表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/121

第31話 胸キュン

 放課後、今日は沼田君は、1年の時の仲良かった仲間と遊びに行くと言って、さっさと帰っていき、美枝ぽんも部の友達と部の帰りにご飯食べて行くんだ~と言って、ウキウキしながら部活に行った。

 麻衣は久々に芳美とお茶をして帰るらしい。


 藤堂君は私と、美術室に行き、

「今日も一緒に帰ろう」

と言って、私がうんってうなずくと、ニコって笑って、そのまま道場に向かった。


 一緒に帰れる。これこそが、私の待ってた、あこがれてた彼氏のいる高校生活じゃない?

 メールもしあって、それから、休みの日にはデートもして。

 で、デート!2人で出かける!わ~~。そんな日がいつか来るんだ~~!


 そんなことを思っていたら、なかなか絵が描けなかった。

 いけない。いけない。絵を描くことに集中しよう。


 私は黙って、絵を描きだした。絵の中の藤堂君が、私にどんどん力をそそいでくる。

 きゅ~~~ん。って、絵の中の藤堂君にまで、私は胸キュンしてるのか。やっぱり、重症だ。

 今日も、何度もキュンってなった。あくびをした藤堂君の横顔にも、黙ってる凛々しい藤堂君にも、ちょっと照れくさそうに笑った藤堂君にも、さっきの一緒に帰ろうって言ってくれた藤堂君にも。


 何回も何回も、キュンキュンってしちゃって、そのたび私の顔がほてっていた。きっと藤堂君といると私は、真っ赤になっちゃってるんじゃないかなあ。

 それにきっと、目がハートになってるよね。

 藤堂君。ああ、早く5時にならないかなあ。

 って、絵だよ。絵!絵に集中だよ。 


 っていうのをずっと繰り返している間に、窓の外が赤く染まっていき、藤堂君が美術室にやってきた。

 わ。来ちゃった。あ、なんだか、照れくさそうにしている。

「まだ、絵、描いてたの?」

「うん。あ、でももう終わるよ」

 5時はとうに過ぎていて、他のみんなは片づけをして帰って行った。


「また、結城さん、最後?あ、まさか俺のこと待ってて、この時間まで描いてた?」

「ううん。時間に気づかないでいただけで」

 なにしろ、藤堂君を思ってみたり、絵に集中してみたりっていうのを、繰り返しちゃってたからなあ。


「あ、じゃあ、邪魔しちゃったかな?」

「ううん。本当にもう、終わらせようと思ってたから」

 っていうか、邪魔するどころか、藤堂君が来てくれて、今、すんごく嬉しいんだもん。でも、そんなことは言えないよ。


「…夕焼け、綺麗だね。昨日も思ったんだけどさ」

 そう言いながら、藤堂君は窓際まで歩いて行った。

「うん」

 藤堂君は窓から外を眺めた。私はその後ろ姿に、つい見惚れてしまったが、藤堂君がこっちを向いたので、慌てて、片づけているふりをした。


「ゆっくり片づけていいよ」

「う、うん」

 ドキドキ。なんだか、見られてて、手が震えちゃいそうだ。

「お腹空いてない?結城さん」

「え?うん。あ、藤堂君も?」


「うん。なんか食べてく?」

「うん」

 うわ~~~。一緒にお茶もできるの?嬉しいかも。嬉しすぎるかも!

「……」

 藤堂君が何やら、じいっと私を見ているようだ。ものすごい視線を感じる。


「な、なあに?」

 私の顔に何かついてる?あ、もしかして絵の具?

「今、すごく嬉しそうにしてたから」

「え?」

「…もしかして、嬉しいのかなって思って」


 え?

「………」

 嬉しいに決まってるよ~。なんで、そんなこと聞くのかな。私はきょとんとして藤堂君を見てしまった。

「あ、俺の見間違い?」

「まさか。嬉しいって思ってたよ?」


「俺と、帰れるから、とか?」

「うん」

「それに、どっかに一緒に寄っていくから、とか?」

「うん」

「…沼田が言ってたのって、本当?」


「え?」

 藤堂君が耳を赤くして聞いてきた。

「言ってたことって?」

「結城さんが、健気で一途」

「…」

 か~~。私の耳も熱くなった。


「お、重い?」

「え?」

「健気で一途って、重い?」

 グルグル。藤堂君は顔を横に振って、

「う、嬉しいよ」

とそう言うと、くるっと後ろを向いてしまった。


 もしかして、今、すごく照れてる?

