表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/121

第67話 隣の部屋

 いつものように学校を出ると、駅に向かって歩き出した。生徒はほとんどいなくって、藤堂君は手をつないできた。

 ドキドキ。手をつなぐだけで胸が高鳴り、2人の間にはほとんど会話がなかった。


 駅に着くと数人の生徒がいて、藤堂君がぱっと手を離した。そして二人で改札を抜け、ホームに立った。

「今日は、一緒の方向に帰るんだね」

 藤堂君はそう言うと、私を熱い視線で見た。


「うん」

 ドキドキ。なんだか、鼓動がずっと早くなってる。

「…変な感じだね。いつもここで、じゃあって言って別れるのに」

「そうだよね。また明日って言って別れるのにね」


「…また明日って、そんなふうに別れることもないんだよね、これからは」

 藤堂君はそう言うと、今来た電車に乗り込んだ。私もそのあとを追って、2人で空いている席に座った。


 電車が揺れると、すぐ隣に座った藤堂君の肩に、時々私の肩が当たる。ドキン。そのたびに私の肩が熱を帯びる。

 藤堂君はまっすぐ前を見ていた。そして時々、ぽつりぽつりと話をした。

 私はちらっと藤堂君を見た。ああ、藤堂君の横顔、かっこいいなあ。


 それから座っている藤堂君の、すらりと伸びた足。藤堂君って、足、長いよね。

「次は終点、片瀬江ノ島~~」

 車内にアナウンスが流れた。ああ、不思議だ。これから私はいつも、この駅に帰ってくるんだよね。

 片瀬江ノ島駅は、竜宮城のようだ。そこを通り抜け、藤堂君の家まで2人でゆっくりと歩き出す。


 江ノ島駅は、人もまばらだ。海をちょっと眺めながら橋を渡り、細い商店街を歩く。商店街はお客さんもほとんどいなくて静かだった。

 そして路地を入って行き、どんどん住宅街に向かう。

 どこかここは、異世界のような雰囲気がある。すぐそこには、江ノ電の線路。ガタンガタン。江ノ電が走る音が聞こえてくる。


 藤堂君の家に着くと、門には綺麗な紫陽花が咲いていて、門から玄関までは緑のアーチがつながっている。

 その光景もなんだか、異世界のようだ。


「ただいま~~」

 藤堂君は鍵を開けて、玄関の中に入って行った。私もその後ろを、

「ただいま」

と小声で言って、玄関の中に入った。


「おかえりなさい」

 お母さんが元気に出迎えに来た。

「疲れたでしょ。お風呂、すぐに入っちゃう?」

 お母さんは私を見てそう言った。今の、私に言ったんだよね?


「私はあとでいいです。藤堂君、先に入って」

「駄目よ。司や守の後だと、お風呂汚れてるわよ。先に入ったほうがいいわよ」

「はあ」

「あ、もう鍵ついてるから、安心してね」

 そう言ってお母さんは、パタパタとスリッパの音を立てて、キッチンに向かっていった。


「いいのかな、私、先に入って」

「いいよ。ゆっくりあったまって」

 藤堂君はそう言うと、そのまま2階に上がって行った。私も着替えを取りに、2階に上がった。

「あ、藤堂君」

 部屋に入ろうとしている藤堂君を呼び止めた。

「何?」


「あの…。数学、宿題出たでしょ?」

「うん」

「プリントの中でわからないところがあって」

「いいよ。あとで一緒にやろう」

「うん」


 わあい。嬉しい!

 私はウキウキしながら着替えを持って、お風呂場に向かった。そして中から鍵をかけ、お風呂に入った。

 嬉しい。宿題を見てって言ったら、すぐに見てもらえるんだ。

 その時間は、藤堂君と一緒にいられるんだね。


 早くに一緒に勉強がしたくって、いてもたってもいられなくなり、さっさとお風呂から出た。そして、洗面所で体を拭いていると、ガチャガチャガチャ!といきなりドアが。


 え?鍵かかってるから、開かないよね。っていうか誰?

