第88話 散歩
メープルと藤堂君と、海に散歩に行った。藤堂君は浜辺に着くと、メープルのリールを放してあげた。メープルはしっぽを振りまくり、浜辺を走り回った。
ワフワフ。ワフワフ。
藤堂君も途中から一緒に走りだし、2人で(あ、一人と一匹か)走り回っている。
それから藤堂君は、息を切らしながら私のほうに来た。
「石段に座らない?」
藤堂君にそう言われ、私たちは浜辺の石段に座った。メープルはまだ、走っている。
「ああ、メープル、すごい嬉しそうだ」
藤堂君はそう言って、まぶしそうに海を見た。
「気持ちいいね」
「うん」
私の言葉に、藤堂君はこっちを向いた。そして、手をつないできた。
「この辺、知り合いいないの?」
ドキドキ。ちょっと気になり聞いてみると、
「たまにいる」
と藤堂君は言葉少なく答えた。
「じゃ、手をつないでるとこ、見られちゃうんじゃ…」
「誰か来たら、離すよ」
「…うん」
「キスはさすがにできないね。あ、夜だったら周りに見えないからできるかな。今夜、海を2人だけで散歩する?」
どへ?
ブルブル。私は顔を赤くして首を振った。そんなの、「うん」なんて答えられるわけないじゃない。
「やっぱり、駄目?」
くす。藤堂君は私の動揺ぶりを見て笑った。もしかして、冗談だったの?そ、そうだよね。藤堂君が本気で言うわけないよね。
「だけど、夕日が沈むころはかなり、ロマンチックだよ?見たくない?」
ドキン。
「そ、それは見たいかも」
「じゃ、夕方来ようか?」
「うん」
ドキドキ。なんだかまだ、藤堂君のペースだよね。
「穂乃香」
「え?」
ドキン。
「手、離そう」
「え?」
私の手を離して、藤堂君は立ち上がり、
「メープル!」
とメープルを追いかけて行ってしまった。するとその時、後ろから2人の男の人がやってきて、
「あれって、藤堂じゃん」
と藤堂君のほうを指差した。
あ、知り合いなんだ。だから、手を離したんだ。そのうえ、私から離れちゃった。
「よう!藤堂!」
その二人は私の前を通り過ぎ、藤堂君に近寄って声をかけた。
「久しぶりじゃん」
それからしばらく、藤堂君はその男子と話をして、2人と別れてメープルとまた、じゃれ合った。
私、忘れられていない?
ぼけら…。しばらく藤堂君とメープルを見ていた。まあ、あの可愛い笑顔が見れたからいいけど。
そして、さっきの男子の姿が見えなくなった頃、藤堂君はやっとメープルと私のところに来た。
「友達?」
「ああ、うん。中学の時、同じ部だった」
「陸上部?」
「うん」
そうか…。
「穂乃香と一緒にいたって、ばれずにすんだみたいだ」
「一緒にいるのばれたら困るの?」
「あいつら絶対に、ひやかしてくるから」
そういうの、藤堂君苦手だっけ。だからずっと、私から離れていたんだ。
でも、ちょっとそういうの、寂しいような気もする。彼女だよって紹介してほしいな、なんて思ってみたりして。
「腹減ったね。まだ11時だけど、昼めし買って、家で食べない?」
「うん」
「ハンバーガーかなんかでいい?」
「うん」
ファーストフードに寄ってから、私たちは家に帰った。
メープルは大満足をしたらしい。水を飲んで、庭の犬小屋の前でゴロンと横になった。
「メープルって、いつも家の中にいるんじゃないの?」
「基本は外なんだけど…。って、もうほとんど家の中だね。こんな気持ちのいい日は、外での日向ぼっこが好きみたいだから、外にいるけど」
へ~~~。
「メープル、入ってくる時は、足を拭いてやるから呼べよな?」
「ワフ」
藤堂君はメープルにそう言ってから、家の中に入った。私も藤堂君の後に続いた。
それから手を洗い、ダイニングに着いて、お昼を食べだした。
今日、夜までずうっと、藤堂君と2人っきりなんだな。なんだか、嬉しい。いつもは、部活がお互いあって、休みの日だって朝と夜しか顔を合わせられないのに。
「午後、何する?」
藤堂君はハンバーガーを食べ終わると聞いてきた。
「えっと」
ドキン。どうしようかな。ただただ、2人で一緒にいたいんだけど。
「どっか行く?」
「……」
家にいたいなあ。なにしろ、他に誰もいないんだし。だけどそんなことを言ったら、藤堂君どう思うかな。何かを私が期待しているみたいに思っちゃうかな。
「…ん?穂乃香がしたいことするけど」
え?!したいこと?
