第36話:よくわかりましたわ。
「そ、そんな……! オマツ……!! 嗚呼、何ということだ……!!」
オマツさんの遺体を見たタイゾウさんが、顔面蒼白になって頽れました。
「な、なんで……!?」
「オマツさん……!」
シゲさんとオツルさんも、困惑で表情を歪めております。
「キャハハ、だから言ったのに」
「キャハハ、だから言ったのに」
「まだ終わらないよ」
「まだ終わらないよ」
そんな中モモちゃんとサクラちゃんだけは、実の姉が目の前で無残に死んでいるにもかかわらず、また不気味な笑顔を浮かべながら、不吉なことを言っています……。
「九尾の狐の祟りじゃああああああああ。みんな死んでお終いじゃああああああああ」
トメさんは神社の中には入らずに、入口付近で天を見上げながら叫んでいます。
……くっ、確かにこの不可思議な状況は、九尾の狐の祟りにしか見えませんが。
まさかモモちゃんとサクラちゃんとトメさんは、こうなることをあらかじめ知っていたとでもいうのでしょうか……?
いずれにせよ、ここは――。
「みなさんご静粛に! わたくしは王立騎士団第三部隊隊長の、ヴィクトリア・ザイフリートですわ! 只今からこの現場は、わたくしが取り仕切らせていただきます!」
「「「――!」」」
例によって現場の維持が最優先ですわ。
「ジュウベエ隊長も、この場はわたくしにお任せいただいてもよろしいでしょうか?」
一応同じ隊長であるジュウベエ隊長には、一言断っておきませんとね。
まあ、多分――。
「もちろんでござる。拙者は戦闘が専門で、頭を使った仕事は苦手でござるからなぁ。アッハッハ!」
うん、ジュウベエ隊長ならそう仰ると思いましたわ。
さてと――。
「ラース先生、どう思われますか? これは本当に、九尾の狐の犯行なのでしょうか?」
仮にそうだとすると、九尾の狐はワープ能力か、もしくは遠隔から人を殺せる術を持っていることになりますわ。
これは相当に、厄介な敵ですわね……。
「それはまだ何とも言えませんね。――ただ、一人だけ、怪しい人物がいます」
「――!」
何と!
ラース先生には、もう犯人の目星が付いているというのですか!?
つまりこれは、九尾の狐の犯行では、ない……?
「じょ、冗談じゃないぞッ! 俺は死にたくないッ! 死んでたまるかああああああ!!!」
シゲさん!?
シゲさんが半狂乱になりながら、自宅のほうに一人で逃げて行ってしまいました。
ああもう!
こういう時は、一人になるのが一番危険ですのに!
「シゲさん!」
「ニャッポリート」
わたくしたちは、シゲさんを追いました。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
「シゲさん!」
シゲさんは自宅の裏庭にある、蔵のような建物に入って行ってしまいました。
「シゲさん! ここを開けてくださいませ! シゲさん!」
「ニャッポリート」
蔵には中から鍵を掛けられてしまったらしく、扉は開きません。
わたくしは扉を叩いて、中にいるシゲさんに呼び掛けます。
「うるさいッ! いいから一人にしてくれッ!」
「シゲさん……」
ううむ、これは困ったことになりましたわね。
「なっ!? そ、そんな……! う、うわあああああああああああああ」
「――!!」
中からシゲさんの悲鳴が――!
まさか――!
「失礼いたしますわッ!」
わたくしは扉を蹴破って、蔵の中に入りました。
するとそこには――。
「――! ……シゲさん」
先ほどのオマツさんとまったく同じく、獣の爪で斬り裂かれたシゲさんが、血の海に沈んでいたのでした。
念のため脈を測りますが、完全にお亡くなりになっております。
蔵の中を見回すと、蔵には小さな換気窓があるだけで、とても人間が通れる広さではありませんわ。
くっ、今回はちゃんと鍵も掛かっていたので、正真正銘の密室殺人ですわ……!
こうなると最早九尾の狐の仕業としか思えませんが、九尾の狐はいったいどんな方法で、オマツさんとシゲさんを殺害したというのでしょうか……。
「嗚呼……! そんな……! シゲまで……!! あああああああああああああ」
立て続けに実の娘と息子を失ったタイゾウさんは、頭を抱えて泣き崩れました。
タイゾウさん……。
「ラース先生、先ほど怪しい人物がいると仰ってましたが」
「ええ、今ので確信しました。――やはりあの人物が犯人です。この二件の密室殺人の方法も、見当がつきました」
「――!」
マア!!
