第84話 停電
ガタガタ…。ガタガタ…。
風はさらに強くなった。窓に打ちつける雨の音も激しい。それに、窓がさっきから、今にも開きそうな勢いできしんでいる。
まるで台風が来たみたいだ。
ビュ~~~~~ッ。ガタガタガタ…。
私はこういう天候も、こういう音も苦手だ。窓だけじゃなく、家まできしんでいるようだ。
布団に丸くなり、掛布団を頭からかぶった。
どうしよう。藤堂君を呼んでみようかな。
私は布団からもそもそと抜け出て、壁をトントンとノックした。
だが、藤堂君からはなんの返事もなかった。
怒ってる?
それとも、この風の音で聞こえないの?
ビュ~~~ッ!ガタガタガタ。
ああ、なんだか、もっと激しくなったような気がする。と、その時、いきなり目の前が真っ暗になった。
まさか、停電~~~?!!!
どうしよう。真っ暗だ。
「と、藤堂君!」
壁に向かって呼んでみた。でも、返事がない。まさか、部屋にいないの?
バタン!隣の部屋のドアの閉まる音が聞こえた。ああ、藤堂君、いるんだ。
トントン。
「穂乃香、大丈夫?開けるよ?」
藤堂君の声がして、ドアが開いた。すると、真っ暗な中に一点の明かりが見えた。ああ、藤堂君が携帯を開けて、足元を照らしているんだ。
「今、下に行って懐中電灯持って来るから」
藤堂君はそう言って携帯をかざしながら、階段を下りて行ったようだ。
「携帯、携帯」
私は手で探って私の携帯を探し当て、すぐに開いた。少しだけど、手元が明るくなった。
「うわ、いって~~~!」
藤堂君の声が一階から聞こえた。大丈夫かな。どこかにつまづいたのかな。
「ワンワン!」
「メープル、大丈夫だよ。弁慶の泣き所をぶつけただけだ」
藤堂君の声が聞こえた。あ、そうだった。一階にはメープルもいるんだった。
「メープルは大丈夫か?2階に来るか?」
ワフワフ…。
そんな藤堂君とメープルの声がしてしばらくすると、藤堂君は懐中電灯の明かりをつけて、2階に上がってきた。
「ごめん、待たせて」
藤堂君は大きな懐中電灯を持っていた。
「ろうそくは危ないから、懐中電灯のほうがいいよね」
「うん」
藤堂君は私の部屋の机の上に、懐中電灯を置いた。一気に部屋全体が、明るくなった。
「藤堂君のは?」
「ないよ」
「え?」
一つしかないの?
「ランタンがどこかにあったはずなんだけど、もしかすると外の物置かもしれない。でも、この雨じゃなあ」
「懐中電灯、藤堂君の部屋に持って行っていいよ。私もう、寝ちゃうから」
「暗いよ?平気なの?」
「……」
本当は怖い。だけど…。
「メープルが2階に来れたらね、そばにいたら怖くないでしょ?」
「え?うん」
来れたらねって、どういうことかな。
「だけど、メープル、来ないんだよ。2階…」
「なんで?」
「うちの親が、きびしくしつけしちゃって。2階にはあがらせなかったんだ。だから、絶対に来ないんだよね」
「そ、そうなんだ」
「……穂乃香、一人で怖くない?」
怖いけど。だけど…。
「俺がいたほうが返って怖い?」
ギクギク…。
「そ、そんなことは…ないけど…」
私は、しばらく黙ってうつむいた。
藤堂君はいきなり立ち上がり、押し入れを開けた。何をするのかと思ったら、押し入れから布団を出して、敷き始めた。
まさか、ここに寝るつもり…?!
「何もしないよ」
「え?」
「約束する」
「……」
じゃあ、やっぱり。
「一人じゃ怖いんでしょ?」
藤堂君が優しくそう言った。なんでわかったのかな。実は、停電で真っ暗になるのも、すごく苦手なんだ。
「穂乃香、怖がりだもんね」
あ、そうか。それ、知ってたんだ。
「もしかしたら、電気、もうすぐ復活するかもしれないけど。それまではいるよ」
藤堂君はそう言って、隣に敷いた布団に寝っころがった。どうしよう。私は、掛布団に足だけをいれ、布団の上に座ってみた。
横を向くと、藤堂君は優しく私を見ている。
ドキン。ああ、何か話さなくっちゃ。
「こ、この辺は停電、よくするの?」
「うん、よくするよ」
「藤堂君、足、大丈夫だった?」
「ああ、さっきは思い切りぶつけて痛かったけど、もう平気」
「そう」
「司…」
「え?!」
何?
