第41話 藤堂君がいい!
時間は刻々と過ぎて行き、あっという間に5時になった。
「あ、あれ?」
ほとんど絵を描いていないというのに5時だ。部員が次々に片づけを始め出した。
「ねえ、結城さん」
クラスの違う、同じ学年の子が声をかけてきた。
「弓道部の藤堂君と付き合ってるって本当?」
「え?う、うん」
違うクラスの子まで知ってるのか。
「それって、やっぱり見学して好きになっちゃったの?」
ドキン。あ、この子そういえば、一緒に見学に行った子だ。
「それだけじゃなくて、私、藤堂君と同じクラスで…」
「ふうん。私は去年同じクラスだった。でも、一回も話したことなかったんだ。なんで、結城さんとは付き合うことになったんだろう」
同じクラス?じゃあ、藤堂君が落ち込んでたのも知ってたのかな。
「ほら、あの子に似てるんだよ」
もう一人の子が、話に加わってきた。あ、この子も見学に行った子だ。
「藤堂君がふられたっていう子。確か髪が長くて黒髪で」
「ああ。どこの誰だかしんないけど、藤堂君がめちゃくちゃ落ち込んじゃった…」
「そうそう。果てしなくへこんじゃった…」
そうなの?
「ひどいふられ方をされたんだっけ?」
え?
「それで女性不信になったんだっけ?」
ええ?!
「そんなひどい女に似ている人と、付き合うことにしたの?」
えええ?
「藤堂君って、いまだにその女のこと忘れてないんじゃない?」
「わあ、結城さんも大変だ」
「……」
2人は好きなことを好きなだけ言って、美術室を出て行った。
藤堂君をふった女は最悪で、その女に惚れ込み過ぎて、藤堂君は食欲もなくなりかなりやせたとか。
弓道部に行ってもまともに練習もできず、勉強にも身が入らず、藤堂君の1年の時の後半は、死んでるような顔で学校にも来ていたとか。
それ、勝手にそう言ってるだけだよね?だって、私、たまに見かけたけど、友達と笑ってたもん。
そんなに、傷ついたわけじゃないよね?女性不信にもなってないよね?それに、それに、そんなにひどいふり方、私していないよね?
どよよん。暗くなっているとそこに、藤堂君がやってきた。
「まだ描いてたの?」
「え?ううん。今、片づけてた」
「じゃ、もうすぐ帰れる?」
「う、うん」
私は必死で笑顔を作り、片づけをした。
藤堂君は窓のさんによっかかって、私の絵を見ている。
「…その絵の俺ってさ」
「え?」
「なんか、美化していない?」
「ううん。私から見たら藤堂君ってこうだよ?」
いや、実をいうと、もっともっと本人のほうが何倍も素敵。なんて口に出して言えないでしょう。
「…明日からさ、朝、駅で待ち合わせする?」
藤堂君が突然そんなことを言いだした。
「え?どうして?」
「どうしてって…」
あ、今の質問、変だよね。私は慌てて、
「うん。待ち合わせする」
とそう答えた。
「結城さんの時間に合わせるよ。いつも何時ころに着くの?」
「駅に?そうだな…」
藤堂君に時間を教え、改札で待ち合わせをすることになった。
それにしても、なんでいきなり朝、一緒に来ようとしてくれたんだろうか。
「中間終わったらさ、どこか行こうか?」
「え?鎌倉に行くんでしょ?」
「ああ、そっか。じゃ、鎌倉のどこか行きたいところある?」
「…駅のあたりをぶらぶらしたいかな」
「行きたいお店は?ああ、俺、どこかいいところあるか調べておくよ」
「え?」
「美味しいお店とかさ」
ど、どうしちゃったの?そんなことを積極的にする人じゃないと思ってた。
積極的…。ボワ!その言葉で、麻衣の言っていたことを思い出し、私の顔は熱くなった。
慌てて藤堂君から目線を外し、片づけを急いで終わらせた。
「今日はどこか寄ってく?」
藤堂君が聞いてきた。
「今日はいいよ。試験も近いんだし…」
「あ、そっか」
