表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/121

第108話 いよいよ今夜?

 海の散歩から帰って、私はぼけ~~っとしながら、洗濯物を干していた。隣りではメープルが、尻尾をふりながら私を見ている。

「は~~~~」

 ああ、ため息が思わず出てしまった。メープルはそんな私を、きょとんとして見た。


「夕方、順番にお風呂に入るでしょ?夕飯は一緒にまた、作ることになるかな。ううん。今日こそ私一人で、ちゃんと料理してみよう。ね?司君のお母さんにだって、お料理習っていたんだもんね?」

 私はメープルに話しかけた。メープルはますます、首をかしげてしまった。


「そして、食べ終わって洗い物も済んだら…」

 私はそこから思い切り、一人の世界に入り込んだ。

 そういえば、さっき、夕飯の買い出しに行く時、DVDでも借りてこようねって司君が言ってたっけ。ってことは、夕飯の後はリビングでDVDを観るよね。


 司君は私の隣に座ってくれるかな。もし座ったら…、肩にもたれかかったりしてみちゃおうかな。

 そうしたら、司君はどうするかな。私の肩を抱いてくれたりして?

 そ、そうしたら、えっと。私はどうしたらいいかな。


 あ、そうだ。DVDは恋愛ものがいいな。泣くような悲劇の映画は駄目だ。ロマンチックで、また司君が私たちと主人公を重ねちゃうような、そんな映画。

 何がいいかな。あんまりラブシーンが多すぎても恥ずかしいな。う~~~~ん。


「穂乃香?」

「う~~~ん」

「何悩んでるの?どうやって干すかを悩んでるの?」

「わ!司君?」


「え?」

「い、いつからここにいた?」

「ちょっと前から。貸して、残りは俺が干しちゃうから」

「う、うん。ありがとう」


 私は司君に残りの洗濯物を干すのをお願いして、メープルと家に入ろうとした。

「あ!!!私の下着!」

私は、慌ててまた庭に戻った。

「司君!私の下着は私が干す!」

と言ったその時にはもうすでに、私のブラジャーは干されていた。

 うっわ~~~!!それに司君が今、手に持っているのは、私のパンツ?


「自分で干すから!」

 私は慌てまくって、司君の手からパンツを取った。

「あ、ごめん…」

 なななな、なんで?真っ赤になるくらいなら、干さなくたっていいのに~~~!


「……」

 司君はしばらく黙り込み、

「母さんのかと思った」

とつぶやいた。

 嘘だ!司君のお母さんのほうが、もっと大人っぽい下着だもん~~!見てすぐにわかるはずだよ~~。


 恥ずかしい。

「やっぱり、私が干すからいい。司君はメープルと家にいて」

「…ごめん」

 か~~~。ああ、恥ずかしくって、顔が熱い。


 って…。私は下着を見られたくらいでこんなに恥ずかしがっていたら、今夜どうしたらいいんだってことになっちゃうよ?

 覚悟は決めたんだよね?穂乃香。


 今日は、勝負下着をつけよう。っていっても、フリルが付いてるってだけだけど。でも、私にとっては十分、勝負下着だ。

 ドキドキドキドキ。うわ。なんだか、急に胸がドキドキしてきちゃった。


 さっきの続き。えっと。司君がもし、肩を抱いてきたら、私は司君に体を預けて…。それで?

 ああ!駄目だ。いくらシミュレーションをしようにも、経験も何もないし、まったくイメージもできないっ。

「う~~~~~~ん」

 私は庭から家に入ると、リビングのソファーに腰かけ、思い切り悩んでいた。


「穂乃香?」

 いつの間にやら司君が、隣に来ていた。隣に来たのも気づかなかった。

「何か、悩み事?」

「え?あ!そ、そ、そうなの。夕飯、なんにしようかと思って」


「…そんなに悩むんなら、どっかに食べに行こうか?」

「ううん!ちゃんと作るよ。そうだ。この前お母さんから、ハンバーグを教えてもらったの。それ、作ってみる」

「…うん、俺も手伝うよ」

「いい。一人で頑張ってみるから」

「…そう?」


 ハンバーグとサラダがいいよね。あ、付け合せに人参のグラッセと、いんげんのソテー。前に家庭科でやったよね。あれも作ってみようかな。

 サラダは何がいいかな。普通にグリーンサラダでいいよね。ドレッシングは家にある市販のものでいいかなあ。

 

 あ、あれ?そうだった。本当に夕飯のことで、悩みだしちゃった。そうじゃなかった。私が今、考えていたのは…。

「映画はどんなのが見たい?」

「え?」

 ドキ~~~!


「俺、最近出たばっかりの、SFの見たいのがあるんだけど、それじゃ駄目かな」

 SF?恋愛ものじゃなくって?

「いいかな?」

「怖いの?」


「いや、怖くないよ。時間旅行みたいなことをしたり、けっこう穂乃香が見ても楽しめる映画だと思うんだ」

「そ、そうなