第35話 二人の距離
信じられないって言う、藤堂君が信じられない。クラスの女子も、弓道している藤堂君や照れて笑った藤堂君を見たら、きっと胸キュンしちゃうはずだ。
それより何より、私を好きだっていう方が信じられない。
「私も、信じられないんだけど」
「俺を好きだってことを?」
藤堂君は、ちょっと顔を引きつらせながら聞いてきた。
「違う、違う。藤堂君が私のことを思っててくれたことが…」
「え?」
藤堂君は目を丸くした。
「同じクラスになって、私ずっと暗くなかった?そんな私のことを見てて、がっかりしなかった?」
「全然…」
「で、でも、いろいろとアラが見えて、嫌になったりしたんじゃない?」
「…えっと…。どこも…」
藤堂君はちょっと照れているようだ。
「だけど、私、根暗だし…」
「そんなことないよ」
藤堂君はそう言うと、ベンチのすぐ横に来た。そして、下を向きしばらく黙っている。
何を言おうか、悩んでいるのか、困っているのか。
「俺、同じクラスになって、もっと結城さんのこと知って、それでも好きでいたし」
え?
「今も、いろんな表情見せる結城さん見てて、もっと惹かれていってるし…」
「ほ、本当に?」
「うん」
うわ~~。バクバクバクバク!心臓壊れそうだ。嬉しいけど、その言葉も信じられないよ。
か~~~。顔が熱い。藤堂君をちらっと見た。え?なんでこっちを見てるの?
「今、困ってるんじゃないよね?」
「うん」
困った顔してた?私…。
「その…、結城さんの顔が赤いのは、その…」
「顔、赤い?」
「うん」
「藤堂君が、信じられないような嬉しいことを言ってくるから」
「嬉しい?」
コクン。私は藤堂君のことを見ずにうなづいた。
「……。やばいな。俺、まじで浮かれてる」
「え?」
「あ、こっち見ないで。締まりのない顔になってるから」
またそんなことを言ってる。でも、そんな照れくさそうな顔も、大好きなんだけどな。
藤堂君はしばらくまた、そっぽを向いた。後ろから見ると、耳が真っ赤だ。
ぼけら~~~。私はしばらく、藤堂君の後姿を見ていた。
浮かれてる藤堂君。浮かれてるって言っても、顔が赤くなるくらいで、そんなに浮かれているようには見えないけど、でも、そんなことを言う藤堂君が可愛い。
ああ…。彼氏と、彼女なんだよね。たとえ、ベンチに藤堂君が座ってこなくって、私と藤堂君の距離があろうとも、会話がまったく二人の間になくって、2人して照れあっていようとも、彼氏と彼女なんだよね?
藤堂君は、
「帰ろうか」
とぽつりと言って、先にゆっくりと歩き出した。私もベンチから立ち上がり、藤堂君の横に並んだ。
「目じり下がってて、鼻の下伸びちゃうのか…。知らなかったな。気を付けないと」
藤堂君が恥ずかしそうにそう言った。
「え?」
「中西さんが今日、言ってたでしょ?」
「ああ、あれ。あれは冗談で言ったんだよ。藤堂君、そんな顔してないよ?」
「じゃあ、どんな顔になってる?」
「優しい目をして穏やかに笑ってたり、時々照れくさそうにしたり…」
「…照れくさそうに?」
あ、変なことを言ったかな。
「そっか。そういうの顔に出てるのか…」
「…」
いつもは、ポーカーフェイスなのにね。と言おうとしてやめた。わざと照れる顔を隠すようになったら嫌だもん。照れた顔、本当に好きだし。
って言ってみる?そうしたら藤堂君、どうするかな。
「あ、あの…」
「え?」
「藤堂君、その照れた顔、私の前では隠さないでほしいな」
「なんで?締まりのない顔してるでしょ?」
「ううん。私、藤堂君の照れた顔とかも、すごく好きで…」
って、言っちゃった!すごく好きだなんて、言っちゃったよ!私ったら。
か~~~~~~~!!!!!と私の顔も赤くなったけど、横にいる藤堂君の顔のほうが、思いっきり赤い。火がついたように真っ赤だ。
それから藤堂君は、顔を真っ赤にしたまま、黙り込んで歩いていた。隠さないでと言ったからか、そっぽを向くのはやめたようだけど、それでも、なんとなく下を向き、私のほうは見ないようにしているようだ。
真っ赤になって照れてる藤堂君は、隣にいるだけで可愛い。駅までの道、なんにも会話がなかったけど、私はすごく幸せだった。
ホームにはもう、藤沢方面の電車が来ていた。私はベルが鳴るまで、藤堂君の横にいた。
「乗らないの?」
藤堂君が聞いてきた。
「う、うん…」
だって、少しでも藤堂君のそばにいたいって、思っちゃうんだもん。
ベルが鳴りだし、私は電車に乗った。
「じゃあ、また明日」
藤堂君がにっこりと笑った。
「うん」
私はなんて言っていいかわからず、ただうなづいた。
ドアが閉まり、電車が走りだした。藤堂君を見ると、ずっとこっちを見ていた。私もホームにいる藤堂君を、見えなくなるまでずっと見ていた。
キュン。空いているシートに座ってからも、ずっと胸がキュンってしている。
明日も会えるんだね。嬉しいな。
夜、お風呂から出て、ベランダに出た。雲がかかっていて、星も月もまったく見えなかった。
「なんだ。月が綺麗ってメール、送れないじゃん」
そのまま私は携帯を握ったまま、ベランダにいた。なんでもないメールっていうのは、どんなのを言うのかな。
送りたいことを送れば、いいんだよね。たとえば…。たとえば?
今何してる?それ、聞いてみたいな。お風呂からはもう出たかな。手の傷はまだ痛むときがあるのかな。
夜、寝るまでの間、私のことを思い出す時ってあるのかな。なんて、そこまではさすがに聞けないな…。
私は、ずうっと、ずうっと藤堂君のことばかりを考えている。ご飯食べていたって、お風呂に入っていたって、ずっとだ。あまりにもぼけっとしてるから、さっきも母に怒られたところだ。
藤堂君の照れた顔が、ずっと頭から離れない。可愛かったな…。
「は~~~~」
メールがしたい。でも、なんて送っていいかがわからない。それよりも電話もしたい。直接声も聴きたい。でも、なんの用事もないから電話もできない。
今日は宿題も出ていないしなあ。
「そうだ。もうすぐテストがあるなあ。藤堂君、テスト勉強一緒にしてくれないかな」
ってメールしてみる?でも、そんなの明日でも話せることか。
あ~~~~~~。なんてメールする?!
結局11時に、
>おやすみなさい。
とだけ、メールをした。またきっと、藤堂君もおやすみなさいっていうメールをくれるだけだよね。
ブルル。携帯がすぐに振動した。わ。もう返事をくれたんだ。
>まだ、寝ないよ。
え?!藤堂君からのメールが、予想外だ!ど、どうしよう。なんて返したらいい?えっと、えっと。
>今、何してたの?
いいよね。こんなメールしても…。えい!送信!
>本、読んでた。
本?なんのかな。聞いてもいいよね。
>なんの本?あ、弓道の?
>小説。
藤堂君、なんてシンプルな返事なんだ。返事くれるんだから、それでもいいか~。
>どんな小説を読んでいるの?
>推理小説。
そうか。推理小説か…。私、読まないから突っ込んだ質問ができないなあ。作者は誰?とか、題名は?なんて聞いても、わかんないもんなあ。
あれ。会話がこれで終わっちゃう?
ブルル…。しばらくメールを送らないでいると、携帯が振動した。藤堂君からメールをくれたんだ!
>結城さんは何をしてるの?
うわ~~。聞いてきてくれた!嬉しい!でも、なんにもしてなかった。藤堂君になんてメールしようか悩んでただけだもん。
まさか、ずうっと藤堂君のことを思ってたよ、なんてそんなことも書けないよ。そんなの絶対にうっとおしいよね。
さて、どうしようかな。
>あ、寝るところだった?
またしばらくメールをしないでいると、そんなメールが来た。
>ううん。藤堂君になんてメールしようかなって、ずっと悩んでいた。
と書いてみた。いや、これはやっぱり、いくらなんでも…。
>音楽聞きながら、雑誌を見てた。
そう書き直して送った。実は本当に音楽をかけて、雑誌をめくってたけど、まったく頭に入ってなかったんだよね。
>雑誌?雑誌なんて見るの?
>興味がある特集だと買ってきちゃうの。
>どんな特集だと買って来るの?
>京都、奈良の特集。鎌倉散策。あと雑貨の特集とかも好き。
>鎌倉、好き?今度一緒に行く?
え。え~~~!!!!本当に?わあ、言ってみるもんだああああ。
>うん。行きたい。
私はすぐに返信した。ああ、最後にハートマークでもつけたいくらいだ。それにしても、藤堂君と鎌倉、似合いすぎる!
>今度の部の休みは江の島だから、次の休みかな。
>でももうすぐ、中間テストだよ?
>あ、忘れてた。一緒にテスト勉強する?
わ~~~~~。言ってみるもんだあああああ。
>うん。テスト勉強一緒にする!
嬉しすぎる。ああ、どんどん彼氏と彼女のメールって感じになってきている。
しばらく携帯を握って、私は喜びに打ちひしがれていた。
>それじゃ、本当におやすみ。
藤堂君からメールが来た。え?本当にって?時計を見たら、12時近かった。
あれ?いつの間に…。
ああ、メールのやり取りでこんな時間になってたんだ。
>おやすみなさい。
藤堂君からのメールのおやすみなさいが、おやすみに変わってた。なんだか、それだけでぐっと近づいたって感じがしちゃう。
もし、目の前で優しく「おやすみ」なんて言われたら、なんて想像しただけでくらくらしてくる。
あほだなあ。そんなこと言われるわけがないのになあ。
「は~~」
もう一回、メールのやり取りを見直した。鎌倉にも行けるし、テスト勉強も一緒にできるんだね。
それに、今度の休みの日には江の島だよ。デートだよ。
そうだ!何を着て行こう。
私はベッドから起き上がり、クローゼットを開けた。どれもぱっとしない地味な服ばかりだ。
いったい、どんな格好をしていったらいいだろう。でももう、買いに行ってる暇もない。
明日、麻衣に相談してみようかな…。
翌朝、ちょっと早めに家を出た。学校に着く前に、
>ちょっと相談があるの。
と書いて麻衣に送った。
>教室行く前に、中庭においで。
と麻衣から、返信があった。
私は校舎内に入らず、カバンを持ったまま中庭に行った。麻衣は、もうすでにベンチに座っていた。
「おはよう。なあに?相談って」
麻衣は明るく聞いてきた。
「実は…」
私はちょっと声のトーンを落として、麻衣にデートの着ていく服がないと、そう言ってみた。
「え?デート?」
「し~~~」
周りには、少しだけだが人がいた。園芸部だか、美化委員だかわからないが、2人の女生徒が花壇の世話をしているし、カップルがベンチに座っていちゃついているし。
「いつ、どこに行くの?」
「週末、江の島水族館に」
「二人で?」
「うん」
「ダブルデートじゃなくって?」
「うん」
「ふう~~~ん」
麻衣が思い切り、にやついた眼で私を見た。
「それはもう、スカートだよ。それも、膝丈よりも短いやつ」
「そんなの持ってないもん」
「え?そうだっけ?」
「うん」
「あ、あれは?スカートじゃないけど、ショートパンツ買ってたよね?」
「春に?うん。その下にスパッツ履いて着てた」
「それそれ。生足で履いてみたら?」
「え?無理だよ。あれ、すごく短いんだよ」
「いいじゃ~~ん。着ちゃいなよ~。最近暑いくらいだし、ショートパンツ生足でも大丈夫だって」
「絶対に無理」
「なんで~?藤堂君が見惚れちゃうよ。穂乃香、足すごく綺麗だし」
「そんなことない。絶対に無理」
「じゃ、膝丈より短いスカート買いに行く?」
「……。そんなスカートも履けないよ~」
「なんで~~?」
「わかった。ショートパンツにスパッツ履いていくことにした」
「生足は?」
「出さないよ」
冗談でしょ。あれ、かなり短いんだよ?
それから教室に戻ると、もう藤堂君がいた。え?なんで?
「おはよう」
藤堂君が微笑みながら、声をかけてきた。
「病院は?」
「毎日行かなくてもよくなったんだ」
そうなんだ。良かった。どんどん回復に向かってるんだよね?
ああ、それにしても今日もなんて凛々しいんだ。
「藤堂君、おはよう」
クラスの子が藤堂君にめずらしく、声をかけた。
「え?おはよう」
藤堂君はなんで声をかけられたんだろうって顔をしながら、無愛想に答えた。
その女の子はさっさと自分の席に行き、横にいる友達に声をかけている。そしてひそひそと話している。なんか感じ悪いかも。
2時限目は選択科目。藤堂君は音楽を、私は美術を選択していた。
あ~あ。私も部活が美術なんだし、授業くらい音楽にしたら良かったな。
麻衣と沼田君は音楽で、私は美枝ぽんと美術室に向かった。
すると後ろから、朝、藤堂君に声をかけた子がやってきた。
「結城さん」
「え?」
「藤堂君と付き合ってるんだよね。藤堂君って、いつもあんなに無愛想なの?」
「へ?」
「結城さんと付き合ってるんだし、もうちょっと愛想もいいのかと思って声をかけたら、無愛想だからびっくりしちゃった」
えっと。なんで私と付き合ってると愛想がいいと思うわけ?っていうか、なんで私と付き合ってるからって、声をかけるわけ?
「藤堂君ってさ、私一回、弓道してるところを見たんだよね」
「え?」
「私、1年の時放送委員で、いろんな部に潜入してレポートするみたいなことをしてたんだ」
「あ、知ってる~~~。昼休みの放送で、そのレポートの様子を流してたよね」
美枝ぽんが言った。そうなのか。私、昼休みにまともに放送も聞いてないからなあ。
「それで藤堂君が弓道してるところを見たんだけど、やたらとかっこよくって」
え?ドキ~~。まさか、それで惚れちゃったとか?
「でもさあ、インタビューしたらぶすっとして、あんまり答えてくれなくって、すごく怖かったの」
そうだったんだ。
「同じクラスになっても、話したこと一回もなくって。怖いなってずっと思ってたの。だけど、彼女もできたんだし、そんなに怖くもないのかなって思って、今朝声をかけてみたんだ」
ああ、それで?
「でもやっぱり、怖かった~~」
「うん。よく香苗ってば、声をかけてるなって、私は驚いたよ。私なんて絶対に声かけられない」
香苗っていう子の友達がそう言った。
「そんなに怖いの?」
私は聞いてみた。すると二人とも、同時にうなづいた。
そこまで怖がっているってどうよ?
「柏木君とも喧嘩したんでしょ?」
「怖い~~。殴り合いかなんか?」
「違うよ。そんなじゃないよ。喧嘩もしていないし」
私は慌てて否定した。
「でも、私面白い噂を聞いたことがある」
香苗っていう子が話し出した。
「なになに?」
美枝ぽんが興味津々って顔で、その子に耳を近づけた。
「藤堂君、1年の時に女の子にコクってふられたって」
うわ。私のことだ。
「それも、ずっとひきずってたとか、すごく落ち込んでたとか」
「わ~~。その女の子、よく恨まれなかったよね」
え?
「でもさあ、あの無愛想な顔でコクられても、そりゃ断っちゃうよね」
ギク。
「ほんと、よく結城さん、付き合う気になったよね。あ、弓道してるところを見たの?もしかして」
香苗って子が聞いてきた。
「うん。見学に行ったことあるけど」
「それでかっこよかったから、付き合うようになったの?」
えっと。確かに弓道してる藤堂君にも惚れたけど、それだけじゃないなあ。困った。
「もしかして脅された?」
「あ、藤堂君が怪我して責任感じてとか?」
「違う、違う」
慌てて私は顔を横に振った。その時、チャイムが鳴り、私たちは慌てて美術室に入った。すると、柏木君が片づけを終え、ちょうど美術室から出るところだった。
「あ、朝から今まで描いてたの?」
「うん。1時限目はここ、使う生徒がいなかったからさ」
「…そっか」
「結城さん、藤堂と付き合ってるの?」
「え?」
なんでそれ?
「今、話しがなんとなく聞こえた」
「あ…」
聞いてたんだ!
「付き合ってるの?」
「う、うん」
私は小さくうなづいた。
「ふうん、そうなんだ」
柏木君はそう言うと、私のすぐ横に来て小声で、
「よかったじゃん。でも俺は、複雑な心境だな」
とそう言って、それから廊下を早足で歩いて行った。
何?今の…。複雑?
なんだか、わけがわからない。でも、もう柏木君に関わるのはよそうって思っているし、ほっておこうかな。
美術室に入り、何気に準備室のほうに行ってみた。美術部員の絵は、そこにみんなしまうようにしてある。
柏木君の絵は一番手前の所に置いてあった。まだ絵の具も乾いていないので、他のとは別に置いてあり、すぐに柏木君のものだとわかった。
うわ!海は海でも、すごい荒れ狂ってる海だ。色もすさまじい。本当に怒りや苦しみをぶつけちゃってる。
こんな絵を描いていたんだ。見ているだけで私は、胸をぎゅうって握られたような苦しさを感じた。
表面では、何もなかったかのようにふるまっている柏木君。でも、原先生が言うように、本当に苦しんでいるんだ。そしてその苦しみやドロドロしたものを今、ちゃんと見て、絵で表現してるんだね。
もう関係ない、ほっておこうと思っていたのに、その絵を見た瞬間から私は柏木君のことが、いきなり気になりだしてしまっていた。




