第22話 両想い
食堂に着くと、すぐに美枝ぽんと沼田君が気が付いてくれた。
「ここ、ここ!」
と大きく手をふってくれている。
「穂乃ぴょん、大丈夫?」
沼田君が聞いてきた。
「うん。なんとか…」
「お昼は食べれる?」
麻衣が心配そうに聞いてくれた。
「うん。食べられそうだよ」
「よかった~」
私が来るまでみんな、待っててくれてたみたいだ。
「穂乃ぴょんいなくて、寂しかったよ」
美枝ぽんがそう言った。そうしてみんな、お弁当を開けたり、パンの袋を開けたりして、食べだした。
「今の養護の先生、若いんだっけ」
突然沼田君がそう言いだした。
「俺、あまり保健室行かないから、知らないんだよね。どうだった?司っち」
「ああ。前の先生より若い」
「…噂では、かなり色っぽいとか」
「そうでもないよ。っていうか、俺、そういうのもよくわかんないから」
藤堂君はそう言って、バクバクとご飯を食べている。
「ほんと、司っちって、俗世間から離れてるっていうか、浮世離れしてるよね」
「何?それ」
藤堂君がお箸を止めて、沼田君に聞いた。
「芸能人とかで好きな子っている?」
「いいや、まったく。テレビ見ないし」
「そんな感じするよな」
沼田君もそう言うと、パンをバクバクと食べだした。
「沼っちは?好きなアイドルとかいるの?」
美枝ぽんが聞いた。あ、かなり興味津々だな。そりゃそうか。好きな人の好みって、知りたいよね。
「女優で好きな人なら、何人かいるけど」
沼田君がそう答えた。
「何人もいるの?」
「え?うん。俺の場合、演技の上手下手で、左右するんだけどさ」
「見るところが違うねえ」
麻衣が感心した。
「穂乃ぴょんは、誰か好きな俳優とかいるの?」
「私は…別に」
「穂乃香と私と芳美は、ずっと高校入ってから、聖先輩の追っかけだったからね」
麻衣がそう言うと、美枝ぽんが、
「そうだよね。あんなにかっこいい先輩がいたら、そうなるよね」
と深くうなづいた。
「は~~あ。なんで聖先輩はそんなにもてるんだろうな」
沼田君がぼやいた。
「わからなくもないよ。聖先輩は男子からも人気あるし。俺も尊敬してるしさ」
藤堂君がそう言った。
「まあな。男から見てもかっこいいもんなあ」
そうなんだ。
「だけど、あんまり遠い存在ばかり追ってるのも、さみしいよね。ね?美枝ぽん、穂乃香」
麻衣がそういきなり言うと、美枝ぽんが、
「うん。身近な人のほうがいいかもって、最近思ったよ」
とそんなことを言いだした。
「え?」
沼田君が驚いている。そりゃそうだよね、驚くよね。ついこの前まで、身近な人は嫌だって言ってた、美枝ぽんだもんね。
「それ、身近に好きな人ができたってこと?」
沼田君がそう聞いた。
「…う~~ん」
美枝ぽんが意味深な唸り方をして、
「そういえば、そうなるかな?」
と、ものすごく中途半端な答え方をした。あ、横で沼田君が愕然としている。あちゃ。自分のことだとは思ってないね。
「好きな人ができると、毎日が色鮮やかになるもんだね」
「え?そうなの?美枝ぽん」
麻衣が聞いた。うわ。だから、そう言う話をすると、沼田君が落ち込む。
「でもさ、何かの拍子で暗くもなるし、恋をすると、いろいろと大変なんだね」
「…た、大変なの?」
沼田君が真っ青な顔でそう言った。
「一喜一憂の毎日だよね~」
麻衣がそう言った。
「たとえば、好きな人が優しくしてくれたり、自分のことを思ってくれてるってわかると、ものすごく嬉しくって、浮かれちゃうし。なのに、冷たくされたり、ちょっとでもほっとかれると、暗くなっていきなりブルーになるし」
「麻衣ちゃん、そうだったんだ」
そうか。付き合ってもそんなふうに、ブルーにもなるのか。片思いだけじゃないんだね。大変なのは。
「優しくされたら、浮かれる…かあ。それ、わかるなあ」
ぼそ。私がそう言うと、
「あれ?そんなことがあったんですか?」
と沼田君が、にやってしながら聞いてきた。
「え?私、今、何か言ってた?」
「言ってたよ。思い切り」
「わあ。独り言だから、気にしないで」
「あはは。でかい独り言だよな」
沼田君に笑われた。その横で藤堂君が、私を見ている。
ドキ~~。ば、ばれた?藤堂君に優しくされて、浮かれてたこと。
「好きな人に優しくされたら、勘違いするよね」
美枝ぽんがそう言った。
「勘違い?」
私が聞くと、
「自分のこと好きなのかも~~とかって、期待しない?穂乃ぴょん」
と美枝ぽんが言った。
「期待しないよ。私、全然期待してなんかいないし」
ブルブル顔を横に振った。
「…そうなんだ」
美枝ぽんがそう言うと、沼田君も麻衣も、
「期待しないんだ」
と同時に言った。
え?期待してるって思われた?
「なんで期待しないの?」
へ?それを本人が聞いてきちゃう?藤堂君~~~。
「なんでって、だって、わかってるから」
私は小声で答えた。藤堂君が私のことを、友達以上に思ってないってこと、わかってるもん。と心の中でも答えていた。
「だから~~。相手に自分が好きだってことを、もっとアピールしようって昨日も話したじゃんか」
突然沼田君が言い出した。本人のいる前で。
「そんな話してたの?」
藤堂君が聞いた。
「あ、司っちが来る前にね」
「昨日どこか行ったの?」
美枝ぽんが聞いてきた。
「ドーナツ屋でお茶してた。あとから司っちも合流してきて、3人で話してたんだ」
「いいな。私、いっつもそういうのに参加できない。なんで誘ってくれないの?」
美枝ぽんがちょっとすねた感じでそう言った。
お。おお?美枝ぽん。もしや、頑張ってる?
「ご、ごめん。でも、美枝ぽん、部活だし」
「部活休みの日もあるよ?」
「え?何曜日?」
「一応水曜は休みなの。でも、今日も特別に休み」
「そうなんだ。あ。じゃ、今日もどっかでお茶してく?みんなで」
「私、部活に出るよ」
私がそう言うと、藤堂君がびっくりして、
「え?大丈夫なの?」
と聞いてきた。
「うん。もうクラクラもしてないし、大丈夫」
「そうじゃなくて。柏木…」
「ああ、柏木君なら、部活しばらく出ないって」
「…会ったの?」
「うん。さっき、保健室に来てた」
「…」
藤堂君がすごく心配そうに私を見た。
「あ、大丈夫だから。もう、本当に」
「何?なんかあったの?」
麻衣が聞いてきた。
「うん。ちょっと部内に苦手な人がいるの」
「柏木って、柏木哲也でしょ?芳美と同じクラスの」
「知ってるの?麻衣」
「うん。最近、授業に出ないで、保健室に入り浸ってるとか、さぼってばかりいるって言ってた」
ああ、養護の先生が言ってたの、本当だったんだ。
「なんか問題ありのやつ?」
沼田君が聞いてきた。
「うん。でも、もう大丈夫だから」
私がそう言って、柏木君の話は終わらせた。
「じゃ、麻衣ちゃんは行ける?放課後」
「ん~~。ごめん。昨日カラオケでお金使い過ぎて、金欠なの。大人しく帰るわ」
あ、それ、絶対に嘘だ。気を利かしたんだ。
「じゃあ、藤堂君」
「俺?部活あるよ」
「…。2人なんだ。どうする?沼っち」
え?美枝ぽん、聞いちゃうの?いいじゃん。2人で!
「あ、あ~~~~。俺はどっちでもいいけど」
あほ。沼田君のあほ。そこは2人でも行こうよと、強引に言わないと!まったくアピールしてないじゃないよ!
「じゃ、行こうよ。美枝ぽん、ケーキが食べたいな」
おお!美枝ぽん、頑張ってる!
