第76話 甘い藤堂君
勉強は手に着かないだろうと、私は早々と藤堂君の部屋から、自分の部屋に戻った。
「はあ…」
布団を敷いて、私はごろんと横になり、考え込んだ。
朝、寝ている藤堂君を起こしに行ってもいいんだ。
寝顔、見れちゃうかも。ってワクワクした。
夜、寂しかったら会いに行ってもいいんだ。ちょっと話したくって、とか、顔が見たくなってってそんな理由でも、部屋に行ってもいいんだな。
そう思ったら、嬉しくなった。
なのに、いきなり避妊という言葉を聞いて、藤堂君の部屋に行くことすら、怖くなった。
暴走?暴走って何?
その言葉も怖くなった。
手を出さないと言ってくれた藤堂君。ほっとした。一気に安心した。
でも…。でも、もし藤堂君が本当に迫ってきたら、私、ぶったたいたりするのかなあ。
怖い。きっと怖い。でも、どこかで何かを期待している自分もいる。ああ、美枝ぽんの、「期待してるんじゃないの?」って言葉、図星って思った私がいるんだよね。
たとえば、最近、2人きりでいても、あまりキスをしてくれなくなった。もしかすると、セーブをしているのかもしれない。キスをしちゃって歯止めがきかなくなったら困るから。
だけど、キスはしてほしいなって思っている私がいる。
顔が近づくだけで、キスしてくるかもってドキドキしたり、キスしてくれなくて、がっかりしていたり。そんな自分に気がついて、私って欲求不満?って思って、自分で自分が嫌になったり。
あ~~~~。いったい、私って、なんなんだ。自分が自分でわかんないよ。
こんなこと、誰に聞いたらいいんだろう~~。
とか思いつつ、早速私は麻衣にメールで相談した。すると、驚いたことに、
>わかる。すんご~~くよく、わかるよ。
という返事が返ってきた。
>わかるの?麻衣もそうだったの?
>怖いから、私もずっと拒んできたんだけど、でも、キスもしてくれなくなっちゃって、がっかりしたもん。
そうだったんだ。
>司っち、手を出さないって誓ってくれたの?めちゃくちゃ優しいし、大事にされてるんだね。
ひゃ~~、そんなふうに言われると、照れる。
>もし、手を出しそうになったら、ぶったたいていいって。
>へ~~。司っち、本当に穂乃香に惚れまくってるよねえ。
うひゃ~~~~!
>だけど、穂乃香のほうが、そのうち、誓いをやぶりたくなるかもよ?
>まさか!
>そういう時が来たら、素直に司っちに言いなね。こんなこと言ったら、どう思われるかなんて気にしないでもいいから。
>そんなこと、恥ずかしくって自分から言えないよ。
>司っちは、ちゃんと待っててくれるってことでしょ?穂乃香が、もういいよってOKの合図を送ったら、そりゃ、司っちは嬉しいに決まってる。きっと、そんな日が来ることを、待ってるんじゃないのかなあ。
藤堂君が?
>だから、素直にいいよって言ったとしても、穂乃香から迫っちゃったとしても、司っちは変に思ったりしないよ。
>私から迫る?!
>そう。そんな日が来るかもしれないでしょ?
>来ないよ~~~!
>寝顔見たいくせに。
ドキ。
>そうだけど、それとこれは別。
>夜中に寂しいって、部屋に行きたいくせに。
>そうだけど、え?それって、迫っているってことになるの?
>そう解釈されても、おかしくないかも。
じゃあ、絶対に行けないじゃないか!
>ま、頑張ってね。大人になるのは怖いけど、いざ、飛び込んでみたら、対して怖くないかもよ?特に、司っちなら、優しそうだしね。
………。
>やけに麻衣、わかったように言ってるけど、自分の体験から?
>残念だけど、私はまだまだ、生娘さ。
うわ。生娘って、いまどき言う?
は~~~~~。そうか。怖いけど、大人になるのが怖いってことなのか。
それとも、私は藤堂君が怖いんだろうか。
あの、藤堂君が?
………。麻衣が言うように、藤堂君なら優しいだろうなって思った。
ドキン。
いやいや、今、何を一瞬想像した?
コンコン。その時、壁の向こうから、藤堂君のノックする音が聞こえてきて、私の心臓は口から飛び出す勢いでドキッとした。
「結城さん、もう、寝ちゃった?」
「まだ…」
「また明日ね。おやすみ」
「お、おやすみなさい」
藤堂君の声、めちゃくちゃ優しかった。ああ、顔が見たい。いや、さっき見た。でも、あの可愛い笑顔がもう一回見たい。
あ~~~~。じたばた足を動かして、しばらく私は布団の上で、もがいていた。
結論。やっぱり、私は相当藤堂君が好きなんだ。
だから、きっと、藤堂君に迫られて、拒むことなく受け入れちゃう日が来ることも、時間の問題だ。
だとしたら、その時のために、もうちょっと胸が大きくなったりしてくれないかなあ。それから、肌のお手入れ、ちゃんとしないと。あ、足のむだ毛や、脇も気になる。
ハッ!私は何を考えてるんだ~~~~。
その日もまた、悶々として、眠れない夜になってしまった。
翌日から、私の中で何かが変わったようだ。何がどう変化したのか、自分でもわからないけど。
朝、藤堂君が壁をノックして起こしてくれた。
トントン。
「起きた?」
その声にやけに反応している自分がいる。今までよりも、もっと心臓がドキってする。
一階に下りて、藤堂君と目が合うと、また心臓が踊りだす。
「おはよう」
藤堂君の可愛い笑顔で、胸がキュン!って締め付けられる。
「お、お、おはよう」
目も合わせられず、私はうつむいてそう答えた。
ご飯を食べても、喉に通らない。半分も食べられなくって、残してしまった。
「穂乃香ちゃん、どこか具合でも悪いの?」
お母さんが心配して聞いてきた。お父さんも、藤堂君も心配している。
「い、いいえ。ちょっと、ダイエット」
と嘘を言うと、お母さんから、そんな必要ないと怒られてしまった。
はい。おっしゃる通りです。もっと、胸、大きくなりたいし、ちゃんと食べないと。
でも、食べたら胸って、大きくなるのかなあ。
寄せてあげるブラにでも、しようかなあ。と、洗面所の鏡の前で考えてから、ああ、ブラジャーも脱がされるから、意味ないのか。とそんなことを思っている自分に気が付き、顔から火が出るように熱くなった。
な、何を考えてるんだ、私は!
