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第45話 知らなかった藤堂君

 私ってもしかして、藤堂君のことをあまりよく知っていないのかもしれない。と、思ったのは、キャロルさんの出現だけじゃない。他にもいろいろと、知らないことが多かったんだって、最近思い知らされている。


 たとえば、藤堂君と沼田君との会話。彼らがなぜ仲がいいのか、最近よくわかった。好きな映画のジャンルや、音楽の趣味が本当によくあっているんだ。

 それを横で聞いていても、私はちんぷんかんぷんだ。


 それから、なんであんなに藤堂君は、みんなに怖がられているのかなって不思議だったけど、それもだんだんとわかってきた。藤堂君は本当に、怖いのだ。

 あ、切れると怖いとか、そういうんじゃなくって、理不尽なことをしている人や、そういうことを言ってる人に対して、けっこうズバッと言いたいことをしっかりと言っているのだ。


 それは先生に対してもだし、平気で先輩にでも言ってしまう。だけど、理にかなっていることだったり、しっかりとしている発言なので、誰も文句が言えないでいる。

 それを評価している先生や、先輩も多くて、担任の先生はかなり、藤堂君のことを気に入っている。

 

 弓道部の顧問や部長が、藤堂君に一目置いているのもそのせいみたいだ。みんなが慕っているのも、藤堂君がすごく頼りになるからであって、けして藤堂君が言っているように、ぬけているからっていう理由ではないらしい。

 そんなことがわかったのは、弓道部のみんなと藤堂君が話をしているのを横で聞いていたからだ。


 中間試験も終わり、部活動が始まった。勉強会は一回だけで、あとは各自それぞれが勉強をしていた。それは私と藤堂君も一緒で、どちらからともなく一緒に勉強しようということはやめるようになっていた。


 昼休みに藤堂君のところに弓道部の部員や先輩が来て、話をしていることが最近多くなった。どうやらこの前の大会で先輩たちは引退をするらしく、これからの部のことであれこれ藤堂君に相談をしにやってきているようだ。


 今日もまた藤堂君の所に昼休み、弓道部の川野辺君がやってきて、藤堂君を連れて行ってしまった。

「藤堂君って、やっぱりどこかすごいよね」

 取り残された私は、そんな話をみんなにしていた。

「すごいって?」

 美枝ぽんが聞いた。


「先輩にすごく頼られてるの。それに先生にも一目おかれてるみたいだし」

「怖がられてるんじゃなくて?」

 美枝ぽんがまた聞いてきた。

「あはは。怖がられてないよ。司っちって、弓道部じゃみんなにすごく慕われてるよ?」

 沼田君が笑いながら美枝ぽんに答えた。


「沼田君は藤堂君のよさを、本当にわかってるよね」

 私がそう言うと、沼田君はえへんって偉そうに咳払いをして、

「まあね。だから友達してるんだけどさ、俺」

と自慢げに言った。


「そっか。沼っちは藤堂君の良さが分かっているのか」

「美枝ぽんはわかんないの?中学一緒でしょ?」

「…わかんないよ。話したこともなかったし。それにいつも、むすっとしてるし」

「…そうかな。見てるとけっこういろんな表情をしてて、面白いけどな」

 沼田君がそう言った。さすが!友達してるだけあるなあ。


「そういえば、司っちにあの外人のこと聞いた?」

 沼田君が聞いてきた。

「え?ああ、うん」

「穂乃ぴょん。私がキスのことばらしたって、藤堂君に言っちゃったの?」


「ううん。私からあれこれ聞きだしたっていうことになってるから、大丈夫だよ」

 美枝ぽんが真っ青になったから、私は慌てて美枝ぽんに言った。

「美枝ぽん、そんなに司っちが怖いなら、外人の女の人がキスしただなんて、穂乃ぴょんに言わなかったらよかったのに」

 麻衣がぼそってそう言った。美枝ぽんはそれを聞き、また青くなった。


「ごめん。私もあとでそう思った。でも、ついどうしても、話したくなったっていうか、口が滑ったっていうか…。こういう話をするのが元来好きだからかなあ」

「人が困るところを見て楽しむってところあるもんね、美枝ぽんは」

 沼田君がそう美枝ぽんに言った。


「あ、沼っち、そんなふうに思ってたの?」

 美枝ぽんがまたショックを受けたっていう顔で、沼田君に聞いた。

「……小悪魔的なところあるじゃん?」

「そういうところまで魅力なんでしょ?」

 沼田君の言葉に麻衣が突っ込みを入れた。


「う、まあ、そういうことだけどさ」

 沼田君が真っ赤になりながらうなづいた。

「え?」

 美枝ぽんまでが真っ赤になった。

「だけど、穂乃香のことまで困らせたりしないようにしてね。この子は他の子と違って、うぶなんだから」


 う、うぶ?

