第110話 キュキュキュン!
ドキッ。ドキッ。ドキッ。これ、司君だ。
「ほ、穂乃香。自分で何を言ってるか、わかってる?」
「うん」
「でも、このままだと、俺…」
「うん」
「う、うんって…。ええ?」
司君はさらに、困ってしまったようだ。
もしかして、思い切り困らせてる?戸惑ってる?まさか、嫌がってる?
「怖くないの?本当に?」
「うん」
「でも…。この二日間、変だったよ。俺に無理して、そんなことを言ってくれてるんじゃないの?俺だったら、本当に我慢できるし」
「……ずっと、どう言おうかと思って、悩んでいたの」
「え?どう言おうかって?」
「だから、司君にどう言おうかって」
「…悩んでいたのは、それで?」
「うん」
「で、でも、いったいいつ?前は駄目だったよね?」
「つ、司君が、すごく優しくて、そばにいるとあったかくって、だから」
「……え?」
「だから、怖くなくなったの」
「……」
また、司君は黙り込んだ。ゴクン。あ、今、生唾も飲んだみたいだ。
「落ち込んでいたのは、夕飯のせい?今日、落ち込んでたよね?それで?」
「それもあるけど」
「もしかして、昨日、俺がさっさと部屋に一人で行っちゃったから…とか」
「うん。それが大きいかも」
「…寂しかった…とか?」
「うん」
「…そ、そうなんだ」
「うん」
ギュウ。いきなり司君も、私のことを抱きしめてきた。
キュン!ああ、胸がキュンってしちゃった。思い切り抱きしめられると、嬉しいなんて…。
「なんだ。俺、まだ穂乃香が怖がってるって思って、昨日もなるべく近寄らないようにしてて」
「うん、なんとなくわかってた」
「なんだ。じゃあ、言ってくれたらよかったのに…ってそうか。それをどう言ったらいいか、悩んでいたのか」
「うん」
「なんだ…」
司君はそう言ってから、私の顔を覗き込み、そしてキスをしてきた。
ドキドキ~~~。わ、なんだか、いきなり意識してきてしまった。
「…穂乃香、ほんのちょっと待ってて」
「え?」
「えっと…。あ、そうだよね。えっと」
???
「ああ!こっち、俺の部屋に来て!」
司君はそう言うと、私の手を取って、司君の部屋に入った。
「暑いよね?ここ」
と言ってエアコンのスイッチを入れ、それから、コホンと咳ばらいをした。
「……」
私はどうしていいかもわからず、その場に立ち尽くしていた。
「す、座って」
「うん」
ドキドキ。司君にそう言われ、ベッドに腰掛けた。それからもどうしていいかもわからず、私はじっとしていた。
「………」
司君はしばらく黙って、私を見ている。それから、視線を下げ、
「…うそだろ」
と小さくつぶやいた。
え?なんで?うそ?
本当に司君は困ってる?困っていて、悩んでる?私、なんかとんでもないことを口走った?
それとも、もう司君のほうが気持ちが冷めちゃったとか。それとも、それとも。
ああ、頭の中をまた、わけのわからない思考がうずまく。
私が下を向いて、固まっていると、司君はクローゼットを開けてから戻ってきた。そして、そのままベッドに上がってきて、枕の下に何かを入れた。
あ!それって、もしかして。
そ、そうか、そうだよね。そうか。そうだよ。ひ、必要だもんね?
カッチ~~~ン!
ああ、どうしよう。私、体が鉛か鉄のように固まっちゃったかも。いきなり、フワフワした気持ちが、現実味を帯びてきちゃった。
「穂乃香…」
ドッキ~~~~~ン!
司君がキスをしてきた。そしてそのまま、ベッドに押し倒された。
ど、どうしたらいいんだろう。わかんない。わかんない。わかんない。
わかんないまま、司君のパジャマを掴み、一つだけ、言葉を発した。
「で、電気、消して」
すると、司君はさっと立ち上がり、電気を消しに行った。
ドキッ。ドキッ。今度の心臓の音は私のだ。
暴れまくっている。
暴れまくっているくせに、やっぱり心の中で言っているんだ。
「司君だったら、いい…」
司君がまた、キスをしてきた。それから、髪を撫でてきた。
わ!司君の指、優しい。キスも優しい。いつものあったかくって、優しいオーラを思い切り感じる。
ドキドキはだんだんとおさまってきた。それよりも、司君が触れるたび、胸がキュンってなる。
嬉しくて、幸せで、胸がどんどん満たされていく。
トクン。トクン。
司君の胸に耳を当てた。司君の鼓動が静かに鳴っている。
「穂乃香…。大丈夫?」
「うん」
司君の声、優しいよ~~。
「ほんと?痛くなかった?」
「……」
痛かった。でも、胸がいっぱいで幸せ感のほうが今、あふれている。
黙っていると、司君は私の髪に優しくキスをした。
は~~~~~~~~~~~~。幸せのため息だ。
やっぱり、やっぱり、やっぱり、司君はめちゃくちゃ、優しかった。
司君の胸から顔をあげ、司君の顔を見た。うわ!ものすごく優しい目で私を見ている。
か~~~~~!!!その目だけで、私の顔はほてっていく。
「穂乃香?」
「……な、なんだか」
「うん」
「て、照れちゃって」
「え?」
「司君、優しいから」
「……」
司君は黙って、私を抱きしめてきた。
「なんだか、信じられないな」
「え?」
「こうやって、腕の中に穂乃香がいること」
「…」
キュン!
「大事にするよ」
「…」
キュン!
ああ、今は何も言われても、胸がキュンってしてしまう。
「穂乃香」
「え?」
「大好きだよ」
キュキュキュ~~~~~ン!!!
「私も」
司君の胸にまた、顔をうずめた。
駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。
幸せすぎて、嬉しすぎて、胸がいっぱいで、どうにかなっちゃいそうだ。こんな気持ちは生まれて初めてだ。
司君は優しく髪を撫でたり、優しく髪にキスをしたり、ずっとずっと優しく私に触れていた。そのたびに、胸をキュンキュンさせ、そうして二人でその日はいつの間にか眠っていた。
チュンチュン。
雀のさえずり。それから、カーテンの隙間から太陽の光が差し込み、私は目を覚ました。すると目の前に司君の顔があり、私を優しい目で見つめていた。
「あ、あ、おはよう」
「おはよう」
きゃ~~~。恥ずかしいかも。寝顔は何回も見られているけど、今日は特に恥ずかしい。
「よく寝れた?」
「う、うん。あ、わかんない。司君は?」
「何度か、目、覚めてた」
「そうだったの?」
「そのたび、隣に穂乃香がいるのを確認して、ほっとしてた」
「え?」
「っていうか、喜んでた」
か~~~~~。顏、熱い。それに司君の目、優しい。
ふわ…。司君が頬を撫でた。うわ~~~。司君の指が優しくって、また胸がキュキュキュンってした。
駄目だ。また幸せすぎて窒息しそうなくらいだ。
ああ、もうちょっとこのままでいたいな。司君の腕の中から出たくない。今日、部活休んだら駄目かな。司君も部活休んでくれないかな。
無理だよね。
「もう、起きないとね。7時になるし」
「うん」
やっぱり、起きないと駄目だよね。
もそもそとベッドから、パジャマを探そうとした。でもバランスを崩し、そのままベッドから私は落ちた。
ドスン!
「いった~~」
「穂乃香?大丈夫?」
「わ!見ないで!私、裸」
「あ、ごめん」
司君が後ろを向いた。その隙に私は自分の下着やパジャマを抱え込み、
「まだ、こっち見ないでね」
と言って、司君の部屋を飛び出した。
自分の部屋に飛び込み、慌てて下着をつけた。
ベッドから落ちた時に思い切り、お尻を打っちゃった。本当に私って、何回お尻を打てば気が済むんだか…。蒙古斑がまたできちゃったらどうしよう。
そんなことを考えながら、パジャマを手にして気が付いた。
パジャマのズボンに血…。パッと見ただけじゃわからない。だって、赤いパジャマだし。
あ…まさか、司君のベッドのシーツも汚したかも?
