第46話 いきなりのキス?!
今日は、藤堂君と鎌倉に行く日だ。昨日から私はうきうきわくわく。昨夜は藤堂君からメールが来て、時間や待ち合わせを決めてくれたり、それだけじゃなくって、どこに行きたいかもいろいろとメールしあって、決めたりもした。
今回は普通にジーンズを履いた。歩くかもしれないからスニーカーにした。可愛くもなければ、色っぽさもないけど、かえってこういう格好のほうが私は楽でいられる。
藤沢の駅で待ち合わせをした。今日も私は、10分も前に着いてしまった。
ドキドキ。わくわく。2回目のデートだ。今日も手、つなげるのかな。
そうだ。写真撮りたいな。2人でなんて撮れないよね。まだ藤堂君の写真って持っていないし、写メでもいいから撮れたらいいな。
5分前、藤堂君がやってきた。改札を抜け私を見つけると、例のごとく藤堂君は鼻の横を掻きながら、
「…結城さん、早いね」
と照れくさそうにそう言った。
「藤堂君も…」
くす。藤堂君がちょっと耳を赤くして、照れながら笑った。
「じゃ、行こうか」
電車に乗り私たちは鎌倉の駅に着いた。
さすが人がいっぱいいる。
「天気良くて、良かったね」
藤堂君がまた微笑みながらそう言った。ああ、今日はいっぱい可愛い笑顔を向けてくれる。嬉しいな~~。
今日の藤堂君は、Tシャツにジーンズだ。シンプルな恰好なのに、どこか品がある。やっぱり藤堂君は、育ちがいいのかもしれない。
「まず、どこに行く?小町通りを抜けて八幡宮に行ってみる?」
「…うん」
ん?待てよ。八幡宮って言ったら、恋人と行くと別れるとかいうジンクスってなかったっけ?
う~~ん、でもそんなのきっと嘘嘘。信じなかったら、そんなことにはならないって。うん。
なんて思いながらも、やっぱりよそうかとか、あれこれ頭の中を駆け巡りだした。だけど、藤堂君はどんどん小町通りの人ごみの中を突き進んでいく。
「ちょっとこっちの道に入ろうか。人ごみすごいからさ」
藤堂君はそう言うと、細い道に入って行った。あ、そうか。人ごみ嫌いなんだっけ。私は藤堂君のあとを必死で追った。
「あ…。ごめん、また俺、早足になってたね。そうだ。手、つなごうか?」
え?!!手?!
「う、うん」
私がゆっくり手をさしだすと、藤堂君はさっさと手をつないできて、
「これで人ごみでも迷子にならないで済むね」
と言ってにこっと笑った。
あれ?この前はすごく照れていたのに、なんで今日は違うの?と思いつつ、藤堂君を見ると、やっぱり藤堂君の耳は真っ赤になっていた。
なんだ、照れてるんだ…。
藤堂君は前を向き、さっきよりもゆっくりと歩き出した。私は藤堂君の手のぬくもりを感じながら、ドキドキしながら歩いていた。
ドキン。ドキン。2人の間には会話何てないけれど、でも、この瞬間が幸せでずっと続いたらいいなって、私はうっとりとしていた。
八幡宮に着いた。大きな銀杏の木がずいぶんと前に倒れたって、祖母から聞いたことがある。
そういえば、祖父と祖母は、鎌倉の近くに住んでいたらしく、よく八幡宮にも来ていたって言ってたっけ。それでもずっと仲のいい夫婦なんだから、別れるなんてジンクス、嘘っぱちだよね?
藤堂君と私は八幡宮の奥へと進んでいった。するといきなり、
「ツカサ~~~!」
という雄たけびに近い声が聞こえてきた。
「え?」
私はびっくりして、藤堂君の手を思わず振り払ってしまった。
「ツカサ!鎌倉キタノ?スゴイ偶然ネ!」
あ、金髪の外人。もしかして、この人がキャロルさん?!って一歩引いたところで見ていると、いきなりキャロルさんが藤堂君に抱きついて、藤堂君の両頬をつかみ、思いっきりキスをした。
え~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!?????
「やめろ。キャロル!ここは日本なんだから、そういう挨拶はやめろっていつも言ってるだろ!」
藤堂君がキャロルさんを自分から引きはがし、かなりきつい口調でそう言った。でも、キャロルさんは笑いながら、
「ツカサ、マタ照レテル」
と英語なまりの日本語でそう言って、また藤堂君に抱きついてしまった。
「…………」
駄目だ。思考回路止まった。目の前で思い切りキスはするわ、抱きつくわで、私はどんなリアクションを取ったらいいかもわからない。
「キャロル!誰?その人。彼氏~~?」
2人の女の子が走ってやってきて、キャロルに聞いた。
「ノー!彼氏じゃなくって、ボーイフレンド」
「だから彼氏でしょ?紹介して!」
「ノー。友達、ツカサハ友達。私、アメリカニ、フィアンセイルカラ」
「え?フィアンセ?え~~~?」
女の子二人がのけぞった。でもまた、
「友達なのに、そんな抱きついたりキスしたりしちゃうの?」
と目を丸くしてキャロルさんに聞いた。
「イツモシテル。デモイツモツカサ、照レテ嫌ガル」
い、いつもしてるって言った?!