「中西さんも言ってたけど、俺さ、多分、結城さんの前ではポーカーフェイスでいられないみたいだ」

「え?」

「多分、結城さんもがっかりしちゃうかも」


「がっかり?」

「しまりのない顔とか、今も俺、していそうだ」

「……」

 私は藤堂君の横まで行って、ちょこっと顔を覗き込んだ。

「うわ。なんで見に来てるの?」

 藤堂君が驚いている。その驚いた顔が、すごく可愛い。


 キュン~~!か、可愛い。ぱっと顔を私に見られないよう、藤堂君はまた後ろを向いた。後ろからでもわかる。耳が真っ赤だ。

 可愛い。


 キュン!今日は何万回も、胸キュンしてる気がする。

「と、藤堂君」

「え?」

 藤堂君は後ろを向いたまま、返事をした。

「がっかりしないよ」


「え?」

 藤堂君がちょっとこっちを見た。

「そ、その逆で、嬉しいかも」

「え?」

 藤堂君は目を丸くして私を見た。うわ。その顔にも胸キュンだ。


 どうしたらいいんだ。どんな藤堂君にも胸がときめいてしまう。

「お、藤堂、また絵を見に来たのか」

 原先生が入ってきた。

「え?あ、はい」

 藤堂君は焦ったように返事をした。


「結城の絵を見てどうだ?これは、藤堂がモデルだろ?」

 原先生が聞いた。藤堂君はまた、赤くなるのかなと思って見ていると、

「やっぱり、結城さんの絵はすごいですね」

と静かな、いつもの藤堂君の穏やかな表情に戻っていた。


「藤堂もこの絵の藤堂に負けないくらい、頑張れよ」

「え?」

「秋の大会。怪我もその頃には治ってるんだろう?」

「はい。もっと前に治ってると思います」


「そうか。今は練習もできないと思うがな。だけど、怪我をしたことも無意味なことじゃないと思うぞ」

「…」

「いろんなことが見えて来たり、考えることのできる時間ができたんじゃないのか?」

「はい」

 藤堂君は真面目な顔になって、うなづいた。


「…柏木も、今日も朝早くに来て絵を描いていた。絵に向かっていると、自分とも向き合えるって、そんなことを言っていた」

 柏木君が?

「…藤堂に怪我をさせたことは、反省していたようだが、まあ、それがきっかけで、また絵を描きだしたようだしな」


「僕に怪我をさせたのがきっかけって?」

 藤堂君が不思議そうに聞いた。

「絵を前にして、柏木が言ってた。俺の心の中はどろどろです。そんな自分をしっかりと、見てみますってな」

 どろどろ?

「すごい絵を描いているよ。柏木も」

「そうなんですか」

 藤堂君は静かにそう言った。


「戸締りは俺がしていくから、もう二人とも帰りなさい。片づけも終わったんだろ?」

「はい。それじゃ、お先に失礼します」

 私は先生にお辞儀をして、藤堂君と美術室を出た。


 藤堂君はしばらく黙って、廊下を歩いていた。

「柏木、相当辛かったんだな…」

 藤堂君がぽつりと話し出した。独り言のように。

「自分の中の暗闇って、見たくないもんな。それに今、向き合ってるんだな」


「藤堂君の中にも、そんな暗闇があるの?」

「あるよ。俺だって。だから、昨日も言ったじゃん」

「え?」

「嫉妬。俺、エゴの塊だよ?」

「それだったら、私も…」


 藤堂君は私を見た。そして少し目を細めて、微笑んだ。

 ああ、それ。その表情も好き。

「結城さんも、俺が他の子と仲良くしてたら、やきもちやいちゃうんだね」

「う、うん」

「…」

 藤堂君は黙った。黙って私よりもちょっと先を歩き出した。


「俺、まだまだ結城さんのこと、知らないんだな」

「え?」

「やきもちとか、そんなに妬かないのかなって思ってたし」

「…」

 え?


「もっと、何があっても穏やかでいるんだろうな、とか…。勝手に思い込んでいたかも」

 ズキン。こんな私でもしかして、がっかりしてるの?

