第77話 暴れだす心臓
5時を過ぎ、私は片づけを始めた。
「ねえ、結城さん、今日も藤堂君と一緒に帰るの?」
他の部員が聞いてきた。
「え?うん」
私がうなづくと、
「仲いいよね~~。いいなあ」
と羨ましがられた。
「藤堂君って、どんな人なの?」
他の子も来て、いきなり聞いてきた。
「え?どんなって…」
優しい、と答えようとしたが、顔がどんどん熱くなってきて、何も言えなくなってしまった。
「何をいつも話してるの?」
「藤堂君って、無口でしょ?私、去年同じクラスだったけど、一言も交わさなかったもん」
「そんなことないよ。しゃべるよ」
「何を?藤堂君って何を話しているのか、想像もつかない」
「普通に…、話すよ?」
みんなが黙って、私を見た。あれ?私、変なこと言ったかな。
「なんだか、不思議なカップルだよね」
「え?」
「藤堂君って、手とかもつないでくれないんじゃない?」
「進展なんて、なさそうだよね」
え?
「結城さんもそういうの、自分からしなさそうなタイプだし」
え?
「やっぱり、不思議なカップルだよね。ベタベタしそうにないよね」
「べ、ベタベタ?」
私は、ないない、そんなのまったくしないと思い切り、否定した。
そこに藤堂君が来て、みんなは藤堂君に挨拶をしてから帰って行った。
「…今日もいたんだ、あの子たち」
「うん」
ああ、やばい。今、顔赤いかも、私。
「結城さん、やっぱり今日、熱があったんじゃない?」
「ううん、そうじゃなくって、今、いろいろと話をしてて」
「あの子たちと?」
「そう」
藤堂君は私のすぐ横に来て、
「どんな?」
と聞いてきた。ああ、その声も優しくて、私の胸がいきなり高鳴ってしまう。
「藤堂君って、どんな人?とか、いつも何を話しているの?とか、いろいろと聞かれてて」
「…なんて答えたの?」
興味あるのかな。でも、顔は涼しげで、あんまり興味なさそうな顔をしてるんだけどな。
「普通…って」
「…普通?」
「他にどう答えていいか、わかんなくって」
「そうだよね」
「不思議なカップルって言われた」
「え?なんで?」
今度は藤堂君も、興味があるようだ。
「さあ?私にもよくわからないけど、ベタベタしていそうにないって」
「…ベタベタ?」
藤堂君は首をかしげた。そして、
「それって、どういうの?」
と私に聞いてきた。
「さ、さあ?」
私は返事に困ってしまった。
「それで赤くなってたの?」
「え?うん」
「クス」
あれ?なんで笑われたんだろう。でも、そんな藤堂君に私はまた、ドキッとしている。
変だ。なんで、こんなにドキドキしちゃうんだろう。やっぱり、熱、あるのかな。帰ったら測ってみようかな。
「帰ろうか?」
「うん」
藤堂君は、私がカバンを持って、歩き出そうとした時に、私の腕を掴んだ。
「え?」
そして自分のほうに引き寄せ、キスをしてきた。
うわ!いきなりすぎる!
「ベタベタするって、こういうことかな?」
藤堂君は、唇を離すとそう言った。
わ~~~~。心臓が…。顔が。駄目だ。きっと真っ赤だ、私。
「結城さん?」
ああ、異常なほどの反応にきっと、藤堂君はびっくりしているはず。
腕を掴まれたまま、私はうつむいて黙っていた。
「えっと…。ごめん、その…」
藤堂君は掴んでいた私の手を離し、コホンと咳払いをすると、
「帰ろう」
と優しく言って、歩き出した。
「うん」
私は藤堂君のちょっと後ろから、ついていった。
ドキン。ドキン。ドキン。藤堂君の背中を見ていても、ドキドキしてきた。
私は駅までの道も、藤堂君よりもちょっと遅れて歩いていた。それもずうっと、黙ったまま。藤堂君は、ぽつりぽつりと話をしてくれるんだけど、私がほとんど話さないので、とうとう黙ってしまった。
電車に乗った。ちょうど席が二つ空いていて、
「座ろうか」
と、藤堂君に言われ、うなづいて座った。
だんまり。私はまだ黙っていた。
時々藤堂君の肩が私の肩に触れる。ドキン。そのたびにドキドキした。
「やっぱり、どこか体の具合…」
藤堂君が心配そうに私の顔を見た。
「…家に帰ったら、熱、測ってみる」
「うん。そうだね。顏、赤いもんね」
そうだ。きっと熱があるんだ。だからずっと顔が熱くて、胸がドキドキしているんだ。
私もそう思うことにした。藤堂君も、私の体調が悪いから、私が静かなんだと思ったらしい。隣りで黙っている。でも、なんとなく私を気遣ってくれているのが、伝わってくる。
その優しさに、私はまたドキドキして、胸を締め付けられていた。
家に帰ると、
「母さん、体温計ある?」
といきなり玄関に迎えに来た、藤堂君のお母さんに聞いた。
「あら、穂乃香ちゃん、やっぱり熱があるの?」
「わからないんですけど、もしかすると…」
藤堂君は、私が靴を脱いで家に上がろうとすると、背中を手で支えてくれた。
うわ!