だ、だ、だ、…駄目だ~~~~~。心が折れた。
今もまだ、藤堂君の腕にひっついて、キャロルさんは離れようとしない。
「ツカサ。紹介スルネ。敏美ト博子。学校ノ友達」
「こんにちは。わ、しょうゆ顔でかっこいい」
「こんにちは。あの、彼女いるんですか?」
その女の子たちが聞いた。藤堂君はむすっとして、キャロルさんの腕をひっぺがすと、
「彼女いるよ。ここに」
と私のほうを向いた。そして私の手を取ると、
「キャロル、紹介する。俺の彼女」
とぶっきらぼうにそう言った。
「え?」
2人の女の子は固まった。でも、キャロルさんが目を輝かせ、
「ツカサ、彼女イタノ?!」
と大きな声で藤堂君に聞いた。
「……」
私はずっと引きつっていた。
「いるよ。だから、もうあんなふうに抱きついてきたりするなよ。日本じゃああいうことは、恋人同士しかしないんだから」
「ツカサノ彼女!キレイナ人ネ、ツカサ!」
キャロルさんは私を見降ろしてそう言った。きっとキャロルさんは170センチはあるだろう。
「俺の話、聞いてたか?」
藤堂君がそう言うと、キャロルさんは藤堂君を見て、
「ツカサト彼女モ、一緒ニ鎌倉見学シヨウ」
と言い出した。
「だから、キャロル!」
藤堂君は苛立ちながらそう言ったが、キャロルさんは全く聞く耳も持たず、なぜか藤堂君と腕を組んでいる。
「わ…、私…」
駄目だ。ひるんだ。藤堂君と一緒に歩くのもかなりきつい。
さっきのキスが目に焼きついて、キャロルさんの顔も、藤堂君の顔も見れない。それに何より、今、泣きそうなくらいショックを受けている。このままだと、本当に泣いてしまう。
クル。私は後ろを向いて、早足で歩き出した。
「結城さん?」
藤堂君が私を呼んだ。キャロルさんも、
「ドウシタノ?一緒ニ行カナイノ?」
とまた英語なまりの日本語で聞いてくる。でも、私は返事もせず、どんどん反対方向に向かって歩き出した。
「キャロルがキスなんかするから、怒ったんだよ。当たり前だよ」
という敏美さんだか、博子さんだかわからないけど、そんな声が後ろから聞こえた。
「結城さん!」
それに藤堂君の焦った声も。
「待って。俺も一緒に行くよ」
「いい」
「え?」
「キャロルさんと一緒に見学していい」
私はなぜか、そんな言葉を勝手に言っていた。
「結城さん?怒ってる?」
藤堂君が私の横で、一緒に歩きながらそう聞いてきた。私はブルブルと首を横に振った。
怒ってない。だって、藤堂君は悪くない。キャロルさんだって、あれがアメリカ式の挨拶だって言うなら、悪気はないはずだ。誰も悪くない。
ただ、私がお子ちゃまなだけだ。藤堂君とキャロルさんのキスを目の前で見て、ショックを受けてるだけだ。
ああ、やっぱり涙が出てきた。どうしよう。泣いているのを知られたくない。私は藤堂君のほうを見ないようにして、早足で駅に向かって歩き出した。
「結城さん、どこに行くの?」
「帰る」
「え?」
「今日は帰る…」
「うそ」
藤堂君の言葉も聞かず、私はずんずん先へ先へと歩いた。人が行きかっている道に出た。時々人とぶつかりながらも、私は来た道を逆方向へと歩いていた。
藤堂君はもう何も言わず、ただ私の速度に合わせ、黙って歩いている。
駅の前に来た。私はカバンからバスモを出そうとした。でも、動揺していてなかなか出てこない。
「本気で帰るの?」
藤堂君はそんな私を見て、ぼそって聞いてきた。私は黙ってうなづいた。
「俺、まだ結城さんと別れたくないな」
……え?
別れる?
嘘。ここで私が帰っちゃうと、藤堂君とは別れることになっちゃうの?
私の頭の中で、八幡宮のジンクスがグルグルとまわりだし、ああ、八幡宮になんか行かなかったらよかったという思いが、どんどん大きくなっていく。
顔から血の気が引いた。でも、なぜか手はカバンからパスモを取り出していた。
いいの?私…。ここで帰っちゃっても。
「結城さんは、今日のこと楽しみにしてなかった?」
「え?」
「俺はすごく楽しみにしてた。まるまる1日、結城さんといるつもりで来たし、こんなに早く別れたくはないな…」
え?
あれ?
