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第113話 久々に集合

 その日は、結局司君の部屋で、私は黙々と英語の宿題を写して終わった。

 夜寝る寸前、麻衣と美枝ぽんからメールが来て、

>宿題、やばいよ~~。数学と英語、終わってたら教えて。

と言ってきた。


 両方終わらせたとメールすると、学校の帰りに会って、写させてというメールが来たので、美術部を早く切り上げ、みんなで美枝ぽんの家に行って、宿題をすることになった。


 司君と一緒に帰れないのは残念。でも、家に帰ったら司君に会えるし、それに今日の夜もきっと、司君の部屋で私は本を読むことになるんだろうし。

 ただ、本を読むだけで終わるんだろうけどさ。


「今日、美枝ぽんの家に麻衣と行くことになったの」

 学校までの道でそう司君に言うと、

「へえ。もしかして、宿題の写しっこ?」

と、すっかりばれているようだった。


「う、うん。多分」

「やっぱり?どうせあの二人は、穂乃香のを写そうとしてるんでしょ?」

「っていうか、もともとは司君の…だけど」

「穂乃香も俺のを写していたから?でも、それじゃ自分の勉強にならないよ。いいの?」

 ギクギク~~。


「だよね。あとでちゃんと、復習する」

「うん。そうだね、それがいいよ」

 司君、真面目だなあ。真面目すぎるって思うことがたまにあるよ。

 そこも司君のいいところなんだけど、でもさ、宿題があっても、もうちょっと二人でいちゃつきたい。


 なんて、私が横で思ってることも知らないんだろうな。司君は今日も涼やかな顔をしているし。こんなに暑い日なのに、あんまり汗もかかないし、暑がっているところも、あんまり見ないし。

「すごいよね?」

 それを司君に聞くと、

「ああ、それも、父さんから言われているから」

と司君が答えた。


「え?」

「暑がったり、寒がったりしないように。つねに平常心だって」

 どひゃ!そこまで?!

「そ、そういうのって、辛くない?」

「え?」


「そういうのを、我慢しているのって」

「うん、別に。もう慣れたし」

「そう」

 本当にすごいんだね、司君は。そんじょそこらの男子とは違うと思うよ。


 誰かも言ってたっけ。司君は、江戸時代とかにいたほうが、似合うかもしれない。武士がいた時代。絶対に武士になっているよね。

 歩き方もいっつも、背筋がぴんとしているし、お辞儀をした時も、丁寧で凛々しい。


「なに?」

 隣でじろじろ見ていたからか、司君が私を見て聞いてきた。

「凛々しいなって思って」

「俺が?」

「うん」


「………ほ、じゃなくって結城さん。そういうことはあまり、学校近くで言わないようにね」

「なんで?」

「ポーカーフェイスじゃいられなくなるから…」

 校舎を目前のところで、そう言われた。


 なんだ。照れた司君、可愛いのに。あ、そうか。でも、そんな可愛いところを他の女子には見られたくないかも。

「うん、わかった。言わないようにする」

 私はすぐにうなづいた。すると、

「あれ?素直なんだね」

と司君に言われてしまった。


 だって、これ以上、司君を好きになる子が現れてほしくないもん!


 その日、やっぱり食堂には、昨日の子たちがいて、弓道部の人たちと一緒に昼食をとっていた。司君はみんなから、ほんのちょっと離れたところで、静かにお弁当を食べている。

 今日は、お母さんが早起きをしてお弁当を作ってくれたので、私も司君もお弁当だった。


 司君の横には、やっぱり女子が苦手なのか、静かそうな弓道部の部員が2人、並んでいた。

 私は一人で、かなり離れたところでお弁当を広げていた。


 食べ終わり、私のほうがさきに食堂を出た。きっともう、これで学校では司君に会わないんだろうな。ちょっと寂しい。

 う…。でも、家に帰ったら会えるんだし。贅沢ってもんだよ。うん。

 だけど、やっぱりね、学校でももっと堂々といちゃついていたいよ。


 そう、あんなふうに。って、廊下でなんだか、いちゃついてるカップルがいるんですけど!

 美術室に向かう廊下に、知らない顔のカップル。もしかすると1年生かもしれない。べったりとくっつき、今にもキスをしそうな勢いだ。


「今日うちに来るだろ?部活早めに終わらせられない?」

「う~~ん。抜け出せるかなあ」

「俺んち誰もいないんだよ」

「ほんと?じゃ、先輩の目を盗んで、早目に帰るよ。昇降口で待ってて」


 そんな会話を2人でしている。

 今日、誰もいないってことは、えっと~~~。

 それを聞きながら、私は急いで廊下を歩き、さっさと美術室に入った。


 ドキドキ。きっとあのカップルはもう、そういう関係になっちゃってるんだね。

 司君と付き合いだした頃なら、あんな会話を聞いたら、もっと私びっくりしてた。だけど、今はそこまで驚いたりしない。

 だって、だって、だって、私も…。経験者だから…。


 きゃ~~~~。

 そんなことを思いながら、また私は美術室で顔を赤くしていた。今日も部員が少なくって助かったよ。


 片づけを3時前に切り上げ、私は美術室を出た。弓道部の中を覗きに行きたい衝動に駆られたが、どうにか足を昇降口の方へと向けた。

 そして、司君の下駄箱の前で、

「先に帰るね」

とつぶやき、私は校舎を出た。


 一人で帰る駅までの道は、やたらと長く感じられた。

 ああ、隣に司君がいないっていうだけで、なんとも寂しいものなんだな。


 電車に乗り込み、片瀬江ノ島駅に着いた。するともう、麻衣も美枝ぽんも改札口の前で待っていた。

「ごめん、遅くなって」

「ああ、いいよ、いいよ。大丈夫」

「わあ。美枝ぽん、日に焼けたね」

「海で、泳ぎまくったからね」


 へえ。そんなイメージないのにな。

「麻衣は真っ白だ」

「バイトしまくったからね」

 なるほどね。


「だから、宿題もまったくしていないの!今日は頼りにしてるからね!」

 2人にいきなり、抱きつかれてしまった。

「うん。でも、私の宿題って全部、司君の答えを写させてもらったもので」

「うん!だと思った。だから、頼りにきたんだ」

 やっぱりね。


 3人で歩き出した。すると、後ろからいきなり肩を叩かれ、振り返ると司君のお母さんが立っていた。荷物をたくさん持っているから、買い物の帰りだろうなあ。

「穂乃香ちゃん?早かったのねえ」

「はい。これから、美枝…、あ、こちらの八代さんの家で、宿題をする予定なんです」


「まあ、そうなの?じゃ、うちでしない?」

「え?」

「ドーナツ、美味しそうだからいっぱい買ってきちゃったし。ね?そうしたら?」

「えっと、でも」

 美枝ぽんの家でも、私たちが来るのを待ってたりしないかなあ。


「はい。そうします」

「はい、伺います」

 美枝ぽんと麻衣が、同時に目を輝かせて答えた。

 え?い、いいの?


「美枝ぽんのおばさん、家で待ってないの?」

「うん。今日いないよ。だから、うちに来てもポテチくらいしかないし」

「じゃ、うちに来て。ダイニングでもリビングでも使ってくれていいわよ。今日は英語の生徒も来ないしね」

「はい。そ、それじゃあ、うちで」


 なんだか、司君がいない時に2人を家にいれたりして、申し訳ないような気もしなくもないんだけど。

 でも、いっかなあ。お母さんがいいって言ってるんだもんね。


 美枝ぽんと麻衣は、ワクワクしながら歩いているのが隣にいても伝わってきた。

 そしてみんなでなぜか、足早に歩き、すぐに藤堂家に到着した。


「さ、どうぞ。上がって」

 司君のお母さんにそう言われ、2人はお邪魔しますと言って、リビングに上がった。

「うっわ~~。素敵」

「本当に、素敵な家!」

 麻衣も美枝ぽんもそう言うと、目を輝かせ部屋をキョロキョロと見ている。


「穂乃香ちゃん、エアコン入れてあげてね。今、冷たいお茶入れるわね」

「は~い」

 2人はまだ立ったまま、キョロキョロとしていたが、私がエアコンを入れると、ようやく落ち着いてソファに腰掛けた。


「こんなところで、暮らしているのかあ。いいなあ」

 麻衣がそう言った。

「藤堂君はもっと、和のテイストの家に住んでいるんだと思ってたけど、思い切り洋風な家なんだねえ」

 美枝ぽんはそう言うと、まだ部屋を見回している。


「確かに、縁側に腰掛けて、浴衣着て涼んでいるイメージあるよね」

「うん。うちわであおいで、風鈴がチリンって鳴って、横にはブタの蚊取り線香が置いてあって」

「あはは。それからすだれがかかっていてね」

 2人で勝手なこと言ってるよなあ。


「はい、どうぞ。お茶とドーナツ持ってきたわ」

「あ、ありがとうございます」

 3人でお茶を飲み、一息入れていると、司君のお母さんはお盆をキッチンに返して、またリビングに来た。そしてソファに深く腰を下ろしてしまった。


「ね、みんな司とは同じクラスなんでしょ?」

「はい」

「どう?司って、学校ではどんな様子なの?」

 あれ?興味津々で聞いてきた。


「どうって…。真面目で、落ち着いてて…」

 麻衣がそう言うと、美枝ぽんは、

「やたらと最近、女の子にもててますよ」

とばらしていた。


「ええ?!あの司が?」

 あれ?お母さん、なんでそんなにびっくりしているの?

「はい。穂乃ぴょんと付き合いだしてから、モテてるよね?ね?麻衣」

「あ、うん。球技大会がきっかけだったっけね」


「まあ、へえ。あの司が。驚き」

 司君のお母さんは目をまん丸くして、まだ驚いている。

「そんなに驚くことでしたか?」

 私はお母さんに、聞いてみた。

「そりゃ、あんなぶっきらぼうで、女の子と話もしないような子が、モテるわけないって思っていたから」


「前は怖がられてましたけど」

 また美枝ぽんがばらしてしまった。

「あ、それは本人から聞いてたわ。でも、あんな仏頂面してるんですもの。しょうがないって思ってたのよね」

 そっか。怖がられていたのは知ってるんだ。


「でも、あの子、穂乃香ちゃんの前では、いろんな表情を見せていたし。じゃ、そういうのを周りの子たちも見て、印象が変わったのかしらね」

「あ、そうなんです。穂乃香にはすごい笑顔を見せるから、それをクラスの女子が見て、きゃ~~、可愛いってなったみたいで」

「ええ?司が可愛い?!」


 またお母さんが驚いている。

「あ、あの子のどこが?」

「笑顔可愛いですよ?」

 私はそう言ってから、あ、しまったと気が付いた。こんなこと言ってるのを、司君が知ったら怒るかも。


「…へ~~。穂乃香ちゃん、あの子の笑顔可愛いって思うんだ。へ~~」

 お母さんが口元をゆるませそう言うと、にやりと笑った。あ、怖い…。

「あ、あの。宿題しようか」

 私は話を変えたくて、麻衣にそう言った。麻衣も、

「あ、そうだよね。宿題をしにきたんだもんね」

と言って、鞄からノートを取り出した。


「じゃ、私は邪魔だから、消えるわね」

 そう言うと、お母さんはさっさと立ち上がり、ダイニングに行った。

「お母さん、藤堂君に似て、和美人だね」

「うん。司っちの顔、お母さん似だよね」

 麻衣と美枝ぽんがそう言った。


「だけど、性格は違いそう。お母さん明るくて、表情豊かだし」

「そうなんだよね。どっちかって言うと司君の性格は、お父さん似かな。でも、育てられ方が一番の原因だと思うよ」

「育てられ方?お父さんって厳しいの?」


「うん。いつも司君に平常心って言って、育てたみたいだよ」

「だから、表情があまり出ないのかな」

「うん」

「へえ。一緒に暮らすと、いろんなことがわかるんだね」


 美枝ぽんはそう言うと、ちょっと声を潜め、

「で、嫌になったりはしないの?」

と聞いてきた。

「え?しないよ。なんで?」


「すごいねえ、近くにいてもがっかりするようなところ、ないんだね」

「うん。全然」

 がっかりどころか、胸キュンばっかりしているし。あ、このことは内緒にしておこう。いろいろと深く聞かれたら、大変だし。


 麻衣が何やら、必死でノートを写しだしたせいか、美枝ぽんもだんだんと真剣に宿題をしだした。

「ワンワン!」

「ただいま~~」

 玄関のドアが開き、守君とメープルが散歩から帰ってきたようだ。


「誰?」

 麻衣が小声で聞いてきた。

「あ、司君の弟だよ」

「ああ、司っちに似てない弟君か」


 守君は、メープルの足を雑巾で拭いてあげてから、リビングに入ろうとして、

「あれ?穂乃香の友達?」

とちょっと、入るのを躊躇して聞いてきた。


「こんにちは。お邪魔してます。あ、可愛い。ゴールデンレトリバーだ!」

 美枝ぽんはメープルに近寄って、背中を撫でた。メープルは尻尾を振って喜んでいる。

「こんにちは。お名前は?」

「メ、メープル」

 麻衣の質問に、守君は顔を赤らめそう答えた。


「あはは。犬のじゃなくって、あなたの名前」

 麻衣は笑いながら、また守君に聞いた。

「守です…。で。では。ごゆっくり」

 守君は麻衣にもっと赤くなってそう答え、さっさと2階に上がって行ってしまった。


「あ、なんだか照れてた。可愛い」

 麻衣と美枝ぽんがそう言って、笑っている。

 私はちょっとびっくりしていた。

 守君って、あんなにシャイなの?私には最初から、態度でかかったけどなあ。

 麻衣がもしかして、可愛いからかなあ。ああ、そうかも…。

 

 ワフワフ。メープルはまだ、美枝ぽんとじゃれあっている。

「いいなあ。でっかい犬って」

「可愛いよねえ」

 麻衣も一緒にメープルを撫で始めた。


「メープル、こんな時間からお散歩に行ってたの?」

「ワン!」

 嬉しそうだな。でも外、暑くないのかな。

 私たちが、またソファに座り宿題の続きを始めると、メープルは、メープル専用のマットに静かに丸くなり、そのうちに寝てしまった。あ、やっぱりかなり体力を消耗したのかもね。


 麻衣と美枝ぽんは、必死でノートを書き写している。その間に私は、本を読んでいた。

 それから、時間はあっという間に過ぎていった。

「二人とも、夕飯も食べて行かない?」

 お母さんがリビングに来て、そう聞いてきた。


「え?いいんですか?」

 美枝ぽんがそう答えた。

「実は、母が今日の夜遅くまで出かけているから、夕飯、何か買って帰ろうと思っていたんです」

「まあ、じゃ、食べていってよ」

「はい!」


 美枝ぽんは嬉しそうに答えたが、麻衣は、

「私も、いいんですか?」

と恐縮そうにそう聞いた。

「いいわよ。女の子がいっぱいいるのは、嬉しいわ。お父さんも喜んじゃうわ」

「それじゃあ…」


 麻衣も美枝ぽんも嬉しそうだ。

 私はちょこっと、複雑だ。司君、びっくりしないかなあ。2人がいて。

 カナカナカナ。ヒグラシの声が聞こえて、外がちょっと涼しくなってきたようで、私は窓を開けた。

「あ、いい風。もうエアコン消そうか」

 私がそう言うと、2人も窓のほうに来て、風に当たった。


 ピンポン。とその時、玄関のチャイムが鳴った。あ、司君だ。

「は~~い」

 お母さんが玄関を開けに行った。

「おかえりなさい。今、お友達が見えてるのよ」


「友達?」

「穂乃香ちゃんのよ」

「え?うちに来てんの?」

 あ、やっぱり、司君、驚いてる。


「お邪魔してます」

 美枝ぽんが玄関まで出て行った。

「お邪魔してま~~す」

 麻衣もあとから続いて出て行った。


「ああ」

 司君はちょっと困った顔をして、それからスタスタと洗面所のほうに行ってしまった。

「…ほんと、愛想のない子よね。あんなのが本当にモテちゃってるわけ?」

 その様子を見ていたお母さんがそう言うと、司君がそれを聞いていたらしく、洗面所から顔を出した。


「母さん。あんまり根ほり葉ほり、聞いたりするなよな」

 それだけ言うと、また司君は洗面所に戻った。

「…まあ、いいじゃないよねえ」

 お母さんは今度は小声でそう言って、キッチンに向かって廊下を歩いて行った。


「司っち、お母さんにも無表情なんだね」

「ほんと。家でもあんななんだ」

「うん、家でも落ち着いてるんだよね。すごいよね」

「じゃ、どこで羽を伸ばすの?」


「え?」

「どこだったら、本性が出せるんだろうね」

 本性?

 美枝ぽんの質問に私は、考え込んでしまった。


 はて。司君の本性ってなんだろう。どんななんだろう。素の司君って…。

 たまに、顔を赤らめたり、笑ったり、冗談を言ったり、言葉数が多くなる司君も見るけど、もっと司君の本性は違ったりするのかなあ。 


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