第88話 『愛憎(アンビバレンス)』
邪教団の急襲を切り抜け、静かな夜を取り戻したリトルローランド。
しかし一同が戻った集落では、消えたシェリルを探しながら子供達が大声で泣き続けていた。
「シェリルー、どこー」
「まんまー、うわああん!」
「ほら、アンタ達、アタシはここにいるから!」
やはり、小さな子の方が異変に敏感である。まだ大きめの子供はティセの存在に落ち着きを取り戻したが、シェリルを親のように思っていた赤ん坊達は泣き止む事はなかった。
「この慕われよう……ああ見えて、ちゃんと面倒をみていたんだな」
子供達をあやしながら、シェリルの人柄についてディーヴァは改めて感心する。
「うん……バカっぽいけど良い子よ、あいつ。出もしないお乳まで吸わせてあげるなんて、アタシじゃできないもん」
ティセはどこか疲れ切ったような表情で答える。何より、メリルがこの事を聞いたらどう思うか。そんな最悪の事態を想像してしまうのだ。
「今度はアタシがあいつに謝る番か……それで済むとは思わないけど」
それまでの疲れを取るため睡眠を取っていたパメラは、一連の出来事を聞いてショックを隠せずにいた。
「まさか、エトランザが……。シェリル……ごめんなさい。それにティセも……」
「アタシは……いいよ、何もできなかったし。それよりもコレットを褒めてあげて。こいつがアタシのピンチを助けてくれたんだ」
「コレットちゃん……!? そっか。ずっと見ててくれてたんだね」
ティセの後ろからコレットがちらちらと覗く。ティセはそんな彼女の背中を押して、パメラの前に送り出した。
「ま、まあ、結果的にこうなっただけですわ。それはそうと、お元気そうでなにより……」
「うん、私は元気。コレットちゃんは?」
「何度言えば分かるんですの? もう死んでいますと」
コレットは少し、パメラに対しそっけなく当たった。二人はかつて最も衝突した間柄である。心のどこかでは、そのわだかまりも全ては解けていないのだ。
「相変わらず、いつも誰かを助けているのね。ほんと、お暇ですこと」
「うん……。えっと、あれからあなたに謝りたくて、あなたの大事なお友達を私……」
「心配いりません、ゲイズは元々冥界の番人。わたくしが連れていたのはその一部、監視システムの末端です。冥界に戻ってから気がついたことですが」
そう言うと、掌から見覚えのある目玉のぬいぐるみが現れた。コレットはそれに対し、微笑みかける。
「このように、本体からいくらでも生み出せるのよ。ね、ゲイズ」
「よかった……。あ、そうだ!」
そういえばと、パメラも懐からあるものを取り出した。少しよれてくたびれていたが、それはかつてコレットの館にて唯一預かっていた女の子の人形。西洋人形のような、どこかコレットを思わせる姿をしている。
「それは……、なぜ貴女が……」
「部屋にあった他の貴重品は全部、お金に換えて迷惑かけた人達に配っちゃったの。でも、これだけは、なんとなくコレットちゃんみたいに見えて……。私がずっと持ってたんだ」
「あなた……」
コレットの顔はいつの間にかほころんでいた。しかし嬉しそうなパメラの視線に気づき、キッと口を結ぶ。そして、それを大事そうに受け取った。
「あ、ありがとう……。これは大切な父からの贈り物。一応、礼は言っておきます」
「ううん、私も寝るときとか一緒にいてくれて、子供ができたみたいで嬉しかったから」
「そう……だから、少し汚れてるのね」
コレットは人形の洋服についたシミを見つけた。本当にずっと添い寝していたらしく、おそらくヨダレだろう。コレットは同じようにこの子で寂しさを埋めた、自らの幼少期を思い出した。
「あなたって、本当におバカね……」
「え? え?」
言葉とは裏腹に、パメラの髪のにおいがするそれをコレットは大事にしまい込んだ。
そしてもう一つ、パメラには聞かなければならない事がある。先程対峙した、エトランザの事だ。
「それよりも、あのエトランザとか言うお子様。あなたと因縁があるらしいわね。とてつもない憎悪をまき散らしていたわ。一体何をしたの?」
「それは……」
気を落とすパメラの頭を、一仕事を終え合流したクライネがそっとなでる。
「大丈夫、あなたは話さなくていいわ。ただ、エトランザはちょっと特殊なのよ……。彼女を支配しているのは教皇リュミエール。そんな彼のため、これからもきっと襲ってくるでしょう。それに邪教徒は世界中どこにでも潜伏しているわ。ガーディアナを光とするなら、常にその影で暗躍するイルミナ。言うならば、もう一つの法……パメラ、相手はそんな恐ろしい存在よ。決して忘れないで」
内部から嫌というほどガーディアナを見てきたクライネは、改めて念を押した。
「うん……」
どこか気の入らない返事。実を言うと、パメラは邪教団の実体をあまり知らないのだ。表向きもエトランザはガーディアナ女教皇という立場であり、イルミナや暗殺組織ロストチャイルドといった存在も関わりは無いものとされている。だからこそ、妹をそこから救い出したいとすら考えていた。
