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第70話 球技大会

 翌朝から、藤堂君に朝、起こされるようになった。目ざましをかけているから、ちゃんと目が覚めるのだが、

「起きてる?」

と隣の壁から、藤堂君がトントンとノックをするのだ。


「うん、おはよう、藤堂君」

「おはよう」

 これが日課になった。私はまた、藤堂君が私の部屋まで入ってきて、起こされてしまうのかと緊張していたが、そういうわけではなかったようだ。

 ああ、それにしても、いつの日か、藤堂君の寝顔を見れる日は来るのだろうか。


 それから一週間後、球技大会の日がやってきた。

 テニスはいいけど、テニス以上の大きさのボールは私は苦手だ。バレーなんて手で打たなきゃならないし、中学バレー部だったという人も何人かいるようで、そんな人のサーブやスパイクを、ど素人の私が受けられるわけもなく、私はひたすら、よけるので精いっぱいだった。


 だから、同じチームの人に、

「結城さん、よけないの!」

と練習中は怒られていた。


 数人、私と同じような運動神経の持ち主がいて、練習が終わるたびに、

「よけるなって言ったって、怖いものは怖いもんね」

とこそこそと話をしていた。だからなのか、私はクラスに数人、仲のいい友人ができてしまった。


「藤堂君って、怖くない?」

 その子たちはみんなおとなしくて、男子とあまりかかわらないような子ばかりだった。話しやすい沼田君とすら会話をしないような子もいて、藤堂君なんて怖くってと近づくこともできないと言っていた。


「怖くないけど」

 私がそう言うと、みんながいっせいに、

「え~~~~」

と声をあげた。そんなに藤堂君って、みんなに怖がられているのかなあ。


 そんな会話を体育館の隅っこでしていると、ちょっと離れたところから、岩倉さんがこっちを見ているのがわかった。岩倉さんはいつでも一人でいる。寂しくないのかわからないが、自分からけして打ち解けようとしないのだ。


「ナイシュー!」

 バスケのチームの女子の声が、体育館の中に響いた。体育館はバスケの練習の時間だ。

 麻衣も美枝ぽんもバスケに出ている。麻衣は背は低いが、運動神経が良く、ちょこまか動いてボールを正確にパスをして、背が高い人がシュートをするという、連係プレイを見せていた。


 美枝ぽんは、バレーは怖いから出ないと言っていたが、麻衣に負けず劣らずのすばしっこさで、あっという間に敵のボールを取ってしまったり、ドリブルだけであっという間に敵の間を走り抜けたりというファインプレーを見せていた。


 結局二人とも、バスケが得意だからバスケを選んだんだろうなあ。私なんてバスケのチームに入ったって、でくの坊のように突っ立っているだけだろうし。


 男子は外で練習をしていた。だから残念なことに、藤堂君の練習を見ることはできなかった。本番の時まで、藤堂君の活躍する姿はおあずけだった。


 だから、今日の球技大会はずうっと、楽しみにしていたのだ。

 私はバレーにちょっと出て、あとはベンチに引っ込む。もしかすると藤堂君が見に来る時間は、ベンチに引っ込んでいる時間帯かもしれない。


 バレーとバスケでは、時間帯がかぶらないが、男子のバレーを応援しに行っちゃうかもしれないし。ああ、できたら、見ないでほしいな。私の無様な姿。


 いよいよ、私が試合に出る時間がやってきた。最初だけ出て、あとで引っ込む。6人制の一番隅っこに私はいるが、どうかこっちにボールが飛んできませんようにと、心の中でずっと祈りながら私はコートに入った。


 ドキドキ。敵のチームには強そうな人が何人もいる。

 私は藤堂君が来ていないかどうか、周りを見渡してみた。すると、しっかりと藤堂君は私たちのコートの真横に立っていた。


 ああ。見に来ていたか…。

 足ががくがく震える中で、試合が始まるホイッスルが鳴った。

 ピーッ!


 サーブはまず、私たちのクラスからだった。中学がバレー部だった子が、正確なサーブを打った。なんとサービスエース!やった~~。

 一気に応援しているクラスメイトが、盛り上がる。藤堂君を見てみると、藤堂君も手を叩いて喜んでいる。


 次のサーブ。敵のチームにも元バレー部員がいるらしく、正確なレシーブとトスが上がり、前列の人が強烈なスパイクを打ってきた。

 げ!私のほうにボールがすごい勢いで飛んできたじゃないか!


