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第34話 藤堂君

 生まれて初めて彼氏ができた。まだ、母親にも言っていない。でも、兄には報告した。

>今度写メ撮って、送れ!

と兄から返事が来た。

>じゃ、お兄ちゃんの彼女の写真も送って。

と返したら、

>どうせ、あれこれ言って来るんだろう?送らないよ。

と返ってきた。


 だったら私も送らないよ。と思っていたが、最近は送りたくてしょうがない。

 彼女から見た欲目なのかな。でも、藤堂君はかっこいいと思うんだ。


 身長は178センチあるって言ってた。高い!それにまだ、伸びてるらしい。

 髪は黒髪で短くさっぱりと。それがまた凛々しくて、とても似合っている。目は一重かと思っていたら、奥二重だった。ちょっと下を向いた時に、気がついちゃった。


 だけど目元涼しげで、鼻はすって通ってて、口元も涼しく、しょうゆ顔ってやつだ。麻衣が最初に言い出したんだっけ。和男子の顔をしてるって。本当にそうだよね。凛々しい和男子だ。

 沼田君は、ベビーフェイス。色が白く髪も栗色でくせっ毛。ハーフとまで言わないけど、クオーターって言ってもいいかもしれないような、ちょっと外国の血が混ざってるかのような顔つきだ。

 だから、藤堂君とは、正反対かもしれない。


 ベビーフェイスの沼田君は、いつも明るく笑っているから、親しみやすい。話しかけやすいらしく、クラスの女子もよく話しかけてくる。

 最近、それを美枝ぽんが気にしている。あんなに仲よさそうに話さなくても!と、時々怒っている。

 嫉妬しちゃうのもわかるけど、とっつきやすい容姿だし性格もそうだから、しょうがないよね。それに、どの女の子からも友達どまりっていうのも、見てるとうなづける。


 話しかけている女子は、沼田君を話しやすい男子、なんでも話せそうな友達…、程度にしか見ていないっていうのが、まるわかりなんだもん。美枝ぽんが心配することは全くないと思う。なんて、美枝ポンにとっては、それでもやきもきしちゃうんだろうね。


 私はと言うと、藤堂君は私、美枝ぽん、麻衣としか話さないので、安心していられる。クラスの他の女子はまったく、藤堂君に近寄らないのだ。

 藤堂君は、沼田君と話している時、良く笑っている。私といる時も、微笑んでいたり、優しい目でいることが多く、私はドキドキしながらも安心していられる。


 でも、他の人の前だと、特に女子だと、笑うことも少なく、口数もぐんと減るのだ。だから、とっつきにくい存在のようだ。

「ねえねえ、藤堂君って、怖くないの?」

とクラスの女子に聞かれたことがある。


 今日も体育の時間のあと、更衣室で着替えをしていた時に言われた。

「さっき、バレーボールが藤堂君の足元に転がっていっちゃって、藤堂君、取ってって頼んだら、なんにも言わずにボールをこっちにパスしてきて、ありがとうって言っても、なんにも言わずに、そのまんま行っちゃったんだよね。ちょっと怖かったよ」


 へ~~~。なんでかな。なんて受け答えていいか、わからなかったとか?それとも、それなりの意思表示はしていたのかもしれないな。


 たとえば、目で、うんって言ってたとか。そういう時、たまにあるもん。目が合うと、何かを目で言ってるの。わからなくって、あとで聞きに行くと、

「ああ、なんだ。通じなかったんだ。ごめん」

って謝られる。まあ、たいていが、さほどの用じゃなくって、元気?とか、おはよう、とか、挨拶らしいんだけどさ。


「藤堂君から、コクってきたんでしょ?なんでOKしたの?」

「え?」

「私だったら、考えちゃうなあ。何考えてるか、わからなさそうだし、デートとかしてくれなさそうだし、メールもくれなさそう。無愛想なところがあるし、怖いもん」

 そんなイメージなのね。藤堂君って。

 私はただ、おとなしい感じに見えたけどな。いつも穏やかで、涼しげで。でも、みんなには怖いっていう印象だったんだ。


 そうか。だったら、安心か…。あれ?でも、いいの?本当の藤堂君はすごく優しいし、シャイで可愛いんだけど。

 あ、でも、そういうのを私だけが知っているっていうのも、彼女の特典かも?

