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第17話 好きなところ

「私の番は、いい」

 いきなり恥ずかしくなり、そう言った。

「よくない。だいたい、穂乃ぴょんにもっと自信を持ってもらうために、始めたんだからな!」

 沼田君に怒られた。うう、そんなの頼んでいないってば。

「そうだな。じゃ、俺からね」

 沼田君は私をじっと見た。


「う~~ん。う~~~ん?」

 もしや、出てこないとか?

「えっとね」

「出てこないならいいよ。無理しないでも」

 私がうつむき加減でそう言うと、美枝ぽんが、

「今どきの女子って感じがしない古風なところ」

といきなり言った。


「え?それ、褒め言葉?」

「もちろん。それから、シャイなところでしょ。きゃっきゃしない、落ち着いたところでしょ。動きとかが女らしいところでしょ。それに手足が長くて、すらっとしてて、髪が黒々としてて、綺麗で、そういうところも全部、羨ましい~~」


「あ、そうそう。髪、綺麗だよね」

 沼田君が慌ててそう言っているのがわかる。

「他は?」

 沼田君に聞いてみた。私のためにと言うなら、なんかあるでしょう。


「え?藤堂はどう思う?」

 え?なんで藤堂君にふる?沼田君に聞いたんだよって…。あ、今一瞬、沼田君が企んでる目をした。そうか。わざと藤堂君に言わせようとしているな!

「…さっき言ったよ、俺」


「絵の才能?それもあるけど、もっと外面や内面や…」

「…ああ、八代さんが全部言っちゃったかな」

 あほ~~。っていう目で沼田君が美枝ぽんを見た。美枝ぽんがそれに気が付き、

「ええ?でもほら、男子から見たらまたちょっと、違う良さがあるんじゃないの?ねえ。藤堂君」

とちょっと口元を引きつらせながら、そう聞いた。


「…男子からって、よくわかんないけど」

 藤堂君はそう言って、首をかしげた。そしてしばらく黙り込んだ。

 ああ、そんなに悩むならいいの。

「い、いいよ。沼田君といい藤堂君といい、あの、無理やりいいところを見つけようとしなくっても」

 私がそう言うと、藤堂君はちらっと私を見た。


「無理に見つけようとはしてないけど…」

 藤堂君はそう言うと、こほんと咳払いをして、

「ただ、ちょっとこういうの、俺も苦手って言うか、面と向かって言うのは、照れるよね」

とそう恥ずかしそうに言った。


「だけど!言わないと穂乃ぴょん、わかんないみたいだし!穂乃ぴょんに自信を持ってもらうためにも、ひと肌脱ごうぜ。な?」

「じゃ、お前がまず言ってあげたら?」

 藤堂君に沼田君はそう言われてしまった。


「う、じゃあ、そうだな。俺が思ってたことを、まじで素直に言いますとですね」

 ドキ。後ろ向きとか、暗いとか言わないよね。それ、褒め言葉じゃないか。

「意外と、健気?」

「え?!」

 私が?


