第29話 ドキドキ
ドキドキドキドキ。
今だって、2人っきりでいて、心臓がずっと高鳴ってる。さっき、隣の教室から聞こえた声は、男女の声だった。教室暗かったし、カップルでいるんだよね?な、何をしてるんだろうか、なんて、さっきから頭の中で私は、ぐるぐるしちゃってるし。
でも、そんなことを藤堂君にさとられないよう、わざと平気な顔をして、ふるまっちゃってる。
藤堂君は携帯をポケットにつっこむと、教室を出て行こうと、ドアの近くまで歩いて行った。私はちょっと離れて、ついていこうとした。すると、
「結城さん」
と、藤堂君が声を潜めて振り返った。
ドキ~~~~!名前呼ばれただけなのに、心臓が飛び出るかと思った!それもなんで、声を潜めたの?
「な、なに?」
それでも、必死で冷静に返事をした。つもりだ。でも、声が震えてしまった。
「その…」
藤堂君、なんか言いにくそうだ。ドキ。な、何かな。
「そっちのドアから出ない?」
「え?」
「で、遠回りになるけど、向こうの階段から下りよう」
「?」
私がきょとんとすると、藤堂君は、
「その…。あまり隣の教室の前は、通らないほうがいいっていうか」
と口ごもりながらそう言った。
もしかして、さっきの…。
「え?誰かが隣の教室にいた…」
「うん」
「え?あれって、まさか」
「うん」
「…人じゃないとか?」
「は?」
「生徒だと思ったけど、違うの?」
「生徒だよ。多分、隣のクラスの誰かだろ?」
なんだ。幽霊かと思った。藤堂君がそんなこと言い出すから。
「ただ…その…。そっか。そこじゃわかんないか」
「?」
「こっち…」
藤堂君がドアの近くに私を呼んだ。すると、かなり色っぽい声や、息が漏れる音が聞こえた。
う、うそ。これ?
私は思わず、藤堂君を見た。藤堂君も私を見た。それから私は、なぜだか藤堂君から、すすすって遠ざかった。
「そういうわけだから」
藤堂君はまた声を潜めてそう言うと、教室の中を歩きだし、反対側のドアから廊下に出た。
私はかなり後ろのほうから、ついていった。
い、今の…。今の…。隣りのクラスの人だとしたら、同じ年だよね?そ、それで、え。え~~?!
廊下に出ても、藤堂君からだいぶ離れて私は歩いた。
「結城さん」
「え?!」
ビクン!私は思わず、飛び上がった。
「俺は何もしないから、安心して?」
「え?」
「ちょっとショックだった?もしかして」
コクン。私はうなづいた。まさか、だって、教室で、同じ学年の子が…。
「俺も、ショックだった」
「え?」
藤堂君も?
「この時間に教室行くのは、もうやめようね。結城さん」
「う、うん」
ドキドキ。本当だよ。安心してって言われても、やっぱり藤堂君を意識しちゃって、近寄れないよ。
藤堂君は先に階段を下りていた。私はかなり後ろから歩いていて、階段を下りようと、トイレの前を通ったら、トイレのドアが自然とぎいって開いた。
「う、うひゃ~~」
声にもならない声をあげ、私は一気に階段を下りて、踊り場にいた藤堂君にひっついた。
「な、何?」
「今、勝手にトイレのドアが開いた」
「ああ、男子トイレでしょ?あのドア、立てつけが悪いんだ。たまに開くんだよね」
「……」
なんだ~~~~~~。もう~~~~。
カァ…。外からカラスの鳴き声がした。そのあと、水道の水がピチョンと落ちる音。そして窓ガラスに当たる風の音。
うわ。どの音も不気味に聞こえてくる。
「と、藤堂君」
「ん?」
「け、怪我してない腕だし、校舎出るまでいいよね?」
「?何が?」
「くっついてて」
「手、つなぐ?」
藤堂君が手を差し出して聞いてきた。私は首を横に振った。
「…え?」
藤堂君がちょっと暗い顔をして、手をひっこめた。あれ?なんで?
