第117話 いつもと違う司君
司君が、優しく私を見ているのがわかる。優しく私に触れ、優しくキスをする。
ドキン。ドキン。体が、熱くなってる。
「穂乃香!ドライヤー!!」
ビク~~~~!
守君?
「ど、どうしよう」
一気に私は青ざめた。ああ、ドライヤーを洗面所に返しに行かなかったから、怒って2階に上がって来ちゃったんだ!
「し~」
司君が私に静かにそう言うと、
「大丈夫だよ」
と微笑んだ。
「なんだよ、こんなところに置いてないで、下まで持って来いよな!」
ドタドタドタ。
守君の声が足音とともに、フェイドアウトしていった。
「あ、そうか。さっき廊下に置いておいた…」
「うん。あいつ、取りに来ると思ったから」
それで、廊下に置いておいたの?
「穂乃香…」
司君がまた、優しくキスをしてきた。ああ、ほっとした。ものすごくさっきは、びっくりしちゃった。
「部屋のドア、開けられるかと思った」
「開けないよ。特に俺の部屋には勝手にあいつ、入ってこないから」
「そうなの?」
「うん…」
わ。司君が胸元にキスしている。
ドキドキドキ~~~!
「穂乃香、心臓ドキドキしてる?」
「う、うん」
でも、司君のぬくもりが嬉しくて、喜んでいる。触れられるだけで、心臓が暴れ出すのに、それでも幸せで…。
「つ、司君」
「ん?」
「私、すごく幸せで」
「…え?」
「ありがとう」
「…え?」
司君が驚いてる。
「なんで、ありがとう?」
「わかんない。でも、幸せだから…」
「…」
ムギュ。あ、あれ?鼻をつままれた?なんで?
「そんなに、可愛いこと言わないで」
「え?」
「どうしていいか、わかんなくなる」
え?
司君は私にキスをして、ぎゅうって抱きしめてきた。
「俺の方こそ、ありがとうだよ」
「…」
「俺のこと、好きになってくれて、本当にありがとうって言いたいよ」
司君…。
「穂乃香、大好きだよ」
ドキン。
「わ、私も」
ドキドキドキ。司君の「大好き」が、私の胸をまた高鳴らせる。
ああ、本当に幸せで、このまま時が止まってほしいくらいだ…。
司君の胸に顔をうずめ、私は思ってた。このまま、朝までここにいたい。部屋に戻りたくないよ。
「穂乃香、朝までここにいる?」
え?私の心、伝わっちゃった?
「う、うん。でも、大丈夫かな」
「くす。大丈夫だよ。いつも誰も2階に上がってこないし、部屋にも入らないでしょ?」
「あ、そうか」
「寝坊さえしなかったらね」
「じゃあ、目ざましちゃんとかけないと」
「そうだね」
司君は上半身をあげて手を伸ばし、目ざまし時計を取った。それから目ざましをセットすると、また手を伸ばして、ベッドの脇にある小さなテーブルに置いた。
「司君、狭くて寝づらくない?」
「うん、大丈夫だけど、穂乃香のほうがまた、ベッドから落ちたりしないかな」
「…気を付ける」
「…穂乃香の部屋なら、布団を二つ敷けるのか…。そうしたら窮屈じゃないね」
「別々の布団で寝るの?」
「あ、寂しい?一緒の布団がいいの?」
「う、うん」
だって、より司君と密着できるし。なんて、言えないけど。
「布団なら、布団からはみ出ても、落っこちることはないからなあ」
司君、もしかして私の部屋に移動しようとしてる?とか…。
でも、まさか裸で移動はできないよね。そうしたら、もう司君の肌に触れられないよね。
「こ、このまま朝までここにいてもいい?」
「窮屈じゃなかったら、ここでもいいよ?」
「司君にくっついていたら、窮屈じゃないけど。司君は?」
「俺は、別に大丈夫だけど」
「……」
べったりと司君に体をくっつけてしまった。わわ。接近しすぎてないよね?
「穂乃香」
ドキン。なんか言われちゃう?
ギュウ。あれ?抱きしめられた?
