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第53話 盗み聞き

 一週間があっという間に過ぎ去った。いまだに沼田君は美枝ぽんと話もせず、美枝ぽんがだんだんと腹を立ててき始めていた。

「いつまで距離を置くつもりなのかな」

 昼休み、中庭で私と美枝ぽんと麻衣がお弁当を食べている時、美枝ぽんが話し出した。


「あれからまったく沼田君は話をしてこないの?」

「うん」

「沼っち、どういうつもりなのかな」

「麻衣からも沼田君に聞いてみたら?」


 私がそう麻衣に言うと、麻衣はため息をついた。

「聞いてみたよ。だけど、言葉を濁しちゃうんだよね。それになんとなく私のことも避けてる」

「なんなの。なんでほっとくのかな。私、もうこれ以上宙ぶらりんは嫌だよ」

「美枝ぽん、切れた?」

 麻衣が聞くと美枝ぽんは、鼻を膨らませうなづいた。


「だって、このままじゃ私、次の恋だってできやしない」

「確かに。付き合っていくのか別れるのか、はっきりしてほしいところだよね」

 …。そうなの?別れることなんて私だったら考えたくもないけどな。


「あ~~。どうしよう」

 美枝ぽんが頭を抱えた。

「今日、部活ない日でしょ?美枝ぽん」

「うん」

「帰りに沼っちつかまえて、聞きだせば?」


「そ、それより、美枝ぽんは沼田君のことをどう思っているの?」

 麻衣と美枝ぽんの話に、私は無理やり入り込んだ。

「わかんない。なんかだんだんと好きだかどうかもわかんなくなってきた」

 え~~~~?

「ううん。好きだと思う。だけど、こういう状態が嫌なんだ」


「付き合っていきたいの?」

「こっちが付き合いたいと思っても、向こうにその気がなかったら無理じゃない?だったら、もう別れるよ」

「いいの?!」

「いいも何も、しょうがないじゃん」

 なんでそんなふうに、割り切れるんだろう。


「ちょっと悔しいけど」

「え?」

「こうなったら、私からふってやろうかな」

 美枝ぽん?


 美枝ぽんはそう言うと、残っていたお弁当をばくばくと食べ、お弁当箱を片づけた。

「穂乃ぴょんはうまくいってるの?」

 美枝ぽんはお茶を一口飲んでから、私に聞いてきた。

「うん」


「そうなんだ。席も遠くなっちゃったし、最近2人が一緒のところをあまり見てないから、どんな感じなのかまったくわかんなくって」

「…か、変わらないよ?」

「本当?席隣りなのに、あまり会話もないっていう噂だけは耳に入ってくるんだけど。本当は穂乃ぴょんと藤堂君はうまくいってないんじゃないか…なんていう噂も聞く」


「ええ?!」

 何?その噂!

「藤堂君、口数が異常に少ないんだって?」

「え?」


「あ!それにさあ。岩倉さんが藤堂君を好きだっていう噂も聞いたんだ。ねえ、どうなの?」

「美枝ぽん、どっからそんな噂を聞いてくるの?」

 麻衣が驚いている。

「でも、それはちょっと思い当たるかも、私」


 私がそう言うと、2人が驚いた顔をして私を見た。

「岩倉さん、時々藤堂君のほうを見てる。あ、ちらっと見るだけなんだけど、そのあとほんの少し顔が赤くなってるんだよね」

「穂乃香って、よく見てるんだね、そういうの」

「だって、前の席だもん。よく見えちゃうんだもん」


「藤堂君は気がついてるの?」

「ううん。岩倉さんに怖がられてるって思ってるみたいだし」

「なんでそんなふうに思ってるのかな」

「岩倉さん、藤堂君を見る時っていつも、おどおどしてるの。この前も岩倉さんが落っことした消しゴムが藤堂君の席のほうにころがって、それを藤堂君が拾ってあげたら、びくびくしながら岩倉さん、ありがとうって言ってたから、俺、相当びびられてるよねって、あとで藤堂君が言ってたんだよね」


