第37話 浜辺
さっきの店員がパスタを二つ持ってきて、テーブルに置いた。
「ご注文の品は揃いましたか?」
「ああ、はい」
藤堂君は店員を見ながら、うなづいた。店員はにっこりと笑い、戻って行った。
店員は見るのに、なんで私は見ないの?ちょっと腹が立った。そのあと、今度は悲しくなった。
照れてなのかな。そう思いたい。でも、私の癖でつい、悪い方に考えが及んでしまう。
「あの…」
藤堂君に聞いてみる?でも、なんて?
「ん?」
藤堂君はパスタを食べ、ゴクンと飲み込んでから返事をした。
「なに?」
「今日の、藤堂君、ちょっと…」
藤堂君は、え?って驚いたように私の目を見た。
「……」
あ、目が合った。藤堂君がそのままずっと私を見ている。
「俺が、なに?」
かなり不安げな目だ。
「ちょっと、いつもと違うかなって」
「…俺?違うって、どう?」
「…ううん、私の気のせいかも」
「……」
私は黙って、パスタを食べだした。藤堂君も食べていたが、半分食べたところで、フォークを置いた。
「気のせいって、何か俺、変だった?」
藤堂君が聞いてきた。藤堂君は、まっすぐ私を見ていた。
「私、なんか避けられてるかなって」
「え?!」
藤堂君は目を丸くした。
「なんだか、よそよそしいっていうか、その…」
ああ、こんなこと言ったら、藤堂君、困っちゃうかな。
「俺が?」
「う、うん」
「…………」
藤堂君は黙り込んだ。
「えっと、なんでそう思ったの?」
しばらく黙っていた藤堂君が、話し出した。
「…あまり、こっちを見ないっていうか」
「え?」
藤堂君の顔がちょっと引きつった。なんで?
「顔、ずっとそむけてるっていうか、避けてるっていうか」
「…俺、そうだった?」
「うん」
ドクン。やばい、言わなきゃよかった。なんか落ち込むようなことを言われたらどうしよう。
「俺…」
ドクン。
「ごめん。その…」
なんでごめんなの?
「なんだか、意識しちゃって」
「え?」
何を?
「…結城さんのこと見ると、どうしても足に目が行く」
「え?!」
足?
「あ、やっぱり、引いたよね?こんなこと言って」
「……」
足?あ!この生足?!
「私の足が変だから?」
「へ、変?いや、そんなこと…」
藤堂君は真っ赤だ。
「じゃ、なんで?あ、私の足が貧弱だから、とか?」
「は?」
「だって、さっきは店員さんのことをじっと見てた」
「誰が?」
「藤堂君が」
「見てないよ?」
「見てた。目で追ってたし」
「………」
藤堂君の目が点になった。
「そ、それ、まじで、見てない。っていうか、俺、多分、目に入ってもいない。店員がどんな人だったかも覚えてないし」
「え?」
「…だから、ずっと着替えから戻ってきた結城さんの姿が、目に焼き付いてて、他のことなんかまったく」
「………え」
藤堂君はしまったっていう顔をして、うつむいた。でも、真っ赤なのが丸わかりだ。
「まいったな。なんで俺、こんなこと言ってんの」
「……」
うわ。真っ赤だ、藤堂君。
「…」
「ポーカーフェイス、まじでよそおえないんだ。どんな顔になっているのか、自分でもわからない。ごめん。だから、あまり顔を見られないようにしてた」
うつむきながら、藤堂君がそう言った。
「もしかして、俺がそっぽむいてたから、ずっと気にしてた?」
藤堂君は、ちらっと私を見た。
「…」
私は、黙ってこくんとうなづいた。
「なんか、暗いこと考えてた?」
「私って、やっぱり、根暗だよね?」
「え?」
「こういう時に、明るいほうに考えられない」
「い、いや。ごめん、俺のせいだよね?」
「ううん」
し~~~ん。しばらく静かになってしまった。ああ、また私、場を暗くしてるんだな。
「まいったな」
藤堂君がまた、下を向いてぽつりと言った。
ああ。私が暗いから?場がこんなに暗いから?
