第33話 彼氏、彼女
翌日、藤堂君は今日も病院に行ってから来るようだ。
1時限目が終わり、私は自分の席から、空いている藤堂君の席を見ていた。まだ来ないのかな。と、ドキドキしながら。すると、
「藤堂と結城さんって、付き合ってるの?」
と、隣の男子がいきなり聞いてきた。
「え?」
いきなりですごくびっくりしていると、
「沼田と八代さんも付き合ってるんだろ?なんか、みんなで仲良くしてるなって思ったら、カップルになっちゃったんだなあ」
と話を続けた。
「…」
困った。美枝ぽんは、廊下で部の先輩と話し込んでいるし、沼田君はさっきから麻衣と話しているし、こういう時には、どう返したらいいんだろう。こ、困った。
「いいよなあ。俺も彼女欲しい」
「俺も~~。藤堂なんて、あんな無愛想なの、どこがよかったわけ?結城さん」
今度は後ろの席の男子が言ってきた。
「え?」
これまた、なんて返事をしたらいいの?
「藤堂ってさ、1年の時、誰かにコクってふられたって聞いたことあるよ」
ほえ?今度は斜め後ろの男子が、話に加わってきた。
「ああ、その噂知ってる。でも相手って誰?」
「おいおい、そういうの結城さんが知らなかったら、結城さん、気になっちゃうじゃん。なあ?」
「あ、わりい、わりい。でも、ふられたってことだし、もう何とも思ってないっていうのも、聞いたことあるしさ、昔の話だから結城さんも、気にしないでもいいよ」
どひゃ。なんか私の席の周り、4~5人男子生徒が集まって来てて、囲まれちゃってるんですけど?
「結城さん、あいつのどこがよかったわけ?」
「そういえば、柏木と取り合ったって本当?」
「柏木から藤堂が奪ったんだろ?それで怪我させられたって聞いたよ、俺」
どひゃあ。また増えた。
「おい」
のぶとい、低い声がいきなりして、男子生徒が振り返った。
「あ、藤堂」
「そこ、どいてくれない?結城さんに話があるんだけど」
「悪い。どくよ」
そう言うと、周りにいた男子がわらわらと自分の席に戻って行った。
「と、藤堂君」
私は半べそをかきそうになっていた。
「なんで取り囲まれてたの?」
藤堂君は小声で聞いてきた。
「わかんないけど、藤堂君と付き合ってるのかとか、いろいろと聞かれて」
私も小声でそう答えた。
「ひやかされてたの?からかわれてたとか?」
「ううん。ただ、いろいろと質問攻めに」
「なんて?」
「噂のこととか、本当なのかって」
「ああ、そういうことか」
藤堂君は、いきなり後ろを向くと、さっきまで私の周りにいた男子に向かって、
「聞きたいことがあるんだったら、結城さんじゃなくて俺に聞けよ」
とそう言った。
「え?」
みんながいっせいに藤堂君に注目した。
「結城さん、困らせるなよな!」
藤堂君がまた、低い声でみんなに言った。
「そんなに怒るなよ。こえ~なあ」
隣の男子が笑いながらそう言うと、藤堂君はその男子をきっと睨んだ。
「なんだよ。いきなり彼氏気取りかよ」
その男子がそう言うと、そのまた隣に座っている女子が、
「ブ!彼氏気取りじゃなくて付き合ってるんだから、彼氏なんじゃん?」
とふきだしながらそう言った。
「え?」
隣の男子がムッとして、その子に聞き返した。
「結城さんのことを気に入ってたのに、藤堂君に先をこされて、悔しいだけでしょ?なんにもできなかったくせに、人のものになってからあたふたしたって、遅いんだよ。なんかかっこわる~~」
「なんだよ、文句あるのかよ」
「もう二人は付き合ってるんだから、いいじゃん。彼氏気取りじゃなくって、彼氏なんだからさ」
「そんなのわかってるよ!」
わあ。2人が火花を散らしてる。喧嘩?喧嘩になっちゃうの?