 ドカ!ドアを思い切り開けて、守君が顔を出した。

「あ!なんだよ、穂乃香、入ってたのかよ」

「…!うきゃ~~!」


 私はバスタオルで体を隠し、その場にしゃがみ込んだ。

「守!何してるの?!」

 お母さんがやってきて、守君の腕を掴み、そのまま守君を引っ張って行ってくれた。

「いて、いててて。ちょっと離せよ!」

 守君は痛がっていたが、お母さんは腕を離すことなく、2人はダイニングに消えたようだ。


 私は慌てて立ち上がり、ドアを閉めた。

「鍵、かかっていたのに」

 鍵を見てみると、しっかりと壊れていた。さっき、守君が無理やり力づくで開けたからだ。

「あ~~。鍵の意味ないじゃん」

 がっくり。それにしても、無理やり開けるかな。誰か入っているってわかるでしょ、普通。


 お風呂から出て、すぐにまた2階に上がった。自分の部屋までドライヤーを持って行き、とっとと乾かした。こんなことだったら、ドライヤーをうちから持ってきちゃえばよかった。

 ドライヤーをまた、1階に行き洗面所に返そうとして、中に誰かいる気配を感じ、ドアをノックした。


「あの、ドライヤー返しに来たんだけど」

「ああ」

 中から守君の声がして、ドアをちょっと開けて、守君が手だけをにゅっと出した。その手にドライヤーを渡して、また私は2階に上がった。

 なんだよ。ちゃんと中に誰かいる気配ってするじゃないの。なんでそれがここの男どもにはわからないかな。


 それからしばらくすると、お母さんが2階までやってきて、

「穂乃香ちゃん、ご飯にしましょう」

と声をかけてきた。

「はい!」

 いけない。すっかり夕飯の支度のお手伝いをするのを忘れていた。こんなことが母にばれたら、怒られちゃう。


「すみません。なんにも手伝わなくって」

 ダイニングテーブルにはもうすでに、全部がそろっている状態だった。

「いいのよ。そんな気を使わないで、穂乃香ちゃん」

 お母さんはそう言うと、にこにこしながらご飯をよそった。


「運びます」

 私はせめてそのくらいは…と思い、慌てて手伝った。

「腹減った~~」

 守君が席に座った。それから、藤堂君もお風呂からあがったばかりの顔で、ダイニングにやってきた。


 髪はまだ濡れている。頬はほんのり赤くって、肌はなんだかつるつるだ。髪からは男物のシャンプーの匂いと、体からは石鹸の匂いがする。

 なんでもない白のTシャツ。それにグレーのスエット。本当に何でもないルームウエア―なんだろうけど、それがかっこよく見えてしまうのは、私がそれだけ惚れちゃってるからかなあ。


 ああ、いけない。つい見惚れてしまう。それを守君に見つかったら、また何かひやかされたりしてやっかいだ。

「さ、穂乃香ちゃんも席に着いて。お父さん~~~!ご飯よ~~~」

 お母さんは大声で、お父さんを呼んだ。お父さんはリビングからメープルと一緒にやってきた。


「さ、いただきましょう」

「いただきます」

 みんなで手を合わせ、いただきますをしていっせいに食べだした。

 さすが男が3人もいると、食事も豪快だ。我が家と量も違うし、品数も一品多い。それに守君なんて、背も低く細いくせにどんぶり飯だ。


 藤堂君は、物静かにご飯を食べる。あまり話もしない。どうやら、じっくり味わっているようだ。

 守君は時々、学校であった事を話す。お父さんがそれに答え、何かを言うと、お母さんもその話に加わるが、少しするとお母さんはがらりと話を変えてしまう。


「そういえば、この前見たテレビでね、面白いことを言ってたのよ」

 お母さんが楽しそうに話し出すと、お父さんが笑ってそれに答える。藤堂君はきちんと耳を傾け、時々静かに笑う。そして、守君はお母さんの話に適当に突っ込みを入れたり、茶化したりしている。


