第72話:安らかに眠るといいですわ――。
「ククク、やはり何度聞いてもイイねえ、君のその『――ブッ殺ですわッ!』ってやつ。そういうわかりやすいキメ台詞があると、読者にキャラの魅力がより伝わりやすくなるよね」
こんな時でも創作論ですか。
作家としては殊勝かもしれませんが、コイツが諸悪の根源だと思うと、とても尊敬する気持ちは湧きませんわ!
「――だが、君たちの相手は私じゃない。このゲロルトくんさ」
「あうアああうアああアゲバアアアアアアアアアアアア」
「「「――!!」」」
その時でした。
ゲロルトが口から、夥しい量の紫色の血を吐いたのです。
その血が床についた途端、床はグジュグジュと嫌な音を立てながら溶け始めました――。
あ、あれは――!?
「ククク、この血の名前は【世界を滅ぼす毒】。何ヶ月も掛けてゲロルトくんの血液内で培養された【魔神の涙】は、触れたもの全てを溶かす猛毒に進化したのさ。しかも今のゲロルトくんは、体内でほぼ無限に血液を生成できるようになっている。よってこの空間は、5分もしない内に【世界を滅ぼす毒】で埋め尽くされることになるだろう。【世界を滅ぼす毒】が触れても平気なのは、生産者であるゲロルトくん本人と我々を覆っているこの結界、あとはこの私くらいさ」
「「「――!!」」」
【世界を滅ぼす毒】が【好奇神】の足元に触れようとしたその刹那、【世界を滅ぼす毒】がジュワッと蒸発するように消滅しました。
あ、あれは、お父様との戦いの時も使っていた、【輝く神の前に立つ楯】――!
なるほど、あれがある限り、誰も【好奇神】には傷一つ付けることは能わないというわけですか。
こんな王立騎士団の人間が勢揃いしている前で正体を現したのは、それが理由ですわね?
確かにあの【輝く神の前に立つ楯】の存在は、厄介ですわね……。
お父様でさえ、片腕を犠牲にすることで、ギリギリ破壊できたくらいですし。
「ゲバアアアアアアアアアアアア」
なおもゲロルトの吐き続ける【世界を滅ぼす毒】が、わたくしたちのところにも迫ってきました。
クッ――!
「ニャッポ、お願いしますわ!」
「ニャッポリート」
ニャッポから供給された魔力で、わたくしは背中に翼を生やしました。
「ラース先生、わたくしの背中に掴まってくださいまし!」
「は、はい!」
わたくしはラース先生を背負いながら、翼で浮かび上がって【世界を滅ぼす毒】を回避します。
フゥ、ニャッポがいてくれて本当に助かりましたわ。
「す、すいませんヴィクトリア隊長……! 足を引っ張ってしまいまして……! せめて僕に、少しでも魔力さえ残っていれば」
「ラース先生……」
背中越しに聞こえるラース先生の声色には、悔しさが滲み出ております。
さもありなん。
怨敵を目の前にして何もできない自分が、無念でならないのでしょう。
ですが――。
「ラース先生、どうか前を向いてくださいまし。教えたはずですわよ。常に万全の状態で任務に当たれるとは限りません。騎士にとって大事なのは、どうすればよかったかではなく、これからどうするか、だと」
「ヴィ、ヴィクトリア隊長……! ――そうですよね、僕も、今の僕にできることを考えます」
フフ、流石はラース先生。
わたくしが軽くアドバイスしただけで、もういつもの冷静さを取り戻されましたわ。
そうこうしているうちにわたくしたちの足元は【世界を滅ぼす毒】で埋め尽くされ、徐々に水位も上がってきました。
これは本当にあと数分で、この結界内は【世界を滅ぼす毒】で満たされてしまうことでしょう。
つまりわたくしたちの勝利条件は、それまでにゲロルトを殺すこと――。
……ゲロルト、本当に哀れな男ですわ。
世紀の大犯罪者に身体をオモチャにされた挙句、そんな文字通りの化け物になってしまうとは……。
せめて元婚約者としてわたくしが、苦しまないよう一思いに殺してあげますわ――。
わたくしは【夜ノ太陽】と【昼ノ月】を十字に構えながら、魔力を込めます。
「月夜に流れる悪魔の調べ
十六の奏者が天使を嗤う
太陽は月の夢を見て
月は太陽を夢に見る
――絶技【夜想曲十六重奏】」
「ゲバアアアアアアアアアアアア」
――なっ!?
わたくしが放った十六の漆黒の斬撃は、ゲロルトが噴水のように前方に吐き出した【世界を滅ぼす毒】で相殺されてしまいました。
まさか【世界を滅ぼす毒】を、こんなビームみたいに撃ち出すこともできるなんて……。
流石に今のビームは連続では吐けないみたいですが、それはわたくしの【夜想曲十六重奏】も同様ですわ。
このままでは千日手。
いよいよ【世界を滅ぼす毒】の水位も間近に迫ってきましたし、どうしたものでしょうか……。
「ククク、さあどうする【武神令嬢】? 素直に諦めて、共に【世界を滅ぼす毒】のプールに浸かるかい?」
【輝く神の前に立つ楯】に守られた【好奇神】が、【世界を滅ぼす毒】にプカプカと浮いています。
こんな時に何ですが、お風呂で遊ぶアヒルのオモチャみたいですわね、あれ。
「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」
「ククククク、それそれ。そういうお約束の遣り取りも、小説には欠かせない要素の一つだよね」
マジでイラッとしますわねこのクソジジイ!!(今は美少女ですが)
「ヴィクトリア隊長、僕に一つ作戦があります」
「――!」
その時でした。
ラース先生が小声で、わたくしに作戦を耳打ちされました。
くふぅ!
こんな至近距離で囁かれたら、ゾクゾクしてしまいますわ――!
い、いや、今はそんな場合ではございませんわ!
「流石ラース先生ですわね! それでいきましょう!」
「はい!」
「ニャッポリート」
わたくしは【夜ノ太陽】と【昼ノ月】を十字に構えながら、魔力を込めます。
「おやおや? それはゲロルトくんには通じないと、たった今実証したばかりじゃないか。それとも次は上手くいくとでも思っているのかい? 今の君みたいに、自分にとって不都合な情報から目を逸らしてしまう心理状態を正常性バイアスと言うんだが――」
だまらっしゃい、この屁理屈クソジジイが!!
「月夜に流れる悪魔の調べ
十六の奏者が天使を嗤う
太陽は月の夢を見て
月は太陽を夢に見る
――絶技【夜想曲十六重奏】」
「ゲバアアアアアアアアアアアア」
先ほど同様、わたくしが放った十六の漆黒の斬撃は、ゲロルトの【世界を滅ぼす毒】ビームで相殺されてしまいました。
よし、ここまでは作戦通り――。
今ですわ、ラース先生!
「鶫が語る愛と嘘
嵐の夜に虚構が生まれる」
ラース先生はわたくしの肩越しに、【嵐ガ丘】の構えを取りました。
「何だと!? ラースくんの魔力はもう空だったはず。――そうか! 戦いながらも、コッソリラースくんに魔力を供給していたのか!」
その通りですわ。
わたくしの身体が【天使ノ衣】に触れてさえいれば、魔力の供給は可能ですからね。
さあ、これにて終幕ですわ!
「男と女が詩を重ね
紡ぐ悲劇は 過去すら欺く
――【嵐ガ丘】」
「ゲバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
【嵐ガ丘】がゲロルトの喉に直撃し、ゲロルトの首が宙に舞いました。
――さようなら、ゲロルト。
せめて安らかに眠るといいですわ――。




