第71話 人気者に
午後、藤堂君の出るバスケの試合に、わがクラスの女子が全員集まった。
ピーッ!試合が始まった。
藤堂君の正確なパス、ドリブルに女子たちが騒いでいる。そして、あっという間にシュートを決め、
「きゃ~~~」
と黄色い声が上がった。
なに?なんでそんなに、かっこいいわけ?
ドキドキしながら私は見ていた。
そうだ。写真撮るんだった。走ってる藤堂君はなかなか撮れないので、シャッターチャンスをずっとねらっていた。
藤堂君は前半終了ぎりぎりで、ロングシュートをあざやかに決めた。そのあとの笑顔が最高に可愛くって、ここだ!と私はシャッターを切った。
小さいし、ぼやけた。だけど、藤堂君の可愛い笑顔を撮ることができた。
これ、待ち受けにしよう!
藤堂君は、コートを出て、汗を拭いたりポカリを飲んだりしている。
「今のシュート決めたの、誰よ?」
「かっこよかったよね~~」
そんな声がして振り返ると、3年の女子だった。
「ねえ、さっきのシュート決めた子、名前は?」
うちのクラスの女子に、3年の女子が聞いた。
「藤堂君のことですか?」
「藤堂っていうの?へ~~」
そう言いながら、3年の女子はその場を去って行った。
「ちょっと、穂乃香」
隣にいた麻衣が、小声で私に言ってきた。
「やばくない?司っちのファン、確実に増えてるよ」
「3年の女子にまで、目、つけられたもんね。特に今の人たち、かなり積極的な人たちだよ」
逆側の隣にいた美枝ぽんまでがそんなことを言った。
「積極的?」
「うん。聖先輩にもしつこいくらいに、アタックしてたし」
げ~~。アタック?!
まさか、藤堂君にも、積極的にアタックしちゃうわけ?
ピーッ!
後半戦が始まった。コートの周りはさっきよりも、女子生徒の数が増えている。
「藤堂君、がんばって~~」
というクラスの女子の黄色い声と、
「藤堂先輩~~!」
という1年女子の声が入り混じっている。
1年も応援してるの?
「藤堂先輩って言うの?どの人?かっこいいの?」
と、他の1年までがやってきて、どんどん群がってきた。
藤堂君はそんな声なんか、まったくおかまいなしで、いつものクールな顔で、パスを回す。
そして、自分にボールが飛んでくると、すばやいドリブルで敵をかわし、すごいジャンプ力でシュートを決めてしまう。
鮮やかとしか言いようがない。こんなに運動神経よかったんだ。これじゃ、バスケ部から絶対にスカウトされちゃうだろうな。
「きゃ~~~~」
さっきよりもさらに、黄色い声は増した。
「かっこいいじゃん、藤堂君」
「先輩、かっこいい~~~」
1年の女子からも、3年の女子からも黄色い声が飛ぶ。
そして、試合終了。我がクラスの圧勝だった。
「やった~~」
「きゃ~~~」
みんなで跳ねながら、喜んだ。
藤堂君を見た。何人もの男子から、やったな、藤堂!と喜びの声をかけられていた。
藤堂君は、ものすごく爽やかな、可愛い笑顔を見せた。
「あんな笑顔、初めて見た」
「藤堂君の笑顔、可愛い~~」
ギクギク~~~。藤堂君の笑顔が可愛いって、みんなにばれた!
周りを見たら、みんなが目をハートにして藤堂君を見ている。
藤堂君は自分のタオルを持って、汗を拭きながら、こっちに向かって歩いてきた。
「藤堂君、かっこよかったよ」
「藤堂先輩、おめでとうごいます!」
一気に女子が群がってしまい、藤堂君の姿も見えなくなった。
「次、聖先輩の試合じゃない?美枝ぽん、見に行こうよ」
「うん。聖先輩は、外で試合するんだよね」
麻衣と美枝ぽんはものすごく大きな声でそう言った。すると、周りの女子が、
「聖先輩の試合、始まっちゃう。外に行こう!」
と体育館を出て行った。
良かった。藤堂君がまた、ぽつんと取り残され、やっと話ができる。なんて思いながら、藤堂君のほうを見ると、周りにはまだ、わがクラスの女子が数人と、3年生の女子も1年生の女子も残っていた。
「藤堂君ってバスケ部?」
3年生が聞いた。
「先輩、どこに住んでるんですかあ?」
1年の子が聞いた。
「…バスケ部じゃないけど」
藤堂君はぶっきらぼうにそう答えると、
「じゃあ、何部?」
と3年の女子はしつこく聞いた。
「藤堂君は、弓道部よね?」
うちのクラスの子が、親しげに藤堂君に話しかけた。
「弓道部なんて、うちの学校にあった?」
「でも、似合いそう!今度見学に行ってもいい?」
3年生は、うちのクラスの女子生徒を追いやり、藤堂君のすぐそばまでにじり寄った。
本当だ。すんごい積極的な人たちだ。
「部長か、顧問に聞いて」
藤堂君はまた、無表情にそう答えると、その子たちの間を通り抜け、私のほうに歩いてきた。
「結城さん。教室戻らない?」
「う、うん」
藤堂君と一緒に体育館を出た。後ろからは、
「誰よ、あの子」
という3年女子の怖い声が聞こえてきた。
「藤堂君の彼女ですよ~~」
うちのクラスの女子がばらしてくれた。
「彼女、いるの~~~?!」
「ショック~~」
3年だけでなく、1年の女子の声も体育館に響いていた。
「と、藤堂君」
教室に向かう廊下を歩きながら、私はちょっと前を歩く藤堂君に声をかけた。
「すごい活躍だったね」
「ありがとう」
藤堂君は振り返らずにそう答えた。
「かっこよかったよ。絶対にバスケ部からスカウト来ちゃうよ。去年は来なかったの?」
「来た」
「え?本当に?」
「でも、俺がしたいのは弓道だけだから」
藤堂君は力強くそう言ってから、振り返った。
「本当にかっこよかった?」
「え?うん」
藤堂君は、照れ笑いをして、
「よかった」
とつぶやいた
その顔も可愛い!!!
「結城さんは、お尻大丈夫?」
「あ、忘れてた。もしかすると、青あざできちゃったかもなあ」
「帰ってから、見てあげようか」
「うん」
「え?!」
藤堂君は目を丸くして私を見た。
「あ、今の嘘。ちょっと、ぼ~~っとしてた。もう~~、お尻なんて藤堂君に見せるわけないじゃない」
「だよね。ああ、びっくりした」
もう~~~。顏熱い!
今、藤堂君が本当に人気者になったら、どうなっちゃうんだろうって考えてて、上の空だったんだよね。
教室に入ると数人の男子生徒がいた。みんな文化系というか、オタク系の人たちだ。私たちが教室に入ると、ちょっとだけこっちも見たが、また、何やら雑誌を机に広げ、話しに夢中になりだした。
「なんだ」
藤堂君は残念そうだ。
「どうしたの?」
「誰もいないかと思ったのにな」
え?
なんで、誰もいない教室に、私を連れてこようとしたの?
