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第65話 なんだかブルー

 その日の夜は、ずっと部屋にいた。藤堂君のお母さんが、

「穂乃香ちゃん、テレビでも下で観ない?」

と誘ってくれたが、

「すみません、片づけがあるので」

と言って、断った。


 もう、寝ちゃおう。と布団までさっさと敷いて、パジャマを着た。藤堂君のお母さんが買ってくれた赤いストライプの半そでのパジャマ。

 藤堂君はお揃いのパジャマを着てくれるんだろうか。わかんないけど、いいや。今日はもう部屋から一歩も出る気もないし。


 暗い。私って、やっぱり根暗なんだ。

 こんなはずじゃなかった。もっと藤堂君の家に来たら、ウキウキのわくわくの毎日になると思っていたのに。初日から、なんでこんなに暗いんだ、私は。


 ブルル。その時携帯が振動した。見てみると、麻衣からだった。

>今日から藤堂君の家だよね。どう?一緒にいるの?

>一人で部屋にいる。

>一人で?藤堂君の部屋に押しかけたらいいのに!

>無理。


 ああ、やばい。メールまで、暗くなってる。

>なんかあった?

 やっぱり麻衣、気が付いたか。

>ホームシックかな?


>違うよ。なんでもないの。まだ、この家に慣れていないだけ。

>そうだよね。初日だもんね。なんかあったらいつでも相談にのるから、メールしてくるんだよ!

>うん、ありがとう。

 あ、なんだか救われたかも。


「は~~~~」

 ため息をつきながら、布団にゴロンと横になった。昨日まではベッドに寝ていたから変な感じだ。

「兄ちゃん、勉強教えて」

 廊下から声がした。ああ、きっと藤堂君の部屋の前で、守君が声をかけたんだ。


 ガチャ。隣りの部屋のドアの開く音。

「ああ、いいよ。入れよ」

 藤堂君の声。それからバタンとドアの閉まる音。

 い、いいな~~~!!!私だって、「藤堂君、勉強わからないところがあるの。教えて」って言って、藤堂君の部屋に行ってみたい。

 あ、いきなりまた、妄想が。私ってば懲りないなあ。もしかするとそんな日は、永遠に来ないかもしれないのに。


 ドスン。

 え?何の音?

「やめろ、守。壁を蹴っ飛ばすな」

 え?藤堂君の声?

 わ。隣りの声って、こんなによく聞こえちゃうの?


「穂乃香、もう寝たのか!」

「守、やめろよ」

 嘘。こんなによく聞こえちゃったら、こっちの声も筒抜け。って、誰と話すわけでもないから、私の声は聞こえたりしないか。


 は~~~。暗い。そう、誰とも話さないんだ。

 いや、待って。うちでだって、そんなに両親と話す方でもなかった。お風呂から出たらさっさと部屋に行って、本を読んだり、誰かにメールしたりして過ごしていた。だったら、ここでもそうしたらいいだけだよね。


 ぼそぼそ…。藤堂君の低い声が聞こえる。たまに、守君の高い声も。まだ、声変わりしていないんだな。

 勉強を教えてるから、ぼそぼそと聞こえてるんだね。内容まではわからないけど、藤堂君の声だっていうのだけはわかる。


 ドキン。

 そ、そうだよね。ブルーになっていたけど、もったいなよね。だって、今までは声が聞きた~~い。って思っても、そうそう電話だってできなかったし、今、何をしているんだろう…、なんて思いもめぐらしたりしていたんだよ。


 なのに今は、隣にいる。何をしてるも何も、隣の部屋にいて、守君に勉強を教えているっていうのがわかっている。

 それに藤堂君の声も、何を言ってるかはわからなくても、聞える。


 そうだ。この壁のすぐ向こうに、藤堂君はいるんだ。私はうっとりとして、ちょっと壁に近づいてみた。

 ドスン!

「うわ!」


「あはは。今の声聞こえた?兄ちゃん。穂乃香のやつ、焦ってやんの」

「守!いい加減にしろ!」

 ムカムカムカ。守のやつ、なんて生意気。なんかだんだんと腹が立ってきた。

「ちょっと穂乃香の部屋に行ってこようかな」


 え?来る気?

「駄目!」

「なんでだよ」

「駄目だったら、駄目」

 藤堂君の声。なんだか壁に近づくと、良く聞こえる。


「いいじゃん、ちょっと何してるか見てくる」

「守!いい加減、俺も怒るぞ」

 藤堂君の太い声。あ、本気で怒っている時の声だ。

「わ、わかったよ」

 守君の声が小さかった。きっと藤堂君が怖かったんだ。


 ガチャ。

「じゃ、自分の部屋に行って、宿題の続きをしろよ」

 藤堂君の声がした。守君の「へ~~い」という声も。きっと藤堂君の部屋から守君は出たんだな。

 バタン、ドアの閉まる音。


 し~~~ん。また静まり返った。藤堂君は部屋で、勉強をしているのだろうか。う、気になる。

 隣にいるんだよね。すぐ隣。壁の向こう。

 行きたい。

 ハッ!私ったら、何を考えてるんだ。

 でも、顔を見たい。


 う~~、今日はたくさん見たじゃないか。

 だけど、声ももっと聴きたいよ~~~!!!


