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第16話 それぞれの良さ

 家に帰ってから私は、麻衣に電話をした。

「どうした~?なんかあった?」

「うん」

「藤堂君と?」

「私ね、麻衣」


「うん」

「藤堂君が告白を白紙にしたって言ったの、傷ついたの」

「うん」

「でも、友達になれたんだし、もうどっちでもいいや」

「え?」


「私、藤堂君が好きで、友達になれて、そばにいられて…。それだけでもすごく今日、幸せだって思っちゃったんだ」

「…恋人じゃなくても?」

「変に付き合うよりも、友達のほうがずっとそばにいられるかもしれないでしょ?」

「いいの?それで」


「友達としてでも大事に思われたら、それだけでもいいよ」

「…そっか。穂乃香がそう思うなら、いいんじゃないかな」

「うん」

「だけど、応援はしてるからね」

「麻衣、ありがとう~~」


 電話を切ってから、ベッドに寝転んだ。

 そもそも、付き合うってことすらまだ、私にはよくわからない。でも、そばにいられて、話ができて、そして藤堂君のことを知っていく。それだけでも、本当に嬉しいことかもしれない。


 翌日、朝、藤堂君はもう席にいた。沼田君と話をしていたが、そこに行って元気よく、

「おはよう」

と言ってみた。

「おはよう、穂乃ぴょん、元気いいじゃん。なんかいいことあった?」

 沼田君が聞いてきた。

「う、うん」


 私はすぐに藤堂君のほうを向き、

「昨日はありがとう」

とお礼を言った。

「今日、元気に学校来れてよかったね」

 藤堂君が優しくそう言った。

「え?」

「ちょっと心配してた」


 そうなんだ。わあ、嬉しい。

「なんだよ、昨日なんかあったの?」

 沼田君が聞いてきた。

「ちょっとね、でも、内緒」

 私はそう言って、すぐに自分の席に行った。


「なんなんだよ、2人の秘密か~?」

 沼田君が藤堂君に聞いていたが、藤堂君も笑うばかりで何も沼田君に言わなかった。

「穂乃ぴょん、今日元気いいね」

「え?わかる?」

「表情明るいもん。いいことあったの?」


「…いいことっていうか、ちょっとふっきれたっていうか」

「もしかして藤堂君のことが、あきらめついたとか?」

「ううん。その逆で…。友達になれたんだし、これからはもっと、藤堂君のことを知っていって、友達として仲良くなっちゃえって、そう思えたんだ」


「開き直り?」

「え?そうかな~」

 私はあははって言って笑った。美枝ぽんは、

「うん、いいんじゃない?そんなに重くあれこれ悩むより、今の状況をいいほうに持って行っちゃうって、すごくいいことだと思うよ」

とにこにこしながらそう言った。


 そうだよね。私、ほんと重たかったよ。うん。もう、重たいのはいいや。

 授業が始まり、黒板を見てるふりをして、藤堂君を見てみる。じっと先生の話を聞いてる藤堂君、一生懸命にノートを取ってる藤堂君。それから、後ろから麻衣に何か話しかけられ、後ろを向いて笑う藤堂君。


 ああ、笑ってる。麻衣が羨ましい。でも、笑顔が見れた。

 ふと前を向く時、藤堂君がこっちを見た。わ。目が合った。いつもならそらしてるけど、そのまま藤堂君を見て、笑おうとした。あ、ほっぺ、ぴくぴくしてる。

 にこ。ああ、藤堂君のほうもちょっと、笑ってくれた!嬉しいかも!