ドキ。
何か、最近、藤堂君は時々、ドキッてするようなことを言う。それ、本気で言ってる?それとも、冗談?っていうことも。
さっきの、お尻見てあげようかっていうのだって、もしそのへんのおっさんが言ったら、セクハラだよ。セクハラ。
藤堂君と自分たちの席に着き、しばらく2人でのんびりとしていた。すると、わやわやと他のクラスメイト達も教室にやってきた。
「結局、聖先輩のクラスが勝ったね」
「さすがだよ、聖先輩」
麻衣と美枝ぽんもそんな話をしながら、私たちのそばにやってきた。
「あれ、ずっとここにいたの?」
「うん」
「聖先輩が勝ったところ、見に行かなかったの?穂乃ぴょん」
「うん」
「なるへそ。聖先輩より、藤堂君といる方が幸せなのね」
美枝ぽんにそう言われ、私は真っ赤になった。隣りを見ると、藤堂君は咳払いをして下を向いた。
あ、照れてる。可愛い。
「お前ら。なんで体操着のまま、戻って来てるんだ。さっさと着替えてこい」
田島先生が大きな声でそう言いながら、教室に入ってきた。
「へ~い」
男子生徒は面倒くさそうな顔をして、立ち上がり、私たち女子も、わらわらと教室を出た。
何人かの男子生徒は、先に更衣室に寄ったようで、Yシャツのボタンを何個も開けたまま、
「あっち~~」
と手やタオルで顔をあおぎながら、廊下を歩いてきている。
「結城さん、今日、すごいスパイクを受けてたね」
沢村君がその中にいて、私にそう言ってきた。
「う、あれはまぐれだから」
そう言うと、沢村君は、
「でも、よくやってたよ」
と私に言って、教室に入って行った。
あれ?もっと感じ悪いと思ってたのに、そうでもないな。
「ご機嫌取り」
そう思ったすぐあとに、美枝ぽんがそう言った。
「え?」
「穂乃ぴょんによく思われたくって、あんなことを言ったんだよ」
え?そうなの?
「もし、他の女子だったら、転んだりして、だせ~~とか言いそうだもん、沢村って」
だせ~~?
まさか、藤堂君、そんなふうに思ってないよね。
うん。絶対にそれはない。だって、もっと自分を褒めてあげたら?って言ってくれたし。あれ、嬉しかったな。
藤堂君はあれが、たとえ私でなくても「だっせ~」とは言わないだろうな。なんか、そんな気がする。
更衣室に行き、着替えをしながら、私はジャージのズボンのポケットの中に、携帯がないことに気がついた。
「あれ?ない」
ない。右にも左にも入っていない。
「落っことしたのかな。私」
ひえ~~。藤堂君を隠し撮りして、待ち受けにした携帯を落としてしまった!
「どこらへんに落としたの?」
「わかんない」
「教室かもよ。とにかく教室までも、よく見ながら行こうよ。廊下で落としたのかもしれないしね」
麻衣がそう言ってくれた。
「ありがとう、麻衣」
ちょと離れたところで着替えていた美枝ぽんにも事情を話し、3人で教室までの道を携帯を探しながら歩いた。
「ないね。やっぱり教室じゃない?」
麻衣がそう言った。
もし、誰かに見られたら。ああ、待ち受けなんかにするんじゃなかった。
「うひょ~~。岩倉、藤堂のことが好きだったのかよ」
教室から、沢村君の声が聞こえた。
「何?なんだかやけにさわがしくない?」
「俺にも見せろよ」
「本当だ、藤堂じゃん、隠し撮りかよ。こえ~~~」
「藤堂が来たら見せてやろうぜ」
「ちょっと、やめなよ。いい加減にしなよ~」
女子の声もする。いったい、なんのさわぎ?
気になり、私たちは急いで教室に入った。岩倉さんのちょっと離れたところに男子が群がり、わいわいとはやしたてている。
藤堂君はいなかった。沼田君もいない。こういうのを嫌がって、注意をする男子がみんないないんだ。
「何してるの?」
麻衣が、怒りながら男子に近づいた。
「岩倉の携帯だよ。待ち受け、藤堂なんだ」
「そんなの勝手に見たの?あんたたち、何考えてるのよ。返してあげなさいよ!」
「なんだよ。俺ら、拾ってあげたんだぜ。岩倉の椅子の上に落ちてた携帯を」
「それ、拾ったって言わないでしょ!」
「そうだよ、いい加減にしなよ」
美枝ぽんも切れて、男子に近づいた。
岩倉さんはうつむいたまま、黙り込んでいる。
岩倉さんの携帯の待ち受けが、藤堂君?ああ、そういえば、藤堂君を今日、撮っていたかもしれないな。
「ほら、返しなさいってば」
美枝ぽんが手を伸ばしたが、沢村君は手を高く上げ、携帯を取れないようにしている。本当だ。沢村君って言うのは、なんてガキくさいんだ。
って、あれ?沢村君の持ってる携帯、私と一緒。私と岩倉さんの携帯って、同じ機種だったんだ。
って、ちが~~~う!あのストラップは私のだ!母がビーズで作ってくれたもの!