ドキドキ!血の跡なんかがシーツにあったら、お母さんが見たらすぐにばれちゃうよ。どうしよう。
制服をさっさと着て、私は司君の部屋のドアをノックした。
ガチャ。
「あ、早いね。もう制服になったの?」
司君はパジャマだった。
「うん。パジャマ、汚れたし」
「え?」
「あ、ううん。なんでもないの。こっちの…話」
どうしよう。このまま、知らんふりはできないよね。やっぱり。
「あ、あのね。司君のベッドも、汚しちゃってないかな」
「…え?」
「その…」
私は司君の部屋に入って、ベッドを見た。
「あれ?」
シーツには血の跡も何もなかった。なんだ、よかった。
「えっと…。もしかして、これのことかな」
司君がタオルケットを見せてくれた。
「あ!」
タオルケットについちゃってるよ~~~。
「これ、すぐに洗濯する。ごめん、私…」
あたふたとすると、司君は、
「穂乃香が謝ることじゃないから、大丈夫だよ」
と優しく言ってくれた。
「どうしよう。シミになったら」
「うん、大丈夫じゃない?色もグレイだし、柄もあるから、そんなに目立たないと思うけど」
確かに。真っ白なシーツを汚すよりは良かったけど。
「洗濯しないと」
私はそそくさとタオルケットと、自分のパジャマを持って一階に下りた。司君もパジャマのまま下りてきた。
「朝ごはん、作っておくね?」
「うん。ありがとう」
それにしても、今日、お母さん、帰ってくるんだよね。タオルケットが干してあったら、変に思わないかな。その横には、私のパジャマが干してあるなんて。
う~~~ん。でも、悩んでもしょうがないよね。
「穂乃香、目玉焼きとスクランブルエッグ、どっちがいい?」
ダイニングに行くと、司君が聞いてきた。
「スクランブルエッグ」
「オッケー」
司君は二コリと微笑み、またキッチンに戻って行った。
はあ。笑顔がキュートすぎる。今も胸キュンしちゃった。
ドキドキ。
なんだろう。司君が昨日とは違って見えちゃう。どこがどう違っているのかわかんないんだけど、さらにかっこよさをまし、さらに凛々しくなり、さらに可愛くなり、さらに男らしくなり…。
ほわわん。うっとり。
「穂乃香、できたよ。食べよう」
ほわわん。うっとり。
「穂乃香?トースト冷めちゃうよ」
ほわわん。うっとり。
「穂乃香?」
司君が私の顔を思い切り覗き込んだ。
「え?!」
「朝ごはん、食べようよ」
「あ。うん!」
私は慌てて、トーストにバターを塗りだした。
「どうしたの?今…」
「ご、ごめん。ちょっと見惚れてて」
ゴホッ!
司君がむせてしまった。
「み、見惚れてたって、誰に?」
「司君に」
「………」
あ、顔真っ赤になっちゃった。
「あ、えっと。早くに食べて、洗濯物干して、学校行こうね?穂乃香」
「うん」
私は黙々と食べだした。でも、なんとなく視界に司君の腕や手が入ってきて、しばらくその手をぼけら~と見てしまった。
「穂乃香?」
「あ、ご、ごめん。食べる」
「今、なんでぼけっとしてたの?」
「司君の手に見惚れてて」
「…手?!」
あ、司君がびっくりしてる。っていうか、呆れてる?
「穂乃香。ちゃんと食べてね。俺、着替えてくるから」
司君は、いつの間にか食べ終わっていて、2階に上がって行った。
ワフワフ。メープルも朝ごはんを食べ終わったのか、私にじゃれついてきた。そして、やたらと私をクンクンと嗅いでいる。
「まさか、私、司君の匂いでもする?」
「く~~ん」
そうなの?わかるの?!
「きゃ~~~~」
私は真っ赤になりながら、メープルに抱きついた。
「お母さんにも、お父さんにも、守君にも内緒だからね!」
そう言うと、メープルは、ワン!と吠えた。あ、わかってくれたの?
「何をメープルと話してるの?」
司君がいつの間にか、ダイニングに来ていた。
ワフワフ。メープルが司君に思い切りじゃれついた。
「メープル、重い。体重かけるな」
「クンクン」
今度はメープルが、司君をクンクンと嗅いでいる。
「え?なんでそんなに嗅いでるの?お前…」
クンクン。まだ嗅いでるよ。
「まさか、俺から穂乃香の匂いでもする?」
あ、同じこと聞いてる。
「ワン!」
「するの?それ、みんなには絶対に内緒だから、メープル」
あ、同じこと言ってるし。
ほわわん。今日はじゃれついてるメープルのことも、羨ましくならないな。それよりも、じゃれつかれて、笑っている司君の顔が可愛くって、さっきから胸がキュンキュンしまくってるし。
「穂乃香。洗濯機止まったみたい。干してくるね」
「え?いいよ。私が干すから」
「穂乃香は、とっとと朝ごはん食べること」
「…あ、うん」
そうは言われても、胸がいっぱいでもう入らないんだもん。
司君はメープルと一緒に庭に行ってしまった。私は昨日の司君のぬくもりや、優しさを思い出して、また、キュンってしたり、ほわわんってしたり、にやにやしたりしていた。
ああ、今日1日このままだと大変だ。お母さんやお父さんの前では、顔を引き締めておかないと。あ、守君もだ。あの子、なんだかするどいから、気を付けないと。
とか思いつつ、また、私の顔はにへら~~ってなってしまっていた。