「うん。ごめんね、穂乃ぴょん。まさか挨拶のキスくらいで、そんなに暗くなるとは思ってもみなかった」

 うそ。そうなの?これが沼田君だったら?やっぱり美枝ぽん、落ち込まない?

 って喉まで出かかったけど、そこに藤堂君が戻ってきて、私は口を閉じた。


「司っちって、次期部長だっけ?」

 麻衣が聞いた。

「いや、部長はさっき来た川野辺だけど?」

「え~~。そうなの?やけに最近、弓道部の人が司っちの所に来るから、司っちが部長になるのかと思っちゃった」


 麻衣の言葉に一瞬、藤堂君は眉をしかめた。

「俺、そんな器じゃないよ」

 うそだ。部長の器、超えちゃってるって。

「みんなを引っ張っていったり、一つにしていくような力量ないし」

「…でも、藤堂君が部長になったら、みんな引き締まりそうだけどね。怖くって」

 美枝ぽんがそう言うと、無言で藤堂君は美枝ぽんを見た。


「あ、こ、怖いんじゃなくって、えっと、真面目で…」

 美枝ぽんは藤堂君の顔色を気にしながら、必死に言いなおしている。

「部長にならなくても、藤堂君が部にいるだけで、部全体が引き締ってるよね」

 私がそうぼそって言うと、藤堂君は今度は私を見た。


「怖くって?」

 美枝ぽんが小声で私に聞いた。

「え?ううん。違うよ。藤堂君って誠実で、まっすぐで、弓道を心から愛しちゃってるから。そういうのが部、全体に伝わって」

 私が美枝ぽんにそう言うと、藤堂君が照れたのか下を向いてしまった。


「穂乃ぴょん、さすがだね」

 沼田君が私を褒めた。そして麻衣までが、

「司っちの彼女してるだけあるよ」

とそんなことを言った。


「……」

 美枝ぽんは黙り込んで、そっぽを向いた。そして藤堂君はというと、耳を赤くしたまま、その場に立ち尽くしていた。


 放課後、麻衣はさっさとバイトだからと教室を出て行き、美枝ぽんは華道部に、沼田君は教室で男友達とじゃれあっていた。

 私はカバンを持って、藤堂君と一緒に廊下に出た。弓道部の部室は美術室の奥にあるので、美術室まで一緒に行くのがなんとなく二人の間で、暗黙のうちに取り決められていた。


「今日から弓道できるんでしょ?嬉しい?腕の傷、もう大丈夫なんだよね?」

「うん。医者の許可おりたから…」

 藤堂君は口数が少ないものの、嬉しそうに笑った。それだけで、嬉しいっていうのが伝わってきた。

「結城さんも、絵、はかどってる?」

「う、うん」


 確かに、最近は藤堂君を描いている時間が至福の時だ。ただ、柏木君が部に出ていなかったらの話。

 一回は気になった存在だった。だけど今は、なるべくかかわりたくないっていうのが本音だ。いまだに放課後は部に現れないけど、ずっと来ないのかどうか、わからないもんなあ。


「次の土曜日、部、休みなんだ」

「え?そうなの?」

「日曜には、先輩たちが最後の部に出てくる。そのあと引退のお祝いをする予定で、1年があれこれ買い出しに行くんだ」


「2年は?」

「当日に何をするか、相談したり…」

「藤堂君もその相談に行くんでしょ?」

「行かない」

「なんで?」


「だって、なぜだか知らないけど、カラオケボックスで相談するらしいから。結局、カラオケで盛り上がりたいだけなんだ。ほんと、適当だよね、みんな」

「……」

 藤堂君、カラオケ嫌いとか?


