第81話 れいんどろっぷすにて
家に到着した。
「もう6時過ぎてるし、すぐに着替えて行こうか?」
「う、うん」
緊張する。藤堂君とデートっていうだけでも、緊張するけど、聖先輩のおうちのお店っていうのも、緊張してしまう。
バクバク。心臓がずうっと早くなってる。鏡を見ると、顔が真っ赤だ。
さて、何を着ようかな。食事に行くんだもん。ちょっとはオシャレをしないと。と思って服を眺めても、オシャレな服なんて一着もない。
「しかたない。これでいいかな」
半袖のブラウスと、膝丈のデニムのスカートを履いた。膝小僧は出ちゃうけど、太ももまでは見えないから、また藤堂君が赤くなることはないよね。
一階に下りると、藤堂君はすでに着替えも済み、メープルと一緒にいた。
「メープルも連れていくの?」
「そう思ってたんだけど、雨降ってきそうだからやめておくよ」
メープルは寂しそうに、頭を下げてリビングの定位置に丸まった。
「じゃあね、メープル」
そう言うと、顔をあげてメープルは一回、「ワフ」とないた。
それから藤堂君と一緒に、家を出た。
「メープルはお散歩、いつも何時に行ってるの?」
「たいてい、朝だよ。母さんが連れて行ってる。今日は守が行ったかもしれないな」
「そうなんだ。藤堂君は行かないの?」
「う~~ん、そんな時間がなくって」
「だよねえ」
部活をみっちりしているんだもん。時間ないよね。
「穂乃香」
「え?」
ドキン。わ、藤堂君が手をつないできた。
「人、あまりいないから…、いいよね?」
「う、うん」
か~~~。ああ、顔が熱くなる。藤堂君はもう片方の手は、ジーンズのポケットに入れた。ジーンズとTシャツと言うなんでもない恰好なのに、藤堂君には似合っていて、とってもかっこいい。
きっと、手足が長くって、スタイルがいいから似合っちゃうんだろうなあ。
手はつないでいるものの、藤堂君よりほんのちょっとだけ遅れて私は歩いた。なんだか、隣に並んで歩くのが恥ずかしくって、私は何も話さず、うつむき加減で歩いていた。
5~6分歩くと、
「ここだよ」
と藤堂君が立ち止まった。
「わあ、素敵」
洋館の家の一角が、お店になっている。店の前にはウッドデッキがあり、その周りは木が植えられていて、その隙間から店の明かりがちらちらと見えた。
ドアの横には、木でできている看板があった。そこには「れいんどろっぷす」と書かれていた。
藤堂君は手を離し、先にお店のドアを開けた。わあ。ドキドキだ。聖先輩はいるのかなあ。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、綺麗な髪の長い背のすらっとしている女の人が出迎えた。まさか、聖先輩のお姉さんとか?
店内には、一組の50代くらいの夫婦がテーブル席にいるだけで、他には誰もいなかった。
「すみません。窓際は予約のお客様が入っていて。カウンターとテーブル席、どちらがいいですか?」
綺麗な店員さんに聞かれ、藤堂君はちらっと私を見て、
「じゃあ、テーブル席で」
とそう言った。
私たちはテーブル席に着いた。店の中はそんなに大きくない。テーブル席も数少ないし、カウンターも4~5人腰かけるだけのスペースしかなかった。
「あ…」
キッチンのほうから、黒いラブラドールがやってきた。
「クロ。今日はメープルはいないよ」
藤堂君がそう言うと、その犬は藤堂君の足元にちょっとじゃれつき、藤堂君が背中をなでると嬉しそうにしっぽを振った。
「ここで飼ってる犬?」
「うん。クロ。たま~~に俺が海に散歩に行くと、浜辺で会うことがあるんだ」
「聖先輩が散歩に連れてきてるの?」
「いいや、杏樹ちゃんだよ」
「?」
あ、まさかさっきの、お姉さんらしき人?
「聖先輩の妹さん。聖先輩より4つ下。守のテニス部の先輩」
「へえ。妹さんがいるんだ」
なんだか、そんなイメージなかったな。聖先輩って女の子としゃべらないし、どっちかっていうと、男兄弟がいるイメージがあった。
「クロ、おうちにあがっておいで」
店の奥の方から、色黒の可愛い女の子がやってきた。もしかして、杏樹ちゃん?
「あ、藤堂君、兄だ~~~」
藤堂君を見て、その子がにっこりと笑った。藤堂君、兄って呼ばれてるの?
「こんばんは、杏樹ちゃん」
藤堂君もにこりと笑った。わあ、杏樹ちゃんには藤堂君、微笑んじゃうんだな。
「え?もしや、まさか、彼女ですか?」
杏樹ちゃんが目を丸くして驚いている。
「え、う、うん」
「うひゃ~~~~~。驚き。すごく綺麗な彼女さんだ~~」
え?綺麗?