「沢村君、やめなよ。そんなにカッカしないで。それに朋子も沢村君のこと、いじるのやめなって」
麻衣が二人の間に入り、そう言ってなだめた。
「ふん。男子ってすぐ熱くなって、バカみたい」
「朋子。やめなって」
麻衣の言葉にようやく2人は黙って、おとなしくなった。
びっくりした。朋子っていう子、話したこともないし、髪も茶色で化粧もしてて、ちょっと気も合わなさそうな子だけど、男子と喧嘩もできちゃうくらい、気が強いんだ。
それに、沢村君が私のことを気に入ってたって言った?冗談でしょ。
藤堂君は、席に着いた。席に着いてから、何やら麻衣に話しかけ、それから私のほうを見た。それもじいっと見ている。
な、何かな。目が合ったけど、どうしたらいいのかな。
ふ…。藤堂君は視線を前に向けた。
隣の沢村君の横顔が視界に入った。下を向いて、むすっとしているのがわかった。
はっきり言って、このクラスになって、最初から藤堂君のことしか意識していなかったから、隣の男子すら目に入っていなかったし、名前も今日初めて知った。
まあ、私のことを気に入ってたっていうのは、絶対にないことだろうけど、でも、そんなことより、藤堂君が私の「彼氏」という言葉のほうが、ずっと私の頭を占めていた。
彼氏。そうか。彼氏。彼氏なんだ。
そして私は、彼女。
きゃわ~~~。
彼氏気取りじゃなく、彼氏。
で、私も彼女気取りでなく、彼女だから、彼女なんだよ。
か~~~。顔が熱くなってきた。でも、彼女って、何?
いったいどんな態度でいたら、いいのかな。わ、わかんない。
次の休み時間に、なんとなく美枝ぽんにそのことをこっそりと聞いてみた。
「え~~。そりゃ、恋人ってことだよ」
「恋人って…?」
真っ赤になりながら、美枝ぽんに聞いた。
「恋人は恋人でしょ?友達とも違う」
「友達との境目って?」
「友達だったら、キスとかしないでしょ?」
キス?!!!!
「そ、それは今だってしない」
「今はね。でもこれから先はわかんないじゃん」
そ、そうだ。そうだよね。付き合うって、そういうこともあるってことで。
え、ええ?ええ~?ちょっとなんだか、そういうのは考えられない。
「穂乃ぴょんって、面白いよね」
「え?」
「すんごい奥手。やっぱり、国宝もんだよね」
国宝?!
「藤堂君も奥手そうだし、こりゃ、なかなか進展しそうにないね」
「…」
進展しなくてもいいかも。藤堂君が奥手だとしたら、ちょっとほっとしてるかも。
「手をつないでデートとかしたくない?」
「え?」
「そういうの、藤堂君としたくない?」
したいです。
「ね?やっぱり、あんまり藤堂君が奥手でも困るでしょ?」
ドキ~~。美枝ぽん。私、何も言ってないのになんでわかるの。あれ?まさか私の口から出てた?それとも、美枝ぽん、エスパー?
「だからね、ちょっと穂乃ぴょんのほうからも、手をつないでって言ってみたりしてごらんよ」
「私から?」
「うん」
とんでもない。そんなこと言えないよ。
「頑張って!」
頑張ってって言われても。
お昼は、みんなで食堂に行った。藤堂君はパンを買いに行っていて、あとから席に来た。そして私の横に座った。
パン、袋から出すの、片手じゃ大変だよね。手伝うよって言ったほうがいいよね。っていうか、してあげたいし。
と思って、手伝うよと喉まで出た言葉を、次の瞬間飲み込んだ。藤堂君はパンの袋を口にくわえ、器用に片手で開けてしまったのだ。
あ、あれ…。私の出番は?
