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第64話 見られた!

 夕飯の支度を、藤堂君のお母さんが始めた。

「あの、手伝います」

「ああ、いいのよ。それより、あの汗臭い2人が帰ってくる前に、お風呂に入っちゃったら?あの二人の後にお風呂に入るのは、かなり勇気がいるわよ」

「え…」


 そ、そうか。藤堂君が帰ってくる前に入ったほうが、恥ずかしくないかな。

 …え~~と。藤堂君がいたら、なんで恥ずかしいの?自分の思考に突っ込んでみた。


 着替えを持って洗面所に行き、服を脱いだ。パンツやブラジャーは見えないように、服の下に入れた。脱いだ服や下着はたたんで、はじに置いてみた。

 これ、洗濯はどうしたらいいのかな。やっぱり、自分でするべきだよね。とりあえず、あとでお母さんに聞いてみることにしよう。


 お母さんが買ってくれたというピンクのタオルを持って、お風呂場に入った。椅子に座って体を洗おうとしてから、

「いつもここで、藤堂君も体を洗ってるんだ」

何て事を思ってしまい、しばらく真っ赤になっていた。あほだな。私…。


 ところで、藤堂君は何時に帰ってくるのだろう。美術部が終わるのが5時くらい。たいてい、一緒に終わっていたけど、たまに土曜日は遅かったり早かったりで、帰りの時間が合わないこともあったっけ。

 で、確かさっき、洗面所の時計は5時だった。5時まで部活をしていても、着替えたりして学校を出るのは5時半。藤堂君が帰ってくるのは6時過ぎかな。


 じゃあ、あと1時間か。ちょっとのんびりできるのかな。あ、でも、守君が帰ってくるのは何時なのかな。やっぱり、ゆっくりはしていられないよね。


 体を洗い、髪を洗った。シャンプーとリンスは、お母さんのを使っていいって言っていたけど、なんだか高そうなシャンプーだ。すごくいい香りもする。いいのかなあ。いつもはもっと安物のシャンプーなんだけど。


 それから、バスタブに入った。バスタブには入浴剤が入っていて、すごく落ち着く檜の香りがした。

「は~~。気持ちいい」

 うちのお風呂よりも広いし、お風呂場にまで観葉植物があって、とても心地がいい。


「……」

 お風呂場にある棚には、男物のシャンプーが二つ。どっちかがお父さんので、どっちかが藤堂君のなんだろうか。 そんなことを思っていたら、いつもこのお風呂に、藤堂君が入っているんだ…とか、後で藤堂君はこのお風呂に入るんだ…なんて考えちゃって、また顔がほてってきてしまった。


「熱い、出よう」

 もしかしたら、のぼせたかも。

 バタン。お風呂場から出て、バスタオルを取ろうと探した。あ、ない!洗面所にあるこの棚の中かな~。開けてみると、何枚かのタオルやバスタオルがあった。


「このピンクのが、そうなのかな?」

と、バスタオルを取り出そうとした瞬間…。

 ガチャ。

「………」

「……!!!?!」


「藤堂君?!」

「ごめん!!」

 バタン!!


「か、母さん!結城さんがお風呂に入ってるなら、そう言って!」

「あら、まだ穂乃香ちゃん、入ってた~~?」

「あのね~!!!」


 そして藤堂君の声は、フェイドアウトしていった。


 え?今、何が起きた?

 ハッ!!私、タオルも何も持ってないし、隠してないしっていうか、全裸…。

 み、み、み、見られた~~~!!!!!!

「きゃ~~~!!!」

 

 私はバスタオルを引っ張りだし、体を隠した。それからその場にしゃがみこんだ。そして、また我に返った。

「お、遅いって、今さら…」

「穂乃香ちゃん、大丈夫?」

 お母さんの声がドアの外からした。


「だ、だ、大丈夫です」

 いや、大丈夫じゃない。見られた。完全に見られた。


 藤堂君がお風呂上りに、上半身裸で出て来たりしたらどうしよう。藤堂君の裸を見ちゃったら、どうしよう!

 なんて、妄想している場合じゃなかったんだよ!私のほうが見られちゃったよっ!それも、全裸。それも、こんな貧相な体を~~~~!!!


 体を拭き、慌てて下着をつけて服を着た。それから、洗面所を出て、一目散に2階に上がった。

 和室に入って、ペタンと座り、とりあえず落ち着こうと深呼吸をした。

「す~~~、は~~~~」

 駄目だ。いくら、深呼吸をしても、さっきの藤堂君の顔を思い出す。


 と、藤堂君、見てた。ドアを開けてから数秒の間があった。目は合っていなかった。そう、確実に藤堂君は、私の胸に目がいっていたのだ。

 この、貧相な胸に!


 う~~~~わ~~~~。顔、合わせられない~~~~!!!


「ただいま~~~」

 元気な守君の声が一階から聞こえた。ああ、せめて見られたのが守君なら。いや、そういう問題じゃない。

 どうしよう。私、下に降りていけないよ!!


 トントン。ドアをノックする音がした。

 ドキ。藤堂君?

「結城さん?」

 やっぱり、藤堂君!


「ごめん。その…」

 謝りにきたの?

「謝って済むようなことじゃないけど、その…。まさかお風呂場にいるなんて思ってもみなくって」

「……」

「み、見てないから」

 嘘だ。見てた。しっかり見てた!


「それと、今、守が風呂に入ってるんだけど、守に見つかったらやばいから、持ってきた」

「え?」

 何を?

「結城さんの服」

 ぎゃ~~!さっき脱いだ服と下着!洗面所に置いてきたんだ!


 バタン!私は慌ててドアを開けた。

「あ…」

 藤堂君と目が合った。うわ~~~。恥ずかしい~~~!

「髪、乾かしてないの?」

「え?」


「ドライヤー、持って来るね」

「それより、服…」

「あ、そうだった。はい」

「!!!」

 なんで、下着が服の上にあるの?!パンツもブラも丸見え!なんで?!

 私は慌てて、下着を掴んで服の下に隠した。


「あ、ごめん。持ってこようとして階段上っていたら、途中で服の間から落っこちて…」

 ひえ~~~。最悪!顔から火が出た。もう藤堂君の顔を一生見ることもできない!

「それ、洗濯するのだったら、棚の中にかごがあるんだ。そこにいれとけば、母さんが洗ってくれるから」


 グルグル。私は下を向いたまま首を横に振った。

「じ、自分で洗うから」

「…そう?でもきっと母さん、洗濯くらいしてあげるって言うと思うけどな」

「…下着くらい、自分で洗う…」


「あ、そっか」

 藤堂君はそう言ってから、コホンと咳ばらいをした。それから、

「ドライヤー持って来るね。早くに乾かさないと、風邪ひくよ」

と言って、トントンと軽やかに階段を下りて行った。


「は~~~~」

 脱力。部屋に入りへた~~~っと座り込んだ。藤堂君、顔赤かったけど、なんだか普通だった。平然としてた。なんで?


 なんで?なんで?私の下着も私の全裸も見たくせに、なんで平然としてるの?!!!!

 こっちは顔から火、出ていたのに!


 トントン。

「結城さん、開けるよ」

 藤堂君はそう言ってドアを開けた。片手にはドライヤー、片手にはブラシを持っている。

「ど、どうしたの?」

 私はまだ、力尽きて座り込んでいた。


「……」

 返す言葉もない。

「ドライヤー持ってきたよ。鏡もいるよね」

「ある。持ってる」

「そう…」


 藤堂君は私の横に来て、ドライヤーとブラシを私の座っている前に置いた。それから、ストンと横に座ってしまった。

 え…。なんで?

「この部屋、どう?」

「え?」


「結城さん、ピンク苦手だっけ?女の子女の子した部屋は、駄目じゃなかったっけ?」

「う、うん」

「それ、言ったんだよね、母さんに。でも、やっぱり女の子なんだから、女の子らしい部屋で過ごしたほうがいいってさ」

「そうなんだ」


 そんなことを言ってたんだ。それって、あれかなあ。女の子らしい部屋で暮らしていたら、女の子らしくなっていくってことかなあ。

「パジャマ、もう見た?」

「ううん、まだ」

「多分、チェストに入っているよ。あとで着ろって言われるかも」


「…そうしたら藤堂君も」

「うん。着ろって言われるかも」

「……そ、それで、お母さんはお揃いのパジャマだとどうなのかな」

「…さあ?嬉しいのかな」

「なんで?」


「わかんない。だけど、ちょっと覚悟は必要」

「なんの?」

 何の覚悟?

「写真。撮るよ、あの人」

「どうして?」

「さあ。その辺もよくわかんない」


 藤堂君はそう言うと、ぽりって頭を掻いた。それから、

「あいつ、もう出たかな。俺も風呂、入ってくるよ。結城さん、ちゃんと髪乾かしてね」

と落ち着いた口調で言って、部屋を出て行った。


 あれ?私もだけど、なんだか何事もなかったかのような、話しぶりじゃない?

