第91話 注目の二人
翌日も藤堂君と一緒に登校をした。やっぱり、駅に着いた時から、何人もの女生徒から藤堂君は挨拶をされ、私にまでみんな挨拶をしてきた。
「お似合いのカップルだよねえ」
そんな声がいろんなところから聞こえてきて、私はずっと顔を赤くして歩いていた。
藤堂君をちらっと見ると、まったく動じず。平然とした顔をして歩いている。
ああ、昨日はずうっと可愛い笑顔だったのに、またポーカーフェイスの藤堂君に戻っちゃった。
教室に入ると、藤堂君と私に岩倉さんがおはようと声をかけてきた。
「おはよう」
藤堂君はちゃんと挨拶を返して席に座った。私も岩倉さんに、おはようを言った。
岩倉さんは、そのあとも何かを言いたそうにしたが、黙ったまま前を向いた。
会話にはならなかったものの、岩倉さんが自分から声をかけるっていうことは、もしかするとかなりの快挙かもしれないよなあ、なんてわけのわかんないことを思いながら、私は席に着こうとした。
そこへ、ダダダッと麻衣と美枝ぽんがすっ飛んできて、私の両腕を掴まえ、私は廊下に連れ去られてしまった。
藤堂君はその様子を、きょとんとした顔で見ていた。ああ、その顔も可愛い。
って、そうじゃなくって。
「な、なに?どうしたの?」
廊下の端っこに連れていかれた。
「どうしたの?じゃないよ。ずっとメール待ってたんだよ。こっちからするのは悪い気がしてさあ」
麻衣がそう言った。
「そうだよ。どうだったの?藤堂君とどうだったの?」
美枝ぽんは鼻を膨らませている。
「え?ああ、そっか」
2人だけの週末のことを聞きたかったのか。
「えっと、なんにもなかった」
私は無理やり無表情を作り、そう言った。でも、藤堂君みたいにうまく無表情になれなくって、かなり顔が引きつったかもしれない。
「やっぱり?そうだよね。国宝ものを相手にしたら、いくら藤堂君が男でも手を出せないよね」
み、美枝ぽん。いくら藤堂君が男でもって、どういうこと?それに、国宝ものって私のことだよね?
「なんだ~~」
麻衣ががっかりした顔をした。
「もしかして、2人とも面白がってた?」
「え?そ、そういうわけじゃないけど」
麻衣は首を横に振ったが、美枝ぽんはその時、思い切りうんとうなづいていた。
「あ~~あ。2人っきりで過ごしたっていうのに、何もなしかあ」
「藤堂君も、よく我慢したよねえ」
2人はそう言って、とぼとぼと教室に向かって歩き出した。
なんだよ~~~~。勝手に面白がってないでよ~~。こっちは、心臓がバクバクしどおしで、大変だったんだから!
でも、そんなことも言えない。きっと、何で心臓がバクバクだったんだと、突っ込まれそうだ。
教室に戻ると、藤堂君は沼田君と話をしていた。ああ、すっかりあの二人は、仲よしに戻ったんだなあ。
「よお。穂乃ぴょん」
それから、沼田君は私にも、前みたいに話しかけてくるようになった。
「なんだか、女子から人気があるんだって?」
「え?私?」
「うん。すごいね、司っちとお似合いのカップルだって、そんな噂もあるみたいだし」
か~~~~。顔が火照る。
「ところで、いっつも一緒に登校してるし、帰るのも一緒らしいけど、最近なんで穂乃ぴょんは、江の島方面の電車に乗ってんの?」
「え?」
「まさか、司っちのこと送ってるの?」
「ううん」
「だよねえ。その逆ならあり得るけど。でもさ、なんで彼女が彼氏を送っているんだって、そんな変な噂も流れてるよ?」
「え?そんな噂も?」
「うん」
「そうか。結城さんが江の島方面の電車に乗ってるって、誰かに見られたのか」
藤堂君はようやく、口を開いた。今までなぜか、黙っていたけど。
「それも、ほぼ毎日…って、聞いたけど、そうなの?」
沼田君は私の表情をなんだか、うかがっているみたいだ。
「……あの、実は。私、引っ越したの」
「え?」
「江の島のほうに」
「なんだ。そうなんだ!全然知らなかった」
「…それで、藤堂君の家と近くになったから、江の島まで一緒なの」
「そっか~~。なるほどね」
ああ、なんだか、沼田君のことをだましているみたいで、罪悪感だ。沼田君には本当のことを言ったほうがいいのかなあ。
でもなあ。
言いづらいなあ。
藤堂君を見た。すると藤堂君は、ちょっと眉をしかめて、何かを考えているようだ。もしかして、同じことを考えているのかなあ。