「今日の結城さん、直視できないや」
「…へ?」
「あ、なんでもない。こっちの話…」
…え?な、なに?なにが、まいってる、なの?
「はあ…」
藤堂君はため息をして、また下を向いた。
「どんだけ、俺、惚れてんだろう」
ぽつっとそう藤堂君がつぶやいた。
「え?」
今、なんて?
「うわ。俺、口に出てた?」
「う、うん」
「ああ、気にしないで。独り言だから」
………。気にしないでと言われても、気になる!
えっと?どんだけ、俺、惚れてるんだろうって言った?
え?
え~~~~~?!!!
それ、私に?!!!!
「まいったな」
藤堂君は、今度は横を向き、真っ赤になった。それから、しばらく黙り込んでいたが、またフォークを持ってパスタを無心に食べだした。
私はしばらく頭が真っ白。ほ、惚れてる?直視できない?目に焼きついた?
私が~~~~?!!!!
ドキドキドキドキ。いきなり、胸が高鳴った。私も藤堂君が見れなくなった。
それからはよく覚えていない。とにかく2人で、赤くなりながら、黙々と食べていたように思う。
そして、その店を出てから、浜辺を歩き出した。今日は本当に天気が良くて、汗ばむくらいだ。
「気持ちいいね」
私が風を受けながらそう言うと、藤堂君はなんにも言ってくれなかった。
なんで?と藤堂君のほうを振り向くと、藤堂君はぱっと視線を外し、耳を赤くした。
な、なんで?!
「コホン」
藤堂君が咳ばらいをした。そして私のほうは見ないで、歩き出した。
「本当だ。気持のいい風だね」
今頃さっきの会話の続き?やっぱり、かなり変だよ。藤堂君。
「…結城さんって」
「え?」
「今までも、誰かに告白されたりしていない?」
「い、今まで?」
「俺の前に、誰か…」
「いないよ。全然!」
「そうなんだ。中学も?」
「うん。まったく。男子ともあまり話さなかったし」
「そっか」
藤堂君はちらっと私を見て、また違う方を向いた。
「なんでかな。モテそうなのにな」
「誰が?」
「結城さん」
「ままま、まさか~~!」
どこのどの辺を見て、そんなことを言ってるの?本当に変だよ。
「だったら、藤堂君だって、モテそうだよ?」
「俺?まさか」
「でも、陸上部の後輩とか」
「全然だよ。女子とは部が一緒でも、そんなに話さなかったし。クラスの女子もまったく話していないから、ほら、八代さんとだって、高校2年になってようやく話をしたしさ」
「遠くから、藤堂君をひそかに思ってた子もいないの?」
「いない、いない。俺、怖がられていたし」
「なんでかなあ。なんで怖いんだろう」
私と藤堂君は、ゆっくりと石段に腰かけた。そしてそこから、海を眺めた。
藤堂君と私の間はまた、ずいぶんと隙間が空いている。どっちがこんなに空けたのかわからないけど、なぜか距離ができていた。
「結城さんは怖くないの?俺のこと」
「うん」
「最初は?クラス同じになってすぐ」
「怖くなかったよ。話すようになっても、藤堂君は穏やかで優しいんだって、そう思ってたし」
「俺が?」
藤堂君はかなり驚いている。
「うん」
なんでそんなに驚くのかな。
「…そっか。結城さんだからかな」
「え?」
「いや、こっちの話」
独り言?また。
「私は?」
「え?」
「根暗の女の子だったでしょ?」
「それ、よく言ってるよね?自分で…。でも、そんなことないからさ」
「だけど…」
「結城さんも、落ち着いてるよ。はしゃがないし、一緒にいて、疲れないっていうか、安心していられる」
「本当に?」
「うん」
そっか。よかった…。
「だけど、ちょっと今日は印象が違う」
「え?」
「服装のせいだと思うけど」
生足だから?まさか…。
「スタイルいいね」
「へ?」
「髪も長くて、さらさらだし、男がほっておかないんじゃないかって、ちょっと俺、心配だな」
はあ?!
「……っていう俺も、さっきから動揺してるんだけど」
「なんで?」
「だから、いつもと雰囲気が違ってるから」
「…」
だからって、なんで動揺?