がっくり。もっと早くに手伝うと言えばよかった。
美枝ぽん、麻衣、沼田君は楽しそうに話をしている。藤堂君はそれを聞き、たまに笑っている。そして私は、もくもくと食べていた。
私って、彼女だよね。でも、彼女らしいところ、まったくないよね?
「そう言えば穂乃ぴょん。男子にからまれてたね」
「え?」
沼田君がいきなり言い出した。
「気づいてたんならお前、助けろよ」
藤堂君がぼそって言った。
「うん。なんか言いに行こうとしたら、司っちが教室に入ってきて、すげえ怖い顔して穂乃ぴょんのほうに行ったから、俺が出ていく必要もないかなって思ってさ」
「…」
藤堂君が黙った。それからしばらくして、
「あいつ、沢村って」
とぼそってまた口を開いた。
「あ~~。穂乃ぴょんに惚れてたみたいだよね。知らなかったの?司っち」
「沼田君。そんなわけないじゃん」
私は慌てて、沼田君の言ったことを否定した。藤堂君だって、誤解しちゃうよ。
「うん。穂乃香の隣の席、あれ、本当は他の男子だったんだよ。でも、そいつと席を交換したみたいだよ」
今度は麻衣までが、そんなことを言いだした。
「私も知ってる。沢村君って、穂乃ぴょんがいない時、わざと穂乃ぴょんの席に座って後ろの男子と話してたりしてたし」
え?!それ、知らないんですけど。
「…そうだったんだ」
藤堂君が何やら、青ざめている。
「司っち、うかうかしてたら、沢村に穂乃ぴょんを取られたところだったね」
「まさか。そんなことありえないから、変なこと言わないで、沼田君!」
私は慌てて、そう言った。みんなが私のほうを向き、
「穂乃ぴょん、一途だもんなあ」
「穂乃香は司っちのことしか、目に入ってなかったみたいだしねえ」
「うん。心配ないね。穂乃ぴょん、古風な女だし」
と言い出した。
ええ?なんだ、その古風な女っていうのは、美枝ぽん!
「………」
「あ、藤堂君、真っ赤だ」
「本当だ。司っち、照れてる~~」
美枝ぽんと沼田君が、藤堂君をからかっている。
「う、うっさい」
藤堂君は、うつむいたまま、ぼそってそう言った。
「なんだか、初々しいカップル」
麻衣がそう言って、
「あ~~あ、私も彼氏、欲しいよ~」
と嘆きだした。
「そうそう。それでね、彼氏を作るために私、バイトをすることにしたんだ」
ちょっと落ち込んだと思ったら、いきなり麻衣は復活した。
「え?バイト?」
「うん。面接はこの前行ったの。明日あたり返事が来るはず。藤沢のファーストフード。もしバイトすることになったら、お店に食べに来てね」
「うん。絶対行く」
美枝ぽんと沼田君が、目を輝かせた。藤堂君はまだ、耳を赤くしたまま下を向いていた。
あれ。いつもなら、もうとっくにポーカーフェイスの藤堂君に戻っている頃なのに、どうしたのかな?
お昼を食べ終わり、藤堂君は席を立つと、
「俺、購買に行ってくるから、みんな先に戻ってていいよ」
と言い出した。
「うん。わかった~~」
麻衣がそう言いながら、お弁当を片づけた。私もお弁当を片づけていると、隣で席を立ったまま、藤堂君が動かないでいた。
あれ?まだ、行かないのかな。
そして、私が片づけ終わると、
「結城さんも、付き合ってくれる?」
と藤堂君は聞いてきた。
「え?うん」
私も?何かな。あ、お財布からお金を出すのを手伝ったりとか、何か藤堂君一人じゃ、困るから私も来てってことかな?
役に立てるのかな。彼女だから、私に頼みたかったのかな。か、彼女だから?うきゃっ!