「ちょっと待ってて」
そう言うと杏樹ちゃんは、また店の奥へとひっこんだ。どうやら、店の奥は家とつながっているようだ。
「お兄ちゃん~~~。藤堂君兄が、彼女連れて来てる~~」
げ?まさか、聖先輩を呼びに行ったの?
「お~~。藤堂じゃん、来てくれたんだ」
やっぱり!聖先輩がやってきちゃったよ。きゃ~~~~~。どうしよう。
「どうも」
藤堂君は、ちょっと照れくさそうに挨拶をした。
「あ、アフガン。じゃなくって、え~~と、名前なんだっけ?」
聖先輩が私に向かって聞いてきた。
「ゆ、結城です」
「ああ、そうだった。結城さんだ。いらっしゃい。ゆっくりしてってね」
聖先輩はそう言って、にっこりと見たこともないような笑顔を見せた。
え?!
私は目を丸くして、しばらく呆然としてしまった。
「クロ、おいで」
聖先輩はそう言うと、杏樹ちゃんとクロと一緒に、また家に上がって行ってしまった。
「聖先輩、すんごい笑顔だった」
私はまだ、びっくりしたまま、藤堂君にそう言った。
「ああ、店ではいつもああだよ。聖先輩が店のバイトをしていた時、家族で何回か来たことあるけど、あんな感じでいつもにこにこなんだ」
「へ、へ~~」
びっくりだ。学校じゃ女の子がいたら、ものすごくクールな顔をしているのに。
「営業スマイルだって、前に先輩言ってたけどさ」
「そ、そうなんだ」
あんな素敵な笑顔を見れるなら、私も足しげく、この店に来ちゃうんだけどなあ。
「もう、バイト、していないのかな」
「受験だからね。3年の今は塾にも行ってるし、バイトはやめているって言ってたよ」
「そっか」
残念。でも、あの笑顔を見れたんだから、ラッキーかな。
私たちはあの、綺麗な店員さんにディナーセットを頼み、水をゴクンと飲んだ。
「あの人は、聖先輩のお姉さんじゃないの?」
「聖先輩の兄弟は、杏樹ちゃんだけだよ」
「そうなんだ」
「…妹はもう一人いるって言ってたな。そういえば」
「え?」
「でも、名字が違うとかなんとか。突っ込んで聞くのも悪いと思って、聞けなかったんだけど」
「ふうん」
複雑なわけがあるのかな。名字の違う、妹さんか。
「杏樹ちゃんは、藤堂君兄って呼んでるの?」
「ああ、あはは。前は司お兄ちゃんと、守って呼んでた。でも、守がテニス部に入ってから、藤堂君弟って呼ぶようになって、そのついでに俺も、藤堂君兄って呼ばれるようになっちゃったんだよね」
「司お兄ちゃん?もしかしてそんなに仲いいの?」
「いや…。そういうわけじゃないけど、ただ、店に来るとたいてい杏樹ちゃんがいて、俺らに話しかけて来てたから。杏樹ちゃんって、人懐っこいんだ。だから、散歩行っていても、杏樹ちゃんから声をかけてくるよ」
「ふうん」
「この店には、中学の頃よく来てたし。その頃まだ、杏樹ちゃんは小学生で、守とも仲良く遊んだりしてたんだよね。俺も妹がいたら、こんな感じかなって思ったりもしてたんだ」
「そうなんだ」
うん。確かに人懐っこそうな感じがした。
「聖先輩とも、すごく仲いいよ。夏は海でよく、2人でも泳いでいるみたいだし」
「へ~~~、意外。あのクールな聖先輩が」
「杏樹ちゃんの前では、クールじゃないよ。すごく優しい」
「…藤堂君って、本当に聖先輩のこと好きなんだね」
「え?俺?」
「うん」
「クス。好きだったのは、穂乃香のほうじゃないの?」
ドキン。また、穂乃香って呼んだ。あわわ、顔がまたほてっちゃう。
「わ、私も好きだったけど、私の場合は、あんまり聖先輩のことも知らないで、きゃあきゃあ言ってたほうだから。ほとんどミーハーだよね?」
「そっか。でも、それ聞いて安心した」
「なんで?」
「聖先輩に会って、俺よりもやっぱり、先輩のほうがいいなんて言われたらって、ちょっと心配してた」
え~~~~!何それ。
「そんなこと、絶対にないよ」
「なんで?好きだったんでしょ?」
「そうだけど。芸能人を好きになるようなものだもん」
「じゃ、俺は?」
藤堂君が私をじっと見た。
「と、藤堂君は…」
困った。なんて言ったらいいのかな。下を向いて考えていると、
「お待たせしました」
とお料理が運ばれてきた。
私たちはいただきますと、一緒に食べだした。
すごく美味しい。でも、緊張していて、全部食べられるかなあ。
「司君」
そこに、キッチンから女の人がやってきた。誰かな。あ、聖先輩に似てるから、お母さんかな。
「あ、ご無沙汰してます」
「本当よね。中学の頃はよく、みんなでお店に来てくれてたのに、最近、司君はあまり来なかったものね」