 よけちゃ駄目!藤堂君が見てる。そんな無様な姿は見せられない。

 バシッ!私はよけずに両手でそのスパイクをレシーブした。が、ものすごい勢いのスパイクで、私の体が宙を浮いた。


 次の瞬間、何が起きたかわからないが、強烈な痛みがお尻に走った。

「いた~~」

「ナイスレシーブ!」

という声がして、そのあと前列の人がスパイクを決めた。どうやら私が受けたレシーブを誰かがトスして、元バレー部員の人がすんごいスパイクを決めてくれたらしい。


 ピーッ!ホイッスルが鳴った。また応援しているクラスメイト達が湧きたった。

「やったね、結城さん」

とチームのみんなが言ってくれたが、それよりなにより、お尻を思い切り打ったようで、なかなか私は立てないでいた。


 ピーッ!

「メンバーチェンジ!」

 審判の声がして、先生が私を呼んでいるのが見えた。

 え?もうメンバーチェンジ?


 私は隣の子に立たせてもらい、よろよろとお尻を押さえながら、コートから出た。

 先生のもとに行くと、

「よくやった。思い切りお尻を打っていただろう?休んでいていいぞ、結城」

と言われてしまった。


 何もできなかったり、逃げ回っていたりせず、貢献できたのだから、良かったことだ。だが、思い切り尻餅をついたのは、果たしてかっこいいものだったかどうか、微妙だった。


「痛い」

 まだお尻はズキズキと痛んだ。

 体育館のはじっこで、体育座りをして試合を見ていると、

「ナイスプレーだったよ」

と突然、藤堂君の声がした。


「あ…」

 いつの間に逆側にいたのに、こっちに来たんだろう。

「大丈夫?お尻」

 藤堂君にまで言われた。


「ちょっと、まだ痛い」

「保健室は行かなくて平気?」

「そこまではひどくないと思うから」

「そう」


 藤堂君はそう言うと、私の隣に座りこんだ。

「藤堂君の試合は、11時からだっけ?」

「そう。勝てたら午後も出るよ」

「私はこの試合勝っても、もう午後は出ないんだ」


「ケツうっちゃったから?」

「そ、そうじゃなくて。もともと補欠みたいなものだったの」

「そうなの?もったいないな。あんなファインプレーをするのに」

「…あれはまぐれだから」


「そうかな?」

「そうなんだってば」

 いつもの練習を見ていたら、藤堂君だってとうに私が補欠になるのもわかっているはずだ。


「この試合勝ちそうだね。また点を入れた。結城さんがナイスプレーをしたから、俺らのクラスに運が回ってきたんじゃない?」

「え、違うよ。最初のサービスエースが良かったんだよ」


「クス。いいのに、もっと自分のことを褒めても」

「え?」

「結城さん、バレー苦手なんでしょ?なのにファインプレーできたんだよ?自分のこともっと認めてもいいと思うよ?」


「…う、うん」

 私は藤堂君の言葉に、くすぐったくなった。でも、嬉しかった。

「ありがとうね、藤堂君」

「え?」

「ありがとう」

「うん」


 藤堂君は私の隣で、にっこりと微笑んだ。

 あ、今、視線を思い切り感じたんですけど。と思ったら、ちょっと距離を開けて岩倉さんがこっちを見ていた。岩倉さんは体調が悪いと言って、球技大会を見学していたが、しっかりと藤堂君のことはチェックしているんだなあ。


 試合にうちのクラスは勝った。チームメイトも、そして応援していたクラスメイトも、みんながやった~~と雄たけびをあげ、喜んでいた。

 私もその頃にはお尻の痛みが消え、藤堂君と一緒に飛び上がり、手を叩き喜び合った。


 その姿をチームメイトや、応援していたクラスの女子が見ていたらしく、バスケの応援に行く間、何人もの女子から私は、質問攻めにあった。

「さっき、藤堂君と一緒に喜んでいたでしょ。藤堂君、すごくはしゃいでいたけど、いつもああなの?」

「あんな藤堂君、初めて見た」


「え、えっと。いつもはもっと穏やかだけど」

「結城さんの横に行って、結城さんをねぎらっていたでしょ?その時の藤堂君、優しかったね」

「うん、優しい顔で結城さんに話しているのが見えたよ」

「え?」


「いつもあんなに優しいの?」

「うん、優しいよ」

「そうなんだ~~~。これからのバスケの試合、女子の応援に行こうかと思っていたけど、男子を応援しに行こうよ」


「もちろん、結城さんも行くでしょ?」

「う、うん」

 麻衣と美枝ぽんに怒られそうだけど、やっぱり藤堂君のバスケをする姿が見たいもん!