か~~~。ああ、顔が熱いのがなかなかひかない。
真っ赤な顔で、玄関に行くと、
「熱があるんじゃない?今日は、部活休んで家にいたら?」
とお母さんに、さらに心配されてしまった。
「いえ、大丈夫です」
私はそう言って、靴を履いて玄関を出た。藤堂君も玄関を出ると、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「本当に大丈夫?」
うわ!顔、真ん前!!!
「へ、平気!」
「でも、真っ赤だよ?」
「だって、藤堂君の顔が真ん前にあるから」
私は思わず、そう口走っていた。
「え?ああ、ごめん。顏、近かった?」
ドキドキ、バクバク。意識しすぎだよ、私。落ち着け、心臓!
「なんだ、司のことで、顔が赤かったのね。クス」
それを聞いていた藤堂君のお母さんが、笑いながらそう言うと、また元気に、「いってらっしゃい」と見送ってくれた。
あ~~~。まだ、顔が熱い。
「結城さん?」
「え?」
「昨日のことで、まだ、気になってることでもあるの?」
「ううん」
私は思い切り首を横に振った。
「気になることがあったら、言ってくれていいよ?」
「ないよ。大丈夫」
ドキドキ。私は顔を引きつらせながら、そう答えた。
だいいち、自分でもなんでこんなに意識しちゃうのか、わかってないんだから。何をどう説明していいかもわからない。
ただ、もし、一つだけ言えるとしたら、それは…。
ちら。藤堂君を何気に見た。藤堂君はそんな私の視線にも気が付き、
「ん?」
と優しく微笑んでくれた。
それだ。その優しい笑顔にまいっちゃってるんだ。
バクバクバクバク。きっと、昨日の麻衣の「藤堂君なら、優しい」という言葉。それが私の心の中に残ってて、藤堂君のやたらと優しい声や笑顔に、反応しちゃうんだ。
横を歩いていても感じる。うん、前からわかってた。藤堂君から来る優しいオーラ。とても安心できる空気。
だけど、今日はその優しさがやけに、私の胸をドキドキさせる。
こんなに、藤堂君って、優しかったっけ?
違う。
こんなに藤堂君の優しさって、私の胸をキュンとさせ、心臓をあばれさせちゃうくらい、甘かったっけ?
そうだ。それだ。その言葉だ。ぴったりだ。甘すぎるくらい、甘い。
学校に着いた。私はずうっと、ドキドキしていた。美術室に入り、ようやく私の心臓が落ち着いた。
のもつかの間、自分の描いている藤堂君の絵を見て、また私はドキドキしてしまった。
「自分の描いた絵にまで反応しちゃうなんて、重症」
そう独り言を言い、私は冷たい飲み物を買いに、食堂に向かった。
食堂には、数人の生徒がいた。2年の他のクラスの女子もいた。
「ねえ、弓道部、見に行ってみない?」
「藤堂君、いるかな」
ギョ!藤堂君のファン?
私は耳をダンボにしながら、自販機でジュースを買った。
「あ、あの子、藤堂君の彼女だよ」
ギクギク。ばれた。
「なんだ、たいしたことないじゃん」
グッサ~~~~~~。
ドキドキも何も、一気にさめてしまった。だが、会話はさらに続き、私の心臓がまたドキドキし始めた。
「藤堂君が1年の時から、ずっと好きだったんだってさ」
「藤堂君、一回ふられて、2年になってリベンジしたらしいよ」
「え~~、まじで?一回、ふったの?」
「だって、前の藤堂君、さえなかったじゃん」
「そうなの?私、名前すら知らなかったからなあ」
「1年の時なんて、存在すら知らなかった」
「あの子と付き合いだしてから、かっこよくなったっていう噂だよ」
「へ~~~、そうなんだ」
ドキドキ。
そんな噂、あるの?知らなかった。
私は聞こえないふりをして、さっさとその場を離れた。
私と付き合うようになって、かっこよくなった~~?
確かに、藤堂君はかっこいいけど、それは昔からでしょ?
いや、私も、1年の時に声をかけられた時は、藤堂君を見ても、何も感じなかったけど。
あれ?
じゃあ、やっぱり、かっこよくなっちゃったのかな。
ううん、弓道している藤堂君は、私と付き合うのなんて関係ない時から、かっこよかった。
でも、今は弓道している時以外も、かっこいいかも。
それって、私の目から見てるから、かっこよく見えるんじゃなくって、誰が見てもかっこよく見えるってこと?
美術室に戻り、自分の絵を見た。ああ、この絵の藤堂君よりも、本物はずっとかっこいい。そんなことをぼけっと思いながら。
は~~~~~。早く、藤堂君に会いたい。ああ、きっと病気だ、私は。
藤堂君を描く筆が、進んでは止まり、またため息をつき、そんなことを繰り返し、時間は過ぎて行った。




