第28話 恋人に進展?
「結城さんに好きなやつがいてもいいよ。それを知ってて、告白するなんて、ちょっとずるい気もするけど。でも、ただ、知っておいてもらいたかっただけだし」
知っておいてもらいたいだけって、そ、そんなこと言われても。あれ?そこじゃない。そうじゃなくって、もっと大事なこと言われてるってば。
あ、駄目だ。今、頭、ぱにくってる。
好き?私が?って言ってるの?え?え~~?
「…今、困惑してる?」
コクコク。私はうなずいた。
「あ、頭の中が、思考回路が…」
私の口からそんな言葉が勝手に出てる。
「だよね、やっぱり」
藤堂君はそう言って、うつむいた。
「…………。え?じゃあ、藤堂君の次って」
「次?」
「次はそうするって前」
「なんのこと?」
「す、好きな子、他にできたんじゃ?」
「…まさか。ずっと結城さんのことしか見えてないのに、他に好きな子なんてできないよ」
「え?」
「あ…。ごめん。こういうこと言っちゃうから、重いんだろうな。俺…」
「……」
ま、ま、待って。これが夢だってこともありえるよね。ものすごく都合のいい夢。だって、なんとも思ってないってさんざん言ってたんだよ?それなのに、ずっと好きでいたなんて、そんなの私の勝手な都合のいい夢としか思えない。
「ごめん。結城さんのこと、やっぱり困らせてるよね?」
「…え?」
なんか今、言った?
「結城さんが、好きな奴と付き合うつもりはないって、そんなふうに言ったから、俺、どっかで安心もしたし、そんなこと言ってたから、俺が好きだって言っても、いいかななんてムシのいいこと考えたんだよね」
「え?」
どういう意味?
「あ、やっぱり、気持にこたえてくれなくていいって言いつつ、俺、好きになってもらいたいって思ってるかも」
「え?」
「エゴの塊だ。やっぱ…」
「……」
俺を好きになってもらいたいって今、言った?
「好きな奴って、一緒にいるだけで、幸せになれるんだっけ?」
「……うん」
ちょっと待って。今、頭の中で藤堂君が言ってたことを整理したいんだから。
「…どうしてそいつ、結城さんを幸せにできるのかな」
うわ。だから、あまり質問されたら、考えがまとまらない。でも、答えなきゃ。
「…わ、わかんない。でも、一緒にいるとあったかいし、優しいし」
「そうなんだ。結城さんを俺みたいに困らせたりはしないんだよね?」
「こ、困ってない」
考えたいだけ。
「え?」
「ううん。困惑してる」
頭の中、ぐるぐる。
「だよね?」
「さっきから、何を言ってるのか、なかなか理解できない」
「…え?」
「だって、ずっと私のことを、なんとももう思ってないって言ってたし」
「ごめん。それは、その…。告白して結城さん、すごく困ってたから、なんとも思ってないって言えば、気が楽になるだろうなって思ってさ」
「……」
「でもまた、困らせてるね?」
「……」
え?まだ、頭、働かない。
「ついでに質問していいかな?」
「え?」
また質問?
「その、好きなやつって、優しいところが好きになったの?」
「わかんない。いつの間にか、惹かれてたから」
「そっか…」
藤堂君はまた、絵を見た。そして、
「そいつが羨ましいな。そんだけ、思われてるの…。だけど、結城さん、俺にこんな絵を描いてくれたんだし、俺もこれ以上、望んだりしたら贅沢っていうもんだよね」
「…贅沢?」
今度は何を言い出したの?まだ、頭の中がついていってないんだってば。贅沢って何?
「この絵は、俺のことを思って、俺が元気になるように描いてくれたんでしょ?」
「うん」
「じゃ、この絵を描いてる時だけは、俺、そいつよりも結城さんに思われてたってことかな」
「…」
え?