「でも……でも一度、あの子とは会わないといけない気がする。会って話をして……」
「駄目!」
クライネは少し感情的にパメラの肩を掴み、自分へと向けさせる。
「いい? マリアロッタの人間は……何をするかわからないの。あなたは一度殺されかけているのでしょう!? 軽率な考えは捨てなさい!」
「……クライネ……さん?」
パメラは少し怯えたような表情を見せた。ふと我に返り、クライネは強く掴んでしまった肩から手を離す。
「あ、ごめんなさい……」
その様子を見ていたソフィアは、少しとげのある口調でクライネに問いかけた。
「冷たいんですね。おね……パメラさんの気持ちも知らないで。いきなり来たあなたに何が分かるんですか?」
その言葉はどこか心に刺さるものがあった。やはり、姉が妹を思う気持ちなど、一方通行のものでしかないのだと思い知らされる。
「虹の聖女ソフィア。あなたも……気をつけるのよ。私からはそれだけしか言えないわ」
そう言うと、クライネは再び病室のあるコテージへと帰って行った。
彼女のもたらした緊張により、その場にしばらく重い沈黙が流れる。
「その、なんだ。あいつにも色々あったんだ、悪く思わないでやってくれ」
彼女の親友であり、全てを知るディーヴァが、そう結ぶ。もちろん、誰もが分かっている。本当にパメラを心配しての言葉であることを。
「ふー、しかし口の硬い連中だ、やっと尋問が終わった」
そんな折り、邪教徒を縛り上げ、口を割らせていたクロウが室内へと入ってきた。
「だが、苦労した分いい情報が手に入った。あいつら、どうやらこっちの動きが全部分かっていたらしい。やはりと言うか、アルベスタンにも奴隷として忍び込んでやがった。そこで色々と情報を集めて、今ならばパメラちゃんが無防備だと思ったらしいな」
「ふむ、それで的確にここを攻めてきたのか」
「それにディーヴァさんが大穴を開けた所。あの下は地下通路になっていた。邪教徒はあそこを通って、アルベスタンから来たようだ。つまりマコトちゃん達の居る場所ともつながっているという事らしい。しかし、邪教の拠点もその地下にあり、このままでは彼女達が奴らと鉢合わせになってしまう」
重大な情報を得たと、少しばかり自慢げに話すクロウ。実を言うと信者がここまで口を割ったのは、鬼神のような強さを見せたディーヴァの存在に恐れおののいた為であるが。
「そうなると、そのマコトとやらが危ないな……。ふむ、では予定を変更し、私も地下へ向かおう」
「待ってくれ、こっちはシェリルちゃんの力を当てにしていた所がある! ディーヴァさんに抜けられては万が一の事態に……」
「む、そうか……」
ここに来て戦力不足が深刻となった。あくまで本命は姫の救出であり、これだけは失敗が出来ないのだ。しばらく会議は喧喧囂囂と平行線をたどる。
「私、行きます」
そんな中、パメラが奴隷救出の援軍へと名乗り出た。
「そこは邪教の本拠地なんだよね。でも邪教徒はきっと、私に手出しできないはず。それに、このままエトランザが簡単に引き下がるとは思えない。私から向かえば、少なくともここは安全になるはず」
「ぱ、パメラ!? 今クライネに釘刺された所でしょ? アタシ反対だからね!?」
そんな突然の申し出にティセが食い下がる。少しばかりその瞳は潤んでいた。
「ティセ……」
「あいつとんでもなく強いよ!? アンタでもどうなるかわかんないよ!?」
いつものティセらしくない姿に、パメラは少し微笑んでみせる。
「大丈夫。本当の事を言うと、私は自分が何者なのか、ようやく分かったの。前にティセに自分の事お話した時は分からなかったけど、今は違う。私はガーディアナ教国の聖女、セント・ガーディアナ。その責任が今ならはっきりと分かるんだ。だから、ここは行かせてほしいの」
「パメラ……アンタ、いつのまにそんな大人になったのよ……」
以前とのあまりの表情の違いに、ティセは少し気圧されていた。そして、この子は守るモノ、そう決めつけていた自分が少し恥ずかしくなった。
「お姉ちゃんを一人では行かせない! わ、私だって、聖女なんだから!」
パメラの決意に、感化されたソフィアが応える。二人は見つめ合い、いつかの約束からその困難を分かち合うべく、ただ頷いた。
「ソフィア……ありがとう」
「足手まといかもしれないけど、私の言う事なら、エトランザも聞いてくれるかもしれない。それに私も、聖女として、ううん、本当は聖女なんてやりたくないけど、私だって、第二の聖女だから! あなたの、い、いもうと……だから!」
そうたどたどしくも紡いだ言葉は、パメラの空虚な心にまた一つの光をともした。二人を繋ぐ不安定な絆が、揺るぎないものとなった瞬間であった。
「ソフィアちゃん、ブラッドの事はもういいのかい?」
