第36話 水族館へ
いよいよ、デートの日がやってきた。前の日に、メールで時間を決めた。待ち合わせは江の島の駅の改札だ。
ドキドキ。緊張して早くに出て、10分も早くに着いてしまった。
「あ~あ、やめたらよかった」
今日は、ショートパンツにスパッツをはいた。電車に乗っている時に私は、思い切り後悔した。前に座っている女の子が私と同じ格好をしていたのだが、すごくスタイルが良くて、つい自分と比べてしまったのだ。
改札口の前に立って、藤堂君を待った。駅前には、私と私の隣に数人の女の子たちがいる。
ちら。隣りにいる女の子たちを見た。みんな化粧をして、可愛い髪型をしている。おおよそ、私とは無縁だろうなという服装と髪型。
どうやらまだ誰かが来るらしく、その子たちは私のすぐ横で、なかなかその場を離れようとしない。う、なんだか、嫌だな。この子たちの隣にいるの…。
私はほんの少し離れて立った。それでも、その子たちがやたらと目立っている。
あ~あ。何やってるんだろう。だいたい、デートなんだから、もっとうきうきわくわくしながら、待っていてもいいのに。
電車がまた入ってきた。ぞろぞろと人が降りてきて、また駅前は人ごみになった。でも、その人ごみもすぐに消え、改札口の前には、さっきの女の子グループと私だけが残り…。と思っていたらもう一人、色白の可愛い子がぽつんと立っていた。
その子はあたりを見回し、時計を見て、ふうってため息をついた。それから顔を手で、なぜかあおぎだした。
女の子のグループは、まだきゃあきゃあさわいでいる。色白の女の子がその子たちを見て、なぜか、その子たちから離れ、奥のほうへと行ってしまった。
あ、やっぱりあの女の子のグループの隣にいるのが、嫌だったのかなあ。
それにしても、あの子、どこかで見たことがあるような気がするんだけど?小さくて、髪がポニーテール。どこでだっけ?
「きゃあ。あれ、聖先輩だよ!」
え?!
女の子たちがいきなり、きゃあってさわぎだした。その子たちが見ている方を私も見てみると、聖先輩が急ぎ足でこっちに向かってきていた。
うわ~~~!嬉しい。私服の聖先輩、初めて見た。なんでもない洗いざらしのシャツにジーンズ。白のスニーカー。それだけなのに、めちゃくちゃかっこいい。
「あれ?いない…」
聖先輩が、私のすぐ横に来て、あたりを見回しぽつりと言った。
あ、目が合った。あ、私に気が付いた。
「あれ?君…」
私は慌ててお辞儀をした。すると、あの女の子グループがやって来て、
「聖先輩。私たち、同じ中学の1年後輩なんです」
と話しかけた。聖先輩はその子たちを見て、軽くぺこりとすると、その子たちの後ろにいた女の子を見つけ、
「桃子ちゃん!」
と、大きな声で呼んだ。
そして先輩は、あの色白のポニーテールの子のそばに駆けより、笑顔で話しかけた。
「ごめん、待った?」
「ううん。今来たところ」
「んじゃ、行こうか?」
うわ~~。聖先輩、見たこともないような、すっごい笑顔!そうか。どこかで見たことある女の子だなって思ったけど、聖先輩の彼女だったか!
聖先輩と彼女は、私や女の子のグループの前を通り抜け、仲睦ましく歩いて行った。
「あれ誰?」
「まさか、先輩の彼女~~?」
女の子たちはがっくりときていた。
「ねえ、あれ藤堂君じゃん」
一人の女の子がぽつりと言った。ドキ~~~。え?どこどこ?っていうか、藤堂君のこと知ってるの?あ、そうか!聖先輩と同じ中学で、一個下っていったら、藤堂君と同級生か!
うわあ。この可愛い子集団は、藤堂君と同じ中学出身だったんだ。
「藤堂君、久しぶり!どっか行くの~~?」
一人の子が声をかけた。
「あ…」
藤堂君は、その子たちの影に私がいるのを見つけた。
「ど、ども…」
私は小声で挨拶をした。
「え?まさか、藤堂君の彼女?」
その子たちが、いっせいに私を見た。
「うっそ~~」
みんなで目が点になっている。
藤堂君は、私の横に来ると、
「行こう。あっちなんだ」
と歩き出した。
「うん」
私は藤堂君のあとをてくてくとついて行った。藤堂君、歩くの速い…。
「同級生?」
「え?うん。3年の時、同じクラス」
え~~~!
