第87話 笑う藤堂君
翌朝、目を覚ますとまだ、藤堂君は寝ていて、すぐ横で藤堂君の寝顔を見て、私はしばらく感動していた。
10分以上は、見惚れていたと思う。
そして、いきなり藤堂君の目が開いた。
「あ、お、おはよう」
照れる。
「おはよう」
藤堂君もはにかむように笑って、そう言った。
キュン。ああ、朝から可愛い笑顔だ。
それから、藤堂君は布団から抜け出し、
「あ、雨やんだね。外天気よさそうだ」
と言いながら、カーテンを開けた。窓から太陽の日差しが差し込んだ。
時計を見ると、8時を過ぎていた。
「メープルがお腹空かせてる。先に下りてるね。あ、その前に着替えるか」
藤堂君はそう言うと、自分の部屋に戻って行った。
今のうち…。私はさっきまで藤堂君がいた布団に、潜り込んでみた。
うわ。あったかい。藤堂君のぬくもりがそのまんままだある。それに、藤堂君のシャンプーの匂いもほんのりとしている。
は~~。なんだか、藤堂君の腕の中にいるみたいだ。
バタン!
「携帯忘れてた」
その時、藤堂君は私の部屋に入ってきた。
「あ…」
う~わ~~。藤堂君の寝てた布団に潜り込んでるの、ばれた!
「…あれ?なんで、こっちの布団で寝てるの?」
「…」
私は恥ずかしくなり、顔を布団で隠した。
「…なんで?」
藤堂君の声、ちょっと楽しんでいない?
「あ、あったかいなあって思って。つい…」
「俺が寝てた布団に潜り込んだの?でも、どうせなら、俺が寝ている時に来てほしかったな」
「え?」
うわ。声がひっくり返った。
「一緒の布団で本当は寝たかったんだ」
どひゃ。なんてことを言ってるの?
「でででも、そんなことしたら、藤堂君が…」
「うん。多分、そのまま押し倒してた…とは思うけど」
え~~~~?!
「なんてね」
藤堂君はそう言って、部屋を出て行った。
「……え?」
藤堂君、昨日も思ったけど、あんな冗談を言うキャラだったっけ?
私も着替えてから、下におりて顔を洗った。
それからダイニングに行くと、メープルがワフワフ喜びながら、お皿に顔を突っ込んでご飯を食べていた。あれれ?藤堂君は?
「穂乃香、ハムエッグでいい?」
藤堂君はキッチンにいた。
「あ、私が作る!」
「そう?じゃあ、俺顔洗って来るね」
「うん」
ドキドキ。なんかこういうのって、まるで新婚さんみたいじゃない?
かなり嬉しいんだけど。
なんてドキドキしていて、力が入り、卵の黄身がぐちゃってなってしまった。
「ああ、ただの目玉焼きですら、まともにできないなんて…」
情けなさすぎる。
だけど、次の目玉焼きは注意を払ったからか、きれいに焼き上がった。
「ホ…。こっちを食べてもらおう」
そう思って、きれいなほうは藤堂君の席に、そしてぐちゃってなっているほうは、私の席に置いておいた。
それからトーストが焼けたので、それをお皿に乗せたり、コーヒーを入れたりしていると、藤堂君はいつの間にかダイニングにきていた。
「はい。司君もコーヒーで良かったよね?」
そう言いながら、ダイニングテーブルにコーヒーを持って行くと、さっき、きれいなほうを藤堂君の席に置いたのに、ぐちゃってしている目玉焼きのほうが藤堂君の席にあった。
「あ。あれ?私、間違えておいたかな。ごめんね?」
「ああ、いいよ、俺が替えたんだ」
「え?駄目だよ。それは失敗作なの。だから私が食べる」
「いいよ。俺、どうせ目玉焼きは、黄身をつぶして、白身と混ぜて食べるから、こっちのほうがいいんだ」
「……そ、そう?」
「うん」
藤堂君はにっこりと笑った。
「じゃ、食べようか」
藤堂君と席に着き、いただきますと手を合わせてから、朝食を食べだした。
「穂乃香は、目玉焼き、いっつもコショウと塩をかけて食べるんだね」
「え?うん」
「俺は、しょうゆ」
「…トーストとしょうゆ、あう?」
「え?でも別に、トーストにはしょうゆかけないし」
「そうだけど」
「…トーストにはバター塗って食べるから」
「そ、そうだけど…」
藤堂君って、しょうゆ好きだよね。さすがしょうゆ顔なだけある。なんて、アホなことを本人には言えないけど。
「司君って、食べ物の中で何が一番好き?」
「う~~ん。一番って言われても困るなあ。俺、好き嫌いないし…。美味しいものってたくさんあるから」
「そうだね」
「…穂乃香は、大人だよね?」
「え?何が?」
「味の好み。甘いものも苦手みたいだし。あと、わさびとか、ショウガとか好きだよね。それに、塩コショウだけのシンプルな味も好みでしょ?」
「なな、なんでそれ知ってるの?」
「そりゃ、一緒に暮らしてたらわかるって」
どひゃ~。驚きだ。一緒にって言ったって、そんなにまだ経ってないよ?日にち。それなのにもう、そんなに詳しく知ってるの?っていうか、そんなによく私のこと見てるの?
