第55話 避けられてる?
翌日、朝ギリギリに美枝ぽんは来た。そして昼休み、私たち3人はまた中庭に行った。
「別れちゃった」
美枝ぽんが、あっさりとそう言った。目も腫れていないし、どうやら泣いたわけではなさそうだ。
昨日、あれから別れ話になったのか。私と麻衣は何となく目を見合わせた。
「沼田君とはやっぱり、合わなかったみたい。それに私、まだ男の人と付き合うってよくわかんないんだよね」
美枝ぽんはそう言うと、は~~ってため息を吐き、
「でも、悲しんだり、浮かれたりって一喜一憂していたのは、まさに恋をしているって感じでよかったよ」
と少し口元に笑みを浮かべ、そう言った。
「美枝ぽん、今、無理してない?」
麻衣が聞いた。
「うん。なんだかすっきりした。今まで別れるんだかどうなんだかわからないままだったでしょ?あの時が一番嫌だったよ」
「そっか」
「…付き合ったって言っても、本当に短い間だったけどね」
美枝ぽんはそうつぶやくと、私のほうを向いた。
「穂乃ぴょんはどうなの?」
「え?」
「うまくいってる?」
ドキン。
実は朝、一緒に登校する間、会話がほとんどなかった。隣りの席にいるのに、藤堂君は前みたいにこっちを見なくなったし、私もなんとなく話しかけづらくなった。
昨日の私の「変わるのが怖い」を言ってしまったから、こんなふうになってしまったんだろうか。
「き、聞いてくれる?」
私は思い切って2人に相談した。
「え?じゃあ、2人ってもうすでにキスも経験済み?」
麻衣と美枝ぽんが目をまん丸くして驚いた。
「う、うん」
「ひゃ~~~。びっくり。人は見かけによらないもんだね」
美枝ぽんはまだ目を丸くしている。麻衣はというと、なんだか黙り込んでしまった。
「わかるな、その変化が怖いっていうの。私もそうだったもん」
しばらく黙っていた麻衣が、ぽつりと言った。
「麻衣も?」
私が聞くと麻衣はコクンとうなづいた。
「キス以上は駄目だった。どうしても…。そういうのも別れた原因かもしれないな」
「え?」
私は思わず、麻衣の言葉に反応した。
「せまられたことあったの?」
美枝ぽんが聞いた。
「うん。一回ね。私思わず、思い切り抵抗しちゃって…。それからちょっと、気まずくなったりもしたんだ」
そうなんだ。
え?じゃあ、もしかして今の私と藤堂君も、このまま…。
サーーー…。血の気が引いた。
「司っちなら、大丈夫じゃない?」
麻衣がそう言うと、
「もしそれで別れるなら、それだけの男ってことだよ」
と美枝ぽんは冷めた口調でそう言った。
「…」
藤堂君がそれだけの男だとは思いたくない。私はしばらく黙り込んでいた。
「変化が怖いって言ったんでしょ?」
「うん」
「それ、司っちもわかってくれたんじゃないの?」
「…うん」
「穂乃ぴょん。確かに藤堂君は優しいのかもしれないけど、あまり期待しすぎないほうがいいんじゃないかな」
美枝ぽんが今度ははっきりとした口調で言ってきた。
「どういうこと?」
「男なんだし、わかんないよ?勝手に優しい人だって思い込んであとで、がっかりするようなことになっても」
がっかり?
「ま、もし、がっかりしたら無理に付き合っているのもやめて、他の人と付き合うっていうのもありだしね」
「え?」
「もしもの話。そういうことがあってもいいんだし、藤堂君だけを思い込まなくてもいいと思うよ?私は」
何が言いたいのかな。あ、まさか沼田君のことをすすめようとしてるんじゃないよね。まさかね。
「美枝ぽんはどうするの?新しい恋でもするの?」
「う~~ん。ま、成行きに任せるよ。出会いがあったらそれもよし」
「そうだよね。私もバイトで彼氏見つけようと思ったけど、全然いい男がいなくって、パートとか、女の子のバイトが多くってさ、ちょっとがっかりしてたんだ」
「バイトしても、彼氏ができる確率低いのかあ」
美枝ぽんがため息をついた。
「ま、そのうちにいい人が現れるかもしれないし、慌てることないよね」
「うん、うん」
美枝ぽんは麻衣の言う言葉に深くうなづいた。
私はそんな二人の会話を聞きながら、ちょっと青ざめていた。
藤堂君と別れる?もし、これがきっかけで、気まずくなったら、別れが来るの?
