第112話 もうばれた…
「ただいま」
司君が冷静な顔で、先に家に入った。
「おかえりなさい」
お母さんが元気に玄関に飛んできた。
うわ。わわわわ。どんな顔をしたらいいの?
「穂乃香ちゃん!」
ドキン。な、なに?
「ペンション行って来たわよ。素敵なペンションよね?」
「あ、あ、そうですか?」
ああ、びっくりした。
「そういえば、アッキー。面白い子よね。あの子でしょ?穂乃香ちゃんに惚れ込んじゃったの」
「え?会ったの?母さん」
司君がびっくりしている。
「司とも仲良かったみたいよね。いいライバルだったって言ってたわよ」
ライバル~~?また、勝手なことを。
「…まあ、仲は良かったけど」
え?!
びっくりして司君を見た。でも、司君は気付かず、そのまま洗面所に手を洗いに行ってしまった。
いつの間に、あの本田さんと仲良くなっていたの?
「そうだ。タオルケット乾いていたわよ。なんか汚したの?」
平然とお母さんが、廊下から洗面所にいる司君に聞いた。
「え?あ、ああ、うん」
司君が、あまりにも唐突にお母さんがそう聞いたからか、返答に困ってしまっている。
「そう…」
お母さんはそう言うと、洗面所の中まで入って行き、なんだかひそひそと司君に話しかけた。私はリビングのソファに座り、メープルの背中を撫でたりしていたが、じいっと耳をダンボにして、2人の会話を聞こうとした。
「司ったら、何?しらばっくれて!」
という大きなお母さんの声だけが聞こえた。
ドキ~~~~!!!!!何?何?もしやもうばれた?
「うっさいよ。だから、本当になんにもないって」
あ、司君、思い切りしらを切っている。そんなことを言いながら、2人してリビングにやってきた。
ドキ~~~、まさか、ばれた?タオルケットで、ぴんときたの?やっぱり。
「本当に~~?でも、あんなに向こうはあんたのこと、気に入っていたし、なかなか骨のあるやつだ、なんて言っていたし、いいライバルだなんていうくらいだから、殴り合いの喧嘩でもしたか、それとも、涙ちょちょぎれるくらいの感動的なことでもあったのかと思ったわよ?」
あ、あれ?なんの話?お母さん、何を言ってるの?
「だから、何もないって。勝手に向こうが俺のこと、気に入っただけだろ?でも、なんで気に入られたかは知らないよ」
「そうなの~~?でもあんたのこと、なんだか一目置いていた感じなのよね~~」
「あ、もしかして、武道家だってことをまじで、信じたのかな」
「え?」
「おじさんが酔って、そんなことを本田さんに言ったんだよね」
「ああ、そうなの~~?まあ、おかしいわね。武道家って言ったって、あなた、弓道ができるだけなのに」
「まあね」
司君はそう言うと、
「着替えてくるよ」
と言って、2階に上がって行った。
なんだ。さっきの「しらばっくれて」というのは、本田さんとのことなの?あの、タオルケットのことで、昨日のことがばれたわけじゃないのね。
ほえ~~~~。一気に安心して、気が抜けた。気が抜けたら、なんだか眠気が襲ってきた。そう言えば、昨日も寝たか寝てないのかわかんない感じだったし、一昨日はほとんど寝ていなかったんだ。
「あの…」
「なあに?穂乃香ちゃん」
「シャワーをさっと浴びで、ちょっと2階で休んでもいいですか?」
「いいわよ。夕飯できたら呼ぶから」
「すみません」
私は着替えを持って洗面所に行った。それから、シャワーをさっさと浴びて、2階に行った。
髪も簡単に乾かし、ドライヤーを洗面所に戻し、そして、また部屋に戻って布団を敷いた。
「眠い…」
シャワーでも、眠気が冷めなかった。布団に寝転がり、タオルケットをお腹にかけた。
そのまま、深い眠りに私は落ちて行った。
カナカナカナカナ。ヒグラシの声が聞こえた。それから、なんとなく涼しい風も吹いてきているのに気が付いた。
そして、優しく頬を撫でる指や、ぬくもり…。
え?