 あれ?そういうこと、前に美枝ぽんが言ってたっけ。


 体育の時間のあとはお昼休み。いったん更衣室から教室に戻る時、そんな話を美枝ぽんと麻衣にしていた。

「沼っちも、他の女子の前だと、ただ明るかったりふざけてるだけだけど、2人でいると赤くなったり、照れたりしてて、可愛いんだ。そういうのって、私しか見れないから、彼女の特典だよ」

 やっぱり。


「私も時々、司っちの照れたところや笑った顔見るけど、それって絶対に穂乃香といる時だもんなあ」

「え?そう?麻衣ともよく笑って話してるって思うけど」

「笑い方が違うんだって。穂乃香とだと、目じりは垂れてるし、鼻の下は伸びてるし」

「誰が?誰が?あ、もしかして、司っち?」

 いきなり、後ろから沼田君が顔を突っ込んでそう言ってきた。


「そうそう。司っち」

と麻衣がさほど驚かず、沼田君に返事をした。

「俺?」

 ギョ!!!

 藤堂君もいたの?!思い切り振り返ると、沼田君の横に藤堂君がいた。


 さすがに藤堂君がいたことには、私も麻衣もびっくりしてしまった。

「い、今の聞いてた?」

 麻衣が引きつりながら、藤堂君に聞いた。

「聞こえた」

 藤堂君は思いっきりぶすっとして、そう答えた。


「ごめん、司っち」

 麻衣が謝った。あれ?なんで謝ってるの?多分、藤堂君、怒ってないよ。あれ、照れ隠しだよ。

「…」

 藤堂君はまだむすっとしている。それからみんなで食堂に移動した。


 廊下を歩いている間、麻衣と沼田君、美枝ぽんは3人で話をしながらどんどん食堂に向かって行っていた。それからかなり間を開けて、藤堂君と私は特に話もせず、ゆっくりと歩いていた。そして小さな声で、

「俺、そんななのかな」

と藤堂君はぽつりと言った。なんのことかなって藤堂君を見たら、赤くなっていてそっぽを向かれてしまった。


 食堂に入ると、すでに沼田君と美枝ぽんは席に座っていた。藤堂君は沼田君の前に、さっさと腰掛けた。私はその横に座った。

 麻衣はパンを買いに行っているようだ。戻ってくると、私の横に麻衣は静かに座った。そして、

「司っちのこと、怒らせちゃった。あ~~、怖いなあ」

と、麻衣が私の耳元で、誰にも聞こえないくらいの小声で言った。


「なんで怖がってるの?」

 私も小声でそう聞いた。

「司っち、怒ると怖いじゃん。ずっとむすってしているし」

 へ?そんな時あったっけ?


「今朝も、穂乃香とのこと、ちょっとからかっただけなのに、ずうっとむすってして、返事もしてくれなくなったんだ」

 麻衣がまた、ぼそぼそとそう言った。

「え?そうなの?」

 つい、私は普通の声で言ってしまった。


「何?」 

 藤堂君がこっちを見た。自分のことを話されているのに、気が付いていたようだ。

「…でも、それ、照れ隠しだよね?」

 私は今度、藤堂君のほうを向いてそう聞いてみた。

「…それ、内緒」

 藤堂君はすごく声を潜めて、そう言った。


 え?内緒だったの?!これ。

「照れ隠し?それでむすっとしてたの?じゃ、ずっと照れてたってこと?」

 麻衣が藤堂君の顔を覗き込みながら、そう聞いた。

「あ~、ばれた」

 藤堂君がうつむきながら、そうつぶやいた。


「ごめん」

 内緒だったとは知らなかった。あ、もしかして、2人だけの内緒だったの?二人だけの。2人だけの?

 か~~~。心の中で言ってて、顔が赤くなった。そして、ばらしちゃったことを後悔した。ああ、もったいないことをした。せっかくの二人だけの内緒が!


「な~~んだ。怒らせたってびくびくして損した」

 麻衣がそう言った。

「麻衣ちゃんが、びくびくしたりするの?」

 美枝ぽんが驚いている。

「…だって、司っち、本当に醸し出す空気が怖かったんだもん」


 え…。そうなの?

