第5話 後悔
駅に着いた。
「結城さんはどっち方面?」
「私は、藤沢」
「俺、江の島なんだ。それじゃ逆方面だね」
「え?江の島なの?」
まさか、聖先輩の家の近く…とか。
「うん。海より離れたところに住んでるけどね」
「そ、そうなの」
「…中学は聖先輩の後輩だよ」
「え?あれ?じゃ、美枝ぽんも」
「あ、そうだね」
「そうなんだ」
なんだ~。美枝ぽん、教えてくれなかった。
「…聖先輩のファン?」
「私?!」
うわ。声がひっくり返った。
「去年、聖先輩のライブのさなか、声かけちゃってごめんね」
「え?」
ああ、あの時。
「ううん。アンコールには間に合ったし」
「やっぱり…」
「え?」
「ライブ、見たくてそわそわしてたんだ」
あ、気が付いてたの?
「言ってくれたらよかったのに…。ライブ見たいから、話聞けないって」
「…」
だって、腕をつかまれてたし。言えなかったよ…。
「…今度、先輩の店行ってきたら?」
「聖先輩の家のこと?」
「そう」
「勝手に行っていいの?」
「いいんじゃないの?客としてなら」
「そ、そうだよね」
ゴクン。うわ、生唾が出た。
「電車来たよ」
「あ、本当だ。じゃ」
「うん、明日またね」
「…うん。明日ね」
私はそう言って、来た電車に駆け乗った。
「ドアが閉まります」
アナウンスが流れ、ドアが閉まった。ガタン、ガタン。電車が走りだした。私はずっと窓から、ホームで立っている藤堂君を見ていた。
知らなかったな。藤堂君って、あんなふうに笑うんだ。
それから、声、いつも穏やかだよね。
それに、線が細いかと思ったら、腕とか筋肉質なんだ。あ、そうだよね。弓道ってきっと、筋肉つくよね。
それから、藤堂君の目。どうしていつもあんなに、涼しげなんだろう…。
ガタン、ガタン。ホームも見えなくなり、私は空いてるシートに座った。
ガタン、ガタン。電車の音とともに、胸がドクンドクンって言ってる。これ、私の胸の鼓動だよね。電車が揺れてるからじゃないよね。
いつの間にか、私は、さっきの会話を頭で繰り返していた。藤堂君の声や表情、仕草までも。
翌朝、教室の前で私は、しばらく佇んでいた。昨日、話をしにきたらいいじゃないかって言われた。でも、なんだか、どうやって話しかけていいかもわからない。
ゴクン。思い切って、私は教室に入った。
「おはよう!穂乃ぴょ~~ん」
「え!」
いきなり、元気にそう言ってきたのは麻衣だ。すると麻衣の横にいた沼田君が、
「なに?その穂乃ぴょんってのは」
と興味津々で聞いてきた。
「美枝ぽんがつけた、穂乃香のあだ名」
麻衣が教えてしまった。
「あははは。穂乃香だから、穂乃ぴょん?八代なら言いそう!」
思い切り、沼田君が笑った。その横で涼しげな眼をして、藤堂君がこっちを見ている。
「お、お、お、おはよう」
引きつりながら、藤堂君に言うと、
「おはよう、穂乃ぴょん」
と言われてしまった。
「うそ!藤堂も穂乃ぴょんって呼んでるの?じゃ、俺もそう呼ぼうっと!」
え~~~!!なんでそうなるの?
「穂乃ぴょ~~~ん」
沼田君がそう呼んできた。ああ、絶対にからかってるな、これ。
「麻衣ちゃんは、麻衣ぴょん?」
沼田君がそう麻衣に聞くと、
「そう呼んだら、痛い目にあうよ」
と麻衣が沼田君をにらみつけた。
「こえ!こえ~~~、麻衣ちゃん」
「ちゃんづけも、鳥肌立つんだから」
「え~~。じゃ、麻衣って呼んでいいの?彼氏に怒られない?」
「じゃあ、名字で呼べば?」
「そんな~~。他人行儀な…」
「他人でしょ?」
そんな会話を繰り広げている横で、やっぱり藤堂君は涼やかに笑っている。
「麻衣ってさ、男勝りだよね」
沼田君が言った。
「でも、穂乃ぴょんはさ、そんな感じしないよね。どっちかって言うと、女らしいし」
私がっ??!!!!