ボボッ。顔が熱くなった。って、なんで私、真っ赤になってるの?
「…穂乃香?」
「あ、あの、私は別に、その」
わあ。しどろもどろだ。
「…なんで、慌ててるの?」
ああ、藤堂君が不思議がってる。
「…なんでもない」
私はそう言って、残っているハンバーガーをパクっと口に入れた。
「う~~~ん。気持ちいい日だよね。昨日の雨と風が嘘みたいだ。洗濯ものでも干そうかな」
「え?藤堂君って、洗濯するの?」
「うん。するけど。って、洗濯機に放り込んで干すだけでしょ?」
「……私がしてあげるよ」
「いいの?」
「うん」
私は洗面所に行き、洗濯物を洗濯機に入れた。あ、危ない。私の服があった。これは手洗いにしないとダメ。縮んだり、色落ちしたら嫌だもん。藤堂君が洗濯してたら、これもあれも全部一緒くたに洗われてたよ。
なんて思いながら、籠から洗濯する服を取り出していると、その下から藤堂君のパンツが出てきてしまった。
「ああ。これ…」
きっと、藤堂君のだ。ボクサータイプのパンツ。さっき、ちょっとデカいトランクスがあったけど、あれは多分、お父さんので、小さめの可愛い柄のブリーフは、守君のパンツだろうから。
パッ!見ないようにしてさっさと、洗濯機に入れた。ドキドキドキドキ。でも、触っちゃったよ。
私の顔がどんどん熱くなっていく。
真っ赤になりながら、洗濯機に洗剤を入れ、バタンとふたを閉めた。
「ふう…」
ああ、かなり緊張した。
それから自分の服を手洗いして、先に庭に干しに行った。庭ではまだ、メープルが寝転がっていた。
「気持ちよさそうだね、メープル」
そう言うと、メープルは目を開けた。あ、寝てたのに起こしちゃったかな。
「ごめんね」
そそくさと家の中に戻り、リビングに行った。藤堂君は、何か雑誌をソファに座り読んでいた。
「あとは干すだけ?」
「うん」
「それは手伝うよ」
「え?いいよ、私だけでも大丈夫」
「でも、俺のパンツもあるでしょ?」
あ!そうだった。干すのはもっと、恥ずかしいかも。
「うん…。じゃあ、お手伝いお願いします」
と私は藤堂君に言いながら、真っ赤になった。
そういえば、私の全裸は見られたけど、藤堂君のパンツ姿とかは見てないんだな。
って、別に残念がっているわけじゃないけど!見たいとも思っていないけど!
洗濯物を2人で干して、また私たちは家の中に入った。
「2階に行かない?」
藤堂君にそう言われ、私は藤堂君と2階に上がった。
「なんか、DVDでも借りておけば良かったね」
藤堂君は先に自分の部屋に入りそう言った。
「…うん」
私もあとに続いて、藤堂君の部屋に入った。
「なんにもない休みの日って、久しぶりだな。穂乃香は休みの日って何してる?」
「だいたいが部活だし。部活がないと、買い物に行くか…」
「買い物かあ。どっか、これから行く?」
「ううん」
私はその場に立ったまま、そう答えた。いつもなら、藤堂君は、はいってクッションを床に置いてくれるのに、そのクッションが今は、ベッドの上に転がったままだ。
勝手に取って座っていいものかどうか…。
藤堂君は、本棚の前に立ち、腕組みをして何かを考えている。
「俺が持ってるDVDを見てもいいんだけど、結構、マニアックなんだよね。穂乃香の好みじゃないかな」
「え?どんなの?」
「侍の映画とか、SFもある」
侍…。そうだった。そういうのが藤堂君は好きだったんだっけ。
「音楽でもかけようか」
「うん」
藤堂君は音楽をかけると、なぜかベッドに座った。
あれ?ベッドなの?じゃあ、えっと、私は?
