第75話 ぶっ飛んでる両親
夕飯は藤堂君のお父さんも、今日は仕事が定時に終わり一緒に食べることができた。
「お父さん、司も穂乃香ちゃんも、温泉行けないんですって」
夕飯を食べ終わり、藤堂君のお母さんはみんなの湯飲み茶わんにお茶を注ぎながら、そう言った。
「え?部活かな?穂乃香ちゃん」
お父さんは藤堂君には、何も言わずに私を見た。
「え?はい。すみません」
お父さん、どうするんだろう。藤堂君と2人で残るってことになっちゃうけど。
「そうか、残念だなあ。光子も楽しみにしていたのになあ」
「光子?」
「ああ、妹だよ」
藤堂君のお父さんの妹…、藤堂君のおばさんかあ。
「そうね。光子ちゃんとこの女の子たちも、楽しみにしていたのよね。お姉ちゃんが来てくれるって言って。なにしろうちは、無表情の男どもしかいないから」
「俺は違うよ」
お母さんの言葉に、守君がそう言ったが、
「あんたは、いっつも下の二人の面倒を司に押し付けて、健ちゃんとしか遊ばないじゃないの」
とお母さんに言われてしまった。
「だって、加奈も亜矢もおままごとばっかりなんだもん。つまんなくって」
守君は口をとがらせて、お母さんに対抗した。
「司が行かないんだから、守がちゃんと二人のことを見てあげるんだぞ」
お父さんはそんな守君に、くぎを刺した。
「げ!うそだろ?兄ちゃん、ずるいよ」
「げ!は、やめなさい。守」
お父さんに怒られ、守君は静かになった。
「大丈夫よ、守。加奈ちゃんと亜矢ちゃんのほうが、あんたに遊んでもらうのを嫌がるから」
お母さんがそう言うと、藤堂君がブッとふきだしていた。
「ふん。なんだ。じゃ、兄ちゃんと穂乃香だけが、家に残るのかよ」
それ。それだよ、それ。いいことを言ってくれたよ、守君。
「穂乃香ちゃん、一人置いて行くんじゃ、申し訳ないし」
「ここに女の子一人は、物騒だろ?空き巣に入られたっていう家が確か、あったよなあ」
「そうよ。去年よね?この辺は人通りもないし、静かだし…。司が残ってくれるなら、安心よ」
え?
「戸締りはしっかりするんだぞ、司」
「え?うん」
「夕飯は、何か取ってもいいし、食べに行ってもいいから。もし、家で作るなら、火のもとには十分気を付けてね」
「わかってるよ」
お母さんとお父さんはそれだけ言うと、お茶をすすって、全く別の話を初めてしまった。
嘘。
あの、10代の若い男女が、一夜を過ごしちゃうんですけど…。それは、いいわけ?!
私が2人をじっと見ていると、藤堂君が隣で、
「ね?」
と、とっても静かな声で言ってきた。
「え?」
「こんななんだよ、うちって」
「……」
わかった。藤堂君はものすごく、両親に信頼されているんだ。まさか、私に手を出すようなそんな子じゃないって、そう思われてるんだ。
だから、逆に藤堂君が残ってくれると、安心なんだ。
私はそう納得して、食器をキッチンに運び出した。
「あ、ありがとうね、穂乃香ちゃん。洗い物はいいから、食器はシンクに置いといて」
「はい」
守君はリビングに行き、テレビを観だした。私と藤堂君は一緒に、2階に上がった。
部屋に入ろうとすると、
「結城さん」
と藤堂君が私の腕を掴んだ。
「え?」
「…これから俺の部屋で、勉強しない?」
「え?うん」
ドキ。
嬉しいかも。久しぶりかも。
ウキウキドキドキしながら、藤堂君の部屋に入った。藤堂君は、そのうちにちらかるかもと言っていたけど、今でも部屋は綺麗に整頓されている。
「いつ来ても、部屋、綺麗だよね?」
「…う~~ん、あんまりちらかさないように、努力しているからかな」
「え?そうなの?」
私が驚いていると、藤堂君はクッションを床に置き、
「どうぞ」
と言ってくれた。
「うん」
私はクッションに座り、ちょっと部屋を見回した。
「だって、いつ結城さんが来てもいいようにしておかないとさ」
「え?いつ来てもって?」
「うん。だから、いつ来てもいいよ」
え?どういうこと?