「いいよ。じゃ、ケーキの美味しい店に行こう」
え?甘いのあまり食べないのに、沼田君も頑張ってる。
「で、好きな人にアピールするっていうのは、沼っちもこれからしていくわけ?」
「え?」
麻衣の言葉にみんなが、黙り込んだ。
「で、それは美枝ぽんも、穂乃香も、司っちもしていくわけ?」
麻衣が話をどんどん続けていく。
「お、おう。していくよ。なあ?穂乃ぴょん。していくんだろ?」
「私?!」
声が裏返った。それ、できないって言わなかったっけ?昨日。
「私、アピールの仕方がわかんないってば」
そう小声で言ったが、もちろんみんなに丸聞こえだ。っていうか、当の本人にも丸聞こえなんだから、そうとう間抜けな話をしてるよね。
「沼っちも、好きな子、いるってこと?」
美枝ぽんが暗い表情で聞いた。あ。あれ?しまった。なんだか、変な雰囲気に…。
「俺?」
沼田君の声が裏返った。
「アピールしていくんでしょ?沼っち!」
麻衣が意地悪そうに言った。沼田君は顔を引きつらせた。あ~あ。両方の思いを知ってるとはいえ、かなりこれって、意地悪くない?
「じゃあさ、どんなふうにアピールするのよ。優しくするとか、積極的に出るとか、なんならコクるとか」
「……」
麻衣の言葉に、沼田君が黙り込んだ。ひょえ~~。麻衣、どういうつもりだ。
「沼田君、好きな子いるんだ」
まだ美枝ぽんがそれを気にしてる。あ~~~。どうするの。いったい!
「いる!」
沼田君が突然、そう言った。
「え?」
いきなりどうしたの?大声を出して。美枝ぽんはもっと顔を暗くさせ、私と麻衣は驚いて目を丸くして、藤堂君は冷静に沼田君を見ている。
「いるけど、告白もしてなければ、なんにもいまだにアピールもしてない」
沼田君が、顔を真っ赤にさせてそう言った。
「そ、そうなんだ。片思いなんだ」
美枝ぽんの顔が引きつった。
頑張れ。今、ここでコクってしまえ!というような顔つきで、麻衣が沼田君を見ている。それに沼田君も気が付いている。
「…………ここで?」
突然、沼田君が気弱な声をだし、麻衣に聞いた。麻衣はこっくりと思い切りうなづいた。
「う…」
沼田君がゴクンと生唾を飲んだ。と同時に私も麻衣も生唾を飲んだ。と思ったら、藤堂君もだった。
私たち3人はただ、2人を見守った。
「頑張れ、沼っち」
小声で麻衣がそう言った。私も思わず、小さくガッツポーズをして、応援した。藤堂君までが、行けっていう顔をしている。
「……みんな、何?」
美枝ぽんが、私たちの様子が変なことに気が付いた。
「男だろ。女に告白させるな~~」
麻衣がまた小声でそう言った。
「お、おう」
沼田君がそれに答えた。
「……って、え?」
一回うなづいたのに、沼田君が驚いて、麻衣のほうを見た。
「いいから行け!」
麻衣が目で訴えた。
「…」
美枝ぽんがそれに気が付き、沼田君を見た。そして、
「沼っちが好きなのって、私?!」
と声を裏返しながら聞いてきた。お~、なんて勘の鋭い子なんだ。ってここまで回りが言ってたら、普通わかるか。
「う!」
沼田君が真っ赤になった。
「だ~~、告白、告白。今がチャンス!」
麻衣がそう沼田君に言った。
「そうなの?!」
美枝ぽんが目を丸くさせている。
「あ~~~~。わかった。言う。ちゃんと言う!俺、美枝ぽんが好きだ。1年のころから、ずっと好きだったんだ」
い、い、言った~~~~~~!!!!
