第74話 藤堂君を好きな理由
学校に着くと、昇降口、廊下、そして教室、あらゆるところで藤堂君は声をかけられていた。
「おはよう」
「おはよう、藤堂君」
うちのクラスの女子も、ほとんど全員が声をかけにきたのではなかろうか。
そんな中、私の前の岩倉さんも、藤堂君のほうを見て、声をかけようかどうしようか迷っている感じだった。だが、はたから見ると、藤堂君を睨んでいるとしか見えなかった。
藤堂君も、そんな岩倉さんに眉をひそめて、さっさと無視して席に着いた。
「よう、藤堂、一気に人気ものじゃん」
そう言ってきたのは、藤堂君と1年の時同じクラスだった鈴木君だ。
「1年の時も、球技大会のあと人気出たけど、あんときは、ほんの一瞬だったよな?」
なんだか、嫌味なやつ~~~。何が言いたいのよ。頭に来て私は鈴木君を睨んでいた。すると、それに鈴木君は気がついたようだ。
「結城さん、なんで俺のこと見てるの?」
そんなこともわかんないの?
「別に」
私は鈴木君から目線を外し、前を向いてぶっきらぼうに答えた。
「…結城さんって、あんまり男子と話さないね。苦手なんだっけ」
まだ鈴木君は私にからんでくる。
「そう…」
だから、話しかけないでよ。というオーラを出した。
「藤堂もあまり、女子得意じゃないよな?話さないし。いったい、なんで2人が付き合ってるのか、いまだに俺、不思議だよ」
鈴木君がそう言うと、藤堂君は、
「お前、邪魔。もう自分の席に戻ったら?」
と無表情な声でそう言った。
「…なんだよ。2人がなんで付き合ってるのかとか、いっつもどんな会話をしているのかとか、聞いてもいいじゃん」
「なんでお前にそんなこと、話さないとならないわけ?」
あわわ。藤堂君と鈴木君が、喧嘩にでもなりそうな雰囲気だ。
「ストップ」
そこに突然、割り込んできたのは沼田君だった。
「まあ、まあ。鈴木はあれだろ?司っちがモテちゃってるし、そのうえ彼女もいるんで、羨ましいんだろ?そう素直に言えばいいじゃん」
沼田君の言葉で鈴木君は、かっと顔を赤くして、
「そんなんじゃねえよ」
と言って、その場を去ろうとした。
だが、最後に岩倉さんが鈴木君のほうを見ていたのに気が付き、
「こっち見てんなよ。岩倉もあれだろ?藤堂のことが好きなんだろ?球技大会も具合が悪くて見学してたくせに、藤堂の応援だけは張り切っていたもんな?」
と、どうやら自分のうっぷんを晴らす相手の矛先を変えたようだ。
岩倉さんは、カッと顔を赤くして、うつむいた。
「結城さんの携帯だって、知ってて中を覗いてたんじゃねえの?藤堂の写真見たさにさ」
「鈴木!いい加減にしろよ」
藤堂君が怒った。だが、鈴木君はエスカレートしてしまい、
「ストーカーにでもなるんじゃないの?藤堂も気をつけろよな。モテるといろんなやつが現れるぞ」
と捨て台詞を残し、教室を出て行ってしまった。
「やっかみだよ、気にするな、司っち」
沼田君がそう言った。ああ、沼田君。きっと黙って見ていられなくなっちゃったんだなあ。
「俺はいいよ、別に…。だけど、岩倉さんは平気じゃないだろ。あんな嘘、鈴木に言われて」
藤堂君がそう言った。
岩倉さんは、しばらくうつむいて黙っていたが、ガタンと突然席を立つと、
「ゆ、結城さんの携帯は、ここに落っこちてただけ。私、藤堂君の写真なんて見てないから」
と思い切り、藤堂君を睨むようにしてそう言うと、教室を出て行った。
「…」
藤堂君は、ちょっと圧倒されたっていう感じで、岩倉さんの後姿を見ていた。
「あ~~あ」
沼田君はため息をつき、
「司っち、気にするなよ」
となぜか、藤堂君を慰めた。
「…気にしてないよ。女子のああいう態度のほうが、どっちかって言うと慣れてる」
「え?」
私がびっくりして聞くと、
「ああ、俺、怖がられていたから、びくびくしながら話しかけられるのもしょっちゅうだったし」
とあっさりとした顔で、藤堂君はそう言った。
「びくびくっていうより、睨んでたよな」
沼田君がそうつぶやいた。
「う~~ん、俺、嫌われるようなことしたみたいだ。何やったんだろうな?」
と藤堂君は頭を掻いた。
この二人は…。岩倉さんが藤堂君を好きだって、気が付いていないのか。まあ、しょうがないかな。岩倉さん、本当に睨むようにして見ていたし。
それにしても、あんな態度をとっていたら、藤堂君に思いは絶対に届かないのに。いいのかなあ。岩倉さん。
藤堂君をちらっと見た。藤堂君はそれに気が付き、
「結城さんは、大丈夫?」
となぜか心配してくれた。
「何が?」
「鈴木。嫌な感じだっただろ?」
「ああ、別に…」
「そっか」
「でも、睨んじゃったけど」
「え?」
「だって、藤堂君に嫌味なこと言ってるから、思い切り睨んじゃった」
「そうだったの?」
あれ?気が付いていなかったんだ、そこも。
「大丈夫。藤堂君をあんまり傷つける人がいたら、私がやっつけるから」
冗談でそう言ってみた。すると、藤堂君はいきなり声をあげて笑い出した。
「あははは。結城さん、それ、うける!」
ツボにはまった?