「…結城さんって」

 な、何?その先、聞きたくないんだけど。

「思っていたよりも、もっと可愛いんだね」


 ……えっ?!

 か、可愛い?!


 藤堂君はこっちを見てくれない。暗い廊下で、耳が赤いのかどうかもわからない。

「って、俺、何言ってるんだろう…」

 藤堂君は一回立ち止まったのに、また歩き出した。

 ドクン。ドクン。む、胸が…。苦しいくらいドキドキしちゃってるんだけど。


 てくてくてくてく。私は黙って、ドキドキしながら、藤堂君のあとを歩いていた。

「結城さん?」

 昇降口まで来ると、藤堂君が私を見て、声をかけた。

「え?!」

 ドキン。なに?


「怒った?」

「う、ううん」

 首を思い切り横に振った。

「…顔赤いけど、もしかしてずっと照れてた?」

 コクン。私はうなづいた。


「………」

 藤堂君が目を細めて私を見た。それから、

「やっぱり」

とぼそってつぶやいて、すぐに自分の下駄箱まで行って靴を出した。

 私も靴を出して、履きながら、

「あ、何か手伝うこと…」

と聞こうとした。だけど、藤堂君はもうすでに靴を履き終え、私のことを待っていた。


 あれ?昨日はバランスが崩れるから肩貸してって言ってたよね?大丈夫なの?さっさと靴履いちゃったよ?

「結城さん」

「え?」

「どこに食べに行く?」


 あ、そうか。

「藤堂君、甘いもの好きなんだよね?ドーナツにする?」

「え?あ!」

 いきなり藤堂君が、何かを思い出した。

「野坂さんにもらったクッキー、みんなで分けるの忘れてた。っていうか、あれ、どうしたっけ?」


「…食堂に忘れてきた、とか?」

「…そうかも」

「野坂さん、それ、知ったら傷つく」

「だよね?ごめん。ちょっと食堂行ってくる。まだあるかもしれないし」

「つ、着いてく!」


「え?」

「ここで一人は嫌だよ」

「あ、そっか。結城さん、怖がりだっけ」

「…」

 怖がりって言われるのも、ちょっと子ども扱いされたみたいで嫌だけど、待たされるよりずっといい。


 また上履きに履き替え、食堂に向かった。食堂はもしかするとまだ、開いてるかもしれない。閉まっていても、中にきっと、食堂のおばさんか、おじさんがいるはず。

 あ、明かりついてる。誰かいるんだ。

 ガラ…。


 藤堂君が先に入った。そのあと、私が入ると、

「せ、先輩」

と野坂さんがそこにいた。

「あ…」

 藤堂君はやばいって顔をして、すぐにまたポーカーフェイスに戻った。


「ごめん。それ、忘れたことに気が付いて、今、取りに来たんだ。」

 野坂さんは自分が作ったクッキーの袋を、手に持っていた。その横には2人女の子がいて、こっちを睨んでいた。

「忘れて行ったんですか?」

「うん」


「みんなで食べてくださいって言ったのに」

「ごめん」

 藤堂君は謝って、野坂さんのそばに行った。

「これ、本当はいらなかったんじゃないですか?」

「え?」


「だったら、はっきりと言ってくれたらよかったのに」

「…」

 野坂さん、泣きそうだ。それから私のほうを見た。

「同じクラスの人ですよね?」

「はい」


 思わず、はいって返事をした。

「何で一緒にいるんですか?」

「一緒に帰ろうと思って…」

 藤堂君が無表情な顔でそう答えた。そして何気に私の前に立って、私を守ろうとしてるみたいだ。


「…私も帰るから、江の島まで一緒に帰りましょう。先輩」

 野坂さんがそう言うと、藤堂君は、

「ごめん。結城さんと寄っていくから、一緒に帰れない」

と野坂さんをまっすぐに見て答えた。


「寄っていくってどこに?」

「どこかな。多分、ドーナツ屋とか」

「二人で?」

「うん」

 野坂さんも他の子も、なぜか驚いている。


「と、藤堂先輩、女子苦手だからって、2人でどっかに寄ったりしないじゃないですか。私が誘ったっていつも、断っちゃうのに」

 野坂さんがまた、泣きそうになりながらそう言った。

 え?そうだったの?でも、前にも2人でパスタ食べたりしたよ。


 …って、あ、そうか。あの時も私のことを好きでいてくれたからか。なんて思ってたら、顔がほてりだした。

 駄目だって。今、照れてる場合じゃないってば。


「結城さんは、特別だから」

「え?」

 藤堂君の言葉に、野坂さんが驚いている。私はさらに顔がほてった。

「まさか、先輩が好きだった人って」

「うん。そう。結城さんなんだ」

 え?好きだったって、藤堂君に好きな人がいること、知ってたの?