流石ラース先生ですわ!
略してさすラーですわッ!
「で、では早速……」
「はい、ヴィクトリア隊長、村のみなさんを全員、【狐祓いの儀】の会場に集めていただけますでしょうか?」
「承知いたしましたわ!」
名探偵による、真相解明シーンですわ!
「オイ、犯人がわかったって本当かよ?」
「マジか!?」
「みなさん、ご静粛に!」
「ニャッポリート」
【狐祓いの儀】の会場は騒然としていました。
さもありなん。
立て続けに二件も密室殺人が起きたうえ、もう犯人が判明したというのですから。
「ではラース先生、お願いいたします」
「はい」
みなさんの前に立つラース先生。
今回もわたくしはラース先生から何も真相は聞かされていないので、誰が犯人なのか、ドキドキですわ。
「まずは単刀直入に犯人が誰かをお話しします。この事件の犯人、それは――あなたです」
「「「――!!」」」
「え? 私?」
ラース先生が指差したのは、今までわたくしたちとまったく絡みがなかった、一人の村人の女性でした。
小説でいうところの、名もないモブといったところです。
そんな!?
ミステリー小説では、まったく絡みのないモブを犯人にするのは御法度だと聞いたことがありますが、まあ、これは現実なので、モブが犯人である可能性も十分ありますわよね……。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何を根拠に、そんなことを!」
「それはあなたの頬ですよ。あなただけ、頬に魔除けが描かれていないじゃありませんか」
「あ……」
ああ、言われてみれば確かに、村人の中でこの方だけ魔除けが描かれていませんね。
ですが、それだけで犯人と決めつけるのは、牽強付会では?
「僕の予想では、これは魔除けなんかじゃありません。これは――ドッペルゲンガーであることの証です」
「「「――!?」」」
ド、ドッペルゲンガー……!?
それって見たら死ぬと言われている、もう一人の自分のことですか……!?
「お前のもう一つの名前であるドッペルフォックスは、『ドッペルゲンガーを創り出す狐』という意味だったんだろ? 九尾の狐――いや、オマツ」
「「「――!?!?」」」
えーーー!?!?!?
「うふふ、お見事でありんす。こんなにすぐ見破られたのは、数百年生きてきて、初めてでありんすよ」
「「「――!!!」」」
モブ女性の顔が、一瞬でオマツさんのものに変わりました。
そして頭に白い狐の耳が生え、お尻の辺りからは、九本の白く立派な狐の尻尾が生えてきたのですわ。
そんな……。
オマツさんが犯人で、しかも九尾の狐だったとは――!!
わたくしたちはずっと、九尾の狐と共に、この村まで旅のお供をしていたというのですか――!
「油断したな。お前はずっと一人称は『わっち』を使っていた。だがついさっき巫女装束を着たオマツは、自分のことを『私』と言っていた。あれはドッペルゲンガーのオマツだったから、つい『私』を使ってしまったんだろう?」
あ、そういえば、そうだったかもしれませんわ!
「うふふ、まさかそんな些細なことでバレてしまうとは。でも、たまたま言い間違えただけだとは思わなかったんでありんすか?」
「もちろんそれだけなら、僕もそこまでは疑わなかったさ。――だが、僕は今朝お前に会った時から、ずっとお前を怪しいと思っていたからな」
「ほほう?」
マジですか!?
確かにラース先生はたびたび、オマツさんに意味深な視線を向けてはいましたが……。
「お前は花魁だろう? だったら働くのは真夜中なはずだ。なのに、あんなに朝早くにあんなところを歩いているのは違和感があったんだ。百歩譲ってそのまま遊郭に帰るならまだしも、寝ないで実家に向かうのはあまりにも不自然。しかも半日歩き通しでもまったく疲れを見せない底なしの体力。だがそれも、人間ではなく、九尾の狐だと仮定すると腑に落ちる」
「……! なるほどなるほど」
ああ、仰る通りですわ!
「大方昨日ヴィクトリア隊長に会った時から、ヴィクトリア隊長を獲物として見張っていたんだろう? だから今朝僕たちが宿屋から出て来たタイミングで、偶然を装って話し掛けてきたんだ」
「うふふ、その通りでありんす。ヴィクトリアさんほど濃密な魔力を持った人間を見たのは、これだけ長く生きてきて初めてでありんすから。きっとそのお肉は、さぞかし甘美な味がするに違いないでありんす」
「……!」
九尾の狐は、わたくしに湿度のある視線を向けてきました。
やれやれ、人気者は辛いですわ。
それにしても、この村の人たちは、全員九尾の狐が創り出したドッペルゲンガーということですか……。
ドッペルゲンガーたちは、皆一様に主から指示を待つ操り人形のように、微動だにせず虚ろな表情をしています。
つまりこの村の人たちは、みんな九尾の狐に――。
――あ。
「で、ですがラース先生、二件の密室殺人は、どうやって成立させたのでしょうか?」
「それは簡単ですよ。――ドッペルゲンガーに自殺させればいいだけです」
「――!」
じ、自殺……!?
「うふふ、正解でありんす。――ほら、こんな風に」
「「「――!!」」」
その時でした。
タイゾウさんとオツルさんのドッペルゲンガーの右腕が肥大化し、爪が鋭く伸びました。
なっ!?
「ぎゃあああああ」
「きゃあああああ」
「「「――!!」」」
そして二人はその爪で、自らの胸を斬り裂いて鮮血を噴き出したのです……。
くっ、いくらドッペルゲンガーとはいえ、ムゴい……。
「せっかくのお客さんをもてなすための余興として、密室殺人はなかなか趣があると思ったんでありんす。楽しんでいただけたでありんすか?」
コイツは、そんなことのために、これだけのことを――!
「こんなことをして、胸が痛まないのですか!?」
まあ、化け物であるコイツにこんなことを訊くだけ、野暮かもしれませんが。
「でも、これはオマツが望んだことなんでありんすよ」
「……は?」
ど、どういうことです……?
「【狐祓いの儀】という名前は噓でありんす。この儀式の本当の名前は【狐贄の儀】。年に一度、わっちに生贄を捧げるための儀式だったんでありんす」
「「「――!!」」」
そんな……!!
「それで去年の生贄に選ばれたのが、この顔の主であるオマツだったんでありんす」
九尾の狐は、自らの顔を愛おしそうにそっと撫でます。
「オマツはタイゾウとシゲとオツルの手によって、無理矢理生贄にされてしまったんでありんすよ」
「「「――!!」」」
あ、あの三人が、オマツさんを……!?
「シゲは自分より優秀な妹をずっと妬んでいたし、オツルは自分と然程年の変わらない、義理の娘のオマツを煩わしく思っていたでありんす。そしてタイゾウも、妻が死んですぐ愛人と再婚したことをオマツから事あるごとに責められて、辟易していたでありんす。三人にとって、オマツは目の上のたんこぶだったんでありんすよ。だからこそ三人は共謀して、わっちにオマツを捧げたんでありんす」
「……」
それは、酷いですわね……。
いえ、元はと言えば、生贄を捧げさせていたコイツが一番悪いのは言わずもがなですが。
「わっちはオマツを喰う前に、オマツからそのことを聞いて大層同情したんでありんす。だからこそオマツの無念を晴らすため、オマツを喰った後は、この村の人間全員を喰ってやったんでありんす」
「「「――!?」」」
そ、それは――!?
「待ちなさい! オマツさんの無念を晴らすだけなら、タイゾウさんとシゲさんとオツルさんだけを喰えばいい話ではないですか!? 何故他の方々まで喰う必要があったのです!?」
「おや? おやおやおやおや、これはこれは、確かにその通りでありんすなぁ。わっちとしたことが、テンションが上がって、ついやりすぎてしまったでありんす」
九尾の狐はころころと笑います。
コイツは――!!
「でもちゃんとオマツの意思も継いでるんでありんすよ? オマツはエドゥで働くのが夢だと言っていたでありんすから、わっちがオマツの代わりに、オマツの顔でエドゥで遊女として働くことにしたんでありんす。遊女の仕事は、人間と二人きりになるのに最適でありんすからなぁ。美味そうな客はその場で喰って、肉霊にして帰せばバレることもない。この一年は、実に充実した一年でありんした」
肉霊というのは、ドッペルゲンガーのことでしょうか?
『肉体を持った霊』という名前は、まさしくドッペルゲンガーに相応しいですわね。
「――もういいですわ。貴様がただの害獣であるということが、よくわかりましたわ」
「ニャッポリート」
わたくしは右手で握っている【夜ノ太陽】の切っ先を、九尾の狐に向けます。
「九尾の狐、長きにわたり数え切れないほどの人々の命を無残に奪ったその罪、万死に値します。――ブッ殺ですわッ!」