「このまま、穂乃香を抱きしめて朝まで寝るよ」
ドキン。
「でも、タオルケット掛けようか。冷えたら困るもんね?」
「うん」
司君はタオルケットを私と自分の体にかけた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
司君はまた私を抱きしめてくれて、私のおでこにキスをした。
ああ、幸せだ。幸せすぎるくらい、幸せだ。
ドキドキした。なかなか眠れなかった。でも、司君から寝息が聞こえてきた。
スウ…。司君の可愛い寝息…。
なんだか、聞いていると安心する。
そうして、いつの間にか、私も深い眠りに落ちて行った。
ザァ……。
雨?ああ、そうだ。雨の音だ。
パチ…。目が覚めた。わ!目の前に司君の顔!まだ、寝てる…。
ドキドキ。本当に私、朝まで司君の腕に抱かれて寝ていたんだな。
キュン!
ああ、司君の寝顔に思わず、胸キュンしちゃった。
無防備な寝顔、やっぱり可愛いよ。
ピピピピ。ピピピピ。
わ!ああ、びっくりした。目ざましの音か。
「ん?」
司君が手を伸ばして、目ざまし時計を止めた。
「あ、お、おはよう」
司君が目を開けたから、おはようと言うと、司君はしばらくぼ~~っとして私を見た。
「…あ、そっか」
ようやく、今の状況がわかったらしい。
「おはよう、穂乃香」
「よく眠れた?」
「うん。なんか、昨日はぐっすりと。穂乃香は?」
「私も…」
「…あれ?雨の音?」
「うん、そうみたい」
司君はまだ、私を抱きしめたままだ。
「穂乃香」
それから、なぜか私の胸に顔をうずめてきた。
う、うわ!どど、どうしよう。
「もう少しだけ、こうしてて?」
「う、う、うん」
でも、心臓がバクバクだよ~~。
「今日は、このまま穂乃香といたいな」
え?うそ。司君もそう思っていてくれるの?
「でも、部活行かないとね」
「うん」
そうだよね、やっぱり。
でもまだ、司君とこうしていたいよ。私も…。
胸に顔をうずめている司君…。ドキドキするけど、私は司君の髪をそっと撫でてみた。わわ!な、なんだか、愛しいかも。
司君は何も言わず、そのまましばらく私の胸に顔をうずめている。
「司~~~!」
びっく~~~!お母さんの声?2階に上がって来てる?
きゃあ。起きなきゃ!
私は慌てて、起き上がろうとした。でも、司君はまだ、私を抱きしめていて、動こうともしない。
「司。起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
司君はちょっと顔をあげて、そう答えた。
「大雨と風の影響で、電車が今、止まってるみたいよ。動き出すのも何時になるかわからないみたいだし、ネットで調べて、電車が動き出してから駅に行ったら?」
「ああ、わかった。そうする」
「穂乃香ちゃん。穂乃香ちゃんも聞こえた~~?」
うっきゃ~~~!!!私の部屋に向かって、声をかけてるんだよね?ど、ど、どうしよう。ここから返事をしたら、司君の部屋にいるのばれちゃうよ~~。
司君を見た。すると、司君は平気な顔をしていた。
「穂乃香、呼んでるけど?」
「え?」
返事、ここからしてもいいの?!
「穂乃香ちゃん?寝てるの~~?」
「え…えっと」
困った~~!
私がうろたえていると、司君はくすって笑って、
「穂乃香も起きてるし、ちゃんと聞いてたよ」
とそうドアに向かって叫んだ。
わわ。それ、一緒にいるのがばれちゃう。
「司の部屋にいるの?」
「そう、こっちにいるから」
「じゃ、電車もしばらく止まってるみたいだし、ゆっくり支度して下りてらっしゃいな」
「うん、そうする」
うそ。うそ、うそ、うっそ~~。司君と一緒に寝てたって、ばれちゃったじゃない!
「つ、司君」
私は真っ青な顔をして、司君を見た。でも、司君は平気な顔をしている。な、なんで?!
「お母さんに、私がここにいること、ばれた…」
「え?うん」
「な、なんで平気なの?」
「なんで、穂乃香はそんなに、青い顔してるの?」
「え?」
「ここにいるって言っても、一緒に夜を過ごしたかどうかなんて、母さんにはわかんないよ。たまたま朝、俺の部屋に来たって思ってるかもしれないし」
そ、そんなこと思うわけないじゃん。だって、まだ7時だよ~~?
あ、まさか。私が司君の部屋に朝早くから、潜り込んだって思われた?
ぎゃわ~~~。それも最悪かも。
「いいんじゃない?もし、俺の部屋で一緒に寝てたってわかったとしても」
「なんで?!」
「なんでって、もう俺らがそういう関係だっていうのもばれてるし」
「でも!!!!」
「でも?」
「で、でも…」
「うん?」
「でも?」
あれ?
そういえば、慌てる必要もないって…こと?
え?一緒に朝までいようが、一緒の部屋で寝ていようが、何も言われないってこと?
う、でも…。でも、やっぱり、合わせる顔がないと言うか、恥ずかしいと言うか。
「電車、止まってるのか。もし動き出しても、相当混むよね」
「う、うん」
「部のみんなも、ほとんどが電車通学だし、みんな来れないってことだよなあ」
「そ、そうだよね」
「じゃ、みんなが遅れてくるってことだし、ちょっとゆっくりしてもいいかな」
「え?」
ギュウ。
え?なんでまた、抱きしめてきたの?司君。
「穂乃香と、もう少しこうやっていられるね」
ドキン。
「ラッキーだね」
ラッキーなの?そ、そうなの?
そりゃ、私も嬉しいけど。
「穂乃香…」
司君がキスをしてきた。それから、耳にも首筋にもキスをしてきた。
「つ、司君?」
「穂乃香と朝まで一緒にいられるって、いいね」
「う、うん」
「毎日、一緒に寝る?」
え~~~~?!!!!!うっそ~~~~!!!!
「なんてね」
司君が舌をぺろっと出した。
う、うわ。今の冗談?
ああ、もう~~。一瞬思い切り、喜んだのに~~~。
なんだか、今朝の司君、変。いつもと違う。
それにまた、私の胸に顔をうずめた。と思ったら、顔をあげて、上半身を起こして、じいっと私を見ている。
っていうか、視線は私の胸に…。え?胸?
「きゃあ、明るい。丸見え?」
「うん。穂乃香、すごく綺麗だ」
「わ~~、み、見ないで!」
私は思わず、思い切り横を向き、両手で胸を隠した。
恥ずかしい。そりゃ、外は雨だし、カーテンも閉まっているとはいえ、薄暗い中、しっかりと私の胸、見えちゃってたよ~?
「くす」
え?なんで笑ったの?
「穂乃香って、やっぱり、可愛いよね?」
うっきゃ~~~。
も、もう、なんだか、やっぱり、今日の司君は違ってる!
チュ。司君が私の肩にキスをした。
ああ、違ってるんじゃない。そうだった。たまに司君は余裕を見せてくるんだ。こうやって、私の反応を見て、楽しんでいるっていうか、なんていうか…。
「タオルケット、かける?」
コクコク。私は黙ってうなづいた。すると、司君は私の体と、司君の体にタオルケットをかけた。おかげでようやく私の胸が隠れてくれた。
そしてタオルケットの中で、司君が私を後ろから抱きしめてきた。
「穂乃香、やばいね」
「え?」
何が?
「穂乃香のこと、目に焼きついちゃって…。俺、今日弓道に集中できるかな」
う…。だったら、あんなに見ないでほしかったよ~~。もう~~。
でも、そうだった。私もだった。
それも、私なんて、絵に集中できるかどうかより、普通の暮らしができるかどうかも不安だ。
司君はまだ、私を抱きしめている。ああ、外から聞こえる雨の音が、さっきよりももっと強くなった気がする。
風の音もさらに増した気がするけど、電車、動くのかなあ。
きっと、動くまで、司君はこのまま私を抱きしめているんじゃないのかなあ。
嬉しいけど…。でも、ドキドキがおさまらず、ちょっと大胆で、かなりいつもと違う司君に、私は戸惑っていた。




