第51話 唇
藤堂君の好きなところを挙げよ…。ともし聞かれたら、たくさんありすぎて、大変かもしれない。
隣にいると、今までよりももっともっといろんな藤堂君を知ることができる。
たとえば、今日も…。
「よう、藤堂。悪いけど今日の部活さあ、俺、委員会があって遅れるんだよ。で、先にこの筋トレメニューをみんなでやっていてくれない?」
5時限目のあとの休憩時間に、川野辺君が藤堂君の席までやってきてそう言った。
藤堂君は川野辺君から渡された用紙を見て、
「いいよ」
と一言返事をした。
「じゃ、頼んだよ」
川野辺君はそう言ってから、私のほうを見て、
「あれ?もしかして席、隣なの?」
と聞いてきた。
「うん。席替えがあって」
「へ~~。藤堂、よかったじゃん」
川野辺君の一言で、藤堂君は一瞬顔を赤くしたが、またすぐにポーカーフェイスに戻した。だけど、川野辺君には赤くなったことがばれているらしく、
「藤堂、照れるなって」
と川野辺君は、藤堂君の背中をつっついた。
「うるさいよ。ほら、もう教室戻れよ。チャイムなるぞ」
「うへへへ。結城さん、こいつって照れ屋で面白いでしょ。たくさんからかってやってね」
「うるさいって、川野辺!」
「ほんじゃ、筋トレ、頼んだよ」
川野辺君はそう言いながら、教室を明るく出て行った。
「ったく…」
藤堂君は耳を赤くしたまま、ちょっとふてくされた顔をしたが、それもどうやら照れ隠しの顔らしい。
可愛い。
そうか。弓道部の人は藤堂君が照れ屋なのを知ってるんだ。へ~。
「川野辺君が部長になったんだっけ?」
「うん」
「藤堂君はいろいろとサポートしてるの?」
「まあね」
藤堂君は穏やかな目をしてそう答えた。
きっと川野辺君にも他の部員にも頼られているんだろうなあ。
それとか…。
「藤堂。明日のホームルームの前に職員室来てくれない?」
帰りのホームルームが終わると、担任の田島先生が藤堂君の所に来た。
「いいですけど、何の用ですか?」
「う~~~ん。ちょっとプリントを持って行ってほしんだけど、それと相談事」
「あ~~。わかりました」
藤堂君がそう答えると、田島先生は、
「じゃ、よろしくな」
と言って、教室を出て行った。
「相談事って?」
「うん。まあ、いろいろと」
「?」
「ちょっとね、うちのクラスでもいるじゃん、一人」
「何が?」
「…登校してこないやつ」
「え?そういうことの相談事なの?」
「う~~ん、そんなところ」
うそ。うそ~~。いったい藤堂君って何者?
「ごめん。これ以上は…。個人情報ってやつ?」
「え?」
「違うか。えっと…。ちょっと結城さんにも話せないんだ。ごめんね」
「ううん」
そんなに深いことまで、相談されているのかな。ますます藤堂君って何者?!
でも、何よりも隣になってよくわかったこと。それは…。
「……」
たまに私をじっと見ているってこと。そりゃ私も、見惚れていることはあるけど、藤堂君もじっと私のほうを見ていることがあって、ドキドキしちゃうんだよね。
「えっと…?」
戸惑って藤堂君を見ると、
「ああ、ほら。外、気持ちよさそうだなって思って…」
と言って、私の後ろに目線を移す。私はそれを最初は真に受けて、ああ、何だ。外を見ていただけか~って思っていたんだけど、どうやら言い訳だったみたいだと最近気が付いた。
外を見ているふりをしながら、私を見ている。しばらく見てから、ふっと視線を戻して下を向いている。
なんだろう。私、何か変なことでもやらかしているんだろうか。
気になって気になって、よし。今日の帰りに聞いてみるぞ!と一大決心をした。そして私はドキドキしながら部活が終わるのを待ち、美術室で片づけをしていた。
そういえば、ずっと柏木君は見ていないなあ。絵はどうやら描いているようだから、また朝描きに来ているんだろうか。もう朝早いのは大変だから、朝はやめるって言ってたのになあ。
「結城さん」
あ、藤堂君がもう来ちゃった。ドキドキ。まだ心の準備ができていないのに。
今日はほんのちょっと部員がまだ残っていた。そして藤堂君を見ると、何やらこそこそと話しだし、さっさと私に、
「お先」
と言って、美術室を出て行った。
なんだろう。ちょっと嫌な感じだ。
「…俺が来たから、怖がって逃げた?」
藤堂君がそう言った。
「え?まさか。違うでしょ」
それはないと思うけどなあ。
藤堂君は窓際に行き、
「夕焼け、今日も綺麗だね」
とぼそって言った。
「うん」
片づけも終わったので、私も窓際に行き、藤堂君と一緒に夕焼けを見た。
あ、今ってチャンスかも。
「ねえ、藤堂君」
「ん?」
藤堂君の顔は夕焼けに照らされ、赤くなっていた。
「なんで授業中、私を見ているの?」
「え?」
「たまに、見てるよね?私、何か変なことをしてるとか?」
「はは。変なことって何?別に、何もしてないけど?」
「じゃ、なんで?」
「見てないよ。俺、窓の外見てるだけだし」
「……」
どうしてもシラをきるおつもりですか?