「え?穂乃香のどこが?」
麻衣も驚いてそう聞いた。
「え?なんだか、そんな雰囲気あるじゃん。髪もロングで黒くて、手足長くて細くて。おとなしくて、絵描いてるんだろ?麻衣とは全然違うタイプじゃん。なのに仲いいんだね」
「わ~~るかったわね。男勝りで。でもね、そんな私と気が合う穂乃香も、けっこう男っぽいの」
「へ?どこが?」
沼田君が聞いた。
「この子、まず、ピンクのものとか持たないし、可愛いスカートとか絶対に履かないし、キャラクターものの文具とかも、絶対に持たないんだよね」
「なんで?」
今度は私に沼田君が聞いてきた。
「それは、に、似合わないから」
私がそう言うと、
「え?なんで?なんで似合わないって思うの?」
とまた、沼田君がしつこく聞いてきた。
「似合わないよ。確かに」
そう麻衣がずばって言った。
「あれ、友達なのに、そんなこと言っちゃう?」
沼田君がそう言って、藤堂君を見た。藤堂君は、うんともすんとも、さっきから何も言わない。
う…。やっぱり、私のこと、もう興味も何もないのかな。
「あ、でもそうね。穂乃香、確かに女らしいもの似合うかも」
「え?どんな?!」
沼田君が聞いた。
「浴衣。それも、紺とかで渋い柄の…。去年の夏の花火大会、それできたよね?あれ、似合ってたな~~」
「そ、そうかな。麻衣も芳美も可愛い浴衣で、私、一人で老けてて嫌だったけどな」
「いや!私が男だったら、ぐらっときてたよ」
「まじで?え~~。見たかったな!今年も着てきてよ」
沼田君がそう叫んだ。
「だからさ、みんなで花火観に行こうぜ」
「いかな~~い。彼氏と行くもん」
「そうだった!こんな男勝りなのに、彼氏持ちだったんだ。麻衣は!」
沼田君がまたそう叫んだ。
「3人で行けば?」
麻衣が私たちを見てそう言った。
「え?え?3人って?」
この3人?
「じゃ、美枝ぽんも連れて行けば?」
私が驚いたからか、麻衣がまたそんなことを言った。
「え?じゃ、4人?」
私がもっと慌てていると、
「いいね。ダブルデート!で、どうくっつくわけ?俺と、誰?」
と、沼田君がにやにやしながら聞いてきた。
「…沼田」
藤堂君がようやく口を開いた。
「なに?」
「俺、花火大会とか、人がやたら集まるところ苦手なんだ。だから、この話はパス」
「お前行かないの?」
「行かないよ」
藤堂君が、無表情な顔でそう言った。
「じゃ、俺と穂乃ぴょんだけで行く?あれ?それじゃ、デートになっちゃう?」
「…」
沼田君の言葉に、私は固まった。
「沼っち。穂乃香って、男と2人とか苦手だから、2人は無理だよ」
ああ、ナイスフォロー。麻衣~~。
「そうなの?男子苦手なの?」
「彼氏にでもなれば、別だろうけどね」
麻衣がそう続けた。
え?か、彼氏?!!!
「それ、俺と穂乃ぴょんが付き合うってこと?」
「そうなったら、2人で花火大会でもなんでも、行けるでしょ?」
「…」
沼田君が黙り込んだ。私も何も言えず、黙った。そしてちらっと藤堂君の反応を見ようとした。だけど、藤堂君はもう自分の席に着いてしまっていて、顔も見れなかった。
とぼとぼ…。私は自分の席に着いた。
「おはよう、穂乃ぴょん。なんか、盛り上がってたね」
「おはよう」
前の席にすでに座っていた美枝ぽんが、くるっと振り向いてそう言った。
「はあ…」
「あれ?なんでため息?何か嫌なことあったの?」
「え?ううん。別に」
本当だ。なんで私、暗いのかな。
窓から桜の木を見た。ああ、今日も黄緑色の葉っぱたち、可愛い。だけど、日に日に大きくなり、色も濃くなってきている。
ずっと、あのままの可愛い色をしていないんだね。桜の花が散るように、どんどん変化していくんだ。そんなことを感じながら、私は桜の木を見ていた。
いつか、藤堂君には好きな子ができるんだろうか。
ズキン!
え?なんで胸が痛むの?
もう、いったいなんだって言うんだ。これ…。
その日、英語の授業で藤堂君があたり、教科書を読まされていた。驚いたことに和男子の藤堂君は、すごく綺麗な発音で、とても流暢に読んでいる。
ぼけっとしながら、それを聞いていた。
それから、国語。また藤堂君があたった。藤堂君が席を立ち、いい声で教科書を読みだした。
ああ、声まで涼しいってすごいよなあ。
藤堂君って、いつも落ち着いてる。動揺したり、頭に来たりすることってないのかな。そんなことを思いながら、藤堂君をぼお~~っと見ていた。
「よし、じゃ、続きは沼田」
先生に沼田君が当てられた。
私は何気に沼田君を見た。すると、視線を感じ、私は目線を変えた。
あ!藤堂君と目が合った。なんで?こっちを見てた?