また、一気に顔が熱くなる!
「あら、本当だ。真っ赤ね」
藤堂君のお母さんは慌てて、奥の部屋に入って行った。
「はい、穂乃香ちゃん、測って」
「はい、すみません」
リビングのソファに座り、私は体温計を脇に挟んだ。
藤堂君は洗面所で手を洗ってから、冷たいお茶を私に持って来てくれた。
「熱があるなら、喉、乾いていない?」
と優しくそう言って、テーブルにコップを置く。
「あ、ありがとう」
その優しさに、またクラッとする。
藤堂君は、私の横に座り、優しく私を見ている。お母さんは前に座って、じっと体温計のピピって言う音がするのを待っている。
ピピ…。ピピ…。体温計が鳴り、
「何度あった?」
とお母さんがすぐに聞いてきた。
私は脇から体温計を出して見てみた。
「あ、平熱です」
「え?何度?」
「36度4分…」
私がそう言うと、お母さんも藤堂君も、ほっと溜息をついた。
「良かったわ、熱がなくって。でも、風邪の引きはじめかもしれないし、穂乃香ちゃん、無理しないでゆっくり休むのよ」
お母さんはそう言って、体温計を持ってまた、奥の部屋へと入って行った。
藤堂君はまた、私を優しく見た。
「よかったね?熱なくって」
「うん…」
か~~~~~。また、顔が思い切り熱くなった。
「でも、真っ赤だね、顔…。日焼け?なわけもないね。最近、そんなに天気も良くないし」
「ごめん!」
「え?」
いきなり謝られて、藤堂君はびっくりしている。
「自分でもよくわかんないけど、今朝から変なの」
「変って?やっぱりどこか、具合が悪いの?」
「違うの。あ、お母さんにはあんまり、聞かれたくないって言うか…」
私はそう言って立ち上がり、藤堂君と一緒に2階に上がった。
藤堂君は、お母さんに聞かれないように、2階に来たことをなんとなく気が付いていたらしい。
「結城さんの部屋、入っても大丈夫?」
と部屋の前で聞いてきたので、コクンとうなづいた。
藤堂君と、私の部屋に入った。藤堂君の部屋に比べると、ベッドもないし、殺風景なガランとした部屋だ。
その真ん中に敷いてあるマットの上に、2人で座った。
「なんで、変なの?っていうか、どんなふうに変なの?」
藤堂君は気になっていたようで、そう聞いてきた。
「え、えっと」
なんて言っていいものやら。
「ちょっと待ってね。今、私も頭の中で整頓するから」
「え?うん」
藤堂君は黙って、私をじっと見ている。私が話し出すのを待っているようだ。
ドキン。その瞳に、また私の心臓が早く鳴りだす。顔がどんどん熱くなる。
「びょ、病気かな」
「え?なんの?」
藤堂君が慌てた。
「ううん、ごめん。言い方が悪かった。えっと、病気じゃなくって、重症?」
「じゅ、重症?!」
藤堂君はもっと、びっくりしている。
「えっと~~~~」
私は困ってしまって、しばらく黙っていた。
「結城さん?」
藤堂君は心配そうに私の顔を覗き込む。うわ。だから、顔が近いってば。それに、そんな優しい瞳で見つめないで。
ほら、もっと心臓が暴れ出した。
「と、藤堂君が近づくと、顔が熱くなるし、心臓が暴れ出すの」
私は正直にそう言った。
「え?」
藤堂君は、一瞬固まったが、すぐに顔を遠ざけ、私からも少しだけ遠ざかった。
「え?なんで?」
それから藤堂君は、冷静な顔をして聞いてきた。
「わかんない」
私はうつむいて、そう答えた。
「昨日のことで、俺、怖がらせたのかな」
