「パメラ、お願いね……」
「うん、でも、ちょっと、みんなには出て貰ってもいいかな?」
どこか気まずそうにコレットを見ては、パメラがぐずりだした。
「ええ、じゃあみんな、外で待ちましょう」
何の事か分からないロザリーだったが、そのまま言うとおりにする。手を離されたロザリーは、すかさずクリスティアとリュカに抱えられた。
安置所はパメラとコレット、二人きりとなる。
「あなた、ロザリーさんに何をしたの? 愛の力って……」
「えっと……キス」
「はあ……!?」
「体中キスしたら、治ったの……」
「寝込みを襲ったというの……?」
「あう」
「変態! 色魔! 淫乱! 異常者! ビッチ! けだもの!!」
「ひ、ひどいっ!」
ひとしきり罵倒したコレットは、肩で息をしながら最後にこう付け加えた。
「でも……ありがとう」
「あ、えっと……うん!」
二人はノーラを見つめる。これからどうすればいいか。二人にはそれが本能で理解できた。そう、同じ事をするのだ。
「するわよ……」
「す、するの……?」
「仕方ないじゃない……あなたの力を貰うのよ」
「私、ロザリー以外とするの初めて……」
「わたくしもよっ! それもよりによってあなたとなんて!」
どこか因縁深い二人であったが、決して憎からず思っている仲でもある。コレットは一度、パメラの力に助けられているし、パメラも昔やり過ぎてしまった事を気にかけていた。
「じゃあ……」
「ええ……」
膝をつき、つん、とつきだしたパメラの唇に、コレットの唇が触れる。
ちゅ
改めてこうする理由が分からないまま、二人はぎゅっと目をつむったまま力の訪れを待った。
「ぷっ」
こらえきれなくなり、二人はおかしくなって笑った。
「……つめたい」
「……生暖かい」
同じような感想を端的につぶやく。しかし、互いの胸はドキドキと鼓動を早めている。どこか新鮮な、なんだか背徳的な感情。
「もしかしてだけど、わたくし達がキスをする必要などなかったのでは無くて?」
「うん、そんな気がする」
「あなたはノーラに力を送ればいいのよ。わたくしが魂を定着させて」
「ばかみたいだね」
「おばかに言われたわ……」
改めて儀式に取りかかる二人。パメラはノーラの唇にキスをし、コレットはノーラの胸に手を入れる。すると、今度はしっかりとした手応えと共に、カオスの力が降りてくるのが分かった。
「いいですわ。このまま……」
「ん……、んんん……!」
二人の幻像が現れ、マギアの力が最高潮に高まる。パメラは愛を。コレットは魂を。
「素晴らしきはカオスの競演! そしてその担い手よ! 私も手を貸そう!」
グリエルマである。二人のマギアの渦巻く中、颯爽と現れ、彼女は叫んだ。
「かの者、ノーラ=フランクと契約せしカオス、ウェズン! 我がカオス、アケルナールの名において、ここに再誕せよ!」
彼女の言葉のあと、パメラもコレットも、何かに重力を引かれた。すると、一際輝く魂のようなものが彼女の頭上にてきらめいていた。そこから凄まじい力を感じる。
「これこそがノーラのカオス! さあ、オリオン、そしてプルートーよ! 今一度、その力を見せよ! 今こそ、リインカーネーションの時!」
グリエルマはカオスに向かい鼓舞をする。すると、二人のカオスはより力強く脈動した。
「なにっ、なにっ?」
「これはっ……!」
凄まじい光の中、声が聞こえる。
それは、赤子の泣き声。その中心にいるのは、紛れもなく赤ん坊。
そして、それは少しずつ成長する。3歳くらいの姿にまで大きくなると、光はだんだんと薄れていった。
「ここまでのようだな。まあいいだろう。聖女、そして、冥王よ、よくやった! 元気な女の子だぞ!」
かなりの疲労感が二人を襲う。パメラの愛はもちろん、コレットも大いなる力、魂の輪廻に目覚め、それを行ったのである。
「二人の愛の結晶、ノーラは無事、再誕したようだ。現時点での生命力ではこのあたりが限界だと、オリオンは言っている」
「はあ、はあ……」
パメラにはグリエルマの言葉の意味が全く分からなかったが、とにかく儀式は成功したらしい。パメラは、どこかフラフラしているコレットを抱きしめ喜んだ。
「やったー!」
「ええ、やりましたわね……。愛の……ではありませんが」
「皆の者、ここへ降りた奇跡、とくと刮目せよ!」
グリエルマの仰々しいかけ声に、皆も中へと押しかける。
「ノーラ、ノーラっ!」
「ねえ、どうなったの?」
幼いノーラは、二人にほほえみかける。
「あえ?」
「ノーラ……なの?」
安置台の上にいたのは明らかに3歳児であるが、どこかノーラの面影のある女の子。
「そう、君たちの友人、ノーラだ」
「かい? じゅでぃ?」
「ああ、そうだぞ!」
「うん、うん!」
ノーラは、覚え立てのようにたどたどしく言葉を紡ぐ。
「わたし、こきゅーとす、うらぎったの……。それでも、まだ、おともだち……?」
「あたりまえだろおっ!」
「バカじゃないの!? バカ……ばかぁ」
三人はそのまま抱き合い、慰め合った。自分達は何があろうと、永遠のともだちであると。
その夜。ロザリーのたっての願いもあって、クリスティアは彼女達をしばらくヘクセンナハトで預かる決定をした。しかし、またいつ牙を剥くかは分からないと、身元引受人に名乗り出たグリエルマへと相談する。
「では、そうだな。洗脳の解除にも時間がかかる。この三人はしばらく我の元に置いておこう」
「ありがとうございます。しばらくロザリーの近くには絶対に近づかせないようにお願いします」
グリエルマは了解した、というジェスチャーの後、一言付け加えた。
「もう大丈夫のようだがな」と――。
―次回予告―
取り戻した友情、そして、失われた友情。
永遠の無にて、少女はつぶやく。
ごめんね――。
第108話「消失」