「勉強だけじゃなくってさ、話すだけでもいいし」
「う、うん」
か~~~。なんだかわかんないけど、顔が熱くなっていく。
「朝から来てくれてもいいし」
「え?」
朝?って?
「夜中に来てもいいし」
「え?!」
夜中?!
「寝てたら、トントンというノックの音がして、パジャマ姿の結城さんが入ってくる」
「へ?」
「寂しくて寝れない…とか言いつつ」
「は?」
「それとか、朝、早くに目が覚めちゃって、結城さんが俺を起こしに来る」
「…」
何を言ってるの?藤堂君。
「っていう妄想をしていたんだけど、いっこうに叶いそうもなくって。でも、俺から夜這いに行くわけにもいかないでしょ?」
夜這い?!
「当たり前だよ!」
「あはは。うそうそ。こんなこと言うとまた、結城さんが困っちゃうから、もう言わないよ」
ドキドキドキドキ。何だって時々藤堂君は、藤堂君の口から聞けそうもないようなことを、平気で言っちゃうわけ?聞いててびっくりする。
待てよ。
さっき、藤堂君、なんて言った?
朝早くに私の目が覚めて、藤堂君を起こしに来る?
え?
いいの?
それ、しちゃってもいいってこと?!
そうしたら、寝顔見れるってこと?!
寂しくて、寝れない時、壁一つ隔てた向こうの藤堂君に思いをはせるんじゃなくって、直接会いに来ちゃっても、いいってこと?!
うそ!いいの?
か~~~~~~~~。
また、顔が熱くなってきた。と、その時、
「司、ちょっといい?」
と部屋の外から声がして、私は5センチくらい座ったまま、浮いてしまったかもしれないくらいびっくりした。
「母さん?」
藤堂君はドアをちょっとだけ開けた。ドアを全開にしていないので、お母さんから私は見えていないようだ。
もしかして藤堂君、私が部屋にいることを知られたくないのかな。と思い、私は気配を消して、じいっとしていた。
「司、ちゃんと自覚しているかどうか、確認しに来たんだけど」
藤堂君のお母さんは声を潜めている。私が隣の部屋にいると思って、聞えないようにひそひそと話しているのかもしれない。
「何の自覚?」
「来週、穂乃香ちゃんと2人きりになった時のことよ。穂乃香ちゃんは、真佐江ちゃんから預かっている、大事な娘さんなんだから」
ああ、なんだ~。藤堂君のお母さんだって、やっぱりそういうこと気にしているんだ。ちょっと、ほっとしたりして。
「うん。だから、何の自覚?」
藤堂君は、ちょっといらいらしながら聞き返した。
「持ってるの?ちゃんと」
「え?何を?」
「避妊はちゃんとしなさいよ、司」
え?!
今、なんて言いました?!よく、聞き取れなかったんですけど。
「そんなことを、言いにきたの?」
「大事なことでしょ?もし、ないんだったら、ちゃんと用意して…」
「あるよ。わざわざ、確認なんてしに来ないでよ」
「本当に~~?まあ、お父さんもお母さんも、あんたのことはちゃんとしてるって、信頼しているけど」
待って!何をどうちゃんとしてて、何をどう、信頼しているの!?!?
ど、どんな親?っていうか、え?これが普通なの?
うちの父だったら、絶対に手を出すなって藤堂君にくぎを刺す。母だって、まだ高校生なんだから、清い交際をって、そんなことを言いだすだろう。
でも、うちの親のほうが、古すぎるの?!
「用意してあるのね、じゃあ、安心ね」
藤堂君のお母さんはそう言うと、階段を下りて行ったようだ。
藤堂君は「はあ」とため息をついて、ドアを閉めた。
カチコン。私は体も頭もフリーズしてしまい、まったく動けない状態だ。
でも、ちょっと待って。頭、フリーズしている場合じゃないよ、私。
藤堂君、ちゃんと、用意してあるって言ってた?用意してあるってこと?!この部屋にすでに、あるっていうことなの?!