 そうか。友達っていいな。こんなふうに目が合うと、笑い合えたりするんだ。

 ああでも、藤堂君と目が合うだけでも、すんごいドキドキしちゃうけど。


 お昼になり、美枝ぽんとお弁当を持って廊下に出ると、すぐ後ろから沼田君と藤堂君がやってきた。

「一緒に食堂行こうぜ」

「うん」

 わあい。嬉しい。


「沼っちっていつも、学食かパンだよね」

「うちの母さん、夜勤も多くって、お弁当を作るの大変みたいだから」

「え?夜勤?」

 私が驚いて聞くと、

「看護師してるんだよ」

と沼田君が答えた。


「そうなんだ。じゃ、いろいろと大変だよね」

 美枝ぽんがそう言った。

 それから食堂に着き、今まで聞いたことがなかったような、みんなの家族構成だの、家族のこととかを話すことになった。


「沼っちは一人っ子?」

 美枝ぽんが聞いた。

「姉さんがいる」

「そうなの?お弁当作ってもらえないの?」

 私が聞くと、

「そういうタイプじゃないんだよ。朝から厚化粧して仕事いってるよ」

と沼田君は淡々と答えた。


「もう社会人?」

「今年からね。高校卒業して働きだした。化粧品売り場だからあんな、厚化粧なのかな~」

「じゃ、綺麗な人なんだ」

 美枝ぽんが言った。

「いいや、化粧でいつも化けてるよ」

「ふうん」


「美枝ぽんは一人っ子でしょ?」

 沼田君が聞いた。

「当たり。わかった?」

「なんか、そんな感じするよ。意外と親に可愛がられて育った箱入り娘」

「え~~~?それは違うかな」


 美枝ぽんが眉をしかめた。

「うち、親が変わってるんだ。母親、アイドルの追っかけしてるし」

「え?」

 みんなが驚いた。

「一緒にコンサートとか行っちゃうの。私と母親、すごく仲いい友達みたいなんだよねえ」


「お母さんいくつ?」

 私は気になり聞いてみた。

「36歳」

「若い!」

 私も沼田君も思わず叫んだ。藤堂君は表情を変えず、

「お父さんは?」

と聞いた。


「父親は49歳」

「じゃ、年離れてるんだね」

「そうなの。だから母親にすご~~く、甘いって言うか、母のわがままも全部許しちゃうって言うか」

「へ~~~」

「うちの中で一番わがままで甘えん坊は、母なのよね」


「なるほどね。箱入り娘のまま、嫁いだパターンかな」

 沼田君が、うんうんと変に納得しながらそう言った。

「藤堂君は兄弟っていたっけ?」

 美枝ぽんが聞いた。

「弟がいるよ」


「へえ、いくつ?」

 沼田君が聞いた。

「今、中1」

「じゃ、4歳下?」

「うん」


「生意気な弟?」

 美枝ぽんが聞いた。

「いや、なんだか、なつっこい犬みたいな弟」

「可愛がってるんだね、藤堂君」

 私が思わずそう言うと、藤堂君は私を見て、照れくさそうにうなづいた。あ、その表情が可愛い。


「穂乃ぴょんも一人っ子じゃないの?」

 沼田君が聞いてきた。

「ううん。兄がいるよ」

「え?そうなんだ。男兄弟いるように見えないね」

「そうかな」


「年離れてるんじゃないの?」

 美枝ぽんが聞いてきた。あれ?なんでそう思うのかな。

「3つしか離れてないよ」

「そうなの?でも、思い切り、かわいがられてそうだよね」

 沼田君にそう言われ、私はちょっとだけ、切なくなりながら、

「そうなんだけど、大学、関西のほうなの。だから、ずっと離れてるんだ」

とぼそって言った。


「でもさ、男の人苦手じゃん?お兄さんがいたら、男が苦手になりそうもないけどな」

 沼田君がそう言った。

「…お兄ちゃんは、ちょっと違うから」

「何が?あ、もしかして、限りなく女に近いお兄ちゃんだったり?」

 美枝ぽんがちょっと、楽しそうに聞いてきた。


「違う、違う。なんていうのかな。今はもう大丈夫なんだけど、ちょっと体が弱かったんだ」

「え?」

「心臓、弱くって。でも手術して、元気になったからもう平気なんだけど」

「…じゃあ、あまり遊んでもらえなかったとか?」

「ううん。その逆で、外に遊びに行けない分、私、本当によく家の中でお兄ちゃんと遊んでたの。でも、お兄ちゃんが私の遊びに付き合っててくれて、おままごとや、折り紙や、そんなのばっかりだったから、私、あまり男だって意識してなかったんだよね」


「なるほどね」

 また沼田君が深くうなづいている。

「っていうか、私、勝手に男の人はみんなお兄ちゃんみたいなんだと思い込んでたから、小学校3年か、4年の時、公園で上級生が暴れてたり、乱暴な言葉使ってるの見て、すんごく驚いちゃって。それからかも、男子が苦手なのって」


「お兄ちゃんはじゃあさ、すごく優しかったんだ」

 美枝ぽんが言った。

「う~~ん。優しいっていうのかな?ちょっと違うかな」

「え?」

「私と普通に遊んで、普通に話してた。ちょっと変わってて、妄想癖もあって、一緒にいろんなこと想像して遊んだり、ジブリも一緒によく観てた。お兄ちゃん、小説や漫画も描いてて、どれもファンタジックな変わってる世界だったよ」


「私、気が合うかも。今度お兄さんに会わせてよ!」

 美枝ぽんが目を輝かせてそう言った。その横で沼田君が顔を引きつらせた。

「いいけど。年に一回、正月にしか帰ってこないよ?夏休みもバイトするからって、こっちに戻る気ないみたいだし」

「そうなの~~~?」


「彼女もできたみたいだし」

「え?そんな変わり者なのに?」

「うん。変わり者の彼女がいるみたい。アニメ好きの…」

「私みたいな変わり者か~~~」

 美枝ぽんがそう言って、がっくりしていた。


「顔は?イケメン?」

 まだ、がっくりしていたのに美枝ぽんは聞いてくる。

「私に似てる」

「じゃ、けっこうかっこいいじゃん!」

 美枝ぽんがそう言うから、私は驚いた。


「え?ど、どうして?」

「だって、穂乃ぴょん、綺麗だもの。整った顔してるし」

「どこが?!」

「目元凛々しめ、口元凛々しめ。男にしたらかっこいいって」

 ……。男にしたら、か。それって、喜ぶところじゃないよね。


「着物とか、似合いそうだよね」

 え?突然の藤堂君の言葉に驚いた。

「似合いそう。ちょっと色っぽそうだし」

「私?!」


「いいな~。私は似合わなそうだから、羨ましいよ」

 美枝ぽんが言った。

「羨ましくない。私なんて全然…」

 慌ててそう言うと、藤堂君が、

「なんで?なんで私なんて…なの?もっと自信持っていいのに」

と真剣な目で言ってきた。


 えええ?!ど、どうしたの?

「結城さん、絵だって素晴らしい才能あるし、もっともっと自分のことすごいって思っていいよ。きっと結城さんのこと、羨ましいって思ってる人は多いと思うよ?」

 どこが?!と、今大声で叫びたいくらいだ。でも、そんな言葉も出ないくらい、私はびっくりしちゃってる。


「でもさ、八代さんも八代さんで、いいところいっぱいあるんだから、羨ましがらなくても大丈夫だよ」

 藤堂君は今度は、美枝ぽんのほうを見て、にこっと微笑みながらそう言った。

「ええ~?そう?そう言ってもらえると、美枝ぽん、嬉しいな」

 美枝ぽんは嬉しそうに、大きな声でそう答えた。


 あれ?なんだ。私だけじゃなくって、美枝ぽんのことも、そうやって言ってあげるのか。

 な、なんだ。私、思い切り今、期待したって言うか、なんていうか…。

 それに、美枝ぽんはそんなふうに、前向きに明るく受け止めるのか。私は、そんなことない、私のどこがいいの?って後ろ向きに受け止めたのに。


 この違いかな。美枝ぽんの良さはそういうところ。でも、私は?