 結局、一緒に暮らしても、こんなふうに顔を合わせることもなく、過ごすことになるのかなあ。それとも、素直に勇気をもって、ドアをノックしたらいいのかなあ。

 隣にいるのにメールをするのも変だし。


「はあ」

 またため息だ。ほんと、自分で自分が嫌になる。

 寝よう。ってまだ、9時半。でも、布団に入っちゃえ。

 布団にもぐりこんだ。何かいい香りがした。何かな。シーツかな。柔軟剤の匂いか何かかな。


 天井を見上げた。私の部屋とは違う天井に電気。それからカーテンを見た。それから、部屋をぐるっと見回した。

 もう、我が家じゃないんだなあ。

 お母さんとお父さんは、今、どうしているのかな。

 携帯で電話でもしてみようかな。


 隣に聞こえちゃうかな。こそこそと話せば聞こえないよね?

 プルルル。プルルル。

「はい?」

 お母さんだ。すでにじわ~~っときちゃったよ。泣きそうだ。


「お母さん?」

「穂乃香?」

「…」

「どうしたの?」

「ううん、別に用事じゃないけど」


「今、部屋にいるの?」

「うん。ご飯も食べて、お風呂にも入った」

「まさか、もう寝るの?」

「ううん、ちょっと片づけをしようかと思って」

「そう。あんまり遅くまでガタガタしちゃダメよ。それからいろいろと、千春ちゃんのお手伝いもするのよ」


「うん。わかってる」

「明日は部活に行くの?」

「うん。その予定」

「じゃあ、お母さん、お風呂に入るから、もう切るわよ」

「明後日、見送りに行くね」


「何言ってるの。学校でしょ」

「でも…」

「いいわよ。それより、いろいろと迷惑かけないようにしなさいよ。ね?」

「うん…」

「じゃあね、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 電話を切った。

「は~~~~」

 ため息とともに涙が出た。なんだ。見送りにいけないんだ。じゃ、夏までずっと会えないんだ。

 ああ、麻衣には違うって言ったけど、ホームシックだ。


 ココン!

 え?何の音?壁?藤堂君の部屋からだ。

「結城さん?電話終わった?」

 ドキン。聞こえちゃってた?


「部屋、行っても平気?」

「も、もう寝るから」

 わ。嘘ばっかり。

「そっか。わかった。おやすみ」

「おやすみなさい」


 壁の近くまで行って、私は藤堂君と話をしていた。私が電話していたのも、わかっちゃったんだ。部屋で電話はできそうもないなあ。


 ガバ。布団に潜り込んだ。

 ああ、バカだ。藤堂君が部屋に来たかもしれないのに、何で断ったんだろう。だけど、今来られたら、泣いていたのがばれちゃうし。


 もう布団だって敷いちゃったし。私、パジャマだし。

 でも…。

 藤堂君!やっぱり、さびしいよ~~。


 私は部屋のど真ん中に敷いていた布団を、藤堂君の部屋のほうにずらした。壁際ぎりぎりのところに布団を敷き、また布団に潜り込んだ。

 また、壁をココンって、してくれないかな。


 壁一枚を隔てて、話すのでもいい。藤堂君の声、聴きたいな。

 クスン。

 寂しさを感じながら、私はいつの間にか寝ていたようだ。


 

 パチ。

 目が覚めた、外、真っ暗だ。あれ?私、電気消したっけ?消したよね。

 あ、トイレ行きたいかも。


 時計を見たら、まだ5時。昨日10時前に寝ちゃったからか、こんな時間に目が覚めちゃったよ。

 そうっと部屋を出て、2階のトイレだと藤堂君に聞かれたらいやだから、一階まで静かに下りた。

 足音を立てないように、そうっと歩き、トイレに入った。

  

 すると、トイレのドアの向こうで、

「クンクン」

という音がした。な、なに?!

「ク~~ン」

 メープルかあ。びっくりした。


 トイレから出ると、メープルが尻尾を振って座っていた。

「おはよう。早起きだね、メープル」

 ささやき声でそう言うと、メープルはもっと尻尾を振った。でも、みんなが寝ているのを知っているのか、ワンって吠えたりはしなかった。


 メープルと一緒に、リビングに行った。電気もつけず、暗いリビングでそっとソファーに座った。メープルはすぐ横にきて、私に引っ付いて座った。

 私はメープルの体に抱き着いた。すごくあったかい。ああ、癒される。


「メープル、あったかいね」

 メープルは私のほっぺをベロンと舐めた。

「くすぐったいよ」

ワフ。

 突然、メープルがクルッと体の向きを変え、ドアの方に行った。そして何やらドアのあたりをクンクンと匂いを嗅いでいる。


「どうしたの?メープル」

「ワフ!」

 何かいるのかな。

 私はメープルの横に行き、ドアを開けて廊下を見た。でも、何もいないし誰もいなかった。


「なんにもいないよ?メープル」

 そう言って私はメープルの頭を撫で、

「もう少し部屋で休んでくるね。メープルはリビングでいつも寝ているの?」

と聞くと、プルプルと尻尾を振った。どうやら、そうみたいだ。


「じゃあね。寝ているところを邪魔してごめんね」

 そう言って私は階段を上った。メープルは私が2階に上がるまで、階段の下で見ていてくれた。

 和室のドアを開けた。中に入り布団に横になった。

 寝れそうもないけど、目、つむっていようかな。


 なんて思っていたら、いつの間にか寝ていたらしい。

「穂乃香ちゃん」

 誰?お母さん?