パチ。
目が覚めると、目の前に司君の顔があった。
「司君?」
「ごめん。横で俺も寝てた…」
「え?」
窓が開き、そこから風が入り込んでいた。外は薄暗くなり、電気もつけず、司君は私の横に寝っころがっていたんだ。
「それから、もう一つ、謝らないと…」
「え?何を?」
「うん。母さんにばれちゃった」
「………」
何を?
「…え?!」
まさか?
「タオルケットはなんとなくごまかせたんだけど…」
「なんでばれたの?」
「母さん、俺が風呂に入っている間に、俺の部屋にタオルケット片づけに入って」
「うん」
「枕の下の空の袋、見つけちゃった」
「え?」
「ごめん。ちゃんと捨てておけばよかった」
…空の袋?枕の下ってことは…あ!!!!
「そんで、これ、使ったのね?って問い詰められて、つい…うなづいちまった」
え~~~~~~!
いや、しょうがないよ。それは。だって、そんなことを聞かれたら誰だって。っていうか、普通気が付いても聞かないもんじゃないの?
いや、そうじゃなくって。えっと、えっと、えっと。駄目だ。思考回路切れた。
「で…」
司君は言いにくそうにしている。まさか、怒られた…とか?
「母さん、変なこと穂乃香に言わないよう、口止めしたけど、もし変なこと言ったら、ごめんね?」
「変なこと?」
「母さん、予想不可能だからなあ」
「え?ど、どういうこと?」
「なんか、喜んでいたし」
「何を?!」
「だから、俺らのこと?」
「な、な、なんで?」
「だから、くっついたから」
え~~~~?!!!
や、や、やっぱり、普通じゃないよ~~~。
「だからね。ばれちゃったからもう、無理してむすっとするのもやめたし、穂乃香も普通にしてていいから」
「普通にできないんだってば。だから、困っているのに」
「あ、そうか。じゃ、にやついても、赤くなっても、照れててもいいからさ」
え~~~~?!!!!
寝ている間に、いったい何がどうなっちゃったんだ。
「穂乃香」
「え?」
「寝顔、可愛かった」
どひゃ~~。そ、そんなこと司君、言ってるし。全然、ばれたこと気にしている様子はないし。
やっぱり、この家は、普通じゃなかった。それは司君もだったのか…。
え?じゃあ、お父さんも?こうなったこと、お母さんから聞いちゃう?それで、どうしちゃうの?
夕飯ができて、お母さんが呼びに来た。司君はどうどうと私の部屋から、
「ああ、今、穂乃香と行く」
と返事をしていた。
大丈夫なの?ここにいるってばれても。
あ、そうだよね。別にお母さん、怒ったわけでもないし。逆に喜んだわけだし。
喜んだってところが、すごいというか、怖いけど。
ダイニングに行くと、守君がいた。
「兄ちゃん、すげえきついトレーニング、やってのけたよ」
席に着くと、いきなり守君は司君に自慢した。
「へえ、すげえな。なんだかそういえば、守、男らしくなったみたいだな」
「ほんと?」
「ああ、たくましくなって帰ってきたよ」
「やっぱ、兄ちゃんもそう思う?」
守君は鼻高々になって、嬉しそうに自慢げに笑った。
「ははは。守。そこで天狗になっている間に、練習さぼっちゃ駄目なんだぞ。合宿で鍛えた筋肉、衰えないようにしないとな。筋肉は3日もしたら、なくなっちゃうんだからな」
「わかってるって」
お父さんの言葉に、また守君はへへんって顔をして答えた。
お父さん、普通だ。まだ、ばれてないのかな。
「そうだ。司。穂乃香ちゃんのお父さんが、お前のことを褒めていたぞ」
ブッ!