「きっと好きなやつができたら、一途に思い続けるタイプ?」

「…」

 う。当たってるかも。顔がほてってきた。

「そういうところも、なんつうか、今っぽくないって言うか、古風なところかもね」

「それ、褒め言葉?」

 私が聞くと、

「もちろん!」

と沼田君はうなづいた。


「なんで、そんなことお前わかるの?」

 藤堂君が聞いた。

「え?いやあ、勘ってやつ?そんな感じするじゃん」

 沼田君が慌てながらそう言った。

「ふうん」

 藤堂君はちょっと納得いかないって顔をした。


「じゃ、ほら、司っち、言えよ」

「………」

 しばらく藤堂君は黙っている。

「そうだなあ」

 ぽつりと口を開いた。

 ゴク。ちょっと、いや、かなり怖い。なんて言われちゃうの?でも、私は藤堂君の目にどう映ってるかも、知りたい。


「…ちょっと、空気が違う」

「え?!」

 私も美枝ぽんも沼田君も同時に聞き返した。

「どういうこと?」

 もう一回沼田君が聞いた。


「だから、なんていうか、結城さんの周りだけ、空気が違ってる」

「それ、褒め言葉?」

 美枝ぽんが聞いた。

「ああ、そっか。褒め言葉じゃないか。でも、そう思ってたから」

「…どんな空気?」

 沼田君が聞いた。うん、私も知りたい。


「どんなって、口ではうまく説明できないけど、時間の流れとかゆっくりな感じがするし。慌ただしくない、ああ、落ち着いた感じかな?」

「私、動きがどんくさいってこと?」

「そうじゃない。そうじゃなくて」

「落ち着いてる、一緒にいるとなんか、ほっとする」


 美枝ぽんが言った。

「ああ、そう。そう言う感じ」

 藤堂君が、美枝ぽんに救われたって感じで、ほっとしながらうなづいた。

「わかるよ、それ。きゃっきゃしてないし、動作が綺麗で優雅だし、一緒にいて穏やか~~な気持ちになるんだよね?」


「うん。それ」

 また藤堂君がうなづいた。

「ま、待って。私、そんなことないよ。それに落ち着いてて物静かで癒されるのは、藤堂君だよ」

「俺?」

「うん。隣りにいて、安心するし、気持ちが落ち着くもの」


「…そうなんだ」

 藤堂君がちょっと驚いて私を見ている。

「だね。それはあるね」

 沼田君がうなづいた。


「そうなの?私、藤堂君とはあまり話さないから、わかんなかった。ただ、悠々としてて、何があっても動じないんだろうな、この人ってそういうふうには思ってたけど」

「うん、あるある。そういうところ」

 私は思い切りうなづいた。


「なんだか、いいおっさんみたいだね、俺」

「じゃ、なんか似てるってこと?司っちと穂乃ぴょん」

「ああ、似てるかも。2人並ぶと絵になるもの」

 美枝ぽんがそんなことを言い、私はびっくりするやら、顔が赤くなるやらで、困ってしまった。


 藤堂君がそんな私に気が付き、何かを言おうとしたけど、横から、

「絵にするとしたら、水彩画じゃない?それか墨絵」

と沼田君が言ってきた。

「わ、地味」

 私がそうぼやくと、

「違うよ。そんだけ、落ち着いてる雰囲気ってことだよ」

と沼田君が笑って言った。


「そうだよ。地味じゃなくて、絵になるくらい素敵ってこと。もっと穂乃ぴょん、自信持ちなって」

「…う。うん」

 美枝ぽんにそう言われ、私はめちゃくちゃ抵抗しながらもうなづいた。

「司っちのいいところ、他は?」

 沼田君がみんなに聞いた。


「頭いい。運動神経いい。英語の発音、うまい」

 美枝ぽんがそう言った。

「え?もっと他にないの?」

「真面目」

「…」

 沼田君が、私を見て、ほら、言えよって顔をした。


「…お、穏やか」

 私は必死にそう言った。

「それから?」

 美枝ぽんが聞いた。

「え?あ!弓道、上手」

「ふうん。あとは?」

 今度は沼田君が聞いた。


「なんか、先輩にも頼りにされるくらい、頼もしい感じ」

「へえ、そうなんだ」

 美枝ぽんが感心している。

「えっと。あとは、お、大人な雰囲気がある」

「…」

 藤堂君が目を丸くして私を見た。


「あ、老けてるとか、おっさんとかそういうことじゃないよ?」

 私は慌ててそう言った。

「あとは…」

 すごく凛々しい。すごく笑顔が素敵。声も涼しげで好き。意外と筋肉質。隣りにいるとほっとするけど、ドキドキする。限りなく優しい。


 なんて言えない。


「なんか、弓道部のみんなと仲いいし、見てると、仲間を大事にするんだろうなって、そう思えるかな」

 そう言ってみた。これは、本当にそう思ってることで。

 藤堂君は私を見ると、ちょっと照れくさそうに笑って、

「うん。大事な仲間だよ。そう見えてたっていうのは、嬉しいな」

 藤堂君はぽつりとそう言った。

 