「ええ?!」

 美枝ぽんが必要以上に驚いている。

「あの、岩倉さんがお礼を言ったの?っていうか、言葉を発したわけ?信じられない」

「そ、そうなの?」


「そうだよ。先生に当てられたって何も話さないから、最近じゃ先生だって岩倉さんに当てないじゃない?」

「そういえば、そうだね」

 麻衣が相槌を打った。

「でも、藤堂君にはありがとうって言ったんだ。それはもう、絶対に藤堂君のことが好きだね」


 美枝ぽんの目が輝いている。ほんと、こういう話が好きだよなあ。美枝ぽんは。

「やっぱりね」

「だけど、司っちは嫌われてる、怖がられてるって思ってるんだ」

「うん」

「いいんじゃない?そう思わせておけば。好かれてるって知ったとしても、どうしようもないだろうし」


 美枝ぽんが冷たくそう言った。あれ?さっきは目を輝かせていたのにな。

「そうだね。それより最近はデートしてるの?穂乃香」

「…ううん」

「ね、確かに司っちはこっちが話しかけないと、なかなかあっちから話さないけど、でも話しかけたら答えるんだしさ、どんどん穂乃香から話してみたらいいんじゃないかな」


「…話してるよ」

「本当?」

 2人が同時に私に聞いた。

「うん。登下校中はいろいろと、話してると思うよ。ただ、席にいると前の手塚君が耳をダンボにしてたりするから、藤堂君も会話を控えてるみたいだけど」


「…なんで?」

「照れくさいんじゃないのかなあ。たまにメモ書きで、会話してるんだ」

「メモ?」

「授業中とか、こっそりと」

「藤堂君と?」


 美枝ぽんが驚いている。

「うん」

「…な~~んだ。じゃ、本当に仲が悪いわけでもなくて」

「…うん」


 私はそれ以上はなんだか話すのが照れくさくなり、下を向いた。どうやらこの二人は、私と藤堂君の間には何の進展もないと勝手に思っているらしく、キスしたこととかそういうのもまだ話していないし、2人も聞いてこないんだよね。


 藤堂君はあれから、時々美術室で二人きりになるとキスをしてくる。そのたび、私はドキドキして何も話せなくなるし、いまだに緊張しちゃうんだけど、藤堂君はなんだか違うんだよね。ちょっと私よりも余裕があるみたいで、キスが終わるとすぐに背を向けたりしていたのに、最近は私の顔をじっと見ていたり、私の反応を見ているようなんだ。


 それにキスも、日に日に唇を重ねている時間が長くなっているような気がする。一回離れても、もう一度唇を重ねてくる時もある。


 絶対に、絶対に、藤堂君は「奥手」じゃないと最近は断言すらできる。時々、2人きりでいると、藤堂君は男なんだっていうことをやけに意識してしまい、私は余裕がなくなり、怖さすら感じてしまう時もある。 

 そんな時には、早目に美術室を出て、昇降口に向かうようにしている。


 昨日は藤堂君は、

「教室に忘れ物だ」

と昇降口に向かっている途中に言いだした。

「じゃ、昇降口で待ってる」

「え?一緒に来ないの?」


「うん。待ってる。放課後の学校って怖いし」

「…でも、昇降口で一人でいるのも怖いんじゃ」

「ううん。まだ明るいし、平気」

 私がにこっと笑ってそう言うと、藤堂君はちょっと眉をしかめたけど、

「わかった。じゃ、すぐに戻ってくるから」

と言って、廊下を走って行った。


 前に、幽霊は何もしないよってそう言った藤堂君の言葉を思い出した。私、藤堂君は何かするの?って、純粋に意味も分からず聞いたっけ。だけど、今ならわかる。あの時の藤堂君の動揺ぶり。何が言いたかったのかも。

 今の藤堂君なら、あんなふうに動揺するかな?余裕かまして、キスとかしてきちゃうんじゃないかな。


 昨日はそのあと、本当にすぐに藤堂君は昇降口に戻ってきて、それから手をつないで駅まで帰ったっけ。 

 もし他の生徒がいたら、藤堂君は手をつないだりしない。その辺は前も今も変わらない。


「今日、私バイトがない日なんだ。穂乃香は部活だよね」

「う~~ん。さぼっちゃおうかなあ」

「え?どうして?」

「藤堂君、ミーティングだけなんだって。一緒に帰りたいから、私も部活出るのやめようかと思って」


「なんだ。本当に仲いいんだね」

 美枝ぽんがそう言って、そのあと小声でいいなってつぶやいた。

「美枝ぽん。帰りに沼っちとっつかまえるんでしょ?協力しようか?」

「ううん。いいの。一人でも大丈夫」

 麻衣の言葉に美枝ぽんは、にこっと笑って答えた。


 放課後、美枝ぽんはつかつかと沼田君の席まで行き、沼田君に何かを告げていた。沼田君は美枝ぽんの勢いに負けたのか、うんうんとうなづいている。

 それから二人は教室を出ていった。

「穂乃香」

 麻衣が私の席に走ってやってきた。


「美枝ぽんが行動に出たけど、ちょっと見に行かない?」

「え?」

「あと、追いかけようよ」

「悪いよ」

「でも、心配じゃない?美枝ぽん、もしかするとまた強がっているかもしれないし」

「う、うん」


 私も席を立った。隣りで藤堂君は私と麻衣の会話を聞き、

「八代さん、何か沼田に話でもあるの?」

と聞いてきた。

「決着をつけるみたいだよ」

 麻衣が藤堂君にそう答えると、

「そっか」

と藤堂君は一言、穏やかに言った。


「藤堂君、ミーティング終わったら、教室にいてくれる?」

「うん。わかった」

 私は藤堂君にそれだけ伝え、麻衣と一緒に教室を出た。


「どこに行ったのかな」

「なんとなく見当はつく」

 麻衣はそう言うと、階段を下りて体育館に向かう渡り廊下を歩き出した。

「体育館に行くの?」

「ううん。体育館の裏だよ」


 そこって、前に私が藤堂君から告白された場所?

「あそこ、本当に人が来ないんだよね。そうだったでしょ?」

「え?」

 た、確かに。

「もし沼っちがあまりにも手を出してこないようなら、そこに連れて行って強引にキスでもするって前に美枝ぽんが言ってたんだ」


 ええ?!

「結局そうなる前に、距離を置かれちゃったようだけど」

「じゃあ、あの二人、キスとかそういうのは」

「まだみたいだったよ?美枝ぽん、さすがにキスは催促できないみたいだったから」

「…」

「あ、穂乃香と司っちは…」


「え?」

 ドキ。

「まだだよね。ごめんごめん、変なこと聞いて」

 麻衣が悪かったっていう感じで、苦笑いをした。

「………」

 困った。でも、本当のことは言えないよ。恥ずかしくて。


「あ、でも司っちはキスの経験はありなんだよね?キャロルだっけ?」

「その話はもう…」

「ごめんごめん。この話をすると穂乃香、落ち込んじゃうんだもんね?」

 違う。その話はもうとっくに終わってるっていうか、藤堂君、言ってたもん。もうキャロルもキスしてこなくなったって。

 あの時、一緒にいた敏美さんと博子さんがキャロルに、日本じゃ恋人じゃなかったらキスなんてしないんだよって、さんざん言ったらしく、キャロルもようやくそれがわかったようだって。


「あ、やっぱりいた」

 麻衣がそう小声で言って立ち止まった。私もその場に立ち止り、体育館の裏をのぞいて見た。

 わ。すぐそこにいる。私たちは息を殺して、そっとのぞいていた。


「何?話って」

 沼田君の声が聞こえた。

「私、こんな状態もう嫌だ。はっきりとさせようよ」

 美枝ぽんが声を震わせながらそう言った。


「…別れるってこと?」

「そうじゃなくって。距離を置いて自分の気持ちをみたかったんでしょ?わかったの?」

「美枝ぽんはわかったの?」

「私のことじゃなくて、沼っちのことを聞いてるんだよ?」

 美枝ぽんの声はもっと震えた。


「…俺は…」

「もういい加減はっきりとした?」

「………」

 沼田君は黙り込んだ。

「私に悪いとか、そんなふうに思って言えないでいるの?」


 え?