藤堂君と美術室を出た。ちょうど廊下を原先生が歩いてきて、
「お、結城、最後か?」
と聞いてきた。
「はい、最後です」
「そうか、じゃ、気を付けて帰れよ。ああ、藤堂も一緒に帰るのか」
「はい」
「いいね、若いもんは…」
原先生はそんなことをぽつりと言うと、藤堂君の背中をぽんとたたき、美術室の中へと入って行った。
「なんだ?」
藤堂君は何を原先生が言ったんだって、不思議そうな顔をした。
「きっと、原先生、知ってるんだ」
「何を?」
「私と藤堂君が付き合ってるのを」
「え?」
藤堂君はちょっと顔を赤らめた。
「そういえば、美術部員も知ってたよ。さっき、付き合ってるんでしょって聞かれちゃった」
「そうなの?」
「うん。藤堂君と1年の時、同じクラスだったって」
「女子?」
「うん」
「ふうん。あ、名前言われても俺、多分顔と一致しないから」
「そうなの?」
「うん」
1年も一緒のクラスにいて、名前と顔が一致しなかったんだ。まあ、私も、1年生の時、名前も覚えられなかった男子、いたもんな。
「それでね」
「うん」
ああ、どうしよう。聞いてもいいかな。私は藤堂君と昇降口に行き、靴を履きながら悩んでしまった。
「何?何か言われたの?」
藤堂君は靴を履くと、私に聞いてきた。
「あのね…。藤堂君がひどいふられ方をして、すごく落ち込んで、勉強も身に着かないほどだったって言ってたんだ」
「え?!」
藤堂君が目を丸くした。
「そ、そうだったの?」
ドキドキ。藤堂君、なんて言って来るかな。
「う、う~~ん。そんなことはないと思うけど」
藤堂君はそう言うと、校舎を出て歩き出した。私の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩いてくれている。
日がだいぶ伸びてきて、まだ外は明るかった。
「まいったな。実は落ち込んでたし、ひきずってた。でも、そういうのはあまり、みんなに見せないようにしてたんだ。だけど、ばれてたってことかな」
「…」
そんなに落ち込んだの?
「だけど俺、もともとそんなにはしゃがないし、みんなとしゃべるほうでもないし、なのに、なんでそんなふうに言われちゃってるのかなあ」
あれ?そういえば、そうだよね。
「やっぱり、あれかなあ」
あれって?
「ちょっとね、体育でしくじって、怪我した時もあったんだ」
「え?」
「たいした怪我じゃないよ。突き指したり、打撲したりっていう程度だし。ただ、俺、運動神経いい方だから、周りが俺がへましたことで、びっくりしてたんだよね」
「…そうだったの?」
「それとあれかなあ」
あ、あれって、まだあるの?
「2学期の期末がさんざんだった。それを思い切り担任に、みんながいる前で言われちゃったんだ」
「そ、それ、私が原因で?」
「結城さんのせいじゃないよ。俺がただ、やる気をなくしただけだからさ」
「……」
それは、みんなに言われちゃうかもしれないな。
「あと、思い切り風邪をこじらせて、1週間学校も休んだっけ」
「え?」
「それもあるかなあ」
それで、やせちゃったとか、さっきの子言ってたのかな。
「俺さ、中学皆勤賞もらったし、風邪って、本当にひかないんだよね」
うそ。
「だからまあ、風邪を甘く見て、こじらせたんだろうけど…」
そうか。そんな元気な藤堂君が一週間も休んだら、そりゃみんな、ふられたせいだって思うかもしれないよね。
「…情けないね。こんな話して」
「ううん」
「実際、自分でも情けなかったよ。だから、年が明けてからは、極力考えないようにもしたし、忘れようって勉強も頑張ったし…。だから、成績がぐんとアップしちゃったんだけどさ。はは…」
ははって笑ってるけど、もう笑えることなの?ちら。藤堂君のことを見ると、
「まあ、今になっては、そんなこともあったっけって感じだよね?」