バクバクバクバクバク。心臓が破裂する寸前だ~~。
「結城さん、ごめん、聞えてたよね」
ドクン。
私は、さびて動きにくくなったロボットの首のように、ゆっくりと藤堂君のほうに頭を向けた。
「びっくりした?ぶっとんでるでしょ?うちの親って」
コクン。うなづいたまま、私はずっと下を向いた。さっきからどうも、目がきょろきょろしていて、視線が定まらない。自分でも相当、パニくっているんだなということがわかる。それが藤堂君にばれないよう、ずっと下を向いていた。
「…ええっと」
藤堂君は、頭をぼりって掻くと、私の真ん前にあぐらをかいた。
「勉強、する?」
藤堂君が聞いてきた。私は首を縦に振るか横に振るか、迷ってしまって、首を斜めにかしげてしまった。
どうしよう、本当に用意してあるの?って聞いてみる?
いや、そんなことを聞いて、うん、あるよって言われても困るだけだから、聞くのはよそう。
だけど、だけど。とっても、気になる。
もし、用意してあるなら、藤堂君はとっくに、私とそういう関係になることを予想してるってことだよね。
予想?ううん。予定…。
そうなるって、もうすでに決めている…のかも。
「まいったな~。母さん、まさかここに結城さんがいるなんて、思ってもみなかっただろうな」
「え?」
「あれは、その…。万が一、そういうことになっても、ちゃんと妊娠しないようにしなさいよっていう、最後の手段、じゃなくって。なんて言ったらいいのかなあ」
藤堂君をちらっと見ると、藤堂君もうつむいてしまっていた。
「こうなったら言っちゃうけど、中学の時にも一回、注意をされたことがあるんだ」
「え?」
「俺、別に付き合っている子なんていなかったし、ああ、キャロルが一回、遊びに来たっけ。もしかしたら、それであんなこと言い出したのかな」
「何を?!」
私は思い切り顔をあげて、身を乗り出してしまった。ああ、どうもまだ、キャロルさんのこととなると興奮してしまう。
「避妊のこと。わざわざ俺に見せてくれて、使い方まで教えてくれたんだよね」
「え?」
「ああ、あれだよ?絵に描いてだよ?」
「……」
うわあ。お母さん、そこまでしっかりと…。
私は、今度は力が抜けて、クッションにドスンと腰を下ろした。
「でも、そんなのとっくに俺知ってたんだけど」
「え?なんで知ってたの?」
思わずまた、私は身を乗り出してしまった。
「アメリカンスクールで、先生から教わった。あっちは性教育もちゃんとしていたから」
「小学生じゃなかったっけ?」
「そう。6年の時に…」
どひゃあ。
そ、そ、そうなんだ。
「結城さん、焦った?」
「え?」
「さっきの話を聞いて。俺がちゃんと用意してあるっていうのを聞いちゃって」
「う、うん」
私はまた、クッションに腰を下ろし、下を向いた。
「…俺が買ったわけじゃないんだ」
「…え?」
「父さんが前に、俺にくれたんだよね」
「な、なんで?」
私はまた、びっくりして顔をあげた。
「キャロルが、日本に留学するって決まってから、いきなり渡された」
また、キャロルさん~~~?
「キャロルと俺は、何でもないって言っても、いいから、持っておけって。いつ、そんな関係になるかわからないだろうって…」
私はちょっと顔を引きつらせ、藤堂君を遠目に見た。
「ないよ!そんなこと絶対にありえないから。だいいち、そんときにはもう俺、結城さんが好きだったし」
うわ。藤堂君が、思い切り焦っている。
「ただ、父さんの気迫に負けて、その時は受け取っちゃって…」
「…」
「だから、結城さんと付き合うからって、俺が用意したわけじゃないんだ」
「…」
私はまた、下を向いた。
「いや、そういう関係になるってわかったら、ちゃんと用意はするけど」
「え?」
「もちろん、その…。俺、結城さん、大事だし」
「うん」
「…だったら、手も出すなって言われそうだね」
「…」
「うん。そうだった。手を出さないって誓ったんだっけ。大事だから、手は出さないよ。安心して?」
「…う、うん」
藤堂君の目が、いきなり優しくなった。私は一気に、安心した。
「あ、でも万が一、暴走しそうになったら、バチンと、俺のことぶったたいて、俺の目を覚ましてね?」
「…」
私は黙ってうなづいた。
でも、暴走って?
その言葉が、ずっと頭の中をぐるぐると回っていて、そのあと藤堂君が何を言ったのか、まったく頭に入ってこなかった。
暴走すると、藤堂君、どうなっちゃうの?
なんて、聞けないよね…。