「と、藤堂君。手じゃなくって、腕にしがみついてたら迷惑?」
私がそう聞くと、藤堂君は、
「え?いや、別にいいよ」
と言ってくれた。
ありがたい。手をつなぐくらいじゃ、この怖さは消えないよ~~。私、お化け屋敷も、怖い話も、そういう映画も全く駄目なんだから。
私は藤堂君の腕にしがみつき、階段を下りた。
藤堂君は、しばらく黙っていた。
やっとこ、昇降口に着くと、藤堂君から私は離れ、靴を出して履いた。藤堂君も片手で下駄箱を開けたり、靴を履いたりしている。
「何か手伝うことある?」
そう聞いてみると、
「うん。大丈夫」
と藤堂君が言った。
でも、すぐに、
「あ、靴履く時、バランス崩すから、ちょこっと肩かしてもらえるかな」
と聞いてきた。
「うん」
私は藤堂君の横に行った。藤堂君は私の肩につかまった。
うわ。ドキドキする。
「あ。あれ、もしかして幽霊?」
藤堂君が突然、低い声でそう言った。
「ええ?!」
私は藤堂君の指差してるほうを見ないようにして、慌てて藤堂君の胸にしがみついた。
「…あ、ごめん。違った。ごみ袋が木につる下がってた。風で飛んできたのかな」
藤堂君がそう言った。私は恐る恐る振り返ってみた。すると、木に透明のごみ袋がつる下がって、風でなびいていたが、どっからどう見ても、ごみ袋だっていうのがわかる。
そこではたと気が付いた。藤堂君の胸にしがみつき、藤堂君は怪我していないほうの手で、私の肩を抱いていたことに。
「あわわ」
私は慌てて、藤堂君から離れた。
「…くす」
え?笑われた?
それから藤堂君は下を向いた。そしてまた私を見ると、
「お化けとか苦手?」
と聞いてきた。
「うん」
「…じゃ、よく今まで部活の帰り、一人で帰れたね?」
「平気じゃないよ。なるべくさっさと歩いて昇降口に来て、さっさと駅に歩いて行ってたし。あ、でも外は、街燈もあるし、お店もこの辺あるから、怖くないし」
「じゃ、学校の中が怖かった?」
「うん」
「ごめん。やっぱり、教室まで付き合わせなかったらよかったね」
「昇降口で一人でいるのも嫌だもん」
「…だけど、俺といるのも結城さん、怖がってたよ?」
「…あ、あれは」
う~~~。だって、やたらと意識しちゃっただけで、怖がってたわけじゃないし。
「怖がったりしないよ」
「え?」
「藤堂君は怖くないし」
「…ほんと?」
「ゆ、幽霊のほうが怖いし」
「幽霊のほうが何にもしないと思うけど」
「藤堂君は何かするの?」
「い、いや、えっと…」
藤堂君は、頭を掻いて下を向いてしまった。
私は藤堂君と歩き出した。当たりは暗くなっていたけど、校舎を出ると、道には自販機、少し行くとコンビニもあって、そんなに暗くない道だ。
藤堂君は私の質問に、まだ戸惑っているのか、頭を掻いたり赤くなったりしている。
いつも冷静で、穏やかな藤堂君のイメージがどんどん変わっていくなあ。こんなふうに困っちゃう藤堂君もいるんだ。それも、顔を赤くして…。
「さっきの、どっからどう見ても、ごみ袋だった」
私がそう言うと、藤堂君は、
「ごめん」
と謝ってきた。
「わざと?」
私が聞くと、
「う、ごめん」
とまた謝った。
「ちょっと、怖がってる結城さん、可愛いなって思っちゃって、その…」
「可愛い?」
ええ?私が?
「それに、腕にしがみついてきてくれたの、ちょっと、いや、かなり舞いあがちゃって」
「え?」
喜んでたとか?