「でも、ふられたって、言ってませんでしたか?」

「ああ、うん。そう…」

 藤堂君は少し、ポーカーフェイスが崩れた。

「ふったくせに、先輩にくっついてるの?なんで?」

 野坂さんの隣にいた子が、ぼそってそう言った。


「あ、でも今は、ちゃんと付き合ってるんだ」

 藤堂君はその言葉を聞き、慌ててそう言った。

「付き合ってる?」

 野坂さんが、顔を思い切り引きつらせた。

「うん。結城さん、交際申し込んだら、引き受けてくれたから」


「なんで?一回、ふったのに」

 野坂さんが顔を真っ青にして、私に向かってそう言った。でもまた、藤堂君が私を隠すように前に立ち、

「一回ふられたけど、リベンジしたら、OKをくれたんだ」

とそんなことを言った。


 へ?リベンジ?

 ちょっとニュアンス、違うんじゃないかな。私が勝手に藤堂君を好きになっただけで、まだ藤堂君が私を思っててくれて、それで、付き合うことになったっていうのが、真実じゃないのかな?


「…同じクラスになって、先輩、頑張ったんですか?」

 野坂さんが声を震わせそう言った。

「…うん」

 へ?

「振り向いてもらえるようにですか?」

「うん。それで、やっと思いが通じたっていうわけ」


 藤堂君はそう言うと、ちょっと照れくさそうに下を向いた。

「え~~。そうだったんだ」

 野坂さんの隣にいた子がそう言うと、

「敦子~~。もうあきらめたら?先輩、ずっとその人のことあきらめず、思い続けたってことでしょう?」

と野坂さんの肩を抱きながらそう言った。


 ボロ。野坂さんの目から涙が出た。そして、鼻をずずってすすると、野坂さんは、

「じゃ、じゃあ、ちゃんと幸せになってくださいよね」

とそう言って、チョコクッキーを藤堂君の手に持たせた。


「え?」

「ずっと私がいくらアプローチしても、振り向いてくれないのは、まだその人のことをあきらめられないからなんだろうなって、気が付いてました。思い、通じてよかったですね。これ、2人であとで食べてください」


「あ、ありがとう」

 藤堂君はちょっと戸惑いながら、クッキーを受け取った。

「結城さん。先輩のことをよろしくお願いします」

「え?はい」

「それじゃあ」

 ペコって野坂さんはお辞儀をして、お友達と一緒に食堂を出て行った。


「…」

 藤堂君はクッキーの袋を、ちゃんとカバンにしまいこんだ。

「行こうか」

 藤堂君はにこりと微笑んで私に言うと、歩き出した。

「と、藤堂君」


「え?」

「リベンジって?」

「あ、ああ。ごめん。変な言い方をして。でも、そう言ったほうが、野坂さんも納得するかなって思ったんだ」

「え?」


「それに、思いが通じて振り向いてもらったっていうのは、本当のことだし」

「…」

 そうなの?私の思いが通じて、やっと振り向いてもらえたような気もするんだけど。それにリベンジっていうより、一回白紙にして、告白してくれたんだよね?

 ああ、でも。ずっと思っててくれたってことなのか。嬉しいな。ああ、また胸がきゅ~~んってしてる。


 藤堂君は私のちょっと前を歩いている。廊下が暗い。また、手をつなぐ?とか言ってくれないかな。とても、私からそんなこと言えないな。

 昨日は怖くて腕にしがみついたけど、それもできそうもない。


 ズボンのポケットに手をつっこんでいる藤堂君の腕を見ながら、私はとぼとぼと藤堂君のあとを歩いていた。

 手をつないで歩いたりって、いったいいつできるようになるものなのかなあ。なんて思いながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