「窓の外を見ていると、視界に結城さんが入ってきちゃうんだ」
「…じゃ、私、邪魔?」
「え?」
「景色を見るのに、私がいたら邪魔なの?」
「…」
藤堂君は目を細め、それからクスって笑った。
「わかった。白状する。そう、結城さんのこと見てるよ」
ドキン。
「な、なんで?」
「……なんでって…、見たいから?」
え~~~。何それ!
「結城さんだって、たまに俺のこと見てるときあるよ?」
「え?」
ああ、見惚れている時?
「それと一緒だよ」
え?
「でも私は藤堂君に見惚れて…」
藤堂君は夕焼けに染まり赤くなっていた顔が、さらに赤くなり、
「うん。それと一緒」
と目を伏せてそう言った。
え?見惚れているってこと?私のどこに?!
わあ、なんだかいきなり心臓が高鳴りだした。
「…結城さん」
「え?」
あ…!また藤堂君がいきなり、頬にキスをしてきた。
きゃ~。また突然だった。……でも、頬にだった。
そういえば、この前も頬にだった。
…なんで?唇じゃないんだ。……どうしてかな。
私は頬を手で押さえ、下を向いたまま黙っていた。藤堂君はそんな私を見て、
「あ…。怒った?」
と聞いてきた。私は首を横に振った。
「……」
まさか、なんで唇じゃなくてほっぺなの?とは聞けないし…。
あれ?これじゃまるで、私は唇にキスをしてくれなくって、悲しんでいるみたいじゃないか。
いや、悲しんでるのかな。顔を近づけた瞬間、頬じゃなく唇にキスをされるかと思って、構えちゃったし。
「ここ、いいよね。なんか落ち着く」
「え?」
「結城さんといるから、落ち着くのかな」
落ち着くの?私はさっきからドキドキしてるよ?
「……藤堂君」
は!私今、何を聞こうとした?どうして唇じゃないのって、思わず聞きそうになった。だけど、それはさすがに聞けないよね。
「なに?」
「ううん、なんでもない」
私は作り笑いをして首を横に振った。
「……なに?」
藤堂君がまた聞いてきた。
「………」
私はさっきキスされた頬をまた手で押さえた。
「なんで、ほっぺ?」
ものすごい小声でそう聞いてみた。藤堂君は「え?」と言って、ちょっと私に顔を近づけ、
「何て言ったの?」
と聞き返してきた。
「なんでもない。なんでもないの」
私は慌ててまた、首を横に振った。
「……ああ、そっか。なんでほっぺなのかって聞いたのかあ」
聞こえてたんじゃない…。か~~~~。顔が熱くなってきたよ。
「それ、もしかするとなんで口じゃないかってことかな」
ドキン。ああ、そんなこと聞いてる私って、変だよね!私は真っ赤になり下を向いた。
「…だってさ」
藤堂君の声も小さくなった。私はちらっと藤堂君を見た。藤堂君も下を向いて、頭をぼりって掻くと、
「唇は、抵抗があるから」
とぼそって言った。
抵抗?!!抵抗って?!!!
「え?」
ちょっとショックなんですけど…。私の顔が引きつった。それを見て藤堂君は、
「あ、変な意味じゃなくて。その…、ものすごく照れるっていうか、いや、違うか。えっと、心臓があばれまくるっていうか」
と慌てて早口でそう言った。
「…」
それ、この前も言ってた。
「ものすごく、心臓に悪い…」
「そ、そうなんだ」
私は赤くなったまま、下を向いた。藤堂君も下を向き、顔をなかなかあげなかった。
あれ?じゃあ、頬にキスから先は進展しないってことかな。もしかして…。
「って言っても、その…、ほっぺにキスもかなり動揺しちゃうんだけど」
「え?」
藤堂君の言葉に私は顔をあげた。
「じゃあ、なんでしてるんだよって、言われそうだよね?」
「ううん」
藤堂君は私の顔を見てから、真っ赤になりまた下を向いた。
「なんか、俺、変だよね?」
「え?」
「うん。変なんだ。特に最近は隣になっちゃったし、毎日浮かれてるし」
「え?」
そうなの?そうは見えなかったけど。いつも落ち着いてるように見えてたけどな。
「学校に来るのが、嬉しいんだけど、朝からかなり緊張もしていて」
「え?」
「あ、いい意味で。その…」
緊張してるの?私の隣の席でってこと?絶対にそうは見えないんだけど。
「………。俺、たまにかなりずれてることしてたり、言ってたりしない?」
「しない」
「じゃあ、俺、結城さんに呆れられたり、嫌われるようなことは」
「してない」
「じゃあ、結城さんががっかりするようなこと」
「まったくないけど?」
「よかった」
うそ。そんな心配をしていたの?だから緊張?