もしかして、今日のことを言ってるの?別れるって…。
なんだ。私はいきなりほっとして、体の力が全部抜けたようになった。
「…ひっく」
そして張りつめていた糸が、切れたようだ。
「ゆ、結城さん?」
ああ、泣かないように我慢していたのに、涙が止まらない。
駅前は人がたくさん行きかっていて、泣いている私をみんなが振り返って見ている。いけない。これじゃ、藤堂君が泣かせてるみたいになってる。
ううん。泣かされたのか。
いや、違う。やっぱり勝手に私が泣いているだけで…。こんな人ごみの中で泣いたりしたら、藤堂君に悪い。
私は泣きながら、歩き出した。駅前から歩き出すと線路の下に道があり、線路の反対側に行けるようになっていた。私はその道を歩きだし、そのまま駅の向こうへと行った。そしてなんとか人ごみから抜け出し、細い路地に入った。
藤堂君は黙って私のあとをついてきた。そして私が立ち止まると、いきなり頭を下げ謝ってきた。
「え?」
なんで謝ってるの?
「キャロルのあれだよね?いきなりのキスとハグ…。それで泣いてるんだよね?」
コクン。私はうなづいた。
「ごめん。キャロルには本当にいつも言ってるんだけど…」
いつも、あんなに勢いよく抱きついて、あんなに思い切りキスしてくるの?
チュ。なんて軽いもんじゃなかった。藤堂君の両頬を掴んで、思い切り唇を重ねていた。
ショックだ。まだショックだ。駄目だ。もっと涙が止まらなくなった。藤堂君が私の真ん前で、おろおろしながら困っているのがわかる。だけど、泣き止むこともできず、私はそのまましばらくひっくひっくと泣いていた。
「結城さん」
藤堂君が時々小さな声で私を呼ぶ。でも、返事もできない。
「……」
そのあと、藤堂君が小さくため息をつく。ああ、こんなに泣いて、呆れているのかもしれない。もう、泣き止まないと。
必死で涙を止めて、手で涙をふいた。
「あ、これ、使って」
藤堂君がジーンズのポケットから、ハンカチを出した。ポケットにちゃんとハンカチが入ってるんだ。
私はそれを受け取り、黙って涙をふいた。
「泣き止んだ?」
ううん、でも、無理やり止めた。だから、喉が痛いし苦しい。でも、黙ってうなづいた。
「ごめん…」
藤堂君はまた謝った。私は黙って、首を横に振った。
「と、藤堂君のせいじゃないから」
それだけ言うと、また涙が出そうになり、必死にこらえた。
「…結城さん?」
ドキン。泣くのをこらえているのがばれた?私は藤堂君に顔を見られないよう、思い切り下を向いた。
「ショックだった…?」
「う、うん」
「だよね…。もし俺が逆の立場だったら、やっぱりショックだろうし、いや、頭に来て、ブチ切れてるかな」
え?
「たとえば、相手が柏木だったりしたら、一発か二発、ぶんなぐっているかも」
「…」
私は顔をあげて藤堂君を見た。すると、私の顔を藤堂君は思い切り覗き込んだ。
ドキン。うわ!顔、近い!
「ごめん、泣かせた…」
藤堂君は目を細めそう言うと、顔を私の顔から離した。
あ、ああ。驚いた。キスをしてくるのかと思った。
バクバク。心臓がいきなり早くなった。
「ごめん…」
藤堂君がまた謝った。
「わ、私、やっぱり帰る」
「え?」
「今日は、私、きっと1日こんなだろうし、かえって藤堂君に悪いから」
「…俺に?なんで?」
「沈んで、落ちこんで、とても明るくできないから」
「……」
「ごめんなさい」
私は頭を下げて、歩き出そうとした。すると藤堂君は私の手を取って、私を引き寄せた。
え?
うわ!
私、藤堂君の胸にくっついちゃってる?っていうか、藤堂君、私のこと抱き寄せちゃったの?!
「…帰したくないな」
え?
「まだ一緒にいたいな」
え?え?
「どうしたら、落ち着く?明るくなれる?」
「……」
「ショックから立ち直れる?」
そ、そんなこと言われても。あ、駄目だ。藤堂君の胸が真ん前にあって、胸がドキドキしちゃって、顔が熱くって…。
「………」
藤堂君は黙って、私を引き寄せたままじっとしている。私の胸の鼓動は、どんどん早くなるばかりだ。きっとこのドキドキは、藤堂君にも伝わっているはず。
「結城さん…」
藤堂君はすごく小声で私の名前を呼ぶと、私の顔に顔を近づけた。
え?
ドクン!
うわ。うわわわわわ。
きゃ~~~~~。今、唇に、藤堂君の唇が触れた~~~~!!!!
一瞬だった。かすかにだった。でも、今の、キス…だよね!?
私のファーストキスだよね?!
バッ!私は藤堂君からはねのけ、下を向いて固まった。ドキドキドキドキ。心臓がもっともっと早くなる。
「怒った?」
藤堂君が聞いてきた。私は下を向いたまま、グルグル首を横に振った。
「……」
藤堂君は黙ったまま、じいっと私を見ているようだ。視線だけを感じる。その視線ですら、私の胸の鼓動をもっと早くさせる。
「……なんか、やばいな」
藤堂君の小さなつぶやきが聞こえた。
「全然、違う」
というつぶやきも。
え?何が?何が?!何が違うの?
私はいきなり気になってしまい、藤堂君を見た。でも、今度は藤堂君のほうが顔を背けていて、藤堂君の顔を見ることができなかった。




