第38話 初めて手をつなぐ
なんで、私が藤堂君をすごく好きだっていうことが伝わっていないのかな。
そんな思いを抱えながらも、何も言えずに浜辺を2人で歩き出した。すると、向こうから彼女と歩いてくる聖先輩の姿が目に入ってきた。
「あ…」
藤堂君も気が付いたらしい。聖先輩は彼女と手をつなぎ、笑いながらやってくる。
聖先輩、彼女と手なんてつないじゃうんだ。ああ、けっこう長い付き合いだもんね。昨年の文化祭の時も付き合っていたんだから。
なんとなく藤堂君と聖先輩たちを眺めていた。聖先輩は、彼女に笑顔で話しかけ、彼女のほうは赤くなったり、恥ずかしそうにうつむいたり…。
だんだんと私たちと、聖先輩との距離が近づいてきた。
「あはははは!桃子ちゃん、笑わせないで」
聖先輩が思い切り笑っている。っていうか、笑い転げている。うそ。こんなに聖先輩って、大笑いをするんだ。
「犬じゃないよ~~。もう~~」
「だって、似てる!」
そんなことを言い合って、笑っている。彼女のほうは顔を赤くしながら、ちょっと口をとがらせている。
聖先輩が私たちの横を通り過ぎた。まったく、こっちのことなんて目に入っていないようで、私たちのことも気が付いていない。
藤堂君も私も黙って、そのまま浜辺をただ歩いた。聖先輩の笑い声がどんどん後ろへと、遠ざかっていった。
「びっくりだな」
私がぽつりとそう言うと、藤堂君は、
「聖先輩でしょ?彼女といて嬉しそうだったね」
と、私が何に驚いていたのかわかったようだ。
「あんなに思い切り、笑うんだね」
後ろを振り返ってみた。あ、まだ笑ってるみたいだ。
「…」
藤堂君も黙って、聖先輩たちのほうを見ている。
手、いいな。つないでて…。なんていう思いが、一瞬私の頭を横切った。私は藤堂君と私の間にある空間を見た。私と藤堂君の距離は、しっかりと空いている。
「ショック?」
「え?」
「今、ちょっと顔が沈んでたけど、聖先輩と彼女を見て、ショック受けてるの?」
藤堂君が私の顔を見て、聞いてきた。
「ううん。全然」
「でも、聖先輩のこと、好きだったんだよね?」
「…」
そういえば、そうだ。なのにまったく、彼女がいることにはショックを受けない。
「藤堂君と付き合ってるからかな?そんなにショックじゃないな…、私」
私がそう言って、ちらっと藤堂君のほうを見ると、藤堂君はしっかりと視線を外し、海のほうを眺めていた。
えっと、今の聞いてました?
「それ、俺のことを気遣って言ってくれてる?」
藤堂君が私のほうを向いて、そんなことを聞いてきた。
「は?」
「沈んだ顔してたよ?本当に…」
違うよ~~。手、つないでるのを見て、羨ましいなあって思っただけだもん。別に沈んでないよ~~。
「仲良くて、いいなって思っていただけ…」
遠まわしにそう言ってみた。
「え?やっぱり、彼女と仲いいのを見て、ショックだったんじゃ…」
「違うよ。仲のいいカップルで羨ましかっただけで…」
「……………」
藤堂君の顔が、一瞬引きつった。
「ごめん。そっか。俺と一緒にいても、楽しくないとか?」
「へ?」
藤堂君が暗い顔をした。
ち~~が~~う~~。そういうわけじゃなくって。
「ごめん。そうだよね。俺、さっきから気が利かないっていうか、話もろくすっぽしてないし…」
「……」
私はほんの少し、藤堂君のそばに寄った。でも、あまりそのことに藤堂君は気が付いていない。
まだ、藤堂君は暗い表情で、下を向いている。
もう少し、藤堂君の横に近づいた。あと一歩近づいたら、手と手がくっつくくらいの距離まで寄ってみた。すると、ようやく私が近づいたことを藤堂君が気が付いた。
「…?」
ちょっと顔が驚いている。
「藤堂君のすぐ横、ドキドキするけど、安心するの」
「え?」
「藤堂君と一緒にいて、楽しくないわけないよ。隣りにいられるだけで、本当に私、ドキドキしているし、嬉しいから」
かなり、すごいことを自分でも言ってるんだろうなって思った。でも、このくらい言わないときっと、わかってくれないよね?