 私の裸を見たことは、たいしたことじゃなかったのかな。

 たいした体もしていないしな。


 ガク…。自分で思って、自分で落ち込んだ。そうだよね。これがもっとナイスバディだったら、藤堂君だってもっとドキドキしたり、慌てたり、真っ赤になったり、そりゃもう大変になっていたかもしれないけど、こんな貧相じゃあね…。

 

 ガ~~~~。とりあえず、髪を乾かした。何も考えるのはやめようと試みたが、駄目だった。

 ああ。下着ももっと色っぽいのにすればよかった。ブラも、見栄をはってCカップにしたらよかった。色も白じゃなくて、ピンクとか色つきのものにしたらよかった。


 パンツだって、前にちょこんとあるんだかないんだかわかんないくらいの小さなリボンと、ほんのちょっとのフリルじゃなく、もっとデザインが可愛かったり、色っぽい奴。

 それに、もうちょっと小さめのパンツにしたらよかった。これじゃ、小学生が履くみたいだ。


 そうじゃなくて。そうじゃなくって!そんなことじゃなくって!ショックなのは見られたこともだけど、藤堂君のあの反応だ。

 なんで、平然と持って来るかなあ。

 駄目だ。やっぱり考えたくもないのに、考えてしまう。


 ぐったり。

 髪を乾かし終え、部屋でぼ~~っとしていると、

「おい。穂乃香。ドライヤーをとっとと返せ」

という守君の声がドアの外からした。


 おい?穂乃香?何よ、それ。なんで呼び捨てで、なんで命令口調なわけ?

 バタン!思い切りドアを開けた。すると、ちょっと上から目線で、

「ドライヤー、返せよ」

と守君が偉そうに言った。背だって私より低いくせに、上から見ようとして、背伸びをしている。


「はい」

 私はぶっきらぼうにドライヤーを渡した。

「終わったらさっさと返しに来いよな」

 そう言うと、守君はドタバタと階段を下りて行った。


「え?な、何あれ。生意気!」

 この前とは偉い態度が違わない?こっちが本性?

 いや、一番最初に会った時にも、生意気な口調だった。これが、守君なんだ。


 嘘。もっと脱力感。優しそうな可愛い弟、照れ屋でシャイな藤堂君。ていうイメージがどこへ行った。今、ガラガラと音を立てて、崩れ落ちて行っているけど?


「穂乃香ちゃん。ご飯よ~~」

 お母さんの声がして、私は「は~~い」と返事をして、すぐに下におりて行った。

 藤堂君はまだ、髪が乾いていない。今、お風呂からあがったばかりみたいだ。白のTシャツと、グレーのスエットを履いている。


 ドキン。単なる真っ白なTシャツなのに、なんでかっこよく見えちゃうかな。

 やばい。今、私、顔赤いかも。藤堂君からすぐに視線を外した。するとその横にいた守君と目が合った。守君はドライヤーで乾かした髪が、ふわふわになっていて、クリンとした目とその髪型で、やたらと可愛い。


「なんだよ。こっち見るなよ」

 ムカ!やっぱり、可愛くな~~~い。

「守。言葉使いに気をつけなさい。穂乃香ちゃんのほうが、年上なのよ?」

 お母さんが注意をした。でも守君は、

「ふん」

とお母さんの言葉にまで、反抗的だ。


 あ、もしかしてもしかすると、今、反抗期?でも、まだまだ可愛いって、藤堂君、前に言ってなかったっけ?