私が何も答えないでいると、藤堂君も黙り込んだ。その間にやっとこ、頭の中がすっきりしてきた。
「と、藤堂君」
「なに?」
藤堂君がこっちを向いた。
「なんとなく、今やっとこ、思考回路が動き出したんだけど」
「うん」
「藤堂君が好きなのは、えっと」
「結城さん」
「じゃ、じゃあ、私が好きな人は誰だかっていうのは」
「知らないよ」
「…」
「あ、でも、いいよ、教えてくれないでも。柏木みたいに、そいつのことも嫉妬しちゃうだろうから、聞かないでおくよ」
「う、ううん。聞いて」
「…いいよ。ごめん、聞く勇気もないし」
藤堂君はまた、背中を向けてしまった。
私は、なんでだか知らないけど、藤堂君のシャツの背中の部分を、ちょこっと手でつまんでひっぱった。
「…え?」
藤堂君はびっくりして、振り返って私を見た。
「……と、藤堂君は、自分のこともあまり知らないし、それに、私のこともし、知らないよね?」
「知らないって?」
「私、いつも、藤堂君といる時、ドキドキしてたり、顔を赤くしてたり、浮かれてたり、落ち込んだりしてる」
「……」
藤堂君は目を丸くして、私を見た。
「一喜一憂してるの、きっと、誰が見てもわかると思うけど、藤堂君はわからないでいたよね?」
「え?う、うん」
藤堂君はまだ、私をじっと見ている。
「え?俺といると、一喜一憂?」
「と、藤堂君があの、野坂さんと仲良く話してるのを見ても、落ち込んでたし」
「え?」
「藤堂君が優しくしてくれると、浮かれてたし」
「…」
「藤堂君が、私のことなんとも思ってないって言うたび、地の底まで行ってた」
「ええ?!」
藤堂君が、もっと目を丸くした。私はまだ、シャツをつまんだままでいた。
「と、藤堂君が、隣にいてくれるだけで、すごく幸せだって、何度も思ってたし…」
「……」
「それに、藤堂君を励ましたいとか、力になりたいって思ったのだって、藤堂君が大好きだからだし…」
ハ!今、なんかものすごいことを、私はずらずらと言ってた?
うわ。我に返った。思考回路がはちゃめちゃになり、そのうえ、自分の口から、とんでもない告白をべらべらとしてただなんて。
か~~~!顔がほてりまくり、藤堂君のシャツをつまんでいることにもようやく気が付き、パッと手を離して、少し藤堂君から離れた。そして、ちらっと藤堂君を見た。
「……」
藤堂君、真っ赤だ。
「お、俺?」
「…」
コクン。うなづいた。
「俺?え?俺なの?」
「う、うん」
「……」
藤堂君は、口に手を当て、しばらく黙り込んだ。
「嘘だろ」
藤堂君はまた、絵を見て、
「嘘」
とつぶやいた。
本当だもん。私は心の中でつぶやいた。
「え?なんで?俺?」
なんでって言われても。
「じゃ、俺、俺に嫉妬してたのか?」
藤堂君、自問自答してるの?
しばらく沈黙が続いた。どうしよう。何か言ったほうがいいのかな。ずっと藤堂君は背を向けてるし。すると、いきなり藤堂君は私のほうを向いた。そして、
「結城さん」
と背筋を伸ばしてそう言った。
「は、はい?」
私もつられて、背筋を伸ばした。
「俺と、付き合ってくれませんか?」
え?何?突然。
「結城さんがずっと、ずっと好きでした。付き合ってくれませんか?」
「…はい」
いきなりで驚いて、はいって思わず言ってた。でも、
「はあ…」
って、藤堂君が嬉しそうに笑って、それから私を優しく見つめてきて、私はやっと藤堂君に交際を申し込まれたことを理解した。
じわ~~~。いきなり、涙が出てきた。
「ゆ、結城さん?」
藤堂君がそれを見て、慌てている。
「う、う、う」
「え?」
「嬉しい」
そう言うと、もっと涙があふれ出た。
「え?嬉し泣き?」
「うん」
私はうなづいて、下を向いて涙をふいた。
「…うそ」
藤堂君がつぶやいた。
「?」
藤堂君を見ると、真っ赤になって私を見ている。
「ごめん。ちょっといまだに、俺、信じられないっていうか」
「え?」
「結城さんも俺のことを好きっていうのが、なんか、その…」
藤堂君の目も赤いけど?え?泣いてる?
「やばい。俺も、嬉しいや…」
藤堂君はそう言うと、もっと赤くなった。
「駄目だ。俺、結城さんの前だと、ポーカーフェイスが崩れる」
え?