ちょうど、お茶を飲んていた司君が、思わずお茶をふいた。
「やあね、司。ご飯にかかるじゃない。さ、みんな揃ったから、食べましょうか」
そう言いながら、お母さんが席に着き、みんなでいただきますと言って食べだした。
「でも、本当に結城さん、司のこと気に入っていたわね」
お母さんは、お父さんに向かってにこにこしながらそう言った。そして、お味噌汁をおいしそうにすすった。
「ああ、ずっと長い付き合いになるだろうから、よろしくって笑ってたな。あれはもう、2人の結婚を認めたってことだな」
お父さんが嬉しそうにそう答えた。
「げ、気が早すぎだろ、それ」
守君はご飯を口に入れたまま、お父さんの言う言葉に、びっくりしている。
「守。ご飯中だぞ。言葉、気をつけなさい。それに、ちゃんと口の中のものを飲み込んでから、話しなさい」
「は~~い…」
お父さんに注意されて、守君はちょっと眉をひそめ、返事をした。
ドキドキ。私は話を聞いてるだけで、心臓がどきどきして、ご飯どころじゃなかった。
司君も、なぜかお箸が止まっていた。
「司のことを信頼しているって言ってたぞ。お前、ちゃんとその信頼に応えるんだぞ」
う、うひゃあ。お父さん、その言葉は今、司君にも私にもきついかも。そう思いながら司君を見ると、司君も顔を引きつらせていた。
「大丈夫よね?ちゃんとしてるもの、司は」
お母さんがそう言うと、もっと司君は顔を引きつらせた。私もその横で、どんな顔をしていいか、戸惑ってしまった。
「そうか。そうだよな?ちゃんと使ったようだし、お前なら心配いらないって、父さんも安心してるぞ」
………?
はい?
「そうよ。私やお父さんが、あんなに注意したんだもの。大丈夫よ。妊娠するようなこともないわよ。ねえ?」
え、…ええ?!
ちゃんと使ったようだしって、何を?いや、あれをってことよね?っていうか、もうお父さんにばれてるの?いや、ちょっと待って。また、頭の中が真っ白。
「安心してください。司なら大丈夫ですよって、穂乃香ちゃんのお父さんにも言っておいたからな」
そう司君のお父さんは言うと、ビールをゴクッと美味しそうに飲んだ。
「それにしても、いいわねえ。長野。空気が美味しいし、食べ物も美味しいし」
「ああ、俺も行きたかった!」
守君がそうお母さんに言った。
「そうね。今度はみんなで行きたいわね」
「ああ、そうだな。もっとゆっくりとしてきたいな」
お父さんもにこにこしながらそう言った。
私と司君は、黙ったままひたすら、ご飯を食べていた。私に至っては、お茶でご飯を流し込んでいた。
どわ~~~~……。
夕飯が終わり、部屋に戻って、敷いてあった布団に寝転がった。ああ、緊張した。バクバクした~~~。
「穂乃香、入るよ?」
司君が部屋に来た。
大変。私は慌てて、布団に座った。
「今日、英語の宿題、片づける?」
「あ、うん!」
「じゃあ、俺の部屋来る?」
「うん」
私は英語の教科書とノートを持って、司君の後に続いて部屋に行った。
「ごめんね」
「え?」
テーブルの前にクッションを置いて座ると、いきなり司君は謝ってきた。
「あんな親で…」
「ううん。全然。ちょっとびっくりだけど。日本の家と常識が違うよね?」
「うん、多分ね」
「…きっと、うちの親と、司君のお父さん、会話もかみ合ってなかったかもしれないけど」
「ああ、信頼の意味がね、多分違ってるね」
「うん」
そうだよ。うちの父親は、手も出さないってそう思っているに違いないし。
「ああ、なんだか、ちょっと罪悪感だ」
「え?」
「穂乃香のお父さんに、俺、キスもあの日までって言われていたのに、しっかりと手、出しちゃったし」