 私は手にしっかりと携帯を持っていた。これで、バスケをする藤堂君をぱしゃりと写すんだ。なにしろ、藤堂君の写真持っていないし、隠し撮りしちゃってもいいよね?


 バスケの試合が始まった。私の周りにはクラスの女の子たちが群がっていた。

 ピーッ!ホイッスルが鳴った。

 藤堂君は、コートの中を的確に動き、パスを受け、確実にゴールを決めた。


「きゃ~~~!決まった~~!」

 私が叫ぶ前に、クラスの女子が黄色い声をあげた。

 うわ。私、叫べないじゃん。


 でも、いい。とにかくかっこいい藤堂君が見れるだけで。

 藤堂君の真剣な目。長い手足。ジャンプ力。そして、遠くからでもしっかりとゴールを決めてしまうその姿は、かっこいいなんてもんじゃなかった。


 目をハートにして私は見ていた。なんでこの人、バスケ部じゃないんだろう。なんて思いながら。

 藤堂君が3回もゴールを決めて、わがクラスが勝って試合は終わった。

「きゃ~~~。やった~~~!勝った~~~!」

 クラスの女子と私も、ぴょんぴょんと跳ねながら喜んだ。


「かっこよかった、藤堂君」

「めちゃ、かっこいい~~~」

という声がそんな中ら聞こえた。


それに、周りの他のクラスの子まで、

「あれ、藤堂君って言う人でしょ?」

「一人でゴール決めてた人?」

「かっこいいね」

なんて言っている。


 こ、これは喜んでいいのか、どうなのか?!

 藤堂君がこっちに向かって来るので、おめでとうと言おうと待ち構えていると、

「藤堂君、すごいね」

「藤堂君、かっこよかったよ」

と、何人もの女子が藤堂君に群がってしまった。


 そんな中に入って行けず、おたおたしていると、すぐ隣で手を組んで目をハートにしながら藤堂君を見つめている岩倉さんが目に入ってきてしまった。

 うわ。目、いっちゃってる。顏、真っ赤だし。


 でも、岩倉さんだけじゃなかった。1年生の子も、3年の女子までが藤堂君を注目している。

 わ~~。冗談でしょ。と内心慌てていると、

「聖先輩の試合が始まるよ」

という誰かの一声で、

「きゃ~~~~」

と周りの女生徒がみんな、いっせいに体育館から出て行ってしまった。


 残ったのは数人の生徒。その中には岩倉さんもいた。

「藤堂君、すごかったよ。かっこよかったよ」

 やっと私は藤堂君のそばに行くことができ、そう言いながら近づいた。

「結城さんはいいの?聖先輩の試合」

「え?」


「見に行かないの?」

「あ、当たり前だよ。藤堂君が見られたら、それでいいもん、私」

 そう言うと、藤堂君は耳を赤くした。

「良かった。へましないで。みっともないところ、結城さんに見せられないもんね?」


 ドキン。ああ、そんなことを言ってくれちゃう藤堂君が可愛い。

 藤堂君は、自分のタオルやポカリがあるところまで私を連れて移動した。

「あとは午後だ」

「応援しに行くね?」

「うん」


 藤堂君はポカリをゴクッと飲むと、にっこりと微笑んでうなづいた。

 か、可愛い。その笑顔。

 カシャリ。何か、写真を撮る音がしたような気がして、私は振り返った。


 すると、岩倉さんが慌てて、何かを後ろに隠しているのが見えた。あ、携帯だ。もしや、今の藤堂君を隠し撮りした?