「穂乃香ちゃん。起きなくていいの?今日、部活に行かないの?」

「お母さん?」

 目を覚ました。目の前には、藤堂君のお母さんの顔があった。


「…あ」

 そうだ。ここ、藤堂君の家。

「おはよう、穂乃香ちゃん。疲れているの?部活、休む?」

「い、いえ、行きます。え?今何時ですか?」

 私は慌てて飛び起きて聞いた。


「8時」

「え?!」

 8時?

「遅刻になっちゃう?もっと早くに起こせばよかったかな」


「いえ。美術部は何時に出てもいいので、大丈夫です」

「そう。よかったわ。司も多分遅くに行っても大丈夫だと思うから、寝かせておいてあげたら?って言ってたんだけど、ちょっと心配になっちゃって。具合が悪いんじゃいわよね?」

「はい。ね、寝坊です。すみませんでした」


「いいのよ。今、朝ご飯用意するから、着替えたら下に来てね」

 申し訳ない。ああ、二日目から失敗だ~~。

「あ、穂乃香ちゃん。そのパジャマ、似合ってるわよ」

 お母さんは部屋を出ていこうとして振り返り、そう言った。


「あの、パジャマ、ありがとうございました」

「どういたしまして。でも、司とお揃いで写真撮りたかったわ。今度着た時に撮りましょうね」

 ニコっと藤堂君のお母さんは笑って、一階に下りて行った。

 写真。やっぱり撮りたかったんだな…。


 ハッ。落ち着いている場合じゃなかった。いくら何時に行ってもいいとは言え、昨日も部活休んじゃったし、早くに行って絵を描かなくっちゃ。

 私は慌てて制服に着替え、下に下りた。


「ワン!」

 メープルが、すぐに私の足元に飛んできてじゃれついた。

「おはよう。じゃないか。もうさっき会ってるもんね?」

 私は小声でメープルにそう言った。


 ダイニングに行くと、お父さんが一人コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。

「おはようございます」

「ああ、おはよう、穂乃香ちゃん。昨日はなかなか寝付けなかったのかな?」

「あ、はい。すみません。寝坊して」

「ははは。いいんだよ。部活がなかったら、うちの息子たちはもっと遅くまで寝ているしね」


「藤堂君と守君は、もう学校に行きましたか?」

「ああ、二人とも行ったよ」

「そうですか」

「さ、顔洗って来て。朝ご飯できたから」

 お母さんがキッチンから顔をだし、そう言った。

「はい」


 私は洗面所に行き、顔を洗った。それからまたダイニングに戻り、テーブルについてご飯とみそ汁、そして焼き魚を食べた。

「トーストとハムエッグとかの方がよかった?」

「い、いいえ。大丈夫です」


「家では、和食だった?洋食だった?」

「和食の時もあれば、パンの時もあれば。その時々で違ってました」

「そう。うちは司が和食派。守が洋食派だから、交互にしているのよ。明日は洋食なの」

「そうなんですか」

 面白いな。我が家はほとんど、母の気分次第だったからなあ。


 ご飯を食べ終わり、それから家を出た。お母さんは玄関の外まで、見送りに来てくれた。その横にはメープルもいて、散歩に行きたがっていた。

「穂乃香ちゃんは、学校なのよ。お散歩じゃないの。メープル、わかった?」

「ワフ!」

 わかったのかなあ。まだ、嬉しそうに尻尾を振っているけどなあ。


「行ってきます」

「いってらっしゃい」

 そして駅に向かって歩いていると、後ろから、

「待って~」

と藤堂君のお母さんの声が聞こえた。振り返ると必死な顔で走ってくる。


「ど、どうしたんですか?」

「お弁当。作っておいたのに渡し忘れた。は~~~。穂乃香ちゃん、歩くのはやい」

「すみません。お弁当まで作ってくれたんですか?」

「もちろんよ。学校で司とでも食べてね」

「は、はい。ありがとうございます」


「それじゃあ、気を付けてね」

「はい」

 私はまた駅の方を向き歩き出した。

「いってらっしゃ~~い」

 お母さんの声がした。振り返るとまだ、手を振っていた。


 手を振りかえし、また私は歩き出した。

 藤堂君と、お昼を一緒に食べられるのかな。今日はまだ、顔すら合わせていない。って、寝坊したからなんだけど。

 「学校まで藤堂君と一緒に行けるんだ」とか、「ずっと藤堂君といられるんだ」っていう、あのわくわくした妄想がどんどん消えていく。


 は~~~~~~。重いため息が出た。駅までの道、私は一人くら~~くなっていた。


 

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