私は嬉しい気持ちを抑えつつ、藤堂君の後ろから浮き足立ってついていった。
すると、藤堂君はノートを1冊さっさと持って、小銭をポケットからジャラっと出し、あっさりと買ってしまっていた。
あれ?私、用無し?いなくてもよかった?
「ごめん。付き合わせて」
そう言いながら、藤堂君は私の横に来た。
「う、ううん」
なんで、私も来てって言ったのかな?
「ちょっと、中庭行かない?まだ、時間あるよね」
「うん」
中庭?!2人で?!
藤堂君は先に歩き出した。中庭には、何個かベンチがある。そこでお弁当を食べている生徒もいるんだけど、たいてい、一個くらいのベンチが空いているものだ。
今日も空いていた。多分、一番日が当たるから、誰も座らなかったんだろうな。
藤堂君はそこに黙って腰かけた。私もちょっと間を開けて、ちょこんと座った。
「あのさ…」
藤堂君は下を向き、私のほうも見ないで話しだした。
「沢村のことなんだけど」
「え?」
「あいつが、結城さんのことを好きだって、そういうの結城さん、わかってた?」
へ?
「う、ううん。まったく」
私は首を横に振った。
「俺も、誰が誰を好きだとかそういうの、まったく疎くって、わかんなかった」
「…あの」
「え?」
「でも、わかってても、どうにもなってないと思うし」
「どうにもって?」
「私、沢村君の名前も、今日初めて知ったの」
「そうなの?でも、隣だよね」
「う、うん。だけど、まったく興味がなかったし」
「…」
「女子の名前ならもう、全員覚えた。あ、名字だけ」
「うん」
「男子はあまり話さないし、名前も覚えようともしなくって、私」
「…そっか」
藤堂君はちょっと、安心したようにほってため息をついた。
そんなに心配しなくてもいいのになあ。
「2年になってから、私、藤堂君のことしか多分見てないよ」
思わず、藤堂君を安心させたくて、私はそんなことを言ってしまった。
「え?!」
藤堂君が思い切り驚いている。
「あ、あの。最初の頃は、藤堂君と同じクラスでどうしようかなって思ってたけど」
「あ、ああ、そうだよね」
「でも、そうやって意識してるうちに、いつの間にか藤堂君に惹かれちゃって…。それからもずっと、私、藤堂君のことしか目に入ってないし」
ボワ!藤堂君の顔が一気に赤くなった。
はっ!私、もしかしてすごい告白をしてしまった?!私の顔も一気に熱くなった。
照れ…。また二人して下を向き、赤くなって黙り込んでしまった。
「そろそろ行く?」
藤堂君がそう言って、ベンチから立ち上がった。
「うん」
そして、二人でとぼとぼと校舎に向かって歩き出した。
「結城さん」
ちょっと前を歩いていた藤堂君が、振り返りもせず声をかけた。
「俺も、ずっと結城さんのことしか、目に入ってなかったから」
え?!
それだけ言うと、藤堂君はさっきよりも歩く速度を速めた。藤堂君の耳が真っ赤になっているのが、後ろから見てもわかった。
ボワ!でも、私もきっと真っかっかだ。今、藤堂君がこっちを見ていなくって、良かった。
うわ~~。照れくさいやら、嬉しいやらで、心臓もドクンドクンしちゃってるし、大変だよ~。
ちょっと間を開けて、私は藤堂君の後ろをてくてく黙って歩いた。さっきから、全然顔のほてりがおさまらない。
ちら。藤堂君の後姿を見た。あれ?藤堂君の耳も、まだ赤くなってる。
きっと二人で、赤くなりながら今、歩いてるんだ。
手なんてつなげそうもないし、まだまだ「恋人」って感じじゃない。だけど、やっぱり友達とは違う。
こうやって、藤堂君のちょっと後ろを歩くのも、耳の赤いのを見ているのも、なんだか幸せかも、それだけで、胸がいっぱいかも、なんて私は思いながら歩いていた。