「当日司会は川野辺だし、盛り上げるのは他のやつらがするだろうし、俺はそうだな~。力仕事でもやらされるくらいかな~」

「じゃあ、土曜は…」

「うん。空いてるから、鎌倉に行こうよ」

「うん」


 嬉しいかも。

 キャロルさんのことで、いっとき変な風になっちゃって、そのまま中間テストに突入して、どうしようかって思っていたんだ。でも、ちゃんとデートのこと考えてくれてたんだな。


「そういえば…」

 藤堂君がふと顔をあげ、天井を見ながら思い出したかのように話し出した。

「?」

「最近、沼田と八代さん、変?」

「え?」


「なんとなくあの二人、お互いさけてない?」

 そういえばそうかも。放課後はさっさと美枝ぽん、部活に行っちゃったし。

「テスト中に何かあったのかな。あんまり俺も沼田と最近、話してないからわかんないけど」

「私も美枝ぽんから何も聞いてないけど…」

 何かな?喧嘩?まさかね。昼休みは別に普通に話していたしなあ。


 美術室に着くとドアの前で藤堂君は、

「じゃ、またあとでね」

とちょっと照れくさそうに笑い、そのまま廊下を歩いて行った。

 私はしばらく美術室に入らず、その後ろ姿を目で追っていた。

 あとでね…ってことは、もちろん一緒に帰れるんだよね。


 キャロルさんのことは、気にしないって決めた。藤堂君が気にしないでいいって言ってくれたんだから、もう気にしない。

 確かに、キスをしちゃったのかって思うと、胸がちくんと痛むけど、挨拶だし、握手をするのと一緒だよ、とかなんとか自分に言い聞かせている。


 さて、絵を描くとするか、と椅子に座った。するとそこに、柏木君がやってきた。絵を描く気が一気に失せた。どころじゃない。私は目を点にして柏木君を見た。

「久しぶり。元気?結城さん」

「そ、その髪、どうしたの?それに耳…」

「ああ、いいでしょ。似合う?」


 似合うも何も、なんでいきなり金髪?!それに耳にピアスまで!ど、どうしちゃったの?

「……」

 無言で柏木君を見ていると、

「俺のこと、気になる?」

とまた、そういうことを言ってきた。


「べ、別に」

「素直じゃないね」

 うるさい。いきなり髪の色を金色にしてきたら、誰だって気にするって。ほら、周りの他の部員もみんな注目してるじゃないか。


「お!なんだ、柏木。久々に来たと思ったら、その髪の色は」

 原先生がやってきて、柏木君に聞いた。ほら、先生だって驚いている。

「いいじゃん。なんかさ、今までの俺が嫌になって、変えたくなったんだよね」

 柏木君、もしかして相当投げやりな生き方になっちゃってるの?


 ああ。気にしないんだった。もう、かかわるのもやめるんだった。髪の色が変わろうと、耳に穴をあけようとなんだろうと、そんなこともうどうでもいいんだった。

 

 柏木君は椅子に座り、絵を描く準備を始めた。

「俺、朝早く来るの、しんどくなって…。放課後に来ることにしたよ」

 多分、私に言っているんだろう。でも、私は真正面を向いて、柏木君のことは無視していた。

「絵が完成したら、学校もやめようかな」


「え?!」

 さすがに今の言葉には、反応してしまった。

「くす」

 柏木君が笑って私を見た。

 あ…。まさか、今のわざと?


「気になるんだ。やめてほしくないんだ、俺に…」

「ち、違う。そうじゃなくって。ただ、やめてどうするんだろうって思って」

「そうだな~~。フリーターにでもなるか、それとも、部屋に閉じこもって、ニートにでもなるか」

「……」

 何をどう言ったらいいんだろう。

 そんなんでいいの?あなたの人生。柏木君は絵のセンスすごいんだから、もったいないよ。美大に行って、絵をずっと描くことを私は勧めるよ。なんてね。そんなことを言ったとしてもまた、鼻で笑われるんだ。


「うそ。高校はやめないよ」

「え?」

「ただ、転校する」

「…」

 転校?