 藤堂君。やっぱり、私の良さなんて見つけられないし、自信も持てないよ。


「ねえ、じゃあさ、自信がなかなか持てない穂乃ぴょんのためにも、ここでそれぞれが、みんなのいいところを言い合ってみるってのどうかな」

 突然沼田君が、そんな提案をした。う。沼田君の顔、なんか裏がある。何か企んでいるでしょう。

「いいね!」

 美枝ぽんがその提案にのった。ま、待って。美枝ぽんの顔も、いたずらをする前の子供みたいな顔になってるよ。


 藤堂君は何も言わなかった。でも、いいんじゃないの?って顔で沼田君を見た。

「じゃ、まずさ。俺の良さから言ってもらおうか」

「ええ?!自分で言いだしておいて、いきなり俺を褒めろっていうの?ちょっと図々しくない?」

「それ、褒め言葉じゃないよね?はい、美枝ぽん、却下~~」

「何それ!」


 美枝ぽんが呆れたって顔をしたけど、すぐにくすくすって笑った。

「そういう乗りのいいところとか、すぐにみんなを楽しませてくれるところとか、沼っちの良さだよね」

 美枝ぽんは沼田君にそう言った。沼田君は、顔を赤らめたがすぐに、

「今のは、うん。なかなかいい褒め言葉だったかな」

と、わざと照れを隠すようにそんなことを言った。


「それに、人が幸せになるのを喜べるし、なんか単純に人が好きって言うか、誰とでも仲良くなっちゃうところも、沼っちのすごいところだよね」

 美枝ぽんがそう続けた。わお。すごい高い評価じゃない?こりゃ、沼田君が喜ぶ…と思いながら沼田君を見ると、目を丸くして驚いていた。


「そんなふうに見えてたの?俺」

「え?うん」

 沼田君の質問に、美枝ぽんはなんでそんなに驚いてるのって顔をしながら答えた。

「そっか、そうなんだ」

 沼田君はしばらく、顔を赤くしたままうつむいていた。


「自分で知らない自分が、見えたのか?沼田」

 藤堂君が聞いた。

「え?いや、そうじゃなくて。そんなにいいやつじゃないから俺、なんか、ちょっと罪悪感?」

 沼田君が引きつりながら笑った。

「そうだよね。けっこう腹黒いよね」


 私は思わず、そう言っていた。

「え?!」

 沼田君が一気に、怒った顔になった。

「穂乃ぴょんがそんな、毒を吐くとは思ってもみなかった」

 美枝ぽんが驚いている。


「あ、あ、でも。きっとみんなの中にもある、腹黒さって言うか。なんか、そういう部分が見えたらもっと、親しみわいたって言うか、仲良くなれたって言うか…」

 私は慌ててそう付け加えた。

「それ、取ってつけたような感じじゃない?」

 沼田君が言った。


「じゃ、今度は俺のいいところ、穂乃ぴょん、言ってみろよ」

「え?えっと」

 こういうの苦手。面と向かって言うの、すごく照れる!

「なんだか、て、照れるね。こういうの」

 そうぼそって言うと、

「あはは。穂乃ぴょんってやっぱり、シャイだよね。そういうところも好きだな~~」

と美枝ぽんが言った。


「う…」

 好きって言われても…。

「でも、言いなさい。さっき毒を吐いた分、いいところは10個くらいあげてもらおうかな」

 沼田君がそう言った。

 う…。


 沼田君のいいところ?

「明るい」

「うん。それから」

「えっと~~。一緒にいて楽しい」

「それから?」


「う~~ん。物おじしないところ。人見知りしないところ。なんか、へこんでもすぐに立ち直れるタフなところ?」

「う、う~~ん。まあ、褒め言葉として受け取ろう。それから?」

「う~~ん。そうだな。あ、人のことなのに一生懸命になるところ」

「それ、私もそう思う」

 美枝ぽんが口をはさんだ。


「ああ、そうかもな」

 藤堂君もそう言った。

「それから、ムードメーカー。あとは、そうだな~~」

 私はじっと沼田君を見てみた。沼田君は見られたまま、黙っている。

「あ、今気が付いた。けっこう、顔が可愛い。ベビーフェイスかも?」


「え?!」

 いきなり沼田君が、赤くなった。

「あれ?変なこと言った?」

 私まで焦ってしまった。

「そういえば、そうかも。目、まつ毛長くて可愛いし、色白くて肌綺麗だし」

 

 美枝ぽんも沼田君をまじまじと見て、そう言うと、ますます沼田君は赤くなっていった。

「意外~~。こういうこと言うと、沼っちでも照れるんだ」

「う、うるさい。はい。俺のことはもうおしまい。次。じゃあ、えっと」

「はい!美枝ぽんのいいところ言って」

 美枝ぽんが手を挙げた。


「明るい」

 藤堂君がぼそってそう言った。明るい。私にはきっと誰も言わないかも…。藤堂君もそう思ってないよね。

 あ、今は、美枝ぽんのことだってば。


「人見知りするみたいだけど、一回仲良くなると、すごく人懐こい」

 私がそう言うと、

「え。犬みたいってこと?」

と美枝ぽんが私に聞いてきた。


「前向きで、ちょっと人と変わった視点から物事が見れる。それ、1年の時から思ってたんだよね、俺」

 沼田君が言った。そうなんだ。そういうところが好きになったのかな。

「…変わり者ってことでしょ?」

 美枝ぽんが聞いた。

「いや、なんていうのかな。自分ってものがちゃんとあるんだなって」


「わがままってこと?」

「そうじゃなくって。人といても、流されない強さって言うの?」

「ふう~~~ん」

 美枝ぽんがそう言うと、沼田君がちょっとびびりだした。あ、俺、変なこと言ったかなって顔をしている。


「それ、最高の褒め言葉かも。私、人と一緒って言うの一番嫌いなの」

 そう美枝ぽんが言うと、沼田君はほっと溜息をついた。

「じゃあ、今度は穂乃ぴょんの番ね」

 美枝ぽんが私のほうを向いた。


 うわ。怖い。なんて言われるの?特に、藤堂君からの言葉、かなり怖いんですけど!!!

 


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