 やっぱり、藤堂君は家でも物静かなんだなあ。

 私はそんな藤堂君の、静かに笑う笑顔を見ながら、目をハートにさせ、ご飯を食べていた。


 夕飯が終わり、私は後片付けを手伝ってから自分の部屋に戻った。すると、壁からココン!と藤堂君の合図があった。私は壁に近づき、コンコン!と壁をノックした。すると、

「結城さん、今、時間ある?宿題する?」

という藤堂君の声が聞こえてきた。


「うん!」

 私は壁にぴったりとくっつき、返事をした。

「じゃあ、俺の部屋にプリント持ってきて」

「わかった」

 ドキドキ。藤堂君の部屋に、お邪魔するときがやってきちゃった。


 プリントと筆箱を持って、私は藤堂君の部屋をノックした。

「どうぞ」

という藤堂君の声がした。

「お、お邪魔します」

 私はそっと藤堂君の部屋のドアを開け、中に入った。


 藤堂君の部屋は、落ち着いたモノトーンの部屋だった。カーテンとベッドカバーがダークグレイで、机とベッド、そして家具はブラックだった。

 だけど、どこか優しい雰囲気が漂っているのは、部屋においてある観葉植物やサボテンのおかげかもしれない。

 そして壁には弓道着がかけられ、その横には制服がかかっていた。


 本棚には弓道の本や武道の本が数冊。それから参考書が並び、下の方には漫画や雑誌が何冊が重なって入っていた。

「結城さん、あんまりじろじろ見ないで。ボロがわかるよ」

 藤堂君にそう言われ、

「あ、ごめんなさい」

と私は謝った。


「ここに座って」

 ベッドの横のカーペットの上には、小さめのテーブルがあり、そこに藤堂君はクッションを置いた。そして自分は床にあぐらをかいて座った。

 私はクッションの上に座らせてもらった。


「プリントのどの問題がわからなかった?」

 藤堂君はいきなり、勉強の話をしだした。

「あ、3問目」

 私は慌ててプリントをテーブルに広げた。


「ああ、これね」

 藤堂君は顔を近づけ、わかりやすく説明をしてくれた。が、いつものごとく、私の胸は高鳴ってばかりで、ほとんど説明が頭に入ってこない。


 藤堂君の部屋は、藤堂君の匂いがする。当たり前か。

 だけど、これだけ藤堂君の匂いと、藤堂君のものが溢れた中にいると、ドキドキでどうにかなってしまいそうになる。

 チラ。ベッドを見た。私の部屋って、藤堂君のベッドがある側なんだ。じゃ、私は藤堂君が寝ているすぐ横で、壁を1枚隔てて寝ているんだ。


 昨日、私は藤堂君のすぐ横で寝ていたってことなの?

 そう思ったら、顔が一気に赤くなった。

「聞いてた?結城さん」

「え?な、何?」


「次の問題。3問目の応用編だよ。これは解けたの?」

「ううん。まだやってもいない」

「じゃ、やってみる?」

「うん」

 ああ。今私は、数学どころじゃないのにな。


 それでもどうにか頭を切り替え、さっきの説明をどうにか思い出しながら、私は解いた。

「そう、正解」

 藤堂君はそう言うとにこりと笑った。

「良かった。藤堂君の教え方がうまいんだね」

 私はほっと胸をなでおろしながらそう言った。何しろ、藤堂君の説明の半分も頭に入っていなかったから、解けるか心配だったんだ。


「じゃ、プリントはもうOK?」

「うん」

 って言ってから、しまったって思った。これじゃ、もう自分の部屋に戻らなくっちゃならない。

「あ、でも、あの…」

 どうしよう。そうだ。英語の訳でも教えてもらう?


「結城さん」

「え?」

 藤堂君が私の顔の目の前まで顔を持ってきて、話しかけてきた。

 ドキン。顏、近い!


「キス…だけなら、誓いをやぶったことにならないよね?」

「え?!」

 キス?

 私が何も答えないうちから、藤堂君はそっと私の唇に唇を重ねた。


 わ~~~。バクバクバクバク!

 私は目をぎゅって閉じていた。藤堂君はしばらく唇を重ねて、それからそっと離れた。

「…これ以上、一緒の部屋にいたら俺、やばいかな」

「え?」

 やばい?


「結城さん、髪、いい匂いするし…」

「え?」

「このまま、抱きしめて、押し倒しそうだ」

 ひょえ!?

「あの!」

 私はすかさず、立ち上がった。


「宿題、見てくれてありがとう。部屋にもう戻るね」

「うん。また明日ね、お休み」

「…おやすみなさい」

 私はそのままくるりと後ろを向き、ドアのほうに向かった。


「あの…」

「え?何?」

 私は後ろを向いたまま、藤堂君に話しかけた。

「藤堂君と私って、壁一枚隔てて、隣で寝ているんだね」

「え?」


「お、おやすみなさい!」

 私は藤堂君の部屋を出て、すぐに自分の部屋に入った。

 そして深呼吸をして、藤堂君の部屋のすぐ横に布団を敷き始めた。

 ペタン。布団に座り込み、じっと壁を見た。


 この向こうで藤堂君が今日も、寝るんだね。

「はあ」

 思わずため息をつき、私はゴロンと横になった。そして自分の唇を指で触れてみた。

 藤堂君と久しぶりにキス、しちゃった。


 ドキドキした。藤堂君からはまだ、石鹸の匂いがした。 

 これから先、本当に藤堂君も、そして私も誓いを守って行けるんだろうか。

 そんな思いが湧いてきて、もっと私はドキドキしてしまった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