「はい。ちょっと部活が忙しくって」
「弓道部だっけ?」
「知ってるんですか?」
「千春ちゃんに聞いたもの」
「ああ…」
千春ちゃん?お母さん同士が仲いいのかな。
「彼女?」
聖先輩のお母さんが私を見た。
「あ、はい」
「へ~~~~。お似合いのカップルよね。素敵な彼女。さては、司君からアプローチしたのかな」
「え?なんでわかったんですか?」
「あら。勘よ、勘。当たっちゃった?」
藤堂君は耳を赤くして、下を向いた。
「司君でも、照れることがあるのねえ」
聖先輩のお母さんはそう言って、笑いながらまた、キッチンに戻って行った。
「お母さん同士が仲いいの?」
「え?うん。母さん、よく友達とランチもしに来てるみたいで」
「へえ」
そうなんだ。聖先輩のお母さんも、優しくて明るそうだし、藤堂君のお母さんと気も合うのかもしれないなあ。
「…あ~あ」
「?」
「やっぱり、ここに来たら、あれこれ聞かれるかと思ったんだよね。まさか、聖先輩のお父さんまで来ないよな」
「え?」
「若いかっこいいお父さんなんだ。多分まだ、30代だと思う」
へ~~~。
「聖先輩とも、仲いいんだよね。俺、ちょっと羨ましかった」
「でも、藤堂君のお父さんも、優しいし、仲いいでしょ?」
「うちとは違う。聖先輩のところは、友達みたいに仲いいんだ」
「ふうん」
お父さんと友達…かあ。うちの兄と父は、そんなに仲いい方じゃないし、あんまりピンとこないな。
食事が終わり、最後にデザートとコーヒーが運ばれてきた。デザートはチョコレートケーキで、甘さを控えていて美味しかった。
会計を綺麗な店員さんに頼み、
「ご馳走様でした」
と藤堂君は、キッチンにいる聖先輩のお母さんにそう言うと、
「聖!藤堂君、帰るわよ」
と家の中にいる聖先輩のことを、お母さんは呼んでしまった。
聖先輩と杏樹ちゃんがまた、お店にやってきた。
「また来いよ」
聖先輩がそう言うと、藤堂君ははいとうなづいた。
「藤堂君弟に、よろしく言っておいてね。今日明日は、部活さぼるって言ってたけど」
「ああ、家族で温泉行ってるから」
藤堂君が杏樹ちゃんの言葉に、そう返事をすると、
「あれ、じゃ、藤堂君兄だけ残ったの?」
と杏樹ちゃんが聞いてきた。
「家族がいない間に、彼女連れて食べに来たの?まさか、家にまで連れ込むんじゃ」
聖先輩が小声でそう、藤堂君に言った。うわ。なんてことを言うの。連れ込むわけじゃなくって、えっと~~~~。
私は真っ赤になってうつむいた。藤堂君もかなり、戸惑っている。
「ひ、聖先輩。あんまり、からかわないでください」
「あはは。うそうそ。藤堂がそんなことできるわけないもんな」
え?
「そ、それじゃ、失礼します」
「ありがとうございました」
店員さんが明るくそう言った。
「千春ちゃんに、よろしく言っておいてね~~」
聖先輩のお母さんは、ドアのところまで来て、明るく見送ってくれた。ああ、やっぱりどこか、藤堂君のお母さんに似てる。
「はあ。まったく、聖先輩は何を言いだすんだか」
藤堂君はまだ、耳が赤かった。私もきっとまだ、顔が赤いんだろうな。
「海、見に行かない?」
藤堂君が聞いてきた。
「う、うん」
私の手を藤堂君が握りしめ、歩き出した。
ドキン。なんだか、藤堂君の手、いつもより力入れて握ってない?
「美味しかったね」
「うん」
ドキン。ドキン。わあ。心臓がまた暴れ出した。
「穂乃香」
「え?」
ドキン。
「寒くない?」
「うん、大丈夫」
「…」
藤堂君はじっと私を見ながら歩いている。な、なんで?
「穂乃香は、ずっと俺のこと、司って呼ばないね」
ドキ~~~。
「ご、ごめん。言おうと思ってるの。でも、なんだか恥ずかしくって」
「そっか」
藤堂君は下を向いた。
「ちょっと、気になってた」
「え?」
「呼んでくれないから」
「ごめん。ちゃんと、呼ぶようにする」
か~~~~。ああ、さらに顔が熱くなった。
藤堂君はゆっくりと歩いているから、私は藤堂君のすぐ隣に並んで歩くようになってしまった。ああ、やたらと距離が近いかもしれない。
「天気良かったら、星も見えたかな」
藤堂君は空を見上げた。
「うん」
私も空を見上げると、ぽつりと雨が顔にあたった。
「あ、雨」
「え?」
それから、ぽつぽつとどんどん雨が降り出した。
「やばい。傘ないし、とっとと帰ろう」
藤堂君がそう言って、早歩きになった。私もその速度に合わせて、小走りで急いで家に向かった。