と涼やかな目をして言ってきた。
「え?」
「今はこうやって、結城さん、隣にいてくれるんだし」
「う、うん」
ドキン。藤堂君が嬉しそうにそう言うから、胸がときめいちゃった。
「なんか変な噂、流れちゃってるけど」
「え?」
「あまり気にしないでくれていいから」
「ずっと思っていたっていう噂?」
「そう、それ」
「……」
気にしないでも何も、私には嬉しい噂なんだけど。
「ひどいふられ方もしてないし…」
「うん」
「今は、結城さんのことを思っても落ち込んでないし」
「…え?」
「前にふられたことで、確かに落ち込んだり沈んだりしたけど」
「う、うん」
「今はその分、めちゃくちゃ浮かれてるから、気にしないで」
「……」
そっか。私が藤堂君をふったことを気にしないでって言ってくれているのか。
「うん」
私はコクンとうなづいた。そして、藤堂君がかもしだす、あのいつもの優しいオーラを感じてあったかい気持ちになっていた。
はあ、やっぱり優しい。ときめきと安心と喜びと、いろんなものが交じり合って、すごく幸せを感じている。
「それで、結城さん。他にもどこか行きたいところある?」
「え?」
「鎌倉のほか…」
「?」
なんでかな。なんでそんなこと聞いてくるのかな。
「ディズニーランドとかは?」
「行きたいけど」
「けど?」
藤堂君が私の顔をじっと見た。
「藤堂君、部活で忙しいでしょ?いいよ。そんな無理しないでも」
「え?」
「試験終わったら、土日もほとんど部活でしょ?」
「う、うん、まあね」
「私も藤堂君が部活出る日には、学校に行くようにしてもいい?」
「美術部?」
「うん。うちの部変わってて、けっこう自主性に任せられてるんだけど」
「うん、いいけど」
「じゃ、じゃあ、もしお昼とか、部員と一緒に食べないなら、一緒に食べたり、一緒に帰ったりできるかな」
「ああ、うん。いいよ。あいつらもその辺はきっと、気を使って邪魔しないようにしてくれるだろうし」
「…」
そうなんだ。私を藤堂君も優先してくれるんだ。嬉しいかも。
「それだけでいいの?」
藤堂君はしばらく黙っていたけど、ぽつりと聞いてきた。
「え?」
「どっか、遊びに行きたいとかないの?」
「うん」
「…」
藤堂君は黙って私を見ている。
「だって、土日も学校に行けば会えるってことでしょ?それだけでも、私、嬉しいけどな」
「…そ、そうなんだ」
あ、藤堂君、赤くなった。
あ!もしかしてあれかな。今日、女子が沢村君と比べていたのを、気にしているのかな。
「あ、あのね?」
「え?」
「こうやって、藤堂君と一緒に登下校を歩いているだけでも、私にとっては十分すぎるほど、十分なの」
「え?」
藤堂君は目を丸くした。
「だから、その…。他の男子と比較しなくっても」
「なんだ、ばれてた?」
藤堂君はそう言うと、下を向いてコホンと咳払いをして、
「クラスの女子、言ってたじゃん。沢村のこと。俺、女の子と付き合ったこともないし、どうしたら結城さんが喜ぶかも、どこに行きたいかもまったくわかんなくってさ」
やっぱり。
「情けないね?ちょっと、あの話を聞いて、俺、焦ったっていうか」
「…」
「だけど結城さん。本当に行きたいところがあったり、俺にしてほしいことがあったら言ってくれていいよ?」
「え?」
「遠慮はしないでもいいから」
「うん」
と、藤堂君。優しすぎるよ~~~~。
みんな知らないから、あんなことを言うんだ。なんで藤堂君と付き合うの?とか、付き合うなら沢村君のほうがいいとかって。
私は断じて、断然、何があっても、藤堂君がいい。
藤堂君の隣がいい。このあったかくって優しいオーラには、誰も勝てやしない。
そんなことを思いながら、私は今日も幸せをかみしめて、藤堂君との駅までの道を歩いていた。