「さ、いただきましょう」

 みんながダイニングに座ると、お母さんがそう言った。お父さんがいただきますと言うと、藤堂君も守君も、いただきますと言って、お箸を持った。

「いただきます」

 私も慌ててそう言って、お箸を持った。


 あ、お箸、藤堂君と色違い。それから、茶碗も、湯呑みも。

「気持ち悪い。なんで、穂乃香、兄ちゃんとお揃いの食器なの?それ、持ってきたの?」

「違うわよ、守。お母さんがそろえたの。いいでしょ?」

「げ~~、なんで?」

 守君がそう言うと、お父さんが横から、

「守。食事中にそう言う言葉遣いはやめろ」

と注意をした。


「へ~い」

「はいだろ?へ~~いじゃなくて」

 お父さんがそう言うと、守君は小声で仕方なさそうに、はいと言った。

 反抗期。でもまだまだ、お父さんには頭が上がらない。っていうところだろうか。うちの兄は反抗期がなかったから、こういうのを見るのは初めてで、けっこう面白い。


 藤堂君にもあったのかな。反抗期って。

「穂乃香ちゃんは、何が好き?好き嫌いってあるの?」

「あまりないです」

「そうなの?いいわね。うちの守は偏食でね。好き嫌いが多くて困っているのよ」

「そうなんですか?」


「まだ、味覚が子供なんだよ。子供が好きなのしか食べないだけだ」

 藤堂君がそう言うと、守君は、カッと赤くなった。

「こ、子供じゃないよ。俺」

 そう言って、守君はいきなり、がつがつとご飯を食べ、そしてむせていた。


「あほだなあ。ほら、水飲めよ」

 藤堂君は立ち上がり、水を汲んできてあげた。

「ゴホ…」

 もしや、藤堂君が守君を甘やかしているの?


「と、藤堂君は好き嫌いは?」

「ないよ」

 藤堂君は無表情で答えた。

「この子は何でも食べちゃうものね」

 お母さんはそう言って笑った。


 なんだか、表情がコロコロ変わる守君と、藤堂君は対照的だ。ああ、そういえば、お父さんはいつも穏やかだけど、表情をそんなに変えない。お母さんはにこやかだけど、でも、いろんな表情を見せてくれる。性格は、藤堂君がお父さん似で、守君がお母さん似なのかもしれない。


 料理は今日もまた、美味しかった。藤堂君のお母さんは料理が上手なんだなあ。

 だけど、守君は、嫌いなものをよけ、好きなものだけを食べているようだった。

「守。ちゃんと残さず食べなさい」

 お父さんがそう言うと、

「いいわよ。残したものは、私が食べちゃうわ」

とお母さんが言って、バクって口に入れた。


 甘やかしているのは、藤堂君だけじゃなくて、お母さんもか。うちだったら、

「あんた、何残しているの。ちゃんと食べなさい。もったいない!」

と母に怒られているところだ。


 いろんな藤堂家が見えてきた。でも、やっぱり一番不可解なのは、藤堂君だ。

 家でもあまり、表情を変えない。たまに笑ったり、赤くなったりしているけれど、基本はいつも、ポーカーフェイスだ。


「ご馳走様でした」

 みんな食べ終わり、食器をキッチンに運んだ。守君もそれはちゃんとしていた。

「手伝います」

 洗い物を始めたお母さんにそう言うと、

「じゃあ、洗ったのを拭いていってくれる?」

と布巾を渡された。


「穂乃香ちゃん、初日からごめんね」

「え?」

「これから、お風呂場に鍵をつけましょうか」

「いえ、そんな…。わざわざ悪いです」


「だけど、うちの男どもは、平気でノックもしないで開けちゃうから。お父さんに頼んでつけてもらうわ。あの人、大工仕事好きだし、ちゃっちゃとやってくれるわよ」

「すみません」

「いいのよ。こっちが悪いんだもの。本当にごめんね。司のアホが…。って、私も穂乃香ちゃんが入ってることを、言わなかったからいけなかったんだけど」


「…はあ」

 それはもう、早くに忘れたい記憶だ。できたらこの話もうやめてほしいよ~~。

「そうだ。洗濯ものは出してくれていいから。遠慮しないでね」

「はい。でも、あの…。下着は洗います」

「そう?そういえば、あれよねえ。穂乃香ちゃんの下着、どこに干そうかしらね。あの子たちが見えるところじゃ嫌よねえ」


「は、はい。できれば」

「ん~~」

 お母さんは考え込んで、

「穂乃香ちゃんの部屋の窓、小さなハンガーくらいなら、かけられるの。そこに干しましょうか」

と提案してくれた。


「はい。あとで洗って干しておきます」

「じゃ、小さな角ハンガーがあるから、持っていってね」

「はい」

 良かった。藤堂君の下着の横に、私の下着を並んで干すようなことにならなくって。


 それにしても、ああ、やばい。またブルーだ。

「どうしたの?」

「い、いいえ。なんでもないです」

 お母さんが、暗くなっているのに気が付いたらしい。私は明るい顔をして、笑ってみせた。


 部屋に行き、また脱力感に襲われ、がっくりと座り込んだ。

 私のめくるめく妄想とは、なんだか違っている。ドキドキじゃなくて、ショックなことばかりだ。それに、嬉しいどころか、初日からどんよりになっている。


 いったい、これからドキドキするハッピーな毎日はやってくるんだろうか。

 そんな不安を胸に、私はため息をつきながら、ただ座っていた。


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