「あ、じゃあ、美枝ぽんとも同じなんだ」
「八代さんとは、仲良くないよ。あいつら…」
「え?」
「どっちかっていうと、仲悪かったかな」
そ、そうなんだ。
それにしても、藤堂君、歩くの速い。あ!信号変わる!なのに渡って行っちゃった。私も慌てて、駆け足で横断歩道を渡った。
「はあ…」
思わず息を切らす。するとようやく藤堂君がこっちを向いた。
「あ、ごめん。俺、速かった?」
「うん」
藤堂君はようやく、歩く速度を落とした。いつもなら、私と速度を一緒にして歩いてくれるのにな。
「ごめん。俺もあいつら苦手で、つい早足になってた」
「そうなんだ」
私は駅のほうを向いてみた。でももう、あの子たちの姿も見えないくらい、駅から離れたところにいた。
「…なんか、ちょっと」
藤堂君が私を見て、ぼそって言いかけてやめた。
なに?気になる。私の格好が変?
「と、藤堂君、なに?」
「いや、なんでもない」
「き、気になるんだけど。私、どっか変かな?」
「え?ううん。そうじゃなくて、いつもと雰囲気変わるなって思っただけで」
そう言うと、藤堂君はくるっと前を向き、黙って歩き出した。
「藤堂君も、いつもと違うね」
「俺?変?」
藤堂君は私のほうを見て、聞いてきた。
「ううん。変じゃない。似合っているし、かっこいい」
と、そう言ってから藤堂君がみるみるうちに赤くなったから、あ、変なこと言っちゃったって後悔した。
でも、本当にかっこいいんだもん。さっきの聖先輩もかっこよかったけど、藤堂君も、ラフなかっこうをしているんだけど、それがとても似合っている。
Tシャツに半袖のシャツをはおい、カーキーのカーゴパンツ。それにサンダル。もうすでに、夏って感じの海が似合ってますっていう格好だ。いつもの和男子のイメージと、ちょっと違う。
「さっき、聖先輩がいたの」
「会ったよ。俺も。駅にくるまでの間にすれ違った。彼女連れでしょ?」
「うん。会った?可愛いよね、彼女」
「ああ…。うん。聖先輩、鼻の下伸びてたな」
「え?」
「どうもって、一応挨拶したんだ。そうしたら、クールな顔して俺には挨拶してきたんだけど、次の瞬間にはもう、顔がくずれてた」
「く、くずれてたって?」
「彼女のほうを見て、にやついてた。彼女の前では先輩、あんなに変わるんだな。女の前だと特に、クールなのにな」
「がっかりした?」
「え?」
「聖先輩のこと」
「いや、別に。ただちょっと、意外だっただけで…」
「ふうん」
「あ、でもきっと、俺もあんななのかな」
「え?」
あんなって?
「結城さんといると、鼻の下伸びてるって、中西さんが言ってたけど、ああいう感じになってるのかな」
え?私といると?
ドキ。いきなり意識しちゃった。ちょっとだけ距離を置いてる藤堂君。さっきから、あまりこっちを見ないでしゃべってる。
時々、ちらっと私を見る。ちょっと藤堂君の耳が、赤い気がするのは気のせいかな。
「昨日、大会だったんだ」
「え?あ、弓道?」
「うん。みんなけっこういい線までいったんだよね」
「見に行ったの?」
「もちろん。応援しに行ったよ」
「出たかったでしょ?」
あ、当たり前のことを聞いてしまった。私ったらまたやった。
「うん。出たかったよ」
藤堂君は悔しそうな顔もせず、穏やかにそう言った。
水族館に着き、チケットを買って中に入った。休日のせいか、けっこう混んでいる。
「迷子にならないようにしないとね」
藤堂君がこっちを見て、優しくそう言った。
「うん」
私はちょっとだけ、藤堂君に近づいた。それでも、ほんのちょっと二人の間には距離があった。
ちら。隣りのカップルを見た。ああ、手、つないでる。逆側にもカップルがいた。ああ、腕組んでるよ…。あんなふうになれるのは、いったい何か月先なんだろう。1年先とかになったりして…。
美枝ぽんだったら、絶対に自分から腕とか組んじゃうんだろうな。
藤堂君からは、手、つないでくれないよね。
「ここに来るの、初めて?」
「ううん。遠足で来たことあるよ。小学生の時にね」
「ああ、そっか」
藤堂君はちょっとだけ、私を見て、また水槽に視線を戻す。
「藤堂君はよく来るの?」
「いや、そんなに来ない。小学生以来かな」
「あ、そんなものなの?」
「だって、来る用事ないでしょ?」
「デートじゃなきゃ、そうそう来ないか」
「そうだよ。家族でだって、そんなに来ないよ」
そんなものなのかな。
じ~~。水槽を見ていたら、隣に藤堂君が映って見えた。ドキン。今、すごく近くにいない?顔がすぐ横だけど?
「この魚、綺麗だよね」
藤堂君がぽつりと言った。
「え?う、うん」
魚見てたのか。そりゃそうだよ。
藤堂君は水槽から離れ、ゆっくりと歩き出した。私は慌てて、藤堂君の横に行った。
「イルカのショー、見る?」
「え?うん。見たい」
私たちはイルカのショーをする会場へと足を向けた。席を取ってから藤堂君は、
「なんか飲み物買ってくるよ。何がいい?」
と聞いてきた。
「私が行く。藤堂君座ってて。片手じゃ、二つ持てないでしょ?」
そう言うと藤堂君は、じゃあコーラと言って、席に座った。
売店は列ができていた。やっとこ、コーラとジュースを買って席に戻った。すると、席はいつの間にか満員になっていて、藤堂君の隣の私の席も、ほんの隙間しか空いていないくらいになっていた。
「はい」
藤堂君に紙コップを渡した。
「ありがとう」
藤堂君がそれを受け取り、ほんの少しだけ横にずれた。でも、それでもやっぱり、藤堂君の横の隙間は狭い。
だけど、ここに座れってことだよね?だから、ちょっとずれてくれたんだよね?
ジュースがこぼれないように注意しながら、私はその空いている隙間に座った。
あ、どうにか座れるもんだ。と思いつつ、藤堂君のほうに寄るのも恥ずかしくて、何気に私は逆側の人のほうに体が寄ってしまった。
だけど、隣の人は彼女連れの男。その隣にいる彼女らしき女性が、私をにらんできた。
うわ。怖い。それに、隣の男性も、なんでこっちに寄ってくるの?って感じでこっちを見る。
スス…。さすがにそんな目で見られたら、藤堂君のほうに寄らないわけにはいかないじゃないか…。
あ!藤堂君のももと私のふともも、くっついちゃったよ。あ~~~。こんなスパッツ履いてくるんじゃなった。ふとももが目立つ!!!
「混んでるね」
藤堂君は真ん前を見たまま、こっちも見ずにそう言った。
「う、うん」
私はそれ以上何も言えず、ゴクンとジュースを飲んだ。
藤堂君もコーラを飲んだ。そして今度は、腕と腕が当たってしまった。
うわ。これって、かなりの接近をしていない?藤堂君の肌のぬくもり、直に感じちゃったよ。
わ~~。ドキドキしてる。きっと私は真っ赤だ。
それから、イルカのショーが始まった。会場は拍手がわいたり、歓声が起こったり。でも、私はずっとイルカよりも、藤堂君のことばかりを意識してしまっていた。
ショーが終わり、私も慌てて拍手をしようとして、コップを膝の上で思い切り、ひっくり返した。
「わ!」
まだ、ジュースは半分も残っていて、その全部を足の上でひっくりかえした。幸い、ショートパンツは濡れなかったものの、スパッツはずぶ濡れだ。
「ごめん。藤堂君にもかからなかった?」
「俺は平気。でも、結城さん、それだと冷たくない?」
「う、うん。きっとすぐに乾く」
と言いながら立ち上がったが、とても、そんな簡単に乾きそうもないくらい濡れてしまっていた。
「大丈夫ですか?」
と係員の人がタオルを持ってきてくれた。
「すみません」
タオルを受け取り拭いてみた。
「よかったら、スタッフが着替える更衣室があるんですけど、そこで着替えませんか?スパッツだけ濡れているようだから、それ脱いじゃったらいいと思うんですけど」
私とあまり年が変わらないんじゃないかっていう、童顔の可愛い女のスタッフさんが、簡単にスパッツを脱げばって言ってきた。
ちょ、ちょっと。そんな簡単に言わないでくれる?とは言い返せず、私はしばらく黙っていた。
「そうさせてもらったら?結城さん」
藤堂君?言ってる意味わかってるの?!生足がにょきって出ちゃうんだよ?
だけど、その申し出を断るのも悪い気がして、私は仕方なく、その童顔の人についていき、スパッツを脱いだ。
ああ。色っぽくもなけりゃ、綺麗でもない。こんなの、藤堂君に見せたくない。
「すみませんでした」
私はお礼を言い、更衣室を出た。
藤堂君は、そこから少し行ったベンチに座って、私を待っていた。
「ごめんね、待たせちゃって」
私はもじもじしながら、藤堂君のそばに行った。それがいけなかったのか、藤堂君は私を見てすぐに、そっぽを向いた。
「じゃ、行こうか。お腹空いてない?どっかで食べる?」
「え?うん」
変?変なの?それとも、なんで顔をそむけたの?私がはずかしがったから?なんで~~~?!気になる。
藤堂君と一回、水族館を出た。そしてすぐ横のレストランに入った。そこからは海が良く見えて、気持ちよかった。
だが、私の心はちょっと、曇っていた。藤堂君はさっきから、まったくこっちを見ない。私の顔すら見ない。
席についてもすぐにメニューを広げ、食べるものが決まるとすぐに店員を呼んだ。若い綺麗な店員が来て、藤堂君はその店員を見ながらオーダーをした。
店員は、かなり胸があいているタンクトップに、チェックのシャツを着ていて、そのうえ、デニムのスカートはかなりのミニだ。胸もぱつんぱつんに大きく、ヒップも大きく、すごくスタイルがいい。
オーダーを聞くと、その店員は去って行ったが、しばらく藤堂君はそっちを眺めていた。
店員が気になるの?胸でかいから?お尻の形がいいから?なんて聞けるわけもなく、私は藤堂君に何も声をかけられず、下を向いた。
さっきの店員に比べたら、私のふとももって貧弱かも。ヒップもないし、胸もないし。色気がまったくない体をしてるんだな、私って。
藤堂君はようやくこっちを見たと思ったら、
「海、綺麗だね」
と今度は窓ガラスの外を眺め出した。
「うん」
「今日天気良くて良かったね。浜辺でもあとで散歩する?」
「うん」
「…あ、あれ?何か、沈んでる?」
藤堂君が私をようやく見た。
「え?ううん」
「ほんと?具合が悪くなったとかじゃない?」
「うん。大丈夫。あ、あれ、とんびだよね?」
「え?うん」
私は窓から空を見た。そして飛んでいるとんびを指差した。
「…」
藤堂君に視線を戻した。でも、藤堂君はまだ、外を見ていた。
そしてまた、さっきの店員がやってきて、飲み物だの、サラダだのを置いて行った。
ちょっと前をかがむだけでも、胸の谷間が見えた。ああいうのって、男の人、ドキッてするの?
と思いながら、藤堂君を見ると、
「サラダ、お皿に取る?」
と聞いてきた。
「私がするからいいよ」
私は慌てて、サラダを取り皿に分けた。
「ありがとう。ごめん。俺できなくて。片手がこうだから」
藤堂君が申し訳なさそうに謝った。
「え?そんな、謝らなくてもいいよ。それよりも、もっと何か片手で不自由なことがあったら言って。手伝うから」
「…ありがとう。だけど、そんなにもう痛みもないし、不自由してないから大丈夫だよ」
「そ、そう?」
遠慮してない?
藤堂君の顔を見た。藤堂君も私を見た。でも、すぐに視線を下に向け、サラダを藤堂君は食べだした。
「あ、うまい」
藤堂君はそう言うと、また黙々と食べている。
「…」
私も食べだした。でも、さっきからどうしても気になる。
どうして?目も合わさない。こっちも見ようとしない。なんだか、ずうっと、よそよそしい。
私といても嬉しくないとか。今日、楽しくないとか。それとも、何か気まずいとか。それとも、なに?!
すごく気になる。だけど、聞けない。聞くのもなんだか怖いよ…。