藤堂君の声が沈んだ。
「ち、違うと思う」
私がそう言うと、藤堂君は、
「じゃあ、なんで?」
と小声で聞いてきた。
「……怖いんじゃないの」
「うん」
「そうじゃなくって、ただ、ドキドキしちゃって」
「……」
「よくわかんない。だけど、藤堂君、すんごく優しいから」
「は?」
藤堂君の顔を見た。あ、固まってる。
「変でしょ?おはようって言われただけで、今日、ドキドキしてた」
「え?」
「変だよね?」
「う、うん」
「どうしたんだろうって、自分でも思うけど、でもきっと、重症なの」
「何が?」
藤堂君がきょとんとした顔をした。
「だから、きっと、藤堂君のことが好きで、重症なの」
「……は?!」
「あ~~~。今の、聞かなかったことにして」
「なんで?」
「恥ずかしい。っていうか、呆れたよね?」
「………」
藤堂君の顔が一気に赤くなった。
「え?俺のことが、そんだけ好きってこと?」
藤堂君が聞いてきた。
うわ~~~~。そんなこと聞かないで。もっと顔が熱くなる。
か~~っと顔を赤くして、私はコクンとうなづいた。
「………」
藤堂君は黙って、私を見ている。でも、もっと顔が赤くなっていった。
「え、えっと」
藤堂君は、しばらくして、ようやく口を開いた。
「それで、俺はどうしたら?」
「そうだよね、こんなこと私から聞いても、困るだけだよね?」
「いや、そんなことは…」
藤堂君はそう言うと、顔を下に向け、頭を掻き、それからコホンと咳ばらいをした。
「どういう反応をしたらいいんだろう」
藤堂君は独り言のようにそう言うと、
「やばい」
ともっと頭を下げてしまった。
困らせたの?私、そんなに困らせちゃった?
「……ゆ、結城さん」
「え?」
「ごめん」
「え?何が?」
「抱きしめてもいい?」
ええ?
ブルブル!心臓が口から飛び出しそうになり、慌てて私は首を横に振った。
「駄目?」
「ししししし、心臓が持ちそうもない」
「そうなんだ」
藤堂君はちらっと私を見たけど、また下を向いた。
「でもなあ」
藤堂君はそれでもまだ、独り言のように話し出した。
「今、結城さんのことが、めちゃくちゃ可愛くて、抱きしめたい気分なんだけどなあ」
どひゃ~~~~~。
ブルブル!首を横に振って、私も下を向いた。静まれ、心臓。
それから、深呼吸をして、それから、自分の心の奥の声を聞いてみた。
ギュって、してもらいたい。
ああ、そんなことを心の奥底では思ってるんだ、私。
「ちょ、ちょっとだけなら」
自分の口から、そんなことを言ってしまったことに、自分でびっくりした。でも、遅かりし。藤堂君は、近寄ってきて、私のことをギュって抱きしめてきた。
うわ~~~~~~~~。私はカチコチに固まった。
でも、藤堂君の優しいオーラに包まれて、心臓はドキドキするし、体中熱いのに、どんどん心が満たされていく。
どうしよう。思い切り、幸せだ。目の前が、バラ色だ。輝いちゃってる。
「もうちょっと、こうしていてもいい?」
藤堂君が聞いてきた。私はコクンとうなづいた。
本当は私のほうが、「もうちょっとこうしていて」と言いたかったところだった。
穂乃香のほうから、誓いをやぶりたくなるかもよ、麻衣の言葉を思い出す。
それ、もしかすると、もしかして、すぐ近い将来、そんな日が来ちゃうかも。なんて、そんなことを思ってしまい、藤堂君の胸の中で、また顔が一気に熱くなっていった。




