表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/121

第94話 呼び出し

 翌日も、藤堂君は堂々と恋人同士のように歩いた。あ、違った。恋人なんだよね。まだその言葉に違和感はあるけど。でも、こんなにも手を繋いだり、教室でも2人で話していると、ああ、私たちって、付き合ってるんだねっていうことを、実感できる。


 すっかり私たちは、仲のいいカップルで、誰も、文句を言うこともなければ、質問をしに来ることもなくなった。

 本当に自他ともに認める、カップルになっているのかも、私たちって!


 ほわわん。嬉しいかも。これが、「付き合ってる」っていうことなのかしら。

 なんで今まで、堂々と「穂乃香」「司君」って言い合わなかったんだろう。


 ああ、足がもしかすると私、浮いてるかも。地に足が着いていないかも。

 顔がにやけっぱなしで、歩いていると、麻衣と美枝ぽんに注意された。

「にやけてるよ」

「まあ、嬉しいのはわかるけどさ」


「やっと、カップルらしくなって来たもんね。お二人さん」

 麻衣の言葉に、私はもっと浮かれてしまった。


 そして放課後、みんなで勉強をした。藤堂君は、ポーカーフェイスで麻衣と美枝ぽんに勉強を教えていたが、私に教えだすと顔つきが変わり、どうもポーカーフェイスでいられなくなるようだった。

「わかった?穂乃香」

「うん」


 そんな会話をしていると、

「わあ。穂乃香には、話し方が優しいんだね」

「顔つきも違う」

と美枝ぽんと麻衣に言われてしまった。


「う、うっさいよ。さ、次。英語やるよ」

 藤堂君はそう言って、さっさと英語の本を開き、

「ここの和訳は」

とぺらぺらと話し出した。


「あ、待って、待って。もう一回言って~~」

 美枝ぽんが泣きついた。仕方なく藤堂君はもう一回、ゆっくりと和訳を美枝ぽんに教えてあげている。だけど、顔は無表情。

 この無表情。私の前では見せないから、なんだか、新鮮かも。今までは学校でずっとこうだったんだよねえ。


「さて、他の教科は、各自でできるよね?」

 藤堂君はそう言って、ノートをしまい出した。

「うん、ありがとう、藤堂先生」

 麻衣がそう言った。美枝ぽんもありがとうと言って、片づけだした。


「まさか、帰ってからもテスト勉強を2人でするの?」

「するよ」

 藤堂君が麻衣の質問に、無表情で答えると、

「いいなあ。家庭教師がいるようなもんじゃん」

と麻衣は私を羨ましがった。


「うん、えへ」

 私が照れながらうなづくと、横で藤堂君は私を見て、くすっと笑った。あ、いつもの笑顔だ。

 それから、藤堂君は顔を後ろに向けた。

「さて、美枝ぽん、私らは先に、帰るとしますか」

「そうだね。これ以上邪魔しちゃ悪いしね」


 そう言って、2人はさっさと教室を出て行った。

「邪魔じゃないのにね?」

と私は藤堂君に言ったが、藤堂君はなぜか顔を赤らめ、

「穂乃香、可愛い」

とわけのわかんないことを言った。


「え?なんで?」

 いったい、どこを見てそんなことを言いだしたの?

「さっき、嬉しそうにうなづいてたのが、可愛かった。俺、やばかった。可愛いって言いそうになった」

「……」

 さっき?いつ?いったいいつ?


「穂乃香…」

 藤堂君は顔を近づけたが、

「あっと、学校ではやばいね」

と言って、キスをしないで顔を遠ざけた。そして、

「帰ろうか」

と私の手を取って歩き出した。


「うん」

 ドキン。学校じゃなかったら、キスしてた?

 ドキドキ。ああ、まだ私はキスだけでも、心臓が高鳴っちゃう。いつ、大丈夫になるんだろうな。


 学校を出て、手を繋いで歩いていると、後ろからカツカツカツという、ものすごいヒールの音が聞こえてきた。そしていきなり、

「司!」

と言って、藤堂君の背中を叩いてきた人がいた。


「いって~~な、誰?」

 二人で同時に振り返ると、なんと藤堂君のお母さんだった。

「あれ?」

 藤堂君はびっくりして、慌てて私の手を離した。

「なんでこんなところに、いるんだよ」


「呼び出されたのよ!」

「え?」

「学校に、あんたと穂乃香ちゃんのことで」

「え~~~?」

 なんで、なんで?どうして?!