私も麻衣もやったって手を取り合って、喜んだ。藤堂君までが、赤くなっている。もちろん、当の本人たちは、真っかっかだ。
「うそ」
美枝ぽんが驚いている。
「男だね。さすが!」
麻衣がそう言って、沼田君の背中をバチンとたたいた。
「いて」
沼田君がちょっと背中を痛がっている。それから、赤くなりながら、美枝ぽんを見た。
「えっと。美枝ぽんには好きな奴がいるって、知ってるけど、でも、俺のこともこれから意識してっていうか、その…」
あれ。しどろもどろになっちゃった。
「美枝ぽん」
麻衣が今度は美枝ぽんのほうを見た。
「あ、あ、あ、あ」
美枝ぽんはものすごく慌ててから、いきなり立ち上がり、
「沼っち。嬉しい」
と突然言った。
「へ?」
沼田君が目を点にした。
「あ、あの、あの」
美枝ぽんは真っ赤になり、
「沼っちのことだから」
とそれだけを言って、また椅子に座った。
「な、何が?」
沼田君がきょとんとした。
「あほ。好きな奴ってことだろ?」
藤堂君がそう言った。
「え?!」
沼田君は思い切り驚いて、
「俺?!」
とそう叫んだ。
食堂が騒然とした。どうやら、今の大告白大会を、周りも聞いていたらしい。
「ひゅ~~。いきなり、告白タイム?」
「誰と誰?」
「沼田と、誰?」
「八代さん?」
「ひゅ~ひゅ~」
2人は真っ赤になったまま、しばらく下を向いている。
「やれやれ」
麻衣がそう言った。
「…よかったな、沼田」
藤堂君がぼそってそう言ってから、私のほうを見た。
あれ?なんで?そしてすぐに、藤堂君は視線を2人に戻した。
「もしかして、お前らさ、俺と美枝ぽんが両思いなの知ってた…とか?」
沼田君が聞いてきた。
「…まあね」
麻衣が静かにうなづいた。
「そ、そうだったの?ひどい。なんで、ちゃんと教えてくれなかったの?」
美枝ぽんが顔を赤くして怒ってきた。いや、赤いのは怒ったからじゃないか。
「だって、人から聞くより、本人から告白されたいだろうなって思ったからさ。だから、どんどん告白しなよとか、私、言ってたでしょ?」
麻衣がまた、涼しげな顔でそう言った。
「…な、な、なんだよ~~~!」
沼田君も真っ赤になり、顔を思い切り背けた。あ、すんごく照れてるらしい。
「私、早めに教室戻らなくっちゃ。次の時間、当たりそうなの」
麻衣がそう言って席を立った。
「あ、私、数学のプリント、藤堂君に教えてもらいたいな」
どさくさにまぎれて、私はそう言った。
「いいよ。じゃ、今、教室でね」
藤堂君はそう言って、立ち上がった。
「じゃ、そういうことだから、あとはお二人で。ね?」
麻衣は沼田君と美枝ぽんにそう言うと、私たちと一緒に食堂を出た。
「よかったかな。2人っきりにして」
「2人っきりにしないと、駄目でしょ。私らは思い切り、お邪魔だったよ」
麻衣がそう言った。
「さて、ちょっと友達のところ寄ってくる。穂乃香と司っちは先に教室戻ってて」
麻衣はそう言うと、足早に廊下を歩いて行ってしまった。
あ。あれも、私に気を利かしたんだろうな。2人きりになれるようにって。
「…よかったな、沼田」
「え?うん」
「八代さんも沼田を好きだってのは、知らなかったけどさ」
「知らなかったの?」
「知らないよ」
「そっか」
「…そういうの、見ててもわかんないしさ」
「…誰が誰を好きだって?」
「うん」
「…じゃ、私のことも」
「え?」
「なんでもない」
今、変なこと言うところだった。
「結城さんが好きなやつ?」
ドキ!
「う、うん」
ああ、なんでうなづいちゃうんだ。私。
「わかんないな。てっきり、俺は沼田なんだと思ってたし」
「なんで?」
「仲いいじゃん?一番、結城さんの近くにいる男って、沼田だったしさ」
「…でも、違うんだ」
「…他は、わかんないな」
藤堂君はそう静かに言うと、階段を上りだした。
「と、藤堂君」
私はまた、こんな質問しなけりゃいいのに、聞きたくなって、つい口にしてしまった。
「さっき、保健室に柏木君が来たときにね」
「うん」
「…告白、された」
「え?」
「び、びっくりした」
って、なんでこんなこと、藤堂君に言ってるの?
「柏木に?」
「うん」
ああ。また、付き合ったらいいんじゃないって言う?
「結城さん、それでどうしたの?」
「ど、どうもしないよ。だいいち、からかわれたかと思ったし」
「…あいつは、あまり結城さんには似合わないかな」
「え?」
「結城さんを幸せにするとは、思えないし」
「じゃ、付き合わないほうがいいってこと?」
「結城さんは、付き合いたいって思ってないんでしょ?」
「…思ってたら?」
「………」
藤堂君が、目を丸くして私を見た。階段の途中で止まったまま、私をじっと見ている。
「まさか、好きなやつって柏木?」
「…」
まさか~。と心で言ってるけど、あまりにも藤堂君に驚いた眼で見られてて、なんにも私は言えなくなってしまった。