 なんのことかな。麻衣も私の顔を見て、首をひねった。美枝ぽん、もしかして沼田君の心の中を知っているかのような言い方だな。


「私、なんとなく気が付いてたよ」

「…うん。気が付いてるだろうなっていうの、わかってた」

「じゃ、なんではっきりと言わないの?」

「ごめん。美枝ぽんに悪くて言えないんじゃなかった」

「じゃあ…。穂乃ぴょん?それとも藤堂君に?」


「…うん。あの二人の仲を壊したくないし、俺が黙っていたらすむことだから」

 え?え?え?!

 麻衣のゴクンと言う生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

「だけどそれじゃ、私はどうなるの?」


「…ごめん。でも、俺、本当に美枝ぽんのことをどう思っているのかも、自分で知りたかったんだ」

「…そ、それで?」

「うん。やっぱり、美枝ぽんのことは……」

 沼田君の言葉が詰まった。それから何秒も黙ったままになってしまった。


「わかった。わかったよ。だけど、沼っちはそれでいいの?」

「……」

「穂乃ぴょんに気持ち告げなくていいの?」

「……それも考えた。でも、いいよ。俺の気持ちは封印するからさ」


 や、やっぱり?

 麻衣が今の沼田君の言葉を聞き、私を見た。私は麻衣の顔を見れなかった。それから私はその場を、静かに立ち去った。麻衣も静かに私の後を追ってきた。


 一気に2人で教室まで戻った。教室にはすでに誰もいなかった。

「…ど、ど、どういうこと?」

 麻衣が息を切らしながらそう言った。私たちは知らないうちに小走りで廊下を駆けていたようだ。

「ぬ、沼っちは穂乃香のことが好きなわけ?」


 ああ、そういえば、相談を受けた時に、そんなようなことを言ってた。でも、それは友達としてそう思ってるだけだよって、私はそんな言葉を返した気がする。

 だって、私みたいな子のほうが自分には合うって、そんな言い方していたし、落ち着くとか、ほっとするとか、そんなふうに言われたし。それは恋じゃないよって思わず言っちゃったんだ。


 でも、本当は美枝ぽんと別れてほしくないとか、私のことを好きになってもらっても困るとか、そんなふうに思ってしまって、私は沼田君にそう言っていたのかもしれない。

 もしかするとあの時の私の言葉は、沼田君を傷つけてしまったんだろうか。


「穂乃香。どうするの?」

「どうするも何も。今の話を聞いていたことも2人には内緒でしょ?」

「でも、知っちゃったんだよ?沼っちが穂乃香を好きだってことを。それなのに知らないふりとかできる?」

「で、でも…」


 どうするも何も、どうすることもできないじゃない。

 ガタン。


 その時ドアが開く音がして、驚いて私と麻衣は振り返った。まさか、美枝ぽん?それとも沼田君?

 すると、

「今の話、ほんと?」

と藤堂君がドアを開け、教室に入ってきた。


 あ~~~~~。一番聞かれたくない人に、聞かれてしまった…。

 私の顔は引きつった。麻衣も、なんて返していいのかわからないようで、私の顔と藤堂君の顔を交互に見て、黙り込んだ。


「沼田が結城さんを好きだって、それ、本当?」

「うん」

 麻衣がうなづいた。

「誰がそんなこと」

「本人が言ってたのを聞いちゃったの。私たち…」


 麻衣がそれもばらした。ああ、藤堂君の顔色が変わっていく。

 なんで?

「そうなんだ」

 藤堂君がため息を吐くようにそうつぶやくと、黙って下を向き何やら考え込んでしまった。


「私、帰る」

 麻衣は自分のカバンを持って、

「ごめん。ここから先は2人だけのほうがいいでしょ?じゃあね」

と急ぎ足で教室を出て行ってしまった。

 2人だけのほうがいい?え?どうして?なんで?麻衣!


 藤堂君は眉をしかめ、下を向いたまま、それっきりしばらく黙り込んでしまった。ああ、この沈黙はいつまで続くんだろう。それに、なんでそんなに藤堂君は考え込んでいるんだろう。

 


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