 そこで思い出した。ああ、私も藤堂君の活躍している姿を写したかったんだっけ。


 午前中の試合がすべて終わり、お昼休みになった。私は麻衣と美枝ぽんのところに行き、

「ご飯食べよう」

と明るく言った。だが、2人とも妙に暗かった。


「ど、どうしたの?」

「惨敗したんだよ」

「え?」

「応援もほとんどいなかったし」


 あ、そうだ。ほとんど男子の応援に行っちゃったんだっけ。

「ああ、もう~~、悔しい~~」

 麻衣がそう言って、地団駄を踏んだ。美枝ぽんも、

「全然パスがまわらなかった。悔しすぎる~~」

と怒りをあらわにしていた。


「ま、まあ、ご飯でも食べて、落ち着いて」

「どうせ、穂乃香は司っちの応援に行ったんでしょ?」

「う、うん。ごめんね」

「いいけど、司っちは勝ったの?」


「圧勝だったよ」

「そうかあ。ま、男子が勝ったならそれでいいかな。午後は応援を徹底的に張り切ることにしようっと」

 麻衣はそう言って、すぐに立ち直った。ああ、この立ち直りの速さ、いっつも羨ましいくらいだ。


 美枝ぽんはまだ、あそこのパスがうまくいったら、とか、あの時、ボールを落とさなかったら、などぐちぐち言いながら歩いていた。

 が、お昼を食べるとあっという間に、機嫌を直してしまった。やっぱり、美枝ぽんも前向きだ。


「藤堂君の応援、行こうね!」

 そう言って張り切っている。すると、そこにお弁当を食べ終わったクラスの男子と藤堂君がやってきた。

「午後、俺らの応援頼むよ。女子の分も頑張るからさ」


 そう一人の男子が言うと、麻衣と美枝ぽんはまかしておいて!とガッツポーズを決めた。

「藤堂君の応援にも行くからね」

 美枝ぽんがそう言うと、藤堂君は、

「ああ、よろしく」

と無愛想に言った。


 だが、私を見るなり藤堂君は表情を変え、

「結城さん、もうお尻は大丈夫?」

と優しく聞いてきた。

「あ、忘れてた。もうすっかり、大丈夫」

 私はそう言って、笑って見せた。


「午後の応援も来てね」

「もちろん。頑張ってね」

 ニコ。藤堂君は笑って私を見た。


「うわ。すごい笑顔だ」

「藤堂君って笑うと可愛いのね」

 後ろからそんな声がして振り向くと、クラスの女子が群がっていた。


「な、何?なんでこんなにみんながここにいるわけ?」

 麻衣が驚いている。

「藤堂君、私らも応援しに行くから頑張って」

「シュート、またバンバン決めてね」


 みんなが交互にそう言うと、藤堂君はちょっとびっくりした表情をしたが、すぐにクールな顔つきになり、黙ってうなづき、スタスタと食堂を出て行ってしまった。

「そっけない」

「そこもまた、かっこよかったりして」


 え?

 なんか、今、ものすごく聞きなれない言葉を聞きましたけど?

「聖先輩も勝ったけど、2年のあとに試合があるから、時間かぶらないよね」

「うん、大丈夫だよ。聖先輩もかっこよかったね」


「だけど、シュートの決め方は、藤堂君のほうがかっこよかったかも」

「あんな、かっこいい藤堂君見たの初めて~~」

 クラスの女子はそんなことを言いながら、食堂をあとにした。


「ちょっと、穂乃香、いったい何が起こっているの?」

「そうそう。なんで、みんなに怖がられてた藤堂君が、人気者になっているわけ?」

「…バスケの試合で、ものすごく目立つ活躍をしたの」

「へえ。それだけで?」


「うん。だけど、シュートもかっこよく決めちゃうし、走り方もドリブルも、それに真剣な眼差しも全部、かっこよかったんだ」

「それは穂乃ぴょんが見たから、そう見えたんでしょ?」

 美枝ぽんがそう言うので、私も、うんとうなづいた。


「だけど、周りの女子までが、目をハートにし出した」

「なんで?」

「藤堂君のかっこよさに、気がついいちゃったのかなあ。ああ、どうしよう」

 私が本気で心配していると、2人は鼻で笑った。


「まあ、球技大会で盛り上がっているから、あんなふうに女子も盛り上がっちゃったんだよ。きっと明日にでもなればまた、みんな藤堂君を怖がって騒がなくなるって」

 美枝ぽんは冷静な目つきでそう言うと、ねえ?と麻衣に同意を求めた。麻衣も、うんうんと思い切りうなづいた。

 だったら、いいんだけど。でも、その前に、まだ試合が残っている。


 このたった1日で、藤堂君という存在が、聖先輩のあとを引き継ぐ人気者になるとは、この時私も麻衣も、美枝ぽんも、もちろんきっと本人ですら、予想をしていなかったと思う。


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