「結城さん、たのもしい!いいね、そんな結城さんも!」
藤堂君の笑い声を聞き、女子がいっせいに藤堂君を見た。
「笑ってる!」
「笑顔、可愛い」
「ラッキー!笑顔見れた!」
女子の目がみんな、ハートだ。
うわ。やっぱり、藤堂君、モテモテになってる!
岩倉さんはホームルームギリギリになって、教室に戻ってきた。なんとなく目や鼻が赤かった。泣いていたのかもしれない。
昼休み、雨が降っていないので、私と麻衣と美枝ぽんは中庭に行った。
「藤堂君、すんごいモテてない?」
美枝ぽんがそう言った。
「私も、周りの女子からあれこれ聞かれたよ。麻衣って藤堂君と仲いいよね?司っちって呼んで、藤堂君怒ったりしないの?な~~んてさ」
「そうなの?」
「穂乃ぴょん、一気にライバル増えたね」
う、そうだ。そういうことになるんだ。
「だけど、司っちは穂乃香一筋だから平気だよ」
その言葉に私は思わず、顔を赤くした。
お弁当を食べ終わり、ところで、藤堂君と一緒に暮らすのってどう?っていう話になって、
「温泉旅行にみんな行っちゃって、藤堂君と2人きりになりそうなの」
と2人に相談してみた。
「ラッキーじゃん」
美枝ぽんがそう言ったので、私はびっくりしてしまった。
「何がラッキーなの?」
「だって、2人きりなんだよ?」
「大丈夫だよ。あの司っちなんだから、手なんて出さないって」
麻衣はそう言ったが、美枝ぽんは、
「え~~。そんなの嫌だよね?穂乃ぴょん」
とわけのわからないことを言ってきた。
「私、何も期待してないよ?」
そう言うと、美枝ぽんは、
「え~?本当?心の底では、何が起きちゃうかドキドキしてるんじゃないの?」
と私の腕をつっつきながらそう言った。
「な、何も私は」
とか言いつつ、自分の胸に手を当てて、ちょこっと考えてみた。う、う~~~ん。どこかで期待もしているような、していないような。
もし、手を出しちゃったら、バチンってたたいていいよって言われた。だけど、実際にそうなったら、私、藤堂君のことぶったたくなんてできるかな。
ドキドキしちゃって、それどころじゃないんじゃないかな。
いや、ドキドキしちゃって、ぶったたくかもしれないし。
「ゆ、結城さん」
3人で、中庭から校舎に戻ろうとして渡り廊下を歩いていると、岩倉さんが話しかけてきた。
「え?なに?」
「け、携帯。私、本当に結城さんのだって知らなかった。藤堂君の写真が見たかったわけじゃないから」
「ああ、うん。わかってるよ?」
「え?」
「岩倉さんも、藤堂君の写真、携帯で撮っていたでしょ?」
私が思わずそう言うと、岩倉さんは顔を真っ赤にさせた。
「岩倉さんさ~~、司っちが好きなら、それなりに意思表示したら?」
「そうそう。今朝のも見てたけど、あれじゃ藤堂君が岩倉さんに嫌われてるって思うのも、無理ないと思うよ?」
「き、嫌われてる?」
美枝ぽんと麻衣の言葉に、岩倉さんはびっくりしている。
「そうだよ。だって、岩倉さん、藤堂君のこと睨んでいるんだもん。藤堂君、嫌われてるって思っちゃうよ」
「…」
岩倉さんの顔は、一気に真っ青になった。
「いいの?そんなふうに思われてて」
麻衣が聞いた。
「…で、でも」
岩倉さんはうつむいた。
「私が藤堂君を好きだって知られても、藤堂君、嫌がるだけだろうし」
「え~~。司っちって、そんなやつ?穂乃香」
「ううん。そんなことないと思う」
「そうだよね。クールだけど、中身は優しい人だと私も思うよ」
美枝ぽんもそう言った。
すると岩倉さんは私を見て、
「ゆ、結城さんは美人だから。私なんて、こんなだし」
とびくびくしながら、私に言った。
「え?こんなって?」
麻衣が岩倉さんに聞き返した。
「岩倉さん。こんなって自分で言わないほうがいいよ。それに、もっと背筋ものばして、髪型やメガネや、そういうのを変えたら、全然変わるんだから」
美枝ぽんがそう言うと、岩倉さんは、