「それ、私の~~~!!!」
そう言って私が、沢村君の腕にしがみつくと、沢村君はびっくりして、そのまま携帯を床に落っことした。
勢いで携帯が、すべっていき、誰かの足にぶつかって止まった。
「結城さんの?」
藤堂君だ。
「そう、それ、私の!」
「なんで沢村が持ってたんだよ」
藤堂君は声を低くしてそう言うと、携帯を取って、私に渡してくれた。
「ち、ちげえよ、藤堂。それ、俺じゃなくって、岩倉が取ったんだよ」
「そうじゃないの。多分、私が落っことして…」
私は慌てて、落としたことを藤堂君に言った。
「じゃ、拾ったのかもしれないけど、岩倉が中を見てたのは確かだよ。だから、俺はてっきり、岩倉の携帯だとばかり思って」
「沢村君、椅子にあった携帯を拾ったんじゃなくって、岩倉さんから取り上げたんじゃないの?」
麻衣がすごみながら、沢村君に聞いた。
「違うって。椅子に岩倉が置いて、そのままどっかに行こうとしたから…」
「椅子って誰の?!」
「岩倉のだよ」
藤堂君が岩倉さんをじっと見た。かなり怖い表情で。
「か、か、返そうと思ってた」
岩倉さんは、目を真っ赤にさせて、話し出した。
「え?」
藤堂君が聞き返すと、
「床に落ちてたのを拾っただけ。誰のかわからないから、中を見て、あとで返そうと思って、椅子に置いといた」
とびくびくしながら、そう言った。
「そんなのウソに決まってんじゃん」
沢村君も、周りの男子もそう言ったが、藤堂君は、
「そう…」
と一言言って、自分の席に座ってしまった。
「あの…。私、本当に落っことして行ったみたいで。あの、お、お騒がせしました」
私はみんなにぺこりと謝った。
「な、な~~んだ。でも、これで真相もわかったんだし、良かったんじゃね?」
男子の一人がそう言った。
「真相?」
藤堂君は、その男子に向かって、また怖い顔をして聞き返した。
「岩倉の携帯の待ち受けが、藤堂だとみんなで思っちゃったんだよ。今日のバスケの試合の隠し撮りしたやつ。だけど、結城さんの携帯だったら、うなづけるよなあ」
「待ち受け?…隠し撮り?」
藤堂君は目を丸くして、私を見た。
「ご、ごめんね?隠し撮りなんかして」
私は慌てて携帯を、ポケットにしまった。
「そうだよな。彼女なんだから、隠し撮りする必要もないだろ?」
沢村君はここぞとばかりという感じで、藤堂君に挑戦的な口調で話しかけた。
「違うの。藤堂君の笑顔が可愛かったから、つい撮っちゃっただけで」
私は慌てて、沢村君にそう言った。すると、沢村君はものすごく変な顔をして、私を見た。そして藤堂君は、耳を真っ赤にさせ、うつむいた。
やばい。今、変なことを口走っちゃったよね。私…。
「あつ~~い。ほんと、仲いいよね」
麻衣がそう言って、私たちをひやかした。そうすると、周りにいたみんなは、
「なんだ。のろけられただけじゃん」
と言いながら、それぞれの席に戻って行った。
私も自分の席に着いた。そして隣の、藤堂君をちらっと見た。藤堂君も私を見ると、
「あとで、その写真見せてね」
と小声で言い、顔を赤くして、ぼりっと頭を掻いた。
わあ。怒ってはいないみたいだけど、なんだか見せるのが恥ずかしい。
なんて、私も顔を熱くして真ん前を見ると、前の席では岩倉さんがうつむいて、背中を丸め肩を震わせていた。
まさか、泣いてる?
声をかけていいものかどうかもわからず、私はそのまま、黙って窓の外を見た。