「ばばくさい?私の好みって」
「え?そんなこと言ってないじゃん。大人の味覚なんだなって、そう思っただけだよ」
「……」
ドキドキ。なんだか、そんなにちゃんと見られてるって思うと、変なことうっかりできなくなるなあ。
「で、好きなものは最後に残すタイプ」
「え?」
そこまでわかる~~?
「俺はどっちかって言うと、先に食べるけどね?」
「そ、そうなんだ」
わかんなかった。だって、いつも黙々と藤堂君、食べているんだもん。
「穂乃香って、いろんなことが可愛いよね?」
「え?!」
いろんなことって?
「たまに、独り言言ってるし。よくメープルに話しかけてるし。なんか、そう言うの可愛いなって思ってさ」
「……」
聞いてたんだ、そういうの…。うわ、なんだか恥ずかしい。
「……穂乃香」
「え?」
「なんか、いいね。2人きりでの朝食」
「う、うん」
わ~~。何だか思い切り顔がほてってきちゃった。どうしよう。
「…顔赤いけど、照れてる?」
「う、うん」
「くす」
また笑われた。
「俺、今日家族のみんないないじゃん?」
「うん」
「だから、顔、ポーカーフェイスにならないよ。いい?」
「え?いいって?」
「思い切り、にやつくかも」
「…い、いいよ?」
「ほんと?がっかりしない?」
「うん」
?なんで、がっかり?それよりもきっと、嬉しいけどな。
「そっか。よかった」
そう言うと藤堂君はまた、はにかむように笑った。あわわ。その笑顔は超可愛いんですけど!
ああ、ビデオに撮りたいほどだ。そして永久保存にする。
でも、私の脳裏に焼き付いて、すでに永久保存されたかも。
「朝ごはん終ったら、天気いいし、メープルの散歩に行く?」
「え?うん」
「ワン!」
私の声とメープルの声が重なった。
「なんだ、メープルも聞いてた?あはは。そんなに舐めるなって、くすぐったいだろ」
メープルはしっぽをグルグル振り回し、立ち上がって藤堂君の顔をベロベロと舐めた。
いいなあ。
だから、私はいったい、何に羨ましがっているんだ?
キスかな。ああ、おはようのキスとか、そういえば、なかったなあ。
って、何を考えているんだ、私は~~~。
「穂乃香、顔赤いけど、どうしたの?」
ドキン。気づかれた。
「なななな、なんでもない」
「なんか、変な妄想でもしてた?」
「ち、違うよ。ただ、メープルが羨ましかっただけで」
「…え?なんで?」
「…」
そうだよね。なんで?って聞くよね。私だってわかんないもん。
私が黙り込んでいると、藤堂君はメープルの頭を撫でているのをやめて、私の頭を撫でた。
「これ?してもらいたかった?」
う。ちょっと違うかも。でも、黙ってうなづいた。
「…穂乃香」
「何?」
呆れたとか?
「可愛すぎる」
え~~~?わ~。顔がまた赤くなるよ~~~。
真っ赤になってうつむいていると、藤堂君はそんな私の頭をずっとなでなでしていた。
なんだか、私まで犬になった気分。
「穂乃香って時々、子供みたいに見える」
「え?」
「特に寝てる時は、思い切り赤ちゃんみたいな寝顔で、可愛いよね」
赤ちゃん~~~~?うそだ~~~~。どんな寝顔よ?かなり間抜けな寝顔なの?
「可愛かったから、俺、昨日穂乃香が寝てから、キスしてた」
「え?!」
「おでこにも、ほっぺにも、唇にも。穂乃香、爆睡してたね。全然起きなかった」
「…………」
か~~~~~~~~~~っ!顔から火、出た~~~~~~~!
「あ、もっと顔が赤くなってる」
「と、藤堂君はすぐに寝なかったの?」
「うん。穂乃香の寝顔が見たくって、見てたよ?」
え~~~~~!!!!!
私は両手で顔を隠して、うつむいた。
「え?なんでそんなに恥ずかしがってるの?昨日は俺が寝ている時にキスして来たのに」
「あ、あれは」
「ずるいよ、自分だけ、そんなことして」
「ず、ずるいって言われても…!」
「くす」
あ~~。また笑ってる。
「なんか、穂乃香って」
ドキン、な、何?
「からかいがいがあるよね。それだけ反応してくれると」
……え?
「あはは。ほんと、可愛いよね」
………。やっぱり、からかわれてたんだ。
藤堂君は笑いながら、メープルとじゃれつきだした。
そういえば、藤堂君がさっき言ってたように、今朝の藤堂君はずうっと、笑っているかも。にやついている顔って自分では言ってたけど、全然だ。ずうっと笑顔が可愛いよ。
そうか、私のことからかっては笑っているけど、私を藤堂君はからかったあと、あの可愛い笑顔を見せてくれるんだな。
じゃあ、ちょっとからかわれてもいいかな。あの特典がついてくるなら。
な~~んて…。
と、思っていたのは、甘かったかもしれない。と、あとで後悔することになるとはその時は思ってもみなかった…。
いや、待てよ。後悔じゃないか。
そうなんだ。私は藤堂君にドキドキさせられるのが、どうやら嬉しいみたいで結局は喜んでいるんだ。