「ここで話すことでもないから、家で話すわ。先に帰ってるからね。ああ、腹の立つ!これだから、頭の固い先生は嫌い。もっと、この学校は話が分かる高校かと思ったのに」

 そう言って、藤堂君のお母さんはぷんぷん怒りながら、またカツカツカツとヒールを鳴らし、駅に向かってどんどん歩いて行ってしまった。


「頭の固い?」

 藤堂君はそう言うと、黙り込んだ。

「まさか、俺と穂乃香の交際をどうとかって、言われたのかな」

「え?」


「それとも、一緒に住んでることを注意されたか?」

 え~~~~?

 まさか、まさか。一緒に住んではいけませんとか?まさかでしょう?


 藤堂君と、ちょっと暗くなりながら家に帰った。お母さんがあんなに怒るって、いったい、どうして呼び出されたりしたんだろう。


 家に着くと、お母さんは待ってましたとばかりに私たちをリビングに呼んだ。

「何て言われたと思う?」

「さあ?でも誰に呼ばれたの?担任?」

「違うわよ。担任の田島先生は、話の分かるいい先生じゃない。こんなことでわざわざお呼び出しして、申し訳ないですって謝っていたわよ」


「じゃ、誰に?」

「風紀の、なんとかって、すんごい嫌味なばばあよ!」

 ばばあって…。

「ああ、大山先生ね」

「大山だっけ?そういえば、やたら背の高い山みたいなばばあ」


「…母さん、口悪すぎ…」

「だって、司。なんて言って来たと思う?あの頭の固い大山が」

「…俺と結城さんのこと?」

「そうよ。あんたたち、教室で放課後、キスしていたんだって?」


 あちゃ~~。やっぱり、そのこと。

「それ、すごい噂になってるらしいじゃない。学校でもいちゃいちゃしているし、交際するのは反対しないけど、高校生なんだからもっと節度を持って、接するように注意してくださいだって!」

「節度?」

 藤堂君は一瞬、眉をひそめた。


「それにね。うちに穂乃香ちゃんが住んでいるのまで、担任に聞きだして、家では大丈夫なんですか?万が一のことがあったら大変ですから、家での監視は十分にお願いしますよって、言われたの!」

「監視?」 

 藤堂君は、眉をもっとしかめた。


「信じられない。たかが学校でキスしたくらいで!アメリカじゃ、どこでもみんな、キスしまくってるわよ」

「いや、ここ、アメリカじゃないし」

 藤堂君はなぜか、そうお母さんに突っ込んだ。


「だけどねえ。あの学校、何年か前に妊娠した生徒を、卒業させてあげたんでしょ?籍も入れてちゃんと結婚もしたっていうの、聞いたことあるわよ」

「うん」

「それだけ、話の分かる学校だって思っていたのに」


「あの風紀の先生が、転任してきたのは去年だよ。それで、妊娠や結婚のことを知って、さらにまたそんな生徒が出ないよう、うるさく監視してるみたいだって、そんな噂は聞いたことがある」

「そうなの?」

 藤堂君のお母さんはそう言ってから、はあってため息をついた。


「でも、あまり生徒には直接言わないみたいだね。きっと、親を呼び出して言ってるんだろうな」

「そのやり方もせこいし、ああ、とにかく、頭に来たわ」

「母さんがなんで、そんなに怒ってるんだよ」

「古臭すぎるからよ!」

「……」

 藤堂君が、お母さんのあまりの剣幕に、黙ってしまった。


 私は話に参加できなかった。何をどう言っていいかもわからない。

「は~~あ、まったくナンセンスもいいところよねえ」

「…」

 藤堂君はまだ、黙っている。


「ま、しょうがないわよね。これからもまだ、こんなことがあるようなら、一緒に住んでいるのも、もう一回考えさせてもらいますなんて、あの大山が言ってたし、しばらくは学校では大人しくしててくれる?司」


