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第56話 誓い

 ドクン。胸が痛い。藤堂君の顔が見れない。次に別れようなんて言葉が出たらどうしたらいい?

 でも、そんなことないよね。だってさっき、家に遊びに来てもいいって、そんな話もしたばかり。


「…結城さん」

 ドキッ!心臓が止まるかと思った。でも次の瞬間、ものすごい速さで心臓が高鳴りだした。ドキドキドキドキ。藤堂君の次の言葉が怖い。

 私は下を向いていた。藤堂君の顔は見れなかった。


 藤堂君はちょっと間を開けてから、息を吸い込み話し出した。

「他の男に取られるのが嫌で、結城さんを俺のものにしたくて…っていう独占欲だけで、結城さんに手を出したら、最低の男だよね」

「え?」

 私はずっと下を向いていたが、顔をあげた。藤堂君は、顔をこわばらせ、私を見ていた。


「…そんなことを考えてただけでも、最低だよね?」

「…」

 え?

「なんか、昨日の俺、最低だったよなって、帰ってから思った」

 昨日?あ、私を抱きしめてきた…。


「やっぱり、俺ってエゴの塊…」

 反省?後悔?自分を責めてる?

「そんな俺と付き合っててもいいの?」

「え?!」

「いや、そんな俺が結城さんと付き合っていてもいいのかって、自分で自分に聞いたりもしてた」


「と、藤堂君」

「え?」

「そんな俺もどんな俺もないよ。私は藤堂君が好き…」

「俺、結城さんが思うほどの男じゃないよ?」

「ううん、そんなことない」


「そうかな。美化してるんじゃないかな」

「……」

 でも、やっぱり藤堂君が好き。

 だけど、これって、私が勝手に藤堂君はこういう人だって、そう思い込んでいるの?優しくて、頼りになって、そんな藤堂君だから好きなの?


「…」

 私は何も言えなくなってしまった。

「付き合うって、どういうことなんだろうね」

 藤堂君がぽつりと言った。

「す、好きっていうだけじゃ駄目なの?」

 私はこわごわ聞いてみた。


「……」

 藤堂君は無言だ。

 駄目なの?なんで駄目なの?なにがどうなって、こんなふうになってるの?

「俺、どんどん欲張りになっているのかな」

「え?」


「クラスが一緒で、友達になれた。それだけでも嬉しかった。結城さんが俺を好きになってくれて、めちゃくちゃ嬉しかった。付き合えて、毎日一緒に帰れて、一緒に浜辺を歩いたり、手をつないだり…」

 うん。私も嬉しかった。

「それだけでも、本当に嬉しかった。でも、キスをして、もっと結城さんを近くに感じていたくなって…」


 ドキン。近くに?

「他の奴が結城さんを好きだっていうのを聞くと、焦ったり心配になったり。結城さんが俺だけを見ていてくれないかって、そんなことを望んだり…」

「そ、それって、私もそうだよ?」

「…え?私もって?」

 藤堂君はずっと目線を下げていたが、やっと私を見た。


「私だって、藤堂君が他の子のことを思ったりしたら嫌だし、私だけを思っていてくれないかなって、そう思ってるよ」

「…俺ともっと近づきたいって、思う?」

 ドキン。

「それは…」

 か~~~。一気に顔が熱くなり、私は下を向いた。


 鼓動がまた早く鳴りだした。ドキドキドキドキ。その音で、冷静に考えることもできない。

 でも、必死に感じていることを口にした。

「と、藤堂君がそばにいるのは嬉しい。でも、時々藤堂君が男なんだって意識すると、ちょっと怖い」

「…」

 藤堂君は黙って聞いている。


「でも、藤堂君が私を避けたり、遠くに行っちゃうのはすごく悲しい」

「…うん」

 藤堂君は私から視線を外してうなづいた。

「だから、やっぱり、藤堂君のそばにいたいって思う…」


「……」

 藤堂君は思い切り下を向いてしまった。

「あ、あの…」

 しばらく黙って下を向いているので、気になって声をかけた。でもまだ、下を向いている。

 何か言って。この沈黙、ちょっと耐えられないよ。


「は~~~~」

 藤堂君が長いため息をついた。それから顔をちょっとだけあげて、私を見た。そしてすぐにまた、視線を外した。

「……」

 また無言だ。今のため息はなんだったの?


「俺、いつか、結城さんを傷つけたりしないかな」

「え?」

「いや。大事にする」

「え?」

「大事にしたいって思ってる。泣かせたくもないし、傷つけたくない」


そう言って下を向いていた藤堂君は、まっすぐに私を見た。ドクン。藤堂君の目、真剣だ。

「うん、大事にしていく。でも、もし俺が傷つけそうになったら、結城さん、俺のことひっぱたいても、殴り倒してもいいから」

「へ?」

 な、なんのこと?


 私がきょとんとしたからか、藤堂君は咳払いを一回して、

「だから、俺がもし結城さんに手を出しそうになったら、なぐってもかまわないから」

と説明をした。

「…なぐる?」


「俺がさ、もし、セーブできなくなったら」

「……」

 あ、そういうことか。え?私、なぐってもいいの?抵抗してもいいってこと?