「呼ぶ練習したんじゃないの?」
ああ、そうだった。私、藤堂君って呼んでた。
「つ、司君…」
すごく小さな声で言ってみた。
「雨の音で、聞えなかった」
藤堂君にそう言われてしまった。だけど、もう恥ずかしくって呼べないよ。
「穂乃香の家は、停電だと何をする?」
「うち?うちはあまり、停電にはならないから」
「ああ、そっか」
「藤堂君…、じゃなくって、えっと、つ、つ、司君の家では、何をするの?」
か~~~。司君って言って、今、思い切り顔が熱い。
「…うん。クス」
あ、赤いのばれたのかな。笑われた。
「うちは、ろうそく灯して、怖い話をしてみたり」
「え?!」
私の顔は一気に青くなったかもしれない。怖い話は大嫌いだ。
「たまにね。父さん、そういうの好きで。わざとみんなを怖がらせて面白がってる」
「…」
悪趣味だ。今日、お父さんがいなくって、本当によかったよ。
「綺麗なキャンドルをいっぱい灯して、いきなりギター弾いて歌を歌いだしたりもする」
「だ、誰が?」
「母さんと、父さん」
「…」
不思議なご両親だなあ。
「あと、冬なら寒いから、みんなして布団に潜り込んで、突っつきあったり、バカな話をして笑ったり。あ、これは子供の頃の話だけどね」
「仲いいんだね」
「…変わってる親だから」
停電ですら、楽しんじゃうんだなあ。すごいなあ。
「穂乃香」
藤堂君が手を伸ばしてきた。もしかして、手をつなごうっていうことかな。
ドキドキしながら私は、藤堂君と手をつないだ。
「さっきは、ごめんね?」
藤堂君が照れくさそうに謝った。
「ううん、私も、思い切りたたいちゃってごめんなさい。痛かったよね?」
「うん。赤く掌のあと、ついてない?」
「え?」
そんなに強くひっぱたいたかな。うわあ。申し訳ない。
「なんてね、うそうそ」
藤堂君はそう言うと、クスって笑った。
「…な、なんだあ。冗談だったの?」
「…ひっぱたいてくれてよかったよ。俺、危なかったし」
「え?」
「ごめん。歯止めきかなくなりそうだった。でも、穂乃香、抱きしめても嫌がらなかったし」
ドキン。だって…。
藤堂君を見た。やっぱり、優しい目で私を見ている。
外はまだ、雨の音と風の音が続いている。ガタガタと窓ガラスの揺れる音も、さっきから激しい。でも、全然私は怖くなかった。
一人でいた時には、すごく心細かったのに。藤堂君がすぐ横にいて、手をつないでいてくれて、一気に心細さは消えてしまった。
藤堂君の手のぬくもりも、視線も優しいから、ドキドキしていた心臓もだんだんと落ち着いていった。
できることなら、朝まで、こうやって隣にいてくれないかな。そんなことまで思っちゃってる。
「穂乃香。このまんま、寝ちゃおうか」
「え?」
「なんだか、眠くなってきた」
「私も」
藤堂君は私の手を離し、もそもそと掛布団をかけた。
「穂乃香は?寒くないの?」
私もそう言われ、寝っころがって掛布団をかけた。それからまた、藤堂君のほうに手を伸ばした。藤堂君はすぐに手をつないでくれた。
あったかい手。大きな手。とっても安心する。
「藤堂君」
「司…」
「あ、つ、司君」
「なに?」
「…ごめんね」
「何が?」
「私、まだまだ、その…」
そこまで言って私は、しばらく黙って藤堂君を見た。
「いいよ。無理しないで」
藤堂君も私をしばらく黙って見つめた後、そう優しく言った。
「…うん」
「ずっと、もしかして緊張してた?」
「え?」
「ちょっといつもと、穂乃香、違ってたから」
うわ。気づいていたんだ。
「う、うん。ドキドキしてた」
「…俺も」
「え?うそ」
「なんでうそ?」
「だって、全然平気な顔してたよ」
「俺が?」
「うん」
「…それは、わざと…」
ああ、そうか。藤堂君は照れると、もっとポーカーフェイスになっちゃうんだっけ。だけど、私の前では、いろんな表情を見せてくれていたから、本当に平気なのかと思ってた。
「…わざと、冷静なふりをした。でも、限界かな」
「え?!」
「素の俺を見せるのも、恥ずかしいし、どんな表情していいかもわかんなくって、無表情を装っていたんだけど…」
じゃあ、本当はどんな藤堂君だったの?って聞いてもいいのかな。知りたいよ。
「…穂乃香」
「え?」
「って、そう呼ぶだけで、浮かれてる」
え?
