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第54話 変化が怖い

藤堂君はまだ、黙っている。

「藤堂君?」

「あの二人、別れるの?」

「…わかんない」


「聞いたって、立ち聞き?」

「うん。盗み聞き。悪いことしたよね…」

「…そっか。あいつ、結城さんのこと…」

 藤堂君はふうって、重いため息をついた。


「私、沼田君が私を好きだとしても、藤堂君のことを好きなことには変わらないよ?」

「…でも、あいつのほうが…」

「え?」

 まさか、私に合ってるとか言って、身を引くなんて言い出さないよね。


「結城さん、沼田といる時、楽しそうだった」

「…」

 なんでそんなことを言うの。

「俺には何もないんじゃないかっていう気がする」


「どういうこと?」

「柏木は絵がある。結城さんが惚れ込んだ絵」

「…」

「沼田はいつも楽しい話をして盛り上げる。結城さんも沼田と一緒にいて、良く笑ってる」

「…」

 だから何?


「沢村も…。俺よりもきっと話も楽しいだろうし、いろんなところに連れて行ってあげるかもしれない」

「私、沢村君のことなんか…」

「俺は、何もない」

「え?」

「何もしてあげていないし、何も持っていない」


「ど、どういうこと?」

「結城さんを幸せにしてあげられるだけの、何かを持っていないって、思ったりもするんだ」

 どういうことよ~~~!

 私はいつだって、藤堂君といて幸せなのに?!


「ごめん。変なこと言ってるよね。だけどたまに、自信がなくなるって言うか、なんでこんな俺のこと受け入れてくれたんだろうって思うことがあるんだよね」

「じゃ、私は?どこが良かったの?私だって何も持っていないよ。可愛くもないし、綺麗でもない。スタイルもよくないし、頭だってそこそこだし、運動神経もよくないし、歌も音痴なの。それに明るいわけでもないし。どっちかって言ったら暗いし…」


「結城さんは綺麗だよ?スタイルもいいし、性格だって優しいし、それに絵の才能がある」

「そんなことない、私なんてたいしたことない」

「たいしたことないなんて、自分で言っちゃだめだよ。結城さんはすごいって」

「じゃ、藤堂君は?もっと自信持っていいのに、なんで?」


「…俺、まったく気も利かないし、女の子といても口下手だし。つまらないやつじゃない?」

「全然!」

 なんでそんなこと言うの。

「たまに、結城さんは無理してるんじゃないかなって思うことがある」


「無理なんてしてないよ」

「ほんと?」

「なんでそんなふうに思うの?」

「……」

 藤堂君は黙り込んだ。


「キス」

 それからぼそってそう言った。

「え?」

「キスすると、こわばってる」

 ええ?それは緊張してるから。


「時々、嫌がってるのかと思うこともある」

 嫌なわけない~~~!