「でも、それは…。私も自然の成り行きだって思うし」
「………ほんとに?」
「うん」
私は顔を赤くして、うなづいた。司君はうなだれていた首を直し、まっすぐに私を見た。
「穂乃香…」
「え?」
司君がキスをしてきた。ドキン。
それに、私の髪に指を絡めている。
ドキン、ドキン。ああ、髪に触られているだけで、心臓がどんどん高鳴っていっちゃうよ。
ああ、どうしよう、今日もまさか、まさか…。
「……。英語は今日、終わるとして」
「え?英語?」
「あとの宿題は大丈夫そうなの?」
司君は私の髪から指を離すと、すご~~く現実的なことを、真面目な顔をして聞いてきた。
なんだ。いきなり、宿題の話?二人でもっと、甘い時間を過ごせるのかと、今ちょっと期待しちゃったのに。
「えっと」
「うん」
あ、司君、すっかり真面目モードの顔だ。
「…本も読んでいないし、あと、社会科のレポートも書けていない」
「…そうか。でも、頑張れば間に合いそうだね」
「う、うん。なんとか」
「じゃあ、明日からは夜、本を読むことに専念したら?」
え~~~~~!司君との時間は?
「俺も、読みたい小説があるし」
「…そっか。じゃあ、明日から別々に夜を過ごすんだね」
私が肩をがっくりと落としてそう言うと、
「俺の部屋で読んだらいいのに。そうしたら、一緒にいられるよ?」
と司君は、優しい目でそう言ってくれた。
「あ!そうか!」
なんだ。司君と一緒に過ごせなくなるわけじゃないのか。
「くす」
「え?」
「穂乃香、嬉しそうだから」
「だ、だって。う、嬉しいんだもん」
「あはは。可愛い」
うわ。そう言って笑った司君のほうが、ずうっと可愛い。
「駄目だ。俺」
「え?」
今度は司君は、顔を赤くした。
「やっぱり、しばらくは穂乃香のことしか考えられないかもしれない」
「司君も?!」
「うん。とても小説なんて読めそうもないな。あ、でも、穂乃香は、ちゃんと本を読んで、とっとと宿題終わらせるように。ね?」
「…は~い」
ああ、私だって、ずっと司君のことばかりを思って、とても本なんて読んでられそうもないのに。
今だって、英語の教科書とノートを見ながらも、司君のことをずっと意識している。
目の前にある指を見て、ああ、この指に触れられたのかあ。優しかったなあ。なんて思ってみたり。腕を見ると、ああ、司君の腕、筋肉質で硬いんだよね。なんて思い出してみたり。
駄目だ。私だって、司君でいっぱいだよ。
「穂乃香」
「え?」
ドキン。またキス?
顔をあげて司君を見た。すると、また司君は、真面目な顔をしていた。
「勉強に集中」
「……」
う。言われてしまった。
「はい…」
仕方なく、私はノートに司君が訳した文を書き写した。
って、自分で訳せよ。と自分に心の中でつっこみながら…。
しばらくは、甘い時間はおあずけなのね。
…いや、まさかと思うけど、そうそう甘い時間なんてもう、持てないのかな。
司君は、どう思っているの?私と一回、そういうことがあったらもう、それで満足しちゃったりする?
なんて、聞けないし。
司君をちらっと見た。すると、司君はすでに小説を読みだしていた。
うそつき。私でいっぱいで、小説なんて読めそうもないって言ってたくせに。
もしかして、もしかしないでも、私と司君の間には温度差があったりするのかなあ。
…って、私、さっさと宿題を終わらせようよ。ってまた、自分につっこんでみた。だって、終わらないことには、司君といちゃつくこともできないみたいだし。
って、いちゃつくって何?どうするの?何をするの?
…だから!勉強!
やっぱり、私は司君がいると、勉強が手につかないのかもしれない。とほほ…。