「親がもう別居するって。離婚まではなんかあれこれ、時間がかかるらしいけど、その前に俺とおやじが今の家を出て行くことになったんだ。で、転校」

「遠くに行くの?」

「東京。おやじの会社、東京だし。親父の親も東京にいるし」


「……」

 そうか。東京に住むなら、ここまで通うのは大変だよね。

「この髪の色、両親とも驚いてるくせに何も言わないんだぜ。怒ることもしないし、嘆くこともしない」

「…」

 精一杯の抵抗だったのかな。その髪は…。


 5時を過ぎ、みんなが片づけを始めた。でも、柏木君はそのまま絵を描き続けた。

 私も片づけをし始めた。もうすぐ藤堂君が、弓道部を終えて美術室にやってくる時間だ。

「俺、結城さんに会えてよかったよ」

 突然、柏木君がそう言った。


「え?」

「まじで。結城さんの絵、好きだったんだ。あの桜は癒された」

「…」

「もっと早くに話しかけたかった。でも、きっかけがなかったからさ」


 そうだよね。1年生の時には、まったく話もしなかった。

「俺、結城さんのこと好きだったのに、どうしていいかもわかんなかったしなあ」

 また、そんなことを言ってる。私は眉間にしわをよせ、柏木君を見た。すると、

「あ、また嘘ついてるって思ってるでしょ?でも、本当だよ」

と柏木君は、静かにそう言った。


「結城さんって、話しかけづらいオーラ放ってるし」

「私が?」

「うん。そういうところが、好きだったんだけどね。でも、もっと早くから話しかけて、付き合ってって言っときゃよかった。そうしたら今頃、俺の彼女だった?」


「どうかな。私、交際申し込まれても、断っていたかも」

「…藤堂のこともふっちゃってたもんね?」

「え?知ってるの?」

「はは。すげえ噂になってるよ。知らないの?たまにしか教室に行かない俺の耳にも入ってきたよ?」

 うそ。


「俺は、藤堂が好きだったのが結城さんじゃないと思ってた。だから、頭に来てた。なんとなくね」

「え?」

「でも、あいつ、ずっと結城さんのことが好きだったってことだろ?」

 か~~~。私の顔がいきなり火照った。


「で、結城さんは見事に藤堂に落とされたってことか」

「え?」

「…そういうことでしょ?」

「う、うん」

「悔しいけど、しょうがないよね」


「………」

 私は柏木君の絵を、椅子から立ち上がって見た。

「私、柏木君の絵、すごいと思ってるよ」

「俺の?」

「1年の時から」


「どういうふうに?」

「力強いよ。すごい力がある」

「……ふうん。でも、俺自身には惚れなかったんだ」

「…私、ずっと聖先輩のことが好きだったし」


「ああ、俺じゃ勝ち目なかったってこと?じゃ、藤堂は聖先輩に勝ったわけ?」

 柏木君は、椅子に座ったまま私を見上げて聞いてきた。

「勝ったとか、負けたとかじゃなくって。ただ…」

 私はしばらく黙り込んだ。

「藤堂君といると…」

 そう言ってからまた私は黙り込んだ。


 柏木君はじっと上目づかいで私を見ている。そこに、藤堂君がやってきた。

「あれ?」

 柏木君がいるのに驚いたのか、柏木君の髪の色に驚いたのか、藤堂君がびっくりしている。

「あ、終わった?部活」

「うん」


「私ももう片づけ済んだから…」

 私はそう言って、カバンを持った。

「待ってよ。まだ、聞いてないけど?話の続き」

 柏木君が私を引き留めた。


「…あ」

 藤堂君のことか。でも、本人がここにいるのに、言いづらいな。

「何?」

 藤堂君は心配そうに私の顔を見た。


「なんでもないの。ただ、えっと…」

 私は藤堂君を見て、それから柏木君を見た。

「なんか、幸せな気分になるの…」

 私は柏木君にそう言った。

「幸せ?」

 柏木君が聞き返してきた。


「う、うん。そう。あったかいし、幸せ…」

「ふうん。そっか。それは俺には無理だ」

「え?」

「苦しみだったら、あげられるけど、幸せは無理そうだな」

「…」


 そんなことないよ。きっといつかは誰かに、幸せをあげられるよ。なんて言いそうになった。でもまた、鼻で笑われそうでやめにした。


「じゃあね、絵、頑張って」

 私はそう柏木君に言って、藤堂君と一緒に美術室を出た。

「何の話だったの?」

 藤堂君が聞いてきた。


「…うんとね。藤堂君の話」

「え?俺?」

「そう…」

 藤堂君はしばらく黙り込んだ。それから数歩歩いたところで、一気に赤くなった。あ、今ごろ気が付いた?


 あったかくって、幸せ。藤堂君から来る優しいオーラ。きっとそれにまいっちゃったんだよね、私。

 いつの間にか、私は藤堂君に恋してた。柏木君が言うように、落とされちゃったってやつなのかな。


 廊下を歩きながらまだ、耳を真っ赤にさせている藤堂君が可愛いなあって私は思っていた。今は隣にいるのがすごく嬉しくて幸せだ。



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