「怖がっているのかと思う時も」

 そ、それはあるかもしれないけど。最近、特に藤堂君に男を感じて。

「他の子と同じように、俺のこと怖いのかなって」


「え?」

「怖いから、断れない…とか?」

「……」

 だんだん腹が立ってきた。ううん、悲しくなってきた。

 私、いつそんな態度を示したのかな。


 私がいつ嫌がったっていうのかな。ずっとずっと、藤堂君が好きだって言ってきたのに。

「じゃあ、私が沼田君と付き合った方がいいの?」

 腹が立ってそう言ってしまった。

「……沼田のほうがいいの?」

 逆に聞かれてしまった。


「…い、いいわけない」

 う。涙が出てきた。

「結城さん、泣いてる?」

「泣いてる。だって、さっきから藤堂君、悲しいことを言うから」

「え?」


「わ、私、ずっと藤堂君のこと好きだって、ちゃんと言ってるよね?」

「うん」

「なのにわかってくれてないから」

「…ごめん」


 藤堂君は眉をしかめて私を見て、

「ごめん」

とまた謝った。

「謝らないで」

 私はそう言ってから、涙を手で拭った。


「……と、藤堂君」

 私はそっと藤堂君の手を取った。

「何?」

 じい~。私は藤堂君の顔をじっと見た。


「な、何?」

「藤堂君の目、見てた」

「え?」

「藤堂君の目、好きなの」

「…」

 藤堂君がぱっと目を伏せた。


「藤堂君、全然怖くないよ?」

「そうかな」

「弓道してる時は、すごく凛々しい」

「そ、そう?」


「藤堂君の隣にいて、私はどんどんもっともっと惹かれていってる」

 藤堂君がコホンと小さな咳ばらいをした。

「横顔も好き。それに声も…」

「俺の?」

「うん」


 藤堂君はちらっと私を見たけど、また目を伏せた。

「藤堂君の手も好き。ごつごつしている指も、それに掌のマメまで」

「え?」

 藤堂君はさっと私の手から離し、手を隠してしまった。そして戸惑った顔を見せた。


「背中も。腕も。髪も…」

 そう私が続けると、藤堂君は真っ赤になった。

「わ、わかった」

 藤堂君はそう言って、頭を下げてまたため息をついた。


「……。俺のこと、本気で好きだって言ってくれてるんだよね」

「うん」

「ありがと…」

 藤堂君は顔もあげずにそう言うとしばらく黙り込んだ。


 ドキドキ。私、変なこと言っちゃったのかな。言い過ぎた?掌のマメは言わないほうが良かったかな。

「まいった」

 まいったって?

「嬉しい」

 え?


 藤堂君はまた小さく咳払いをして、それから顔をあげた。あ、真っ赤だ。

「結城さんが俺のことを好きだって言ってくれるたび、すごく嬉しい」

「うん」

「でもまた、不安になったりして、俺のことが本気で好きかどうかを、つい確かめたくなる」

 え?


「キスして、反応を見たりして、ずるいね?俺」

 それで私の反応を見ていたの?

「……ありがとう。でもちょっと驚いた」

「え?」

「手のマメ…」


 か~~。やっぱり言わなかったら良かった。

「……なんか」

「え?」

「照れくさいな」

 藤堂君はそうぽつりと言うと、また下を向いてしまった。


「藤堂君とだけだから。いくら沼田君と一緒にいて楽しんでいても、一緒にいてこんなにときめくのは藤堂君だけなの」

「…」

 藤堂君はまたちらっと私を見た。

「藤堂君が黙っていても、それでも隣にいるだけでドキドキしてる」


「…そうなんだ。じゃ、俺と同じなんだ」

「え?」

「俺も、結城さんが隣にいるだけで幸せになるし、ドキドキしてるよ」

「…」

 かあ~~。顔が熱い。


「……」

 あ、会話が途切れた。しばらく2人で黙り込んでしまった。

「結城さん」

 藤堂君は私の頬に手を当てた。ドキ。キス?

 そして顔を近づけ、キスをしてきた。ああ、やっぱり。


 藤堂君は私の顔の真ん前で目を開けた。それからじっと私を見ている。

 私もそっと目を開けた。でも目が合って恥ずかしくてまた、目を閉じた。するとまた、キスをしてきた。


 それから私を藤堂君は、抱き寄せた。

「結城さん」

「え?」

 ドクン。

「本当は俺、誰にも渡したくないよ」

「え?」


「沼田でも、結城さんを渡したくない」

「う、うん」

「本当は、他の奴のことを考えられないくらい、俺のことでいっぱいにしたいってそんなことを思うこともある」

 え?ど、どういうこと?


 バクバク。いきなり教室に2人っきりだってことを意識してしまった。ど、どうしよう。

「でも、そんなことをしても結城さんのこと、傷つけちゃうだけだし」

「…」

 ドキドキ。

「だけど、2人きりだと俺、けっこうきついかも」


「きつい?」

「歯止めきかなくなりそうで、今も…」

 今も?

「結城さんが大事なのに、このまま俺のものにしたいって、そんな衝動にも駆られる」


 バッ!私は藤堂君の胸を手で押して、藤堂君から思わず離れた。

 それから胸が高鳴り、顔から火が出たように熱くなり、下を向いて私は黙り込んだ。

「ごめん。怖がらせたよね」

 コクン。私はうなづいた。


「ちょっと今までも、2人になるの避けてたよね?」

 コクン。

「俺を嫌ってじゃないよね?ただ怖かった?」

「うん。嫌ってない。でも、私…」


 経験もないし、男の人怖いよ、やっぱり。

 あ、でもまさか、藤堂君は経験あるの?