「いきなり変えたって、みんなに笑われる」
とまた、うつむいてしまった。
「暗いなあ」
麻衣がそう言うと、岩倉さんはもっと背筋を曲げてしまった。
「…麻衣も美枝ぽんも、そんなふうに言わないで。なんだか私に言われてるみたいで、傷つくよ」
私がそう言うと、岩倉さんはびっくりして私を見た。
「え?穂乃ぴょんのことなんて、言ってないよ?私」
「うん、私も」
「そうかな。私もずっと暗かったし、私なんてって思ってたし、自分に自信もなかったし、藤堂君の態度や言葉で地球の裏側まで行ってたんだから」
「ブラジル?」
「リオのカーニバルやってた?」
「冗談じゃなくってさあ」
麻衣と美枝ぽんにそう言うと、ごめんごめんと謝られた。
「ゆ、結城さんも、自分に自信がなかったの?」
岩倉さんが聞いてきた。
「うん。それに私、男子って苦手。どう話していいかわからないし」
「で、でも、藤堂君と話してる」
「うん。あ、でも、最近だよ。前はだんまりになってたことよくあった」
「そ、そうなんだ」
岩倉さんは、ちょっとほっとした顔を見せた。
「そんなに暗い私、どこがよかったのかなあ」
私がそう言うと、麻衣が、あははって笑った。
「なに?」
「穂乃香、面白いもん。けっこう司っちは、穂乃香のぬけてるとことか、しっかり見てると思うよ」
「うんうん。穂乃ぴょんの良さをわかってて、好きになってるって」
いきなり2人に励まされた。
「そうかな」
「そうだよ」
「わ、私もそう思う」
岩倉さんにまで、励まされた。
「岩倉さんは、藤堂君のどこが好きになったの?」
私がそう聞くと、岩倉さんはまた、真っ赤になった。
「2、2年になってすぐ、男子にちょっとからかわれていた時があって」
「うん」
「藤堂君が、やめろよって言ってくれたの」
「司っちなら、言いそう」
「そ、それから、掃除当番で、ゴミをいっつも私が捨てることになっちゃって」
「ああ、男子がいっとき、岩倉さんにゴミ捨てさせてた時があったよね」
「あれは頭に来て、私、怒り飛ばしたんだわ。あんたらも行けって」
麻衣がそう言った。それ、初耳だ。私ってば、さっさと美術室に行っちゃってたからかな。
あ、そうだった。藤堂君から避けるために、教室にはなるべくいないようにしていたんだっけ。
「と、藤堂君、俺が行くよって、何回か変わってくれた」
「え?」
「だけど、岩倉さんも自分で、ちゃんと嫌なら嫌って意思表示したら?って言われた。藤堂君は優しいけど、嫌われるのが怖くて、あんまり近づけなかった」
「なるほどね。藤堂君はそういうの、しっかり言っちゃうんだね」
「うん」
美枝ぽんの言葉に、麻衣がうなづいた。
「そういうところに、惹かれたのか~」
麻衣がそう言うと、岩倉さんはうなづいた。
「と、藤堂君って、他の男子と違う」
「そうかもね」
美枝ぽんがうなづいた。
「ひ、聖先輩も違ってるけど」
「聖先輩?」
「聖先輩は、女子みんなにクール。わけへだてなく、みんなに。そんなところが良かった」
「わけへだてなく優しいって言うのは良く聞くけど、わけへだてなくクールってすごいね」
麻衣が笑った。
「でも、彼女にだけは、めちゃ優しいという噂を聞くよ」
美枝ぽんがそう言った。
「司っちだって、そうじゃん。穂乃香にはめちゃくちゃ優しいんでしょ?」
麻衣が私の腕を突っついた。
「え?」
私は思わず真っ赤になった。でも、藤堂君がどれだけ優しいかは、何も言わず黙っていた。
岩倉さんは私を見て、それからまたうつむいた。
「いいね。結城さんは。藤堂君に優しくしてもらって」
「……」
その言葉でさらに、私は何も言えなくなってしまった。
確かに。藤堂君は他の女子に、優しさをひけらかさない。でも、内側は誠実だし、とても優しい。なかなか表面に出ないので、みんなにそれが伝わらないだけだ。
陸上部の後輩の子は、それに気が付いていたと思う。