そんなに美枝ぽんみたいに、あっさりと考えられるのかな。私、ずっと別れても藤堂君をしつこく思っていそうだ。
はあ。昼休みが終わり、教室に戻ってから私は重たいため息をついた。
その時ちょうど、隣の席に藤堂君が座った。どうやら私のため息をきいたらしく、こっちを気にしているようだ。
あ…。目、合っちゃった。どうしよう。何か、話す?
「なんかあった?」
藤堂君のほうから聞いてきた。
「え?ううん」
私は慌てて首を横に振った。
藤堂君は、ちょっとだけ私のほうを見ていたが、すぐに前を向いてしまった。
「…」
なんだか、寂しい。もうちょっと会話、続けたかった。
私も窓の外を見た。今日はくもり空。私の今の心みたいだ。
帰りのホームルームが終わった。藤堂君、一緒に美術室まで行ってくれるのかな…。
ちら。藤堂君を見た。すると、もう一つ藤堂君にそそがれている視線を感じた。あ、岩倉さんだ。
「と、と、藤堂君」
え?岩倉さんが藤堂君に話しかけてる!
「今日の昼、ありがとう」
岩倉さんが小声で藤堂君にそう言うと、藤堂君は、
「別に、俺はそんなお礼言ってもらうようなことしてないから」
と無表情で答えた。岩倉さんは下を向き、表情をこわばらせた。
「あ、いや…。俺、今怒ってるわけじゃないから」
藤堂君はちょっと慌ててそう言うと、口元をゆるめた。が、岩倉さんは下を向いてしまっていて、藤堂君の笑った顔を見逃してしまった。
もったいない。そうそう見れないのにな。それも藤堂君、きっと怖がらせないようにって今、必死の笑顔を作ったはずだ。
「じゃ、じゃあさよなら」
岩倉さんは下を向いたままそう言うと、カバンを持ってすたすたと教室を出て行った。
それにしても、昼、いったい何があったんだろう。気になる。
「結城さん」
「え?」
「もう部活行く?」
「うん」
「じゃ、行こう」
藤堂君が私にそう言って、カバンを持って教室を出て行った。私も後ろからすぐに追いかけた。
良かった。一緒に美術室まで行けるんだ。
「あ、あの、藤堂君」
私は藤堂君に追いつき、話しかけた。
「え?」
「岩倉さん、なんでお礼言ってたの?」
「別に俺、何もしてないけど」
「え?」
「ただ、昼休みに食堂で、岩倉さんのことをからかうっていうか、いやがらせっていうの?そういうことをしていた男子がいたから、ブチって切れてそいつらに文句を言っただけで…」
「ブチって切れたの?」
「ああいうの、どうも駄目なんだよね。それは昔からなんだけどさ」
「そうなんだ」
「そいつら、俺に逆に文句を言ってきたんだけど、近くにいた聖先輩が、そいつらを怒ってさ、ようやくそいつらも大人しくなって」
「聖先輩が?」
「うん。やっぱり、聖先輩はすごいね。俺、本当に尊敬するよ」
「どんなふうに怒っていたの?私、聖先輩が怒っているところ見たことないから想像もつかない」
「…こんなふうに、ちょっと斜に構えて、『お前らいい加減にしろ!少しは自分がやったことに気が付けよ。藤堂に文句なんて言えないだろ』ってさ。ふだん、明るいし楽しい先輩があんなふうに怒ると、みんな怖気づくんだなあ」
「…そうなんだ。女子にはいつもクールだから、その辺もよくわかんないけど」
「あ、そうか…」
藤堂君はそう言ってから、ちょっと考え込み、話をまた続けた。
「俺はいつもムスってしてるから、怒ったとしても、また怒ってるよ、くらいにしか思われないかもな」
「…岩倉さん、それで藤堂君にお礼を言ってきたんだ」
「その場からすぐに消えちゃったから、あの後、岩倉さんはどうしたのかわかんないけどね」
「…そう」
岩倉さん、ちゃんと藤堂君にお礼を言ったってことは、やっぱり嬉しかったんじゃないのかな。
「岩倉さんのこと、もっとびびらせたかな」
「え?」
「さっきも、怖がってたよね」
「違うんじゃない?岩倉さんってあまり人と話さないのに、ああやって話しかけたんだもん。怖かったら話しかけて来たりしないと思う」
「そっかな」
「うん」
そんな話をしている間に、美術室に着いた。
「じゃあ、あとでね」
「うん」
藤堂君はいつもと変わらず、ちょっとだけ微笑んでそう言うと、廊下を歩いて行ってしまった。
あれ?私、なんか勝手に気まずい雰囲気を作っていただけかな。藤堂君はそんなにいつもと変わらない?
