第116話 ドキドキドキ!
お父さんも後から合流して、みんなで夕飯を食べた。そこから浜辺に移動した。
メープルはまた浜辺に来られたことを、すごく喜んでいる。早速走り出したが、しばらく走っても誰も来てくれないとわかったからか、ワフワフとみんなの元に戻ってきた。
「メープル、これから花火をするんだよ」
そう守君が言うと、メープルはおとなしく守君の横に座った。
「じゃあ、この辺から行くか」
お父さんがワイシャツの袖をまくって、ライターで花火に火をつけた。
シュ~~~~。花火から青や赤、緑色した光線が出た。それを見たメープルは、とたんに興奮してワンワンとその辺を走り回りだした。
「あはは。メープル、びっくりしてる」
守君は笑って、お父さんから花火を手渡してもらった。
私も花火を持った。その花火にもお父さんが火をつけた。司君の花火には、司君が自分で火をつけていた。
お母さんとおばあさんは、何やら楽しげに話しながらちょっと、離れたところにいた。でも、すぐにカメラを構えてみんなのところに来た。
「こっち向いて、司、穂乃香ちゃん」
そう言って写真をぱちぱち撮った。
クルクル回る花火や、ドラゴン花火もした。シュ~~~、ドン!音だけはすごかった。
「なんだよ、守!なんでそんな遠くにいるんだよ。怖かったのか?」
笑いながら司君がそう言うと、
「うっせえ」
と守君は遠く離れたところから、司君に答えていた。
「あははは」
司君が声をあげて笑っている。藤堂家ではあまり見ない光景だ。
ああ、浴衣姿で花火をして、大笑いをしている司君。可愛すぎる。
うっとり。
目をとろんとして見ていると、司君が目の前に来て、
「線香花火しよう?穂乃香」
と言ってきた。
「う、うん」
キュン。今の顔も可愛い。
私たちは2人でしゃがみこみ、線香花火をした。
「私、花火ではこれが一番好き」
「俺も」
「え?本当に?」
「うん。なんかいいじゃん。最後にボトって落ちる瞬間とか」
「…」
あ、そうなんだ。私はそこはあんまり好きじゃないなあ。小さくて可愛いところが好きって言うだけで。
「俺、蛍とか、セミとか、なんかはかない命って好きなんだよね」
「…そ、そうなの?」
「よくない?蛍のあの光、はかないからこそ、綺麗なんだと思うし、ずうっと土の下にいて、外にやっと出られて数日で命がなくなるセミも、だからこそ、あんなにうるさく鳴くのかなあって思ってみたりさ…」
「…そ、そうだね」
「俺さあ、アメリカにいてすごく文化や習慣の違いも感じたけど、なによりも感じたのは感性の違いだったんだ」
「感性?」
「うん。日本人は感受性が豊かだよ。だから、俳句とかあるんだろね」
「外国にも詩ってあるでしょう?」
「詩とは違うと思う。俳句って5、7、5の文の中に、情景や季節、わびやさびまで現れてたりするじゃん」
「わび?」
「わび、さびがわかるのって、きっと日本人だけだよ。線香花火の良さとか、蛍の光の綺麗さとか…」
「うん、そうだね」
「穂乃香って、そんなはかなげなところがある」
「な、ないないない。どこにもないって」
「そうかな。今日の浴衣姿、すごく綺麗で…。でも、どこかはかなげに見えるよ」
「…」
ど、どこが~~~?
たとえば、肌が透き通るように白いとか、すんごく華奢な体をしてるっていうならわかるけど。あ、確かにナイスなボディはしていないけど、ちょっと骨太っていうか、華奢ではないって自分でもわかっているし。
「綺麗だよ、すごく」
ええ?
「俺、まじで、ずっとドキドキしてる。今も…」
ドキン。司君と目が合ってしまった。その時、ぼとっと私の線香花火が浜辺の砂の上に落ちた。
「……」
「……」
ああ、目が離せない。じっと見つめ合っちゃってるよ。私たち。
「あの…」
コホン。
え?
「いいムードのところ悪いけど、花火も終わったし、そろそろ帰るわよ」
お母さんがそう私たちに声をかけた。
うわ。いつの間にすぐ横に来てたんだ。あ、おばあさんまでが!
「仲いいのねえ。司と穂乃香ちゃんは」
「そうなのよ、お母さん。ほんと、仲睦まじくって」
「これなら、結婚もしちゃいそうだね」
「でしょう?ね?あの二人なら和装がいいわよね」
「式の話?気が早いわねえ。千春さんは」
そんなことを言いながら、おばあさんとお母さんは笑いながら浜辺を去って行った。
「……なんだ。もう帰るのか」
ぼそっと司君はそうつぶやき、立ち上がった。私も、せっかくいいムードだったのにって、がっかりしながら立ち上がった。
あ~あ。浴衣を着ている司君と、腕組んで歩きたかったなあ。2人きりならそれができたかなあ。このあと、残って2人で散歩…とかできないかなあ。
なんて思いながら歩いていると、だんだんと鼻緒のところが擦り剥けてきて、痛くなってきた。
「待って」
司君を呼びとめ、私は足の指の股にバンソウコウを貼った。
「大丈夫?」
「うん、もう平気」
「じゃあ、ゆっくりと歩いて帰ろうか」
司君はそう言うと、手を繋いでくれた。
う、嬉しいかも。
私たちはみんなのだいぶあとから、ゆっくりと手を繋いで帰った。
ワフワフワフワフ…。
家に帰ってからも、リビングでメープルは嬉しそうにしっぽを振りまわしていた。あの花火でどうやら、興奮してしまったんだろうなあ。
メープルは守君にじゃれつこうとしたが、
「待って、浴衣脱いでからね」
と言って、守君は和室に行って、Tシャツと短パンに着替えてきた。そして思い切り、メープルと遊びだした。
私と司君も和室に行って、脱いだ服を持って2階に上がった。
「俺の部屋、おいで」
私が部屋に入ろうとすると、私の手を取って司君がそう言った。
「え?うん」
ドキン。なんだろう。あ、そうか。社会のレポートか。でも、洋服に着替えたかったなあ。
バタン。ドアを司君が閉めると、いきなり私を抱きしめてきた。
え?!
ドキ~~~~!
「あ、あの…?」
「もう、浴衣脱いじゃう?」
「う、うん。着替えるけど」
「もったいないな」
「な、なんで?」
「……」
え?ちょ、ちょっと。司君?
うわ~~~。なんで首筋にキスしてるの?
「うなじ、綺麗なんだね」
ドキ~~~~!
司君はそう言うと、私のうなじに触れた。
ど、ど、ど、ど、どうしよう。まさかとは思うけど、まさか?でも、私、お風呂もまだ入ってないよ?
スル…。え?
きゃ~~~~~。司君の手が、浴衣の胸元に入ってきた~~~!
バクバクバクバク!
ど、どうしよう。どうしたらいいんだろう。
あ、あれ?つ、司君?もう一方の手が浴衣をまくってるけど…。
うわ!うっわ~!太ももに触ってきた!
バクバクバクバクバクバクバクバク…!
ま、ま、待って!やっぱり…。
「駄目!」
思わず私は、そう叫んでしまった。
「…!」
司君が一瞬にして固まった。
「…ご、ごめん!」
ひゃあ。司君の顔も見れないよ~~。
司君はグルっと後ろを向いた。そしてうなだれながら、
「ごめん」
とまた、謝った。
ドキドキ。どうしよう。この沈黙、どうしたらいいんだろう。
本当は駄目じゃないんだ。でも、お風呂には入りたい。だけど、そんなこと言えないよ~。
司君はずっと背中を向けたまま、黙り込んでいる。
ああ、どうしたらいいんだ。
「まじで、ごめん、穂乃香…」
もしや、ものすごく落ち込んでる?
「穂乃香の浴衣姿で、俺…」
「…」
私の浴衣姿?
「欲情した」
どひゃ?!
よ、欲情~?!
うわ~~。な、なんだか、顔が熱くなってきた。
「ずっと、我慢していたのに」
え?
「この前、穂乃香を抱いてから、ずっと穂乃香のことばかり考えちゃうし、また触れたくなったり、キスしたくなったり…、だ、抱きたくなったり」
ええ?!
「でも、どうにか学校では弓道に集中して、家では2人でいる時も、小説に集中したりして、穂乃香のことは考えないようにしていたんだけど」
そ、そうだったの?じゃあ、昨日後ろを向いて小説を読んでいたのもそれで?
「浴衣姿、あんまりにも色っぽかったから…」
ドキ!色っぽい?私が?!
「ごめん」
司君はそう言うと、頭を抱えた。
ああ、大変。きっと今、自分を責めてるよね?
「あ、あの…。そんなに謝らないで」
「……え?」
司君がちらっと私を見た。
「駄目って言ったのは…、えっと」
「…」
司君がじっと私を見てる。
「あ、あのね、お、お、お」
「?」
「お風呂に入ってないから駄目って言っただけで」
ああ、言っちゃったよ、私っ!
「え?風呂?」
司君がきょとんとした顔をした。それから、なぜか真っ赤になっている。
「あ、あ、そうか。ごめん、そういうことも気が付かなかった」
「う、ううん」
か~~。ああ、きっと私の顔も赤い。
ど、どうしよう。じゃあ、これからお風呂に入ってきます。待っててくださいって言うのも、なんだか。
でも…。
司君を見ると、司君は下を向き顔を赤くしている。もしかして、私がお風呂に入ってくると言うのを待っているんだろうか。
「お風呂入ってくる」
私はなぜだか、そう口走り、そのまま司君の部屋を出ていた。
バタン。自分の部屋に戻った。それから、浴衣が着くずれていることに気が付き、洋服に着替えてから、下着とパジャマを持って部屋を出た。
バクバク。司君、どう思ったかな。もしかして今、私がお風呂から出るのを、期待して待っていたりするのかな。
私、ただお風呂入ってくるって言って出てきたけど、よかったのかな。
……。ええい!もう考えるのはやめよう。
「あの、お風呂入ってもいいですか?」
ダイニングにいたお母さんに聞いてみた。
「あ、ちょうどよかった。今、お風呂に入ってって呼びに行こうと思っていたの」
そ、それは良かった。あのまま押し倒されてたら、大変だった。
ダイニングではお母さんとおばあさんが、楽しげに笑って話をしていた。守君はお父さんとリビングでテレビを観ているようだった。
「は~~~」
お風呂に入り、ため息をついた。思わずまた念入りに体を洗っちゃったけど、今日はみんながいるんだよね。
ドキドキ、ドキドキ。ああ、いきなりドキドキしてきちゃった。
司君、全然平気なんだって思ってた。私は一緒にいても意識しちゃったり、司君ともっといちゃつきたいなんて思ってたけど、司君は前と変わらず、全然平気なんだなって。
変化が怖かった。でも、あの時から私は、もっと司君にときめいて、もっと大好きになっちゃっていた。だけど、司君は全然変わらないんだって、そう思ってた。
だけど、司君も、私を意識してたんだ。
きゃわ~~~~!浴衣姿に、よ、欲情?!私の浴衣なんて、おばさんくさいだけだと思ったのに…。
お風呂からあがり、ドライヤーを持って2階に上がった。そして司君の部屋に向かって、
「お風呂空いたよ」
と言うと、司君がガチャリとドアを開けた。
ドキン。あ、司君、まだ浴衣だ。
「……」
な、なんで黙っているのかな?司君。あ、まさか、私がお風呂から出てくるのを待っていた?このまま司君の部屋に入ったほうがいい?
「うん、風呂、入ってくる」
「え?う、うん」
司君はそのままバタンとドアを閉め、階段を下りて行った。
私も自分の部屋に入った。
「はあ~~」
もう、ドキドキしまくりだよ~~~~。
髪を乾かしながらも、私はずっとドキドキしていた。司君、お風呂から出てきたら、どうしよう。どうしたらいいのかなあ。
鏡を見ると、私の顔は真っ赤だった。
私の髪が乾き終わる前に、司君がお風呂から出てきたようで、隣の部屋のドアが閉まる音がした。
わ、もう出てきちゃったんだ。
慌てて、急いで髪を乾かした。
それからブラシで髪をといて、ドライヤーを持って司君の部屋に行った。
「つ、司君、ドライヤー使う?」
ガチャリ。また、無言で司君がドアを開けた。
「使う?」
「……」
な、なんでまた、無言なのかな。
司君は無言でドライヤーを受け取ったが、それをそのまま廊下に置いて、私の腕を掴んだ。
え?
グイッとそのまま、私は司君の部屋に入れられてしまった。
バタン…。
あ、ドアも閉めちゃった。
「ドライヤーいいよ。いつも使わないし」
「あ、そうなの?」
「バスタオルで拭いただけで、すぐ乾く」
そういえば、いつも髪、濡れたままだったっけ。
「穂乃香…」
ドキン!
わあ。抱きしめてきた~~~~!!!!
バクバクバク…。
司君は私にそっとキスをした。そして、私をベッドに寝かすと、電気のスイッチを消しに行き、またベッドに上がってきた。
ドキ、ドキ、ドキ。
どうしよう。すごくドキドキするのに、司君に触れられるとうっとりとしてしまう。
「穂乃香…」
「…え?」
ドキン。
「本当に…、いい?」
ドキドキ~~。そんなこと聞かれても!
なんて言っていいかもわからず、私はただコクンとうなづいた。
司君は優しく、私の髪に触れ、そしてまた私にキスをしてきた。
そうだ、私は司君が変わるのも、私が変わるのも、2人の関係が変わってしまうのも怖かった。でも、今は司君と触れ合えるのが、すごく嬉しいし、幸せだ。
ドキドキドキ。そのあとも心臓はずっと高鳴っていた。でも、司君の優しさに触れ、私の心は満たされていた。