「ここにどうぞ?」
藤堂君はまだ立ったままの私に向かって、自分の座っている横を指差した。
え?ベッドに?!なんで?
私の頭は、一気にいろんなことを考えた。
いや。考えすぎだよ。うん。なんでもないって。ただ、ベッドに2人で座るって言うだけで…。
でも…。ど、ド緊張~~~~。
私がかなり間を開けて座ると、藤堂君はまたクスって静かに笑った。
ああ、もう。私が緊張しているのも全部わかってるんだ。それで藤堂君はそれを見て、面白がっているんだ。
「本当にどこにも行かないでいいの?」
藤堂君は私を見ながら聞いてきた。
「うん」
「なんで?」
なんでって言われても。
「い、行きたいところないし」
「…水族館とか、ゲームセンターもあるよ?」
「そういうの、あまりしないし」
「そっか」
「………」
藤堂君、もしかしてつまらないとか?
「あ、あの、司君は?どこか行きたいところあった?買いたいものとかあった?」
「別にないよ?」
「……ほんと?何もしないのは、つまらなかったかな」
「…」
藤堂君は黙って私を見てから、
「ううん。俺は穂乃香と2人でいられるだけでもいいんだけどさ」
と視線を下げて、ぼそっと言った。
「同じだ」
私が思わずそう口走ると、藤堂君は、
「え?」
とびっくりしたように私を見た。
「あ、あの。わ、私も司君と一緒にいられたら、それでよかったから」
か~~~~!ああ、言っててすごく恥ずかしい。
「それ、本当に?」
藤堂君は、真顔で聞いてきた。
「うん」
?なんで本当かどうか、確かめたのかな。
藤堂君は、私のすぐ横まで座っている位置をずらし、それから私にそっとキスをした。
ま、待って。
私、変なこと言った?
あれ?なんだか、藤堂君をその気にさせるようなことを言ってしまったの?
ドキドキドキドキ。わあ。いきなり鼓動が…。
フワ。藤堂君が私を抱きしめてきた。
ここ、ベッドだし。なんだか今の状況って、かなりやばいかも?
「俺、キスだけで抑え切れるかな」
「へ?」
あ、声が思い切り裏返った。
「……やっぱり、外に行く?穂乃香」
うんうん。そっちの方が、身のためだ。
身のためってなんの?ああ、心臓だよ。こんなの心臓が持たないよ。体は硬直しているし、顔は熱いし。
「…穂乃香?」
そうだよ。どこでもいいから、どこかに行こう。散歩…はもう済んだか。じゃあ、ああもう、ゲームセンターでもどこでもいいから。
「穂乃…香?」
藤堂君はまだ私を抱きしめたまま、聞いてくる。うん、だから、外に行こうよ。
でも。
でも、外に行ったら、こんなふうにくっついてはいられないよね?
あ~~~~。私ったら、どうしたんだ。昨日すぐ隣で、藤堂君と手を繋いで寝たからかな。それとも、なんで?
藤堂君のぬくもりを感じているのが、すごく嬉しいし、離れがたい。
ドキドキしっぱなしで、体は硬直しているのに。でも、このまんま、抱きしめていて欲しいよ。
「…なんで、穂乃香、黙っているの?」
「…え?」
「なんで、抱きしめられたままでいるの?まさかとは思うけど、俺、押し倒してもいいの?」
「駄目!」
私は藤堂君から、思い切り飛びのけた。
あ。しまった。藤堂君から離れちゃったよ。いや、離れないと、押し倒されちゃうし。
「クス」
え?
なんでまた、笑ったの?
「もしかして、抱きしめられてて緊張してた?声も出せなかった…とか?」
藤堂君、そんなふうに受け取ったんだ。ち、違うんだけどなあ。
「やっぱり、買い物に行こうか。夜、家で何か作って食べない?」
藤堂君はそう言って、ベッドを立ち上がった。
「うん…」
やっぱり、ただ横にいるだけ…とか、藤堂君のぬくもりを感じているだけ…とか、そういうのは、藤堂君には迷惑なのかな。
手もつながず、ちょっと前を歩いている藤堂君が、すごく遠くに感じた。
それに、そんな藤堂君との距離に、物足りなさも感じている私がいた。