きっと岩倉さんも、藤堂君の優しさや誠実さに触れ、好きになったんだろうな。私だってそうだ。遠くから見ていたらわからなかった。
近づいて、藤堂君を見ているうちにわかった。優しさも、あったかさも、かわいらしさも。
怖いとか、そんなこと感じたことなかったしなあ。
部活が終わり、駅までの帰り道、私は藤堂君の隣で、藤堂君のオーラを思い切り感じてみようと、黙っていた。藤堂君の話も、ゆっくり歩く歩調も、それにつないだ手も優しくて、やっぱり藤堂君は優しいって、そんなふうに私は感じていた。
すると、
「結城さん、どっか具合悪い?」
と藤堂君に、いきなり聞かれてしまった。
「ううん。どうして?」
「さっきから黙っているから」
あ、そうか。うんとか、ううんとか、そのくらいしか私は返事していなかったっけ。
「ごめん。今、藤堂君の優しさに思い切り浸っていたから」
「は?」
藤堂君は立ち止まり、私の顔を目を丸くしてじっと見た。
「あ、あの…。なんだか、それを感じていたくなって」
「くす。なに?それ」
藤堂君は耳を赤くして笑った。あ、可愛い笑顔だ。
「藤堂君、優しいんだもん。いっつも私、藤堂君の優しさに包まれると、ふわんって幸せな気持ちになるの。それにちょっと今、浸っていたかったの」
「じゃ、ふわんってなっていたの?」
「うん、そう」
「あはは。面白いよね?結城さんって」
藤堂君は声をあげて笑った。ああ、その笑顔も可愛い。
そういえば、藤堂君は声をあげて笑わないものなんだって思っていたかも。でも、声をあげて笑ったとしても、どこか品があるよね。
「結城さんといると、楽しいよ」
「え?」
「結城さんって、まだまだきっといろんな結城さんがいるんだろうな」
「…呆れるかもよ?」
「それはないって」
「でも」
「だって、どんな結城さんも、可愛いって思うし」
うわ。そんなことを言われ、私の顔が一気に熱くなった。
「…結城さんってさ、自分でそういうこと気が付いてないでしょ?」
「え?そういうことって?」
「可愛いってこと」
「な、何が?」
「だから、結城さんが…」
「私、可愛くないよ?」
「ね?気が付いてない」
嘘だ。それは絶対に、藤堂君のあれだ。あばたもエクボってやつだよ。
「結城さんが、あんまり他の男子と話さないでくれて、良かった」
「どうして?」
「話していたら、結城さんの良さや可愛らしさ、ばれちゃうし」
「へ?」
「ああ、でも、結城さんのことねらってるやつは、実際にいるもんな。沢村とか…」
「沢村君は、私のことを本当に知ってるかどうかわかんないよ」
「…じゃあ、沼田」
「え?」
「…沼田は、結城さんのいろんな可愛いところを知って、好きになったんだと思うよ?」
え?なんでそんなこと言うの?
「だけど、渡さないけどね?」
藤堂君はそう言うと、ギュって私の手を握りしめた。
ドキン。
藤堂君の声も、手の力も強くって、私は心臓がドキってした。
「大丈夫。藤堂君」
「え?」
「私、藤堂君のことだけだから」
そう私は少し小さい声で言った。藤堂君は私を優しく見つめ、また歩き出した。
「…結城さん」
歩きながら藤堂君は、私に話しかけてきた。
「なあに?」
「結城さんは、俺のことだけを思ってくれてるって、そう俺も思ってるけど」
「うん」
「でもやっぱり、たまに心配になるから」
「え?」
「柏木みたいなやつが現れて、知らぬ間に結城さんをさらっていかれないように、もっと…」
藤堂君はそこまで言うと、しばらく黙り込んだ。
「……」
私は黙って、藤堂君の手の握りしめた力を感じていた。さっきよりも、ギュって強く握っている。
「は~~あ、これ以上言うと、また結城さんに怖がられちゃうよね?」
藤堂君はちらっと私を見てそう言うと、前を向いた。
藤堂君の言いたいことは察しがついた。だけど、どう答えたらいいかわからず、私は黙ってただ歩いていた。