じい…。あれ?藤堂君にじっと見られてる?私が藤堂君を見ると、しばらく見つめあってしまった。でも、ぱっと藤堂君のほうが視線を外した。
「なんか…」
「え?」
「デートだよね、今日って」
「う、うん」
ドキン。改めてそう言われると、ドキッてする。
「変な感じだ」
「え?」
「不思議だ。結城さんとこうやって、海を見ているなんて」
「?」
「一人でたまに、見に来ることはあるんだ。カップルもけっこういて、そういうの見ても、あまり気にしなかった。だけど、最近、ちょっとね、結城さんと付き合うようになって、気になってきたっていうか」
え?え?何が?ドキドキ。
「俺も、あんなふうに結城さんと、海を見たりするのかなあって」
へ?
「…それが現実になっているから、なんか変な感じだ」
「そうなの?」
変な感じって、どう変なんだろう。
「……。やば…」
「え?」
「ちょっとにやけてない?俺」
「うん。大丈夫。ちょっと耳は赤いけど」
「あ、ああ。やっぱり?」
藤堂君は耳を触った。それから目を伏せた。
もしかして、照れてる?もしかして、もしかすると、私と海を見ていることを喜んでくれてる?とか?
「……何時間でも、こうしていたいね」
「え?うん」
うそ。そんなこと思ってたの?う、嬉しすぎる。
風がまたふいた。私の髪が風でなびいた。なびいた髪を手でまとめる。そこでまた、藤堂君と目が合った。そしてまた、藤堂君は赤くなった。
な、なんで?!
「なんか、絵になる」
「絵って?」
「結城さん、髪、綺麗だし」
え?
「風に髪がなびいてるだけでも、絵になるなって、さっきも思ってたんだ」
どひゃあ。もしかして、それで耳を赤くしてたの?
きゃ~~。こっちまで、顔が熱くなってきた。
藤堂君、変!そんなこと言うキャラじゃないよ。真っ赤になりながら、そんなこと言っちゃうなんて!
変だよ、変。絶対に変だよ。もう、さっきから私の心臓がバクバクしっぱなしだよ。
藤堂君の視線を感じた。私はちらっと藤堂君を見た。藤堂君はもう、目をそらさなかった。ずっとこっちを見ているから、私が恥ずかしくて、目をそらした。
か~~。顔、熱いよ…。
ちら。もう一回藤堂君を見た。うわ。まだこっちを見ている。バクバクバク。うわ。心臓が…。
「と、藤堂君」
「え?」
「あまり見ないで」
「え?」
「ドキドキが大変なことになる」
「ドキドキ?」
「今、ドキドキして大変なの」
「……結城さんが?」
「うん」
私はこくりとうなづいた。そして下を向いた。
藤堂君の視線を感じなくなり、ちらっと隣を見た。すると、藤堂君は赤くなって下を向いていた。
「結城さんって、あのさ」
「え?」
ドキン、何?
「いや、なんでもない」
「そ、そういうの、すごく気になるんだけど」
「…じゃあ、聞くけど…」
「うん」
ドキン、何~~?
「お、俺のこと…」
「え?」
ドキ。藤堂君のこと?
「ほ、本気で好き?」
どひぇ。なんて質問?
ドキドキドキドキ。
「う、うん」
とりあえず、私はうんってうなづいた。
「今日も、2人で会えたの、う、嬉しいとか?」
「うん」
「………そっか」
藤堂君は黙り込んで、下を向いた。
「よかった」
それからしばらくして、ぽつりと言った。
「え?」
「俺ばっかりが好きなのかなって、ちょっと思っちゃったから。でも、結城さん、さっきすごく赤くなって、照れてたし…。もしかして、結城さんも俺のこと、ちゃんと好きでいてくれてるのかなって」
「…?!」
俺ばっかり好き?え?
「わ、わ、私も、藤堂君のことは…」
すごく好きなんだけど!?伝わってない?
「ん?」
藤堂君はまた、私をじっと見た。うわ。胸がまたときめきだした。
か~~~~。顔が熱い。
「ちゃ、ちゃんと、私も…、藤堂君のことは…」
しどろもどろになって、結局私はそのあとの言葉を、ずっと言えないでいた。