教室では、私も藤堂君も会話がいつも少ない。隣りにいるというのに。いや、隣にいるからこそ、なんとなくよそよそしくなってしまう。
お昼はすっかり別行動になってしまった。私は麻衣と美枝ぽんと。藤堂君は今日、沼田君とお昼を食べるようだ。
いいんだけど。家に帰ったらずっと一緒だし。
だけど、私たちの会話が少ないと言うのは、周りの人にとって不思議なことのようだった。
「ねえ、藤堂君って、やっぱり口数少ないよね」
「え?」
「二人のことを見ていると、ほとんど会話がないじゃん」
食堂に沼田君と藤堂君が行ったので、私たちはなんとなく教室に残って食べていた。そして、教室で食べていたクラスの女子が、私にそう聞いてきたのだ。
「えっと」
困ったぞ。
「きっと会話がなくっても、以心伝心なのよね?」
美枝ぽんがわけのわかんないことを言った。
「うそ、もうそんな関係なの?」
「え?そんな関係?」
私の声が裏返った。
「もう、心で通じ合うような、そんな仲なの?」
「え?」
「だから、もう、藤堂君と一線を越えた…」
「ないないない、ないから!」
私は焦りまくって、首を振った。
「なんだ。ああ、びっくりした。そうだよね。会話も少ないのに、そんな仲になるほど、進展していないよね」
その子がほっと溜息をついた。
ほら、ほらほら。美枝ぽんがわけのわかんないことを言うから。
「そういえば、引っ越したの?結城さん」
「え?うん」
なんでもう、知ってるの。今朝、沼田君に言っただけなのに。
「藤堂君の家の近くなんだって?いいねえ。彼氏の家の近くに住めて」
「う、うん」
「ねえ、でも本当はどうなの?藤堂君って、奥手?てんで手も出してこないの?」
「キスもまだなの?」
「手はつないでくれるの?」
一気に他の子まで集まってきて、私は質問攻めにあった。
「ストップ」
麻衣?
「まだ、私らお弁当を食べているの。うるさいと食べられないから、ちょっとしばらく黙ってて」
うわ。麻衣ってば、男らしい。
みんなは、わかったと言って、自分たちの席に戻って行った。
「麻衣って、なんだかみんなに一目置かれてるよね」
美枝ぽんがそう言った。私もうんうんとうなづいた。
「そうかな」
「そうだよ。私、男子に啖呵切った後、何人もの子から、さすが麻衣の友達してるだけのことはあるって言われたもん」
「え~~?私って、何もの?」
「それはこっちが聞きたい」
美枝ぽんがそう言って笑った。
そんなこんなで、何事もなく今日も終わろうとしている。わけはなかった。
部活が終わる5時ちょっと前、美術室に沼田君が現れた。
「よ。穂乃ぴょん、絵、はかどってる?」
「うん。でももう、今日はおしまいだよ?」
「片づけるだけ?」
「うん」
沼田君は私の絵を見に、中まで入ってきた。
「へえ。どんどん司っちが、生き生きとしてくるよね」
「そう?」
ああ、私、なんだか意識してるかも。言葉数が少なくなってるなあ。前みたいに沼田君と、話せなくなってるかも。
「今日も司っちと帰るの?」
「うん」
「いつ、引っ越したの?」
「え?えっと…」
うわ。いきなりの質問で戸惑うよ。
「6月の終わりころ」
「なんでまた、急に?」
「い、いろいろと親の都合で…」
ドキドキ。これ以上は嘘つけないよ。もうこの会話は終わりにしてほしいな。
「そうなんだ。もう藤沢には住んでいないんだ」
「う、うん」
「どおりでね。朝、探してもいないわけだ」
「え?」
探した?
「あ、いや。俺の方がいつも早くに行ってたけど、たまに遅くになった時、いるかなって思ってさ」
「…」
「司っち、どう?」
「ど、どうって?」
「その後、どう?」
「だから、どうって?」
「教室だと、本当に会話少ないけど、いつもそうなの?」
あ、ああ。そういう質問か。
「いつももっと、口数多いよ」
「そっか。そうだよね」
?なんで、そんなこと聞いてきたのかな。
「穂乃ぴょん、なんか心配事はないの?」
「え?」
「悩み事とか」
「うん、大丈夫」
「そっか」
???
「なんで?私、悩んでいそうに見えた?」
「いや、そうじゃないけどさ。前はよく、暗くなっていたから、司っちと付き合って、何か落ち込んだりしていないかって、ちょっと気になって」
「…大丈夫だよ?」
「そっか」
?