「え?」
藤堂君がまた、驚いている。
「えっと。あれだよね?きっと聖先輩たちは、私たちよりも付き合いが長い分、2人の距離も縮まってるんだよね…」
「あ、ああ。もしかして、それを羨ましがってた?」
「い、いいんだ。本当に。きっと私と藤堂君は、ちょっと二人の間に隙間があるくらいで、今はちょうどいいんだよね?」
「……」
藤堂君が私を見て、すぐに視線を下げた。そしてコホンと咳ばらいをした。
「あんまり近づくのも、結城さん、変に思うかもなって、そんなふうには思っていたけど」
「え?」
「それに、俺もまだ緊張してるからさ」
え?
「………」
藤堂君、めちゃくちゃ真っ赤だ。もしや、すご~~く照れてる?
藤堂君はまた咳ばらいをした。そして、ちらっと私を見ると、そのあと私の手に視線を移した。
「手、つなぐ?」
わ!藤堂君から言ってきてくれるんなんて!ドキドキドキドキ!
「う、うん」
私はコクンとうなづいた。
そして、藤堂君は怪我をしていないほうの手を、私に差し出した。私はその手にドキドキしながら、私の手をそわせてみた。
ひゃ~~。藤堂君の手だ。あったかい。
か~~~~~~~。私の顔が熱い。藤堂君も真っ赤だ。そしてそっぽを向いた。だけど、耳が赤いのがわかる。
それから藤堂君は、私の手を取って歩き出した。ちょっと先を歩いているから、またちょっと藤堂君との距離が空いた。でも、しっかりと手はつないでいる。
わ~~~。藤堂君と手をつないで、歩いちゃったよ~~~~~~。
嬉しすぎる!
って、この前、腕にしがみついたくせに、今さら何言ってるんだって、自分で突っ込みを入れた。だけど、あの時は嬉しいよりも、怖さが優先になっていて、違うドキドキでいっぱいだったんだもん。
だけど、今日は違う。藤堂君のぬくもりを、手からじかに感じている。あったかい。でも、藤堂君の手はちょっとごつごつしている感じだ。ああ、もしかして、弓道をしているせいかな。マメみたいな固いものが掌にある。
だけど、そんな固いまめまで、なんだかドキドキしてしまう。
ちょっと前を歩いている藤堂君は、まったく私を見なかった。だけど、すごく照れているのが、後ろ姿でもわかった。
やばいな~~~~。私。そんな藤堂君がものすごく好きって、思ってるよ。
もう、このまんま地球の裏側まで一緒に歩いて行きたいくらいだ。ううん。地球を一周して、もう一回江の島の浜辺に戻ってきてもいいくらいだ。
いや、こうなったら、何周してもいいかも…。グルグルずうっと、ずうっと。
日が傾き、私と藤堂君はカフェに入ってお茶をした。海が見えるカフェで、私たちはまた海を眺めた。
「結城さん」
「え?」
「…また、江の島に来る?」
「え?」
「あ、そっか。今度は鎌倉だったっけ」
「…」
藤堂君はそう言ってから、アイスコーヒーを飲んだ。
「藤堂君が江の島のほうがいいなら、江の島に来るよ」
「ううん。いいんだ。鎌倉に行こう。そのあと、また江の島に来て…」
「うん」
わあ。そうだよね。これからも、何回でもこうやって、デートできるんだもんね。だって、私たちは付き合ってるんだもん。
花火大会だって、あ、そっか。人ごみが嫌いなのか。
じゃあ、ただ、今日みたいに浜辺を散歩するだけでもいい。
あ、映画とかも観に行ったりして。それから、買い物や、それから、それから?
「テスト勉強もしないとね?」
藤堂君がぽつりと言った。
「うん」
「放課後にする?来週の火曜日から部活もないし」
「うん」
「結城さんは何が得意?」
「科目?国語かな」
「そうなんだ」
「藤堂君は?数学?」
「うん。理数系なら大丈夫だよ」
「よかった。私数学が駄目で…。あ、でも、英語も得意でしょ?読むの上手だよね」
「うん。小学校3年間、向こう行ってたし」
「向こう?」
「アメリカ。父さんの仕事の都合でさ」
「え?藤堂君って、帰国子女?!」
「う、うん。あまり帰国子女って言い方、好きじゃないんだけどね」
どへ~~~。だから、あんなに英語が流ちょうなわけ。すごいなあ。
和男子なのに、アメリカにいたんだ。
「あ、じゃあ、その頃、女の子にもてて…」
「いないって。まあ、あっちでは女子とも話してたけど」
金髪のギャルと?
「日本人とはやっぱり、違う?」
「うん。ものをはっきり言うから、わかりやすいよね」
「…ものをはっきり言わない人は、苦手ってこと?」
「いや…。そんなことないよ。俺、きゃっきゃ騒がしい人とか、ずばって言う人、苦手だし」
そうなの?