 ドキン。今の顔、可愛かった。

 目の前でこんな顔が見れるなんて、嬉しい。

 私はドキドキしちゃって、それ以上何も言えなくなり、しばらく黙って下を向いた。


「友達思いなのか。じゃ俺は?司っちの友達?」

「え?沼田?そうじゃないの?」

「じゃあ、私は?っていうか、女の子は友達になれないのかな、もしかして」

「…いや、八代さんも友達でしょ?」

 藤堂君は、表情も変えずそう言った。


「そうなんだ。じゃ、麻衣ちゃんや穂乃ぴょんも?」

「うん」

 藤堂君はただうなづいた。

 私は黙って聞いていた。友達、それでよかった。うん、それでいいんだよ。麻衣も美枝ぽんも友達、私もそう。それでいいじゃないか。


 心の奥では、残念がってる。私は特別でいたかった。って言ってる。

「…」

 なんだか、一気に寂しくなった。


 放課後、昨日のこともあって、私は部活に出ず家に帰った。

 しばらくはやっぱり、柏木君と会うの、抵抗がある。


 友達か。考えちゃうな。私は柏木君のこと、友達とは思えないな、もう。

「は~~あ」

 なんだかため息が出た。


 翌日、教室に入ると、藤堂君と沼田君が楽しそうに笑っていた。ああ、あの笑顔も可愛いな。

「おはよう」

 2人に挨拶すると、2人が同時にこっちを向いて、

「おはよう」

と言ってきた。


「穂乃ぴょん。今、部活出てないんだって?」

「え?」

 なんで知ってるのかな。

「昨日ちょっと美術室に行ったら、多分しばらく出てこないんじゃないかって」

「誰が言ってた?先生?」


「いや~~、何て名前か知らないけど、同じ学年の男子」

「柏木君?」

「名前はしんない。でもなんか、愛想のない奴」

「…」

 そうか。柏木君も私が部活に出にくいってわかってるんだ。そりゃ、そうか。


「今日も出ない?」

「うん、帰るよ」

「じゃ、美味しいもんでも食っていかない?」

「美味しいもんって?」

「パン。美味いところがあるんだよ。昔ながらの喫茶店で、コーヒーも美味い」

「行きたい!」

「おし、決まり!」


 ハッ。美味しいコーヒーにつられて、行きたいって言っちゃったけど、藤堂君、どう思ったかな。と思い、藤堂君を見ると、藤堂君は何もなかったのようにまた、沼田君と楽しそうに話を始めている。

 だよね。私が誰とどこに行こうと、気にならないよね。うん。


「おはよう」

 席に着き、美枝ぽんに挨拶をした。

「沼っちと帰りに寄るの?」

「聞こえた?」

「また、あれかな。藤堂君のことで、かな?」

「多分ね」


「穂乃ぴょん、藤堂君にコクらないの?」

「え?」

 いきなり何?

「昨日の話、藤堂君は、穂乃ぴょんのこと、まだ好きだと思うけどな」

「でも、違ってたら?友達の関係もなくなっちゃうよ?」


「…だけど、他の子と藤堂君が付き合うようになってもいいの?」

「え?」

「昨日、江の島の駅のあたりを、お母さんとぶらついてて、私見ちゃったんだ」

「何を?」

「藤堂君、中学の陸上部だった後輩と、一緒にいたよ」


「え?」

「うちの学校の1年生。高校でも陸上部。私、中学の頃見かけたことあるけど、結構かわいくて、男子にモテてた」

「…」

「たまたま偶然会ったのか、学校から一緒に帰ったのかは知らないけど、女の子のほうが親しげに藤堂君に話してた」


「…そ、そうなんだ」

 やばいな。思い切り気持ちが沈んだ。

「知らないよ。ここで藤堂君をつかまえてないと、後悔先に立たずだよ」

「…」

「ほんと、知らないからね~」

 美枝ぽん。ちょっと顔つきが意地悪だ。


 は~~~~~。ああ、なんで私また、重たくなってるの?!