「だから、何かって言うと、俺、穂乃香って呼んでない?」
あ、そういえば。
「本当は、何回も穂乃香が可愛くって、抱きしめたくなってた」
え?!い、いつ?
か~~~。私の顔が一気に赤くなった。でも、藤堂君の顔も今、赤いみたいだ。懐中電灯の明かりだけで、よくわからないけど、だけど、藤堂君の手の温度も上がった気がする。
「メープルに抱きついて、俺の名前呼んじゃったり」
「あ…」
か~~~!さらに顔が熱い!
「名前を呼ぶ練習してるなんて、可愛すぎるよ、ほんと…」
うわ~~~~。あほだって思われた?
「いきなり、パジャマで現れるし」
「え?」
「それも、すごく可愛いし…」
え…?
「ずっと、まいってた」
「な、何が?」
「だから、穂乃香に」
「え?」
「は~~~あ…」
藤堂君が大きなため息をついた。それから黙って、私をじいっと見つめた。
ドキン。私は恥ずかしくなり、思わず視線を他に向けた。
「まだ、雨、強いね」
思い切り話もそらした。でも、藤堂君は何も答えず、私をじいっと見ている。
「藤堂君?」
「…」
「じゃなくって、司君」
「クス」
あ、笑った。うわ。可愛い笑顔だ。キュンってした!
「俺、ずっとドキドキしてたよ」
「え?」
「うちに帰ってきてから、ずうっと」
「…」
そうだったんだ。私と同じで藤堂君もずっとドキドキしていたんだ。
「雨に濡れて、穂乃香のブラウス、透けてたし」
あ、それは藤堂君、赤くなってたの気が付いてた。
「穂乃香が風呂に入っている時も…。いつも聞こえてこないのに、今日は部屋が静かだったからかな」
「え?」
「シャワーの音も、ドアの閉まる音も聞こえてきてた」
あ、やっぱり、聞えてたんだ。
「そのたんび、ドキドキしてた。あ、今、風呂出たのかな…とか、そんなこと思っちゃって」
うわあ。じゃあ、やたらと時間かかっていたのも知っているんだ。
か~~~。顔がまた、熱くなってきたよ。
「俺って、相当あれかな」
「え?」
「エッチなのかな」
ひょえ?!
「ごめん。自分でそう思うと、絶対ににやけたり、赤くなっているのをばれないようにしようって、無理して平然と見せていたかも」
「……そ、そうだったんだ」
「俺が平気な顔しているから、気にしてた?」
「う、ううん」
そんなこと考える余裕もないくらい、ドキドキしてたかも。
「あ、一つだけ気になった」
ハ…。私ってば、何を言いだそうとしているんだ。
「え?なに?」
「ううん、なんでもない」
「穂乃香。そういうの気になるんだけど…。なに?いいよ、何でも聞いて」
「…あの…」
「うん」
藤堂君が顔をこっちに近づけた。あれ?声が私、小さいのかな。
「えっと…。映画を観てた時」
「テレビの?」
「うん。つ、司君、平気な顔してたから。その…」
「ああ、あのラブシーンの時?」
「う、うん。そう…」
「…そりゃ、あんまり反応したら、穂乃香、かえって焦るかなって思って」
「…」
「逆効果だった?」
「え?」
「俺が平気な顔してるから、かえって焦った?」
「ちょ、ちょっと…」
「そっか」
そう言うとしばらく藤堂君は黙り込んで、天井を見た。
「内心は、すんごくドキドキしてたよ」
ぽつりと藤堂君がそう言った。
「え?」
「…やべえ。こんなシーン。どんな顔して見たらいいんだ。って思いながら、顔を思い切り無表情にした」
そうだったの?!
「…で、しっかりと見ちゃって、あの俳優を俺と穂乃香に勝手にだぶらせて、もっとやべ~~って思ってた」
「……」
そ、そ、そうだったんだ。なんだか、つないだ手が汗ばんできたかもしれない。どうしよう。やっぱり、話をそらしたほうがいいかな。
「……ほんと言うと今も」
「え?」
藤堂君を見たら、また私をじっと見ていた。それも、さっきとはちょっと違った視線で。
「今も、ドキドキしまくってる」
「え?」
うそ。
「手を握っているだけで、ドキドキしてる」
うわ。うそ。どうしよう。手を離す?でも、ギュって藤堂君、握っているし…。
「穂乃香」
ドキン。
「また、暴走したら、殴り飛ばしていいからね?」
う~~わ~~~。だから、そう言われるともっと緊張しちゃうんだってば。
ついさっきまでの、安心しきった私の心臓がまた、バクバクと暴れ出した。藤堂君、そんなに熱い視線で見つめないで。もっと、心臓が暴れちゃうよ…。