 いつも横にいて、なんでこんなにあったかくって優しい空気を醸し出すんだろうって、私は思っていたのに。


 その日も、藤堂君と一緒に帰った。だんだんと日が伸びていて、学校を出る6時くらいでも外は明るい。

「結城さん、ちょっとこの公園の中を通って行かない?」

 学校から駅までの道は、歩道を歩いていけば着くんだけど、途中に小さめの公園がある。ベンチとブランコ、お砂場があるくらいの公園で、その奥にはグランドがあり、休みの日にはリトルリーグの子供たちが野球の練習をしている。


 その公園に藤堂君はどんどん入って行った。さすがに6時ともなると、子供の遊んでいる姿はない。犬を散歩している主婦がいるだけだ。

「ベンチに座らない?」

 藤堂君が聞いてきた。


「うん」

 なんとなく照れくさいな。なんか学校帰りに公園って、いかにも彼氏、彼女って感じじゃない?

「日、のびてきたね」

 藤堂君が空を見上げながらそう言った。

「うん」

 ドキドキ。緊張してさっきから、私はうんしか言ってないよ。


「今度の休みだけど、時間とかはメールで決めたらいいかな?」

 藤堂君がこっちを向いて聞いてきた。

 ドキ!デートのことか。

「うん」

 ああ、また「うん」だけになっちゃった。


 そういえば、メール、あまり頻繁にしたりすると迷惑かもって思って、全然してないんだよね。そうしたら、藤堂君もまったくメールをくれないんだもん。

「あの…」

 思い切って聞いてみる?メール、時々してもいい?って。

 でも、なんで?って聞かれても困るし。でも、でもさ。でも…。


「メールって、どういう時、したらいいのかな」

 はれ?変な質問になっちゃったよ。

「え?」

 ほら。藤堂君困った顔になっちゃった。

「この前、満月ってだけでメールしちゃって、悪かったかなってあとで反省したの」


「ああ、なんで?満月、結城さんのおかげで俺も見れて嬉しかったよ?」

「本当に?」

「うん。夜、空を見上げることなんかしないからさ」

「…」

 そっか。よかった。


「気にしてたの?」

「え?」

 ドキ。

「俺が、なんか変な返事しちゃったかな」

「ううん。そんなことない。ただ、あまり男の人とメールってしないから、どんなメールをしていいかわかんなくって」


「…それは俺も。俺なんて、男友達ともあまりメールしないからなあ」

「そうなの?沼田君は?」

「しないよ。ほとんどしない」

「部の友達は?」

「部活の用でもなかったら、メールなんて来ないよ」


 そうなの?

「あ、じゃあ、野坂さんは?」

「連絡事項の時だけだよ」

「そっか…」

「結城さんは、友達とけっこうメールし合うの?」


「うん。麻衣とはよくしてる方かも」

「ふうん」

 藤堂君はそう言ってから、下を向き黙り込んだ。

 なんか、メールしてって催促してるみたいかな。こういうのって、面倒くさいのかな。

 ドキドキ。う~、心臓に悪い。


「じゃあさ…」

 ドキン。

「え?」

 何?

「俺、どういうことをメールしていいかもわからないから、結城さんからしてくれるかな」

「え?」


「そうしたら、返すようにする」

 え?え?メールしてもいいってこと?

「えっと、連絡事項とかを?」

「二人の間で連絡事項何てないでしょ?」

「じゃ、じゃあ、なんでもないようなことでもいいの?」


「うん。いいけど…」

 本当に?!

「でもさ、なんでもないようなことって、どんなこと?」

 藤堂君が不思議そうな顔をして聞いてきた。

 え?そっか。理由がないとメールしたら変なのか。


「あの、ごめん。なんでもないことは、メールしないようにするね」

 私はうつむいてそう答えた。

「あ、違うよ。嫌がってるわけじゃなくって。本当にどんなことなのかなって、俺、そういうの疎いから教えてほしいなって思って…」

 藤堂君はちょっと慌てて、私にそう言ってきた。


「…えっと。だから…。この前みたいな満月が綺麗だとか」

「うん」

「それから、えっと…。何かな?」

 今、何してるの?とか。おはようとか、おやすみとか。本当は、もっといろいろと恋人っぽいメールもしてみたい。

 けど、そんなこととてもじゃないけど、言えないっ。


「それから?」

 藤堂君がまだこっちを見て、聞いてくる。

 だから、早く明日になって、藤堂君の顔が見たいよとか、今日の藤堂君もかっこよかったよとか、ハートマークつけたりしちゃったり。そんなメール…。

 とてもじゃないけど、送れるわけがないな…。


「ごめん。やっぱり私にもわかんないや。その状況になってみないと」

「ああ、そうだよね…」

 藤堂君はまた下を向いた。

「……」

 藤堂君は、私からのメール、面倒?なんとも思わない?

 やっぱり、どんなことを書いていいかわからなかったから、送れなかった…。ってわけじゃなくって、送る気もなかったんだよね。


 ちょっと、がっくり。

「もし、俺が友達だったら、そんなにメールしたりしない?」

 藤堂君が下を向いたまま聞いてきた。

「え?うん。あまりしないかな」

「沼田は?メアド知ってたよね」

 藤堂君がこっちを見て質問してきた。


「でも、あまりしないよ」

「そっか」

 藤堂君はまた、下を向いた。

「じゃ、俺にメールくれるのも、俺と付き合ってるからだよね?」


「え?うん。もちろん」

「…………そっか」

 藤堂君が耳を赤くした。え?なんで?

「なんか、結城さんからメールが来るってことが、まだ信じられないっていうか」

「え?!」


 あ。藤堂君、もっと赤くなった。

「いまだにまだ、付き合ってるっていうのも、信じられないっていうか…」

「……」

 は?

「俺のどこがよかったのかが、いまだに疑問」


「……」

「前に、みんなでそれぞれの良さを言い合ったよね?」

「うん」

「結城さん、俺が部の仲間を大事にしてるって言ってたけど、そういうところなのかな」

「え?」

「そういうところを見て、俺と付き合ってもいいって思ったのかな」


「……」

 あれ?私、他にもちゃんと言ってなかったっけ?

「私、好きな人のこと話してたと思うんだけど」

「一緒にいるだけで幸せってやつ?」

「うん。それとか、優しいとか…」


「それって本当に俺?聖先輩じゃなくて」

「うん。藤堂君だよ」

 なんで聖先輩がそこで出てくるの。

「俺さ、女子にいつも怖がられてるよ?今のクラスの女子だって、怖がって話しかけてこないし」

 あ、知ってたんだ。怖がられてるの。


「なのに、俺のどこが優しいんだろうって、ちょっと悩んでて」

「え?」

「好きな奴といるだけで、幸せだって言ってたよね?でも、俺といてもいつも、苦しそうな顔してたし。だから俺が幸せにしてるなんて、ちょっと信じられないんだよね」

「そんなに私、いつも暗い顔してた?」

「…うん」


 そっか。確かによく、地の底まで行ってたけど、それを藤堂君は見て、気にしてたんだな。う。悪いことをしたな…。

「そういう時は多分、藤堂君に私はなんとも思われてないなって、そう感じてた時かな」

「え?俺に?」

「それで、落ち込んでた」


「…そ、そうなんだ」

「うん」

「そっか…」

 藤堂君は黙って、また下を向いた。

「だけど、優しいってのは?やっぱりそれも、わかんないな」

 藤堂君は下を向いたまま、ぽつりと言った。


「優しいよ。今だって隣にいて、あったかいし」

「俺が?!」

 藤堂君がびっくりして顔をあげた。

「う、うん。いつも、穏やかで、表情もやわらかくて、時々はにかんだように笑うのも、くすって声を出さずに笑うのも、可愛いなって」


「か、可愛い?俺が?」

 藤堂君が顔を思い切りしかめた。

「ごめん。怒った?」

 可愛いって言ったから?

「お、怒ってないけど」

 か~~~。あ、藤堂君の顔が一気に赤くなっていく。なんだ、照れてたのか。


「藤堂君は、本当に人を傷つけようとしないし、限りなく優しいって、そう感じてるもん」

「そ、それは多分、結城さんの勝手な思い込み…」

 藤堂君はまだ、顔が真っ赤だ。

「そうかな。そんなことないと思うけどな」

「…」

 まだ赤い。


「それから弓道してる時の藤堂君、凛々しいし」

「え?」

 ああ。言っててこっちが恥ずかしくなってきた。駄目だ。きっと私も真っ赤だ。

 でも、藤堂君も真っかっかだ。


 藤堂君は、私と逆のほうを向いた。それから、しばらくすると、すくって立ち上がった。ブランコのほうに行き、ブランコを勝手に一人で押してみたり、そのあとブランコから離れ、ちょっとその場を歩いてみたりしている。

 そして、立ち止まると、

「やっぱ、信じられない」

とぼそって言った。

 藤堂君の顔はまだ、赤かった。




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