「……ほんと、隣にいても、俺、手塚が言うように口数少ないし、結城さん、つまらない思いしていないかなとか、ちょっと気になってた」
そうなの?
「メールも、あまり頻繁にできないし。結城さんはくれるのに…。ごめんね」
「ううん」
よかった。こっちこそ、しつこくないか心配だったんだよね…。
「気にしないで、藤堂君」
「え?」
「いつもと同じで大丈夫だよ」
「…俺?」
「うん。いつもと同じ藤堂君でも、私好きだよ」
「…!」
藤堂君がまた、赤くなった。
あ、私ってば、また大胆発言してるんだ。
「そ、それにまだまだいろんな藤堂君を知っていきたいし」
「…うん」
藤堂君はまだ真っ赤だ。
「あ~~~~。熱い、顔…」
藤堂君はそう言うと、窓の外を見てしばらく黙り込んだ。
「結城さん」
「え?」
「本当は、その…。ほっぺじゃなくて唇にしたいって思ってたんだけど」
え?!
「心臓に悪いって言うのもあったけど」
「うん」
ドキドキ。何?
「結城さんにまた泣かれたり、嫌がられる方がちょっと、心配でさ」
「え?」
「……」
藤堂君はゆっくりとこっちを向いた。
ドキドキ。ど、どうしよう。
「私、あの時泣いたのは」
「キャロルが原因?」
「うん」
「…嫌がってたわけじゃない?」
「うん」
ああ、だから、こんなことを言ったら、催促してるみたいに聞こえちゃうよ。
でも、催促してるのかな、もしかして。
藤堂君は私の頬に手をそっと当てた。
ドクン!もしや、キス…?
ゆっくりと藤堂君が顔を私に近づける。
うわ。ドキン!やっぱり、そうだよね。バクバクバク。私の心臓のほうが持たないよ。
ギュ!思わず私は目をぎゅってつむった。心臓が口から飛び出そうだ。だから、口も堅く閉じた。
ふわ…。固く閉じた唇に、藤堂君の唇が重なった。
う~~わ~~~。この前はほんの少し触れただけだったのに、今度はちゃんと唇の感触がある。
1、2、3秒?そっと藤堂君が唇を離した。それから私の頬から手も離し、そしてまた窓の外を見てしまった。
私はそんな藤堂君の背中を見ていた。どうしよう。やばい。泣きそうだ。泣かないって言ったのに。
ドキドキドキドキ。心臓がずうっと高鳴ってる。高鳴りすぎて泣きそうだ。
まだ藤堂君の唇の感触が、私の唇に残っている。頬には藤堂君の手のぬくもりが残っている。
どうしよう。本当に胸の高鳴りがおさまらない。ドキドキドキドキ。藤堂君の背中が愛しすぎて、背中にまで恋をしそうだ。
藤堂君がゆっくりと振り返った。私は藤堂君の顔がまともに見れなかった。
「結城さん」
名前を呼ばれても、返事もできない。
両手で私は顔を覆った。手で触ってもわかる。頬が熱い。
「結城さん?」
藤堂君が心配そうに名前を呼んだ。
「違うの…」
「え?」
「違うから。泣いてるんじゃないの。嫌がってもいないし」
私はなんでだかわからないけど、そんなことを言った。きっと藤堂君が誤解しないようにするために。
「う、うん」
藤堂君はちょっと戸惑ったようにうなづいた。
「ただ…、ドキドキがおさまらなくて」
「俺もだ」
え?
「さっきからドキドキしてる」
藤堂君も?
「……やっぱ」
「え?」
「結城さんのこと、すごく好きみたいだ」
ドキン!
わ~~~。私の顔がもっと熱くなる。
「そ、そ、それは、私も」
か~~~。もっと赤くなってる、きっと。
藤堂君の目を見てみた。藤堂君は私をじっと見ている。
ドキン。目が合った。あんまりじっと見られているから、恥ずかしくなり目を伏せた。胸はますます高鳴りだした。そして、なんでだか知らないけど、私は勝手に口が開き話し出していた。
「私も、藤堂君のことが、めちゃくちゃ好きみたいで…」
恥ずかしいくせにそんなことを口にしている。
「本当に?」
「うん」
「……ほんとに?」
藤堂君は2回も確かめた。
「……」
私は2回目はうなづかず、藤堂君の目を見た。それから、
「きっと大好きだから、こんなにドキドキするんだと思う」
と目を見ながらそう言った。
藤堂君も目をそらさなかった。そして、今度はなぜか吸い寄せられるようにキスをしていた。
唇を離すと、藤堂君は下を向き、
「やばいね…」
とつぶやいた。
やばい?何が?
「キス…。ほっぺじゃなくなった」
ドキン。
藤堂君の「やばいね」には、もっと奥深い意味があるような気がして、私はそれからもずうっとドキドキがおさまらないでいた。