「それ、一緒に住むことを、やめさせるってこと?そんなこと高校の先生ができるの?」

「穂乃香ちゃんのご両親に、連絡するんじゃない?今回は私から連絡しますって言っておいたから、学校からは連絡しないと思うけど」


「え?」

 私が思い切り引きつったからか、お母さんが優しく私を見て、

「しないわよ。安心して。もし、穂乃香ちゃんのお父さんに知られたら、転校させられちゃうもの。連絡したりしないわ」

と言ってくれた。


「わかったよ。節度を持った交際ね。まあ、今までに戻るだけだから、大丈夫だよ」

 藤堂君は下を向いて、静かにそう言った。

「今まで?」

 お母さんが藤堂君に聞いた。


「…学校ではあまり、話したりしていなかったんだ。最近になって、よく話すようになったけど」

「なんで?」

「…うるさくひやかされるのが、嫌で…」

「そう。ごめんね、穂乃香ちゃん、せっかく付き合ってるのに、いちゃいちゃできないなんて、寂しいと思うけど、その分家では、いちゃついてかまわないから」

 ええ?!


 私はその言葉に、顔が一気に熱くなった。

「母さん、家でもそんなにいちゃつかないから」

「あら、遠慮はいらないわよ。家族の前でも、堂々といちゃついてもいいし、穂乃香って呼んでもかまわないのよ?司」

 し、知ってるの?そう呼び合ってること。お母さん、怖いよ。どこまで知ってるの?

 藤堂君も思い切り、顔を引きつらせた。


「うちは、お父さんだって反対はしないし、大丈夫。だいたい今どき、高校生で清いお付き合いをだなんて、そんなこと言ってるほうがおかしいわよね」

「いや、そんなこともないって…」

 藤堂君は静かにお母さんに、そう言い返した。


「あら、だって、私だって初体験は高校2年の夏よ。隣りのクラスの子と。付き合ってまだ、2か月とか3か月の時だったわよ」

「…母さんの経験はいいよ、別に」

 藤堂君が思い切り戸惑っている。そうだよね。親の初体験の話はさすがに引くよね。私だって、親の話は聞きたくないかも。


「まだまだ、初々しかったわ。ドキドキしっぱなしで、相手も初体験だったから2人して、大変だったわね」

 何が大変?!

「そうそう。学校でだったし、彼が用意もしてなくってね。後でひやひやしたわよ。一週間くらい、生理も遅れたし。だからね、司、くれぐれもそれだけは…」


「母さん!穂乃香が困ってるだろ。そういう話は穂乃香の前でするなよ!」

 わ。いきなり、藤堂君が怒った。それに今、穂乃香って言っちゃたし。

「…ごめんね。穂乃香ちゃん。そっか。こういう話、駄目よね?」

「は、はい」

 私はカチコチに固まって、うなづいた。


「ごめんね?」

 藤堂君のお母さんはまた、優しく謝ってくれた。

「俺、部屋に行くから」

 藤堂君はそう言うと、さっさと2階に上がって行った。

「わ、私も」

 私は慌てて、藤堂君を追いかけた。


 藤堂君は自分の部屋に入る直前、私を見て、

「穂乃香。俺…」

と話しかけてきた。

「え?」


「俺、もう家でも手は出さないから」

「え?」

「もちろん、学校でも」

「…」

 家でもって?


「キスもやめるね」

 学校でってこと?

 藤堂君は自分の部屋に入り、バタンとドアを閉めた。

 私も自分の部屋に入った。そして、鞄を置いてペタンと座り、考え込んだ。


 えっと、手は出さないもなにも、もちろん、前から手は出してないよ。出したら叩いていいって言ってたし、誓いも立ててた。

 それに、えっと、キスもしないっていうのは、もちろん、学校でだよね?


 あれ?

 家でもってこと?


 なんだか、ドアを閉める藤堂君の顔が冷たく見えたのは、なぜ?


 そしてその日から、本当に藤堂君は手を出さないどころか、キスも、手を繋ぐのも、いっさいしてくれなくなってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