と思っていたけど、部活が終わって藤堂君がやってきて、すぐに私の勝手な思い過ごしじゃないことが判明した。
藤堂君は美術室に入ってこなかったのだ。
「部員は?」
「みんな帰った」
「じゃ、ここで待ってるよ」
え?!
藤堂君はそう言って、美術室の前で私が出てくるのをずっと待っていたのだ。
私は急いで片づけてから、美術室を出た。
「鍵を返しに行かないとならなくって」
私が鍵をかけながらそう言うと、
「じゃあ、昇降口で待っているよ」
と言い、藤堂君はさっさと廊下を歩いて行ってしまった。
「…え?」
その後ろ姿がやけに、私を避けてますって言っているように見えて、私は愕然としたまましばらくその場に立ち尽くした。
藤堂君はさっさと廊下を曲がり、姿が見えなくなった。私はようやくとぼとぼと歩きだし、職員室に行き鍵を返した。
避けてる?二人きりになると、私が怖がるから、私のことを思って…だったらいいけど。それって私の都合のいいように取りすぎてる?
ただ、避けられてる?
気まずくなって別れる。そんなフレーズが頭の中を、ぐるんぐるんと回りだした。
重たい足取りで昇降口に行くと、藤堂君はすでにドアの外にいた。私が靴を履き外に出ると、
「帰ろうか」
と一言言って、とっとと藤堂君は歩き出した。
いつもよりも早歩きだ。私よりもほんの少しだけ前を歩いている。
こっちはさっきからずうっと見ない。それに話もしてこない。
嘘。このまんま何も会話もなく、駅に到着しちゃうの?それってあまりにも悲しくない?
どこかに寄ろうと言ってみる?でも、あっさりと断られたら?そっちのほうが、傷つきそうだ。
でも、でも、このまんま別れるのは嫌だ。
「と、藤堂君、お腹空いてない?」
「うん。今日は特に…」
藤堂君はこっちも見ずにそう答えた。
「そ、そう」
ガク~~。ああ、言わんこっちゃない。思い切り落ち込んだよ。
「結城さん、お腹空いたの?」
藤堂君がちらっとこっちを見て聞いてきた。
「…ちょっとだけ」
私はまだ、期待を持ってそう答えた。じゃあ、どこかに寄って行こうか…と藤堂君が言ってくれたなら、今ならまだ這い上がって来れそうだ。
「…」
藤堂君は時計を見て、
「ごめん。やっぱり寄れないな。一人で寄るのは、寂しいよね?」
と下を向きそう言ってきた。
「…う、うん。一人は寂しいから、帰るよ」
「うん。ごめんね」
……。藤堂君。ごめんねって言ってる時の顔、下を向いててわかんないよ。どんな表情をしていたの?