「あ~~~。ごめん」
藤堂君は、すごく反省してる。
「……と、藤堂君」
「え?」
「私、男の人と付き合ったことないし、男の人苦手だし」
「う、うん、そうだよね?」
「だから、これからもどうしていいかわからないことだらけで」
「うん」
「どうしたら、藤堂君が困るとか、喜ぶとかもわかんないし」
「え?」
「でも、その…。よ、よろしくお願いします」
「…は?」
「あまり、呆れたりしないでほしいっていうか」
「え?」
「さ、最初に言っておくね?私が変なこと言ったり、とんちんかんでも、呆れないでね」
「……うん」
ホ…。良かった。
「って、え?」
藤堂君は私の顔を見た。
「?」
「俺のこと怒ってたんじゃないの?」
「怒ってないけど?なんで?」
「幽霊がいるってだましたり」
「ああ、あれ?別に怒ってない」
胸にしがみついたりして、ドキドキしたけど、怒ることじゃないもん。
「男の人が苦手だから、やっぱりお付き合いはしませんって言われるのかと思った」
「え?」
「ちょっと、びびった。今…」
え?そんなことを私が言うと思ったの?
「あ、俺も、付き合うのって初めてだし、気も利かないし、結城さん、呆れることばかりだと思うけど、その…、これからよろしくお願いします」
藤堂君が立ち止まりそう言ってきた。
「う、うん」
私は藤堂君を見てうなづいた。あ、藤堂君、照れてるかも。
「……駄目だ」
「え?」
「俺、ちょっと浮かれすぎだ」
「え?」
そうは見えないけど?
「ごめん。なんかこれからも、しでかすかも」
「し、しでかすって?」
「いや、なんでもない」
「???」
藤堂君はそう言ってから、駅までずうっと黙っていた。
黙ってはいるけど、私を見たり、そっぽ向いたり、咳払いをしたり、また私を見たり、忙しそうだった。
改札を抜けた。ホームに立って電車を待っていると、
「結城さん」
と藤堂君が話しかけてきた。
「え?」
「…ありがとう」
「?何が?」
「OKしてくれて」
「……」
「去年の秋はもう、地の底まで落ち込んで、立ち直るのにまじで、すごく時間がかかったんだ。立ち直れたと思ったら、同じクラスになっちゃったし」
そうだったの?
「だけど、近くで結城さんを毎日見れて、ラッキーって思ったりもしてた」
え?
「それに、知れば知るほど、好きになったし」
え?
「…友達になれただけでも、去年から比べたら、すごい進展だって、大喜びしてて」
うそ~。それ、私だってば。
「だから、今日のことは、まだ信じられないんだけど」
「…」
うそ。それも私だってば。
「でも、夢じゃないんだよね?これ」
夢?まさか。明日起きたら、夢でした、なんてことはないよね?
「ありがとう。ほんとに…」
「う、ううん。こ、こっちこそ。すごく嬉しい」
藤沢方面の電車が入ってきた。私はその電車に乗り込んだ。
ドアの所に立ち、ホームを見た。藤堂君はずっと私を見ている。そして電車が走りだしても、私を見ていた。
私も藤堂君を見ていた。そして小さく手をふった。藤堂君も手をふり、にこって笑ってくれた。
は~~~~~~~~。あの笑顔が、素敵だ。
付き合う。交際。彼女。彼氏。
ああ!!ああ!!信じられないけど、恋人に進展だ~~~~!!!!!!!
家に帰って、美枝ぽん、麻衣、沼田君にメールした。
>お付き合いを申し込まれ、OKしました!
すると、みんなから、
>誰から?!
とすぐに返信がきた。
あ、そっか。相手の名前書き忘れた。でも、わかるでしょ。私が好きなのは藤堂君しかいないんだから。
>藤堂君に決まってる!
そう送ると、みんなから、やったね、おめでとうというメールが来た。
そして夜、11時。ものすごく悩みに悩んで、ドキドキしながら、藤堂君にメールを打ち出した。初メールだ。
>おやすみなさい。
お休みメールなんて変?他にも何か書く?
>怪我大丈夫?
いや、変でしょ。それも。
>片手で不自由してない?
いや、それも変。絶対変。
そして結局、
>おやすみなさい。
それだけを書いて、メールした。すると、3分後、
>おやすみなさい。
と、返信が来た。
うわ~~~~~。返信だ。藤堂君から初メールが来た!嬉しすぎる。
私はその晩、携帯を抱いたまま眠りについた。
神様。どうか夢ではありませんように。今日のことは、現実でありますように。と祈りながら。