「そそ、それで、私と藤堂君は、気まずくなったりしない?」

 私は麻衣の言っていたことを思い出し、慌てて聞いた。


「なんで気まずくなるの?」

「だって…」

「ちゃんと謝るよ。もう手は出さないって、またその時誓う」

「え?」

「で、また誓いを破りそうになったら、その時にはまた殴り倒して」


「…」

 ブッ。しばらくして私はおかしくなって、ふきだしてしまった。

「え?なんで笑ってるの?」

「だって…」

 だって藤堂君、だって…。


 笑いながら涙も出てきた。

「え?なんで泣いてるの?」

 藤堂君はもっと動揺している。

「だって…」

 嬉しいやら、藤堂君がかわいいやらで、私は涙が止まらなくなった。


「ありがとう」

「え?なんでお礼を言ってるの?」 

 藤堂君は今度、きょとんとした顔をした。

「藤堂君が大事に思ってくれているってことが、伝わってきたから」

「……」

 藤堂君は顔を赤くして、目線を下げた。


「うん、大事に思ってる。だから、ちゃんと今も誓うよ。結城さんに手は出さないって」

「…」

 なんだかそんな誓い、立てちゃっていいのかな、なんて思ったりもしている。それに、それって、いつまでの期間の誓いなの?


「…結城さんも、俺のこと大事に思ってくれてるよ。それ、いつも伝わってくる」

「え?」

 本当に?

「あの絵だって…。俺が怪我した時にだって…」


「本当に?」

「うん…」

 良かった。

「俺があの絵を見に行った時、ああ、ほら、沼田が俺のこと呼びに来て」

「うん」

「あのあと、俺が美術室出た後、結城さん泣いちゃったって」

「な、なんで知ってるの?」


「夜、沼田がメールで教えてくれた」

 嘘~~。

「それ聞いて、びっくりした。沼田も、なんか感動してたな。ああ、そんなこともあって、沼田も結城さんが好きになったのかな」

「え?!」


「俺も、それ聞いてからもっと結城さんを好きになったし…」

 か~~~。あ、顔熱い。私は手で顔をあおいだ。

「ありがとう」

「う、ううん。私には、あのくらいしかできなかったの。でも、藤堂君だったらちゃんと乗り越えられるだろうなって思ってた」


「俺だったら?」

「うん」

「かいかぶりすぎかもよ?」

「そう?でも、乗り越えたでしょ?」

「一人だったらわかんないな。きっと結城さんがいたから…」


「本当に?私は藤堂君の力になれたの?」

「うん」

「…よかった」

 うわ。また涙が出そうだ。私は慌てて下を向き、ちょっと顔を横に向けて涙をふいた。


「……今も泣いてる?」

 ドキ。ばれた?

「…」

 藤堂君の顔を見たら、無言でただ私を優しく見ている。それから顔を赤くして、藤堂君は下を向いた。

「そういうとこ、好きだな…」

 藤堂君はまるで独り言のように、ぽつりと言った。


 か~~~。私の顔はもっと熱くなった。きっと真っ赤だ。

 私は残っている紅茶を飲んだ。それからスコーンを食べ、また紅茶を飲んだ。藤堂君はもうマフィンも食べ終わり、コーヒーを飲み終え、なんとなく私を見ているようだった。


「付き合うって、やっぱりわかんないんだけどさ」

 藤堂君はぽつりとそう言うと、水を一口飲んでから、

「お互いが大事に思い合っていたら、それでいいのかなって…。なんかそんなふうに思ったよ」

と優しい目と優しい声で続けた。


「うん」

 スコーンを飲み込んでから私はうなづいた。

 藤堂君はまた黙って、優しい表情で私を見ている。その表情がやけに大人びて見えた。


 お店を出ると、

「家まで送る」

と藤堂君が言いだした。

「いいよ。遅くなっちゃうよ?」

「もう暗いから送るよ」


「…うん」

 まだ一緒にいたくて、つい「うん」とうなづいてしまった。藤堂君は私の横に来ると、私の歩調に合わせて歩き出した。


 藤堂君は、静かに部のことや、飼っている犬のことなんかを話しだした。時々目を細めて笑う藤堂君の笑顔は、やっぱり可愛かった。

 よかった。私は心底ほっとしていた。いきなりの別れ話や、沼田君と美枝ぽんみたいに、距離を置こうなんて言われるようなことがなくて。そんな風に思いながら、私は藤堂君の横にいる幸せをかみしめながら歩いた。


 家に着き、

「じゃあね」

と藤堂君は笑ってそう言うと後ろを向き、また来た道をゆっくりと歩き出した。

「送ってくれてありがとう」

 私は背中に向かってそう言った。


 藤堂君は振り返り、

「また明日ね」

と今度は小さく手をふった。

「うん、また明日」


 この「また明日」という言葉が好きだ。また明日の朝、藤堂君と駅で待ち合わせをして、そして一緒に学校に行くんだ。これがずうっと続くといいな。私はそんなことを思っていた。

 それが、まさか「また明日」って言って藤堂君と別れることが、この先なくなっちゃうなんて、本当にその時には想像もつかなかった。


  

 この世の中は、突然何が起きるかわかったもんじゃない。

 なんでそんなことが?!っていうことが起きてくるもんだ。

 きっと、あの柏木君も、まさか親が妊娠して、まさか親が離婚をして、まさか自分が転校するとは思ってもみなかっただろう。


 そしてそれに自分がどう対処していいかもわからなくって、きっと抵抗をして、髪を染めたり、ピアスを開けたりしたんだろうな。


 転校した柏木君はどうしただろう。ちゃんと学校に行き、絵も描き続けているんだろうか。

 なんて悠長なことを思っている場合じゃない。そう、私の身にも思い切り世界が変わるようなことが起きちゃったんだから。


 そして…。藤堂君はまるでそうなることがわかっていたかのような、面白い誓いを立てていたんだ。いや、もちろんのこと藤堂君だって、未来に起きることをわかっていたわけではなかった。

 もしかしてもしかすると、よくうちの母が、「言葉は現実化するのよ」と言っているけど、藤堂君があんな誓いを立てるから、こんなことが起きちゃったのかもしれない。


 



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