時計を見たから、何か用事?って聞いてみる?でも、そんなこと聞けない。今、私は落ちてる。どんどん落ちていて、暗くなってる。とても、そんなことを聞ける状態じゃない。
「……」
どんよりとしながら、駅の改札を通った。藤堂君は先に改札を通り、こっちを見て待っていた。
「結城さん?」
「え?」
私は笑顔を作ろうとした。だけどかなり引きつってしまった。
「………」
藤堂君は黙って私を見ている。私は顔があまりにも引きつってしまうので、下を向いた。
「藤沢で買い物があるんだ。だから藤沢まで一緒に行くよ」
「え?うん」
まだ一緒にいられる。ああ、ちょっと浮上してきた。
ホームに行くと電車がすぐにやってきて、私たちは乗り込んでシートに座った。すぐ隣に座った藤堂君の、なんとなくあったかい空気が嬉しかった。
「買い物って何?」
「父さんに頼まれた日曜大工品」
「そうなんだ」
「…すぐに済むと思うんだ。もし買い物に付き合ってくれたら、ちょっとどこか寄れるかも」
「…」
「ああ、いいや。先にどこかに寄って食べる?まだハンズ、開いてるよね?そんなに早くに閉まらないよね?」
「買い物してからでもいいよ」
「帰りが遅くならない?」
「大丈夫」
よ、よかった。そうか、買い物があったのか。それでなのか。
ああ、かなり浮上してきた、私。
藤沢に着き、藤堂君の買い物に付き合った。藤堂君は私に気を使ったのか、さっさと買うものを選び、とっととレジに行き、買い物を済ませた。
「どこに行く?あ、麻衣のバイト先に行く?」
「あ~~、そういうのちょっと苦手」
藤堂君は眉をしかめた。
「え?なんで?」
「知り合いの店って、なんだか照れるじゃん」
そうなの?
「じゃあ、私が良くいくカフェでもいい?」
「いいよ」
それから駅からすぐのカフェに行き、奥のほうに入って私たちは椅子に座って落ち着いた。
「いいね、ここ」
「うん。落ち着くでしょ?麻衣とかとよく来るんだ」
「うちの高校の生徒も来る?」
「うん。割と」
「そっか」
藤堂君はそう言うとメニューを見た。そして店員を呼び、私たちは注文をして、水をごくっと飲んだ。
「ごめん。付き合わせちゃって。父さん、明日休みでさ、どうしても家で作りたいものがあるって言って、俺に帰りに足りないものを買って来いって言い出してきかなかったんだよね」
「お父さん、いろいろと作るの好きなの?」
「うん。マメにいろいろと作ってるよ。棚とか、犬小屋とか」
「犬飼ってるの?」
「飼ってるよ。言わなかったっけ?」
「うん」
「ゴールデンレトリバー飼ってるんだ」
「すごい!いいな~~~」
「犬、好き?」
「うん」
「じゃあ、今度会いに来る?」
「いいの?」
「いいよ。うちは全然かまわない」
「じゃ、じゃあ、今度…」
わ~~~。藤堂君の家に行けるなんて。ああ、なんだか、浮上どころか、舞い上がってきちゃったよ。私…。
「うちに親がいる時ね」
「え?」
「そっちのほうが結城さんも来やすいでしょ?」
「藤堂君のご両親?わ、緊張するよ」
「…でも、誰もいなくって俺と2人きりよりいいでしょ?」
藤堂君は少し視線を下げ、水の入ったコップを眺めながらそう言った。
「あ…」
私は何も言えなくなり、一緒にコップを眺めてしまった。
店員がコーヒーと紅茶と、スコーンとマフィンを持ってきた。藤堂君はマフィンを頼んでいた。
「…あの」
私は紅茶を一口飲んでから、思い切って口を開いた。
「え?」
藤堂君は、コーヒーにミルクとお砂糖を入れている最中だった。
「ごめんね。いろいろと藤堂君に気を遣わせてるよね?」
「…ああ。2人きりにならないようにとか?」
「うん」
「……」
藤堂君は黙って、コーヒーカップにスプーンをつっこみ、グルグルとかきまぜだした。
「そうだな。昨日から、ちょっと悩んじゃったかな」
藤堂君はそう一言、ぽつりと言うと、スプーンをカップから出して、コーヒーを一口すすった。
「悩んだ?」
まさか、別れようとか、そんなようなこと?!
「結城さんとどう接したらいいか…」
え?!
ど、どういうこと?
「このまま、付き合っていってもいいのか、とか」
ええ?!どどどど、どういうこと?やっぱり、別れるってこと?
藤堂君はそこまで言うと、また黙り込み、今度はマフィンを食べだした。
私はとてもスコーンを食べる余裕もなく、ただただ呆然としているばかりだった。