「と、藤堂君は、キス以上の経験があるの?」

 いきなり気になり、つい聞いてしまった。


「ないよ、まさか」

 藤堂君は焦った口調で答えた。

「そ、そう」

 あ、私ったら、安心している。相手がキャロルさんだったとか、そんなだったら、ショックをまた受けちゃって、今度はそうそう立ち直れそうもないところだった。


「そ、そうだよね。結城さんも男と付き合うの初めてなんだし、男の人が苦手だって言ってたし、怖いよね」

「うん…」

「ごめん。怖がらせた。言わなかったらよかったね」

「…ううん」


 ううん。勢いではねのけたけど、でも…。

 ドキン。胸がまた高鳴った。この胸の鼓動は、怖いからなの?

 そう、怖い。でも、男の人は怖いとか、藤堂君が怖いんじゃないみたいだ。


 私は自分の胸に手を当てた。何が怖いの?自分に聞いてみた。

 そうだ。きっと変化だ。もし、藤堂君と結ばれたら、私がもう今までの私と変わってしまう気がして、それが怖いんだ。


 バクバク。バクバク。心臓が早すぎるくらいに早く鳴ってる。

 藤堂君が怖いんじゃないよ。喉まで出かかった。私が怖いのは、変わること。

 でもそんなことを言ったら、藤堂君どうする?どう思う?


 バクバクバクバク。一気に顔が熱くなる。本当にそのことを告げたら、どうするんだろう。

 ああ、私の悪い癖みたいだ。こんなこと言わないほうがいい。こんなこと黙っていたほうがいい。なのに、言いたくなる。


「と、藤堂君」

「え?」

 藤堂君が私の顔を見た。しばらく下を向いて黙っていたのに、私が呼んだ声で藤堂君は一瞬、びくってなっていた。


「わ、私、藤堂君が怖いわけじゃ」

「うん。わかってるよ。男の人が怖いんでしょ?」

「…」

「その…。俺のこと男として意識すると、怖いんでしょ?」


「違うの。それ、違うみたい。私もそうだと思ってたんだけど」

「………え?」

 藤堂君の声が微妙に沈んだ。あ、なんか悪いこと考えたのかな。

「藤堂君が怖いとか、男の人だから怖いとか、そういう怖さじゃないの。ただ…」


「う、うん」

 藤堂君は生唾を飲み込んだ。私が何か、藤堂君を傷つけるようなことでも言うんじゃないかって、警戒をしているようにも見える。

「か、変わっちゃうのが、怖い」


「……」

 藤堂君は一瞬、目を点にした。そのあと、今度は目を丸くした。ああ、思っても見ないことを私、言ったんだろうなあ。

「変わるって?」


「だから、と、藤堂君とそういうことになったら、私が変わっちゃうような気がして怖いの」

「…」

 藤堂君は下を向いた。あ、耳が赤い。

「そういうことか…」

 藤堂君は一人で納得したかのようにつぶやいた。


「ごめん。私、また変なこと言ってるよね?」

「ううん、正直に話してくれて、嬉しいよ」

 藤堂君はそう言ってからも、下を向き、そうかってため息をつきながらつぶやいた。


「変わるのかな」

「え?」

「変わったりするのかな。結城さんは結城さんのままだと思うけどな」

「…」

「でも、それが怖いなら、俺も近づかないよう気を付ける」


 え?

「もう、2人きりになるのはなるべくよそう」

「……」

「帰ろう」

「う、うん」


 藤堂君はそう言ってからカバンを持ち、私のほうも見ずにスタスタと教室を出た。

 私も慌ててカバンを持って、教室を出た。


 無言で藤堂君はちょっと足早に廊下を歩く。私はそのあとを追いかけた。

 昇降口でも無言で靴を履く。それもさっさと履いて、さっさと昇降口を出て行ってしまった。


 あ、あれ?

 怒った?

 それとも、傷つけた?

 そんなことないよね。そんな傷つくようなこと言ってないよね。


 でも、そのあとも藤堂君はよそよそしくて、私は自分が相当変なことを言ってしまったんだと、後悔した。

 後悔先に立たずとは、こういうことか。

 悪い癖はもう、やめたほうがいい。とことんその日は自分の悪い癖を呪ってしまった。


 変化が怖い。だけど、藤堂君。避けられたり、よそよそしくされる方がもっと、辛くなるんだよ、私。

 家でお風呂に入って、お湯の中に沈みながら、私は心の中でつぶやいていた。


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