クロウが気遣う。思春期の少女の気持ちなど分かりはしないが、どこか無理をしていないかと心配する親心が彼にも芽生えていた。
「あの人はきっと大丈夫、そう信じることにしました。それはそうですよね、あんなに強いんだもん。こんな当たり前の事、なんで気づけなかったんだろう」
ブラッドが気にかからないと言えば嘘になる。でも今はそれと同じくらい大切な人の力になりたいと願う心が、彼女にも芽生えていたのだ。
「ああ、あの御仁は私すらひよっ子扱いする強者だ。我ら小娘が心配など、無礼極まる行為。さて……ティセ、この二人の目に灯るもの、まさしく勇者の光。お前も異論はないな?」
「あ、アタシもついて行っちゃダメかな?」
ここまで来るとティセもさすがに否定こそしないが、未だ心配な様子だ。ディーヴァはその心を汲み、一つ考え得る秘策を提案した。
「シェリルのいない今、お前はこちらにこそ必要だ。そうだな……私からクライネに話そう。彼女の力は私でも計れぬものがある。聖女の危機に彼女が動かないはずはない、きっと間違いはないはずだ」
そう言うとディーヴァはクライネの説得に向かうべく、重い足取りで部屋を後にした。
「あ。私もそろそろマコトの所いかないとです! また遅刻したら、ゲンコツが飛んでくるのです!」
真面目な雰囲気の中、これまで置物になっていたアンジェが思い出したように立ち上がった。
「ええ、わたくしもロザリーさんの所へ行きましょうか。ではみなさん、また会いましょう」
それに続くコレット。また少しの別れである。ティセとパメラはそれぞれ思い思いの言葉を託した。
「アタシ達、ずっと待ってるから。もう一人でどこへも行かないこと。わかった!?」
「コレットちゃん、ロザリーをおねがい!」
「ええ、任せなさい」
笑みを含んでそう答え、コレットとアンジェは仲良く飛び立っていった。
「ふう……色々あったが、まだまだ作戦はこれからだ。みんな、大会が始まるまでの間、それぞれ身体を休めておいてくれ!」
複雑な状況ではあるが、時は待ってはくれない。作戦を前に、彼女達はしばしの休息に入るのだった。
集落の患者達の治療がある程度終わり、クライネは自室にて大きく伸びをした。無性に凝るこの肩をだれか治療してくれないかしらと、一人つぶやく。
「入るぞ」
そう、ノックもせずに声を掛けてきたのはディーヴァ。
二人はベッドへと並んで座り、共に持ち寄ったアバドンの特産品である珈琲をすすった。
「お前らしくもないな」
「ええ、私らしくもなかったわ」
素直にそう答える。彼女なりに反省しているのだと、ディーヴァは少し安心した。
「でも、あれは、もう一つの顔を持つ私の言葉。あれもきっと私なのよ」
「禅問答か?」
「ふふっ、不思議ちゃんって結構モテるのよ」
訳の分からない事を言って煙に巻くのはいつものことだが、今はそんな気分ではない。ディーヴァはやれやれと本題に入った。
「パメラとソフィアが、邪教神殿へと向かう事になった。助けてやってくれ」
ディーヴァはなんだかんだで快く引き受けてくれるだろうと、高をくくっていた。反応を求め彼女の顔を見たディーヴァは、思わず珈琲のカップを落としてしまう。
「そう」
クライネは、どこにも焦点を合わせない目でディーヴァを見つめていた。何を思っているのかまるで掴めない瞳としばらくしてやっと視認し合う事ができ、ディーヴァは落としたカップの始末へと向かう。
「驚かすな……」
「ごめんなさいね。私すっぴんだと、ミスティリアとそっくりなの。希代の魔女の生まれ変わりだって、よく怖がられたわ」
ミスティリアというのは、よくおとぎ話に出てくる悪の女王の事である。
その正体は、ミスティリア゠マリアロッタ。数世代前のマリアロッタの家の当主である。彼女は魔王の時代、ギロチン皇女と呼ばれ、数限りない人間の首をはねたという逸話を持つ。
クライネのマリアデル家は分家でもあり、おそらくその血が色濃く隔世してクライネに現れたのであろう。
「で、どうするんだ?」
「行くわよ。行くしかないでしょ」
ディーヴァは、クライネが“勇者”であるとは聞いていない。しかし、その佇まいからは、かなりの手練れである事が予想できた。
ひとまず安心し、ディーヴァは珈琲のシミを拭き取ると、「悪かった」と言って退室した。
クライネは無表情でそれを見送ると、ひときわ大きなため息をつく。
「ああ、死体の山が見えるわ。どうしましょう……」
困ったような口調で彼女は言う。
しかし眼鏡の奥の瞳はむしろ、不敵に笑っていた。狂気の医師サンジェルマンの下で身につけた、自分本来の姿を思い出すべく。
―次回予告―
様々な思惑が交差する中、武闘大会の幕がいよいよ開ける。
早々に試合が決まったサクラコの相手は、なんと武術の申し子リュカであった。
東方にて極まれりし武芸、高みに登るはどちらの技か。
第89話「異国武芸対決」