「じゃ、いいんだ。もう司っち、来るころだよね。そんじゃね」
「うん」
沼田君は颯爽と美術室を出て行った。
なんだ?なんだったんだ、いったい。
「ねえ、結城さん、藤堂君の家の近くに引っ越したの?」
「え?」
いきなり、部員の子が聞いてきた。なんで知ってるの?
「今の誰?」
「クラスメイト」
「ふうん、今も引っ越したって話をしてたけど、そうなの?」
「え?うん」
「それで、一緒に登下校してるんだ」
「うん」
「いいな~~~。藤堂君の家って、江の島なの?近くなら、遊びに行ったりするの?」
「え?」
「藤堂君って、2人っきりでいる時、どんななの?」
なんで、そんなことを聞いてくるんだ?
ガタン。その時、藤堂君が美術室に入ってきた。あ、助かった。
「結城さん、終わった?」
「うん、すぐに帰れるよ」
私はさっさとカバンを持って、みんなにお先にって挨拶をして藤堂君と美術室を出た。
「あ~~、びっくりした」
「え?何が?」
「私が藤堂君の家の近くに引っ越したって、みんなが知ってるんだもん」
「え?」
「もう噂が広がっているから、びっくりだよ」
「そのことだけど」
「え?」
「沼田には、ちゃんと言っておいた方がよくないかな」
ドキン。
「あいつには別に、隠さないでもいいと思うんだ」
「そ、そうだよね。私もそれは思った。でも、さっきも嘘ついちゃった」
「さっき?」
「美術室に来たの」
「沼田が?」
「うん」
「なんで?」
藤堂君はちょっと眉をしかめた。
「なんでかな。引っ越した話をして、そのあと、私に悩み事はあるかって聞いてきて」
「え?」
藤堂君はもっと、眉をしかめた。
「結城さん、何か悩んでいるの?」
「ううん」
私は首を横に振った。
「じゃ、なんでまた」
「そうなんだよね。なんで、そんなことを聞いてきたのかな。私、暗い顔でもしていたかな」
「……」
「あ、お昼一緒だったんでしょ?何か言ってた?」
「俺に?」
「うん」
「いや、別に。映画の話ばっかりしてて、結城さんの話は出てこなかったけどな」
「そっか…」
「あ…」
「え?」
「忘れ物した。ちょっと教室行ってくるから、昇降口で待ってる?」
「ううん、一緒に行く」
「え?放課後の学校、怖いんじゃないの?」
「藤堂君がいるから平気」
私はそう言って、ちょっと浮き足立ちながら藤堂君のあとを追った。
?でもなんで、浮き足立ってるの?
まさか、教室で2人きりになれるから…とか。
自問自答して、私は勝手に赤くなっていたが、藤堂君はそんな私に気が付かない様子で、さっさと教室の中に入って、鞄にプリントを入れていた。
「ああ、数学のプリント?」
「そう、明日までだよね」
「藤堂君、それ、また教えて…」
「いいよ。夕飯終ったら、俺の部屋に来て、穂乃香」
…!
いきなり、「結城さん」から「穂乃香」に変わった。私なんて、学校じゃずっと藤堂君で通しているのに。
「教室、誰もいなかったね」
「え?うん」
「穂乃香…」
「え?」
うわ!キス?
藤堂君が顔を近づけて、唇に触れた。
「最近、美術室、他の部員がいること多いから、なかなか学校でキスできない」
「え?」
「まあ、帰ったらできるんだけどさ」
か~~~~。顔が熱くなった。帰ったらできるって、いったいどこで?ああ、そうか、藤堂君の部屋でか…。
「顔赤い。今、なんか妄想でもした?」
「してないよ」
私は慌てて、首を横に振った。
「慌てて、怪しい」
「してないってば」
「くす」
あ、またからかわれた?
「可愛いよね、ほんとに」
藤堂君はまた、私にキスをした。ドキン。
ああ、胸が高鳴る。
ガタン!
え?
藤堂君と私は、同時にドアのほうを見た。そこには、なぜか1年生の女の子が二人いた。
うぎゃ~~~。見られた?!
「ご、ごめんなさい、覗き見するつもりはなくって、あの…」
2人は真っ赤になってそう言うと、
「きゃ~~~~」
と雄たけびをあげ、廊下を走って行ってしまった。
「み、見られた…よね?」
藤堂君が、顔を赤くしてうなだれた。
「う、う、うん」
私も、顔から汗がだらだらと流れている気がする。
「あ~~~~~~」
藤堂君がもっとうなだれた。
「明日には完璧、学校中に広まってるんだろうな」
「え?」
「俺らが教室で、キスしてたって」
え~~~~?!
そ、そうだよ。広まってるよ~~~~。
ああ、明日が来るのが怖い。