「きっと、向こうでの生活してて、感じてたんだと思う」
「何を?」
「女の子は日本人が一番だって」
「え?」
「だから、結城さんがいいんだよ」
「私が?なんで?」
「日本人の女性って感じあるじゃん」
「な、ないよ」
「あるよ…」
藤堂君は私を見てそう言って、視線を下に向けた。
「花火大会、やっぱり行く?」
いきなり藤堂君がそう言ってきた。え?え?人ごみ嫌いなんじゃ…。
「結城さん、浴衣着てくる?」
「う、うん」
「じゃあ、やっぱり行こう」
え?浴衣着るから?!
「じゃあ、藤堂君も着て来て」
「何を?」
「浴衣」
「え?俺、持ってないよ」
「そうなの?でも、絶対に似合うと思う!」
「う、う~~ん。それは親にも言われたことあるけど」
「そうなの?」
「わかった。ちょっと親に言ってみる。もしかしたら、祖母に頼んで作ってもらえるかもしれない」
「え?おばあちゃん?」
「うん。和裁とかしている人だから」
「ふ、ふうん」
藤堂家ってなんだか、すごい。海外に行ってたり、家族で旅行してテニスしたり。もしかしておぼっちゃん?
「お父さんって何をしている人?」
「うちの?何って、普通にサラリーマン」
「海外勤務だったの?」
「うん。支店があって、そこに3年ね」
「ふうん。じゃあ、お母さんは?」
「家で子供に英語教えてる。なんていうの?ホームティ―チャーっていうやつ?」
「海外勤務だったから、お母さんまで英語ができるの?」
ちょっと驚き!
「いや、違うよ。結婚前にアメリカに留学してたんだって」
すごい。やっぱりすごい。
「父さんも留学してた。そこで出会ったらしい」
アメリカでの出会いなの?すごい~~。
「じゃあ、藤堂君もいつか、留学?」
「俺?いいや。興味ないけど」
「そうなの?」
「俺、弓道してから日本が好きになって。どっちかっていうと、日本の各地を回ってみたいかな」
「…そうなんだ」
和男子なんだね。根っこから。
「結城さんは?やっぱり美大とか受けるの?」
「ううん。受けないよ。ただ、デザインとか、そういうのはしてみたいかも」
「そっか。じゃ、そっち方面に進学するの?」
「うん。多分。藤堂君は?」
「…俺は、大学行くとは思うけど…。何がやりたいかはまだ、はっきりとしいない。できたら、大学行っても、弓道はしていたいかな」
「ふうん…」
あまり遠くは行かないで…。と言おうとした。でも、言葉にできなかった。高校卒業したら、別れたりするのかな。それとも、ずっと続くかな。
なんて思ってたら、高校卒業する前に、破局が来たりして。
うわ。考えると、恐ろしくなってきた。バクバク。心臓に悪い。もう、考えるのやめよう。
「…」
藤堂君が黙り込んだ。でも、思い切り視線を感じる。ずっともしかして私を見てる?私は藤堂君を、ちらっと見た。藤堂君はすぐに窓の外に視線を移し、
「あ、綺麗だね。夕焼け」
と目を細めてそう言った。
「うん」
しばらく黙って、夕焼けを見ていた。そして日が落ちてきて、私たちは江の島の駅に向かった。
「じゃあね、また明日、学校で」
「うん。藤堂君、今日はありがとう。あと、いろいろとごちそうさま」
「…うん」
藤堂君は顔を赤くして、ちょっと下を向いた。あれ、なんだか、また照れているようだ。
「それじゃあ」
私は藤堂君にちょっと手をふって、それから改札を抜けた。藤堂君はただ、私を見ていた。
ホームに向かって歩き出した。でも、ちらっと改札口のほうを見た。するとまだ、藤堂君がこっちを見ていた。私は藤堂君にもう一回、小さく手をふった。藤堂君も軽く手をふり、微笑んでくれた。
ああ、なんだか、別れるのは寂しいけど、手をふって見送ってくれるのは嬉しいかも。
止まっている電車に乗り込み、空いてる席に座った。そこからはもう、改札口は見えなかった。
電車が発車した。ガタン、ガタン。
私は自分の手を見た。今日、藤堂君と手をつないだ手だ。思わず、顔がにやけそうになり、慌てて、下を向き寝ているふりをした。
帰ったら、日記でも書こうかな。可愛いまだ何も書いていないノートが一冊あったっけ。
そして、今日は藤堂君と初めて手をつないだ記念日って、そう記しておこう。