藤堂君はすぐに目線を教科書に戻した。
「…」
私を見ていたわけじゃないよね。
ドキン。うわ。なんだ、この胸の高鳴り。
やっぱり、変だ。私は変になってる。
絶対に、変だ!
ガク…。疲れ果て、お昼休み、食堂で私はうつっぷせていた。
「穂乃ぴょん、ここいい?」
と陽気な声で聞いてきたのは、沼田君だ。
「え?ここ?」
でも、美枝ぽんも一緒だけど…。
「ども!八代さん」
「沼っち、穂乃ぴょんのこと気に入ったの?」
ヌマッチ?!美枝ぽんもそう呼んでるの?
「うん、そう、いいじゃん、このあだ名。八代さんがつけたんでしょ?」
「美枝ぽんでいいよ」
「…いいの?」
「うん、別にいいよ」
「じゃ、美枝ぽん。司っちも一緒にいい?」
「いいよ。藤堂君、同中だし」
「あれ?そうなんだ」
「うん」
え?ツカサッチって、藤堂君のこと?っていうか、藤堂君も来るの?あ、本当だ。こっちに来た。
「司っち!ここ、ここ!」
沼田君がそう言って、藤堂君を呼んだ。
「なに、その司っちって」
「いいあだ名でしょ?俺は沼っちでいいよ」
「…。沼田って呼ぶよ」
「本当に司っちってさ、硬いよね。中学からこう?」
沼田君が、美枝ぽんに聞いた。
「うん、多分、でも私も、話したことあまりないから知らない」
美枝ぽんは、ちょっと冷めた口調で言った。
「へ?そうなの」
「だって、藤堂君って、女子とほとんど話さなかったもん」
「そうなの?じゃ、何?彼女とか」
「いないよ」
藤堂君がぼそってそう言った。
「は~~、それで何?高校入ってやっと好きになった子にも、ふられちゃって、そりゃ悲しい青春だね」
「え?!ふられたの?!」
美枝ぽんが驚いて、お箸を落としている。
「そう言ってたよ」
と言った沼田君に藤堂君は、まったく表情を変えず、
「誰から聞いた?」
と低い声で聞いた。
「え?お前と同じクラスだった鈴木だよ」
「…あいつが?」
「誰にふられたかは、あいつも知らないって言ってたけど」
「…」
藤堂君は黙り込み、下を向いた。私もどうしていいかわからず、下を向いた。
「あ、あのさ。藤堂君には藤堂君の良さがあるけど、それをわかってくれなかっただけだよ。わかってくれる人、現れるって」
美枝ぽんがそう言って、藤堂君を慰めた。
「そ、そうだよな。うん。お前の青春はこれからだ」
そう沼田君も言って、藤堂君の肩をぽんとたたいた。
「…」
藤堂君は何も言わないで、まだ目を伏せている。
つん。美枝ぽんが私の腕をつついた。それに、沼田君も私を見ている。
え?なんで?!私がふったってこと、ばれたの?
「穂乃ぴょんも、何か言ってあげたら?」
「え?」
「そうだよ、慰めの言葉か何かをさ」
沼田君も小声でそう言った。でも、もちろん、今のも藤堂君に丸聞こえだ。
「…」
ふった当の本人が、どう慰めたらいいんだ。
「俺、弓道部のやつに用があった。悪い。あいつらと食べるよ」
藤堂君はそう言って、席を立って行ってしまった。
「あ~~~。沼っちのあほ」
美枝ぽんが藤堂君が去ってから、そう言って沼田君を睨んだ。
「デリカシーってものがないよね。藤堂君、まだきっと立ち直れてないんだよ。すっかり意気消沈してたじゃない」
「わりい、あとで謝る」
そうかな。立ち直れていないわけじゃないと思うな。きっと、私のことを気遣ったか、それか、その逆で、私がいるのが嫌だったからか…。
「藤堂君、私の好みではないけどさ、けっこう、イケてると思うんだけどね。ね?穂乃ぴょん」
「え?!」
「相手がきっと、藤堂君の良さをわかってあげられないような女だったんだよね」
「…うん」
美枝ぽん。その通りだよ。私はあの時、藤堂君の良さなんて、これっぽっちも知らなかった。
ズン…。また、気持ちが沈んだ。ああ、あの時、友達ならって言ってOKすればよかった。そうしたらきっと私、藤堂君の良さ、わかっていったのに。
「忘れてくれていいから」
藤堂君から言われた言葉は、気まずい気持ちを軽くするどころか、私を後悔でいっぱいにさせるものになっていった。