「ちょ、見ないで。俺今、かなり顔、しまりないから」
嘘。本当に照れまくってる。うわあ。可愛い~~。
私は見ないでと言われたのに、じっと見てしまった。
「ゆ、結城さん。見ないでって」
藤堂君はそう言うと、後ろを向いてしまった。
「か、可愛い」
そう言葉に出ていて、藤堂君は驚いて、私を見た。
「だ、誰が?」
「え?」
「誰が可愛いって?」
「と、藤堂君」
「俺?!」
私はコクンと小さくうなづいた。
「ちょ、やめてって。俺、別に、その…」
藤堂君は、照れまくりだ。
「でも、そういうところもひっくるめて、私…」
好きなんだけど。と最後までは言えなかった。だけど、どうやら藤堂君は理解したらしく、
「え?こんなでもいいの?」
と焦って聞いてきた。
「うん」
私はうるんだ目でうなづいた。
「……」
藤堂君はまた、ぐるって後ろを向いた。そして、
「可愛いのはそっちだって」
と聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、そうつぶやいた。
いつの間にか、外は日が落ちて暗くなっていた。藤堂君はものすごく照れた顔をして、
「あ、今日、一緒に帰る?」
と聞いてきた。
「え?うん」
私も顔を赤くして、うなづいたと思う。顔がすごく熱かった。
片づけを終わらせ、美術室に鍵をした。藤堂君も道場の鍵を持って行くからと、一緒に職員室に行った。
「あれ?ずいぶん遅くまで、頑張っていたんだな。結城」
原先生に言われ、私は焦りまくり、
「ははは、はい」
と言って、鍵を渡してさっさと職員室を出た。
あ~~。きっと真っ赤になってたの、先生にばれたよね。
藤堂君も鍵を返して、廊下で待っていた。私は小走りに藤堂君の横に行き、それから廊下を2人で歩き出した。
もう6時を過ぎていて、どの教室も電気が消え、廊下は静かだった。
「あれ?」
いきなり藤堂君は、ポケットに手をつっこみ、
「やばい。教室だ」
と言った。
「忘れ物?」
「携帯忘れた。ごめん。昇降口で待っててくれる?」
「…い、一緒に行く」
「え?でも」
「暗い学校って、ちょっと苦手で…」
「あ、そうか。うん。じゃあ、悪いけど、教室まで付き合ってくれる?」
「うん」
本当はそばにいたいっていうのが、一番の理由。だけど、暗いのが苦手っていうのも本当だ。どうも、このくらいの時間の校内は一人で歩きたくない。
グランドでは、まだ野球部が練習もしているし、音楽室からは、軽音部の音が聞こえてくる。
だけど、2階、3階に昇っていくと、そこには誰も残っていないようで、静まり返っている。
うわ。いつも、部活が終わるとさっさと昇降口に行き、帰ってしまうから、放課後の教室がこんなに静かだって知らなかったな。
それもそうか。部活は各々の場所でやってて、部室で着替えたりして、みんなそのまま教室に寄らず、帰ってしまうんだもん。
5時を過ぎると、部活動で残っている生徒以外は、先生が各教室を回って、帰らせているんだっけ。で、たまに、そんな教室に戻ってくるカップルがいるとかなんとか、そんな噂を聞いたことがある。
ガタン…。
3階の廊下を歩いていると、教室から物音がした。
「え?」
私はびっくりして、藤堂君の背中にしがみついた。
「し…。先生かも」
と言う声が、教室から聞こえた。
なんだ。人だ。生徒だ。ああ、びっくりした。
藤堂君はなぜか、
「まだ残ってる生徒がいるんだろ?それより、早く忘れ物取りに行かないとな」
と、そんなことをちょっと大きめの声で言った。
「なんだ。先生じゃないよ」
と言う声がまた、教室から聞こえた。あ、そうか、先生じゃないってことを、藤堂君、知らせてあげたのか。
藤堂君はクラスの教室に入ると、机の引き出しから携帯を出した。
「よかったね、あって」
私がそう言うと、藤堂君はうんって、にっこりとうなづいた。
なんだか、ポーカーフェイスって言うのが信じられないくらい、藤堂君、よく笑うんだけど?
「あ、メール入ってた」
藤堂君はそう言って、携帯を開いた。
そういえば、私、藤堂君のメアド、知らないんだよな。教えてほしいな。
「ああ、そっか。返事してなかったっけ」
藤堂君はぼそって独り言を言った。誰にかな?ちょっと気になる。
藤堂君はポチポチと、慣れない手つきでメールをしている。もしかすると、あまりメールは得意なほうじゃないのかもしれない。
「と、友達?」
思い切って聞いてみた。
「野坂さん」
え?!
「いろいろと怪我してたら、大変じゃないですかっていうメール来てたの、忘れてた」
「…」
なんて返したのかな。ドキドキ。
「別に、片手でも大変じゃないしなあ。そんなに恩を感じてくれなくてもいいんだけど」
藤堂君はそう言った。
「恩だけじゃない気もする」
私は思わず、そう言ってしまった。
「え?」
「藤堂君のことを、きっと…」
「ストップ」
「え?」
「それ以上はいいよ。もし、そうだとしても俺、何もしてあげられないし。だから、後輩と先輩以上にはならないようにしているし」
そうか。わかってたんだ。
「期待させたら、悪いって思って、メールもあまり返してないんだ」
そうなんだ。
「…あ」
藤堂君が私を見た。
「え?」
「メアド交換してないね?そういえば」
「うん」
気が付いてくれたか!
「えっと、今、いいかな?」
「うん」
私は携帯を出した。そして、メアドを交換した。
う、嬉しいかも。でも、どんなメールをしあったらいいんだろう。そもそも、彼氏ができたこともないし、付き合うのだって初めてだ。いったい、これからどうしていったらいいんだろう…。