 その日、麻衣が思い切り遅刻をしてきた。それどころか、目が真っ赤に腫れている。

 昼休み、麻衣を誘って話を聞こうと食堂に行こうとすると、

「食堂じゃなくて、中庭に行きたい」

と麻衣が泣きそうな顔をして言ってきた。


「わかった。そうしよう」

 沼田君も心配してて、藤堂君とくっついてきた。麻衣はぞろぞろ後ろから4人もついていったが、特に気にすることもなく、ただ暗い顔をしてふらふらと歩いていた。


「どうしたの?」

 私が中庭のベンチに着き、そう聞くと、わっといきなり麻衣が泣きだした。

「だ、大丈夫か?」

 沼田君もびっくりして、そう聞いた。美枝ぽんと藤堂君も心配そうにして麻衣を見ている。

「ふ、ふられた~~~」

「え?!」


 みんな同時に驚いた。

「ふられた?でも、あんなに仲良かったのに」

「そうだよ。麻衣、昨日も一緒にお昼食べてたよね?」

 私と沼田君が聞いた。

「…昨日の昼も、様子が変だったの。それで気になって、帰り、あいつが部活終わるの待って、それで聞いたんだ」


「…なんて?」

「なんだか、よそよそしくなったよねって。そうしたら、いきなり頭をさげてきて、ごめん、別れてくれって」

「なんで?いきなり?」

「…いきなりじゃなかった。もう、1週間前から、元カノとより戻ってたって」


「元カノ?!」

 美枝ぽんが大きな声で聞き返した。

「一回、喧嘩して別れたけど、お互い嫌いで別れたわけじゃないし、また付き合いたいってあっちから言ってきて、あいつ断れなかったって」

「もしかして、ひきずってた、とか?」

「そうみたい」


 麻衣がまた、ぽろぽろと涙を流した。

「別れるって言ったの?麻衣ちゃん。そこで、嫌だって言わなかったの?」

「言えないよ。そんな女々しいこと」

「なんで?」

「なんでって、そんなのかっこ悪いもん。あいつの前では、泣きもしないで、あっそうって言って、昨日もさっさと別れたから」


「なんで~~?泣いてもいいじゃない。別れないでって言えばよかったのに」

「できないよ、私には…」

「…」

 藤堂君と沼田君は何も言わず、黙っていた。私は麻衣の背中をなぜ、

「そうだよね。私でも言えないかも」

とそうつぶやいた。


「なんで?かっこ悪いかどうかなんて、関係あるの?」

 美枝ぽんが聞いた。

「かっこ悪いとか、恥ずかしいとか、それだけじゃない。もう、あっちが別れるって言ってきたんだもん。きっと、何も言えないかな」

 私がそう言うと、美枝ぽんは、

「美枝ぽんだったら、そんなの許せない。怒ってひっぱたくか、じゃなきゃ別れてあげたりしないよ」

と口をとがらせてそう言った。


「…麻衣、俺、ちょっと驚いてる」

 沼田君がぼそって言った。

「え?」

 麻衣が顔をあげた。

「仲良かったのは知ってるけど、そんなに彼氏のこと好きだったってのは、驚きだな」


「…好きじゃなかったら、こんなに続いてない」

 麻衣が泣きながらそう答えた。

「でもさ、だったらなおのこと、これだけ好きなんだって、ちゃんと相手に伝えるべきだったんじゃないの?麻衣、後悔しない?」

 沼田君が聞いた。


「…できないよ」

「なんで?プライドか何か?」

「元カノのほうを選んだんだよ?ずっとひきずってたんだよ?それがわかったんだもん。それなのに今さら、私はこんなに好きです。別れないでなんて言える?」

「…でもさ、伝えなきゃ、あっちだってわかんないって」


「…そうだよ。わかってないよ。だって私いつも、あいつが好きかって聞いてきても、誤魔化してきたもん。好きなのにちゃんと言わないでいた。だから、こんなことになったんだってことも、わかってるの!後悔するよじゃなくって、もう後悔してる!」

 麻衣はそう言うとまた、わっと泣き出した。


「素直になれない自分も、大嫌い。強がってるけど、本当は弱い。そんな私、大嫌いなの」

 麻衣がそう言って、涙を手で拭いている。

「そんな~。麻衣ちゃんは自分に自信を持ってて、堂々としてるように見えたのに、なんかがっかり」

 美枝ぽんが本当にがっかりした様子で、そう言った。


「私はがっかりしないよ、麻衣」

「え?」

 私の言葉に、麻衣が驚いて顔をあげた。

「素直になれない麻衣のことも、強がってる麻衣のことも、今、泣いてる麻衣のことも、私は好きだし、そういうところを見せてくれて、嬉しいし、何かの力になりたいって思ってるよ」


「…穂乃香…。ありがとう。うん、そういう穂乃香のことも私は知ってる。だから、友達をしてるんだもん」

 そう言うと麻衣は、私に抱きついてきて、また泣いた。

 ギュ。そうなんだ。麻衣は男らしい。でも、たまにすごく弱いところを見せる。そんなところはなんだか、愛しい。


 芳美もいつも笑って、明るいし、一見強そうに見える。でも、けっこう弱い。だから、どこかで肩ひじ張ってる。でも、私とだと、肩ひじ張らないでも済むって言ってたことがあった。


「…中西さんのことよく見てたら、きっと強がってるんだなとか、素直になれないんだなとか、そういうの見えるんじゃないかな」

 藤堂君が静かにそう話し出した。

「…」

 麻衣が泣くのをやめて、耳を傾けている。


「それで、そういうところも含めてさ、中西さんのことを好きになってくれるやつ、きっと現れるよ。だから、大丈夫だよ」

 藤堂君の声は優しかった。

「あいつは、私のことをわかってくれない程度の男だったってこと?」

「そう。そんな程度の男だよ」

 藤堂君がそう言うと麻衣は、

「ありがとう。うん、そうだね」

とちょっと笑って見せた。


「でも、そんな馬鹿でも、私、けっこう本気だったんだ。なんだか、まぬけなやつって思ってたけど、そこも気に入ってたんだよね」

 麻衣はそう言うと、鼻をずずってすすってから、

「ふ…。ま、いいや。今度はあいつ以上のやつが現れるってことだよね」

とまた笑った。


 藤堂君は優しく微笑み返した。ああ。そうか。藤堂君はそんなふうに言ってあげちゃうんだ。いいな。そういう藤堂君も大好きだな。

 私は、麻衣がちょっと元気になったのも、そして藤堂君の優しさにまた触れることができたのも、なんだか嬉しくてじ~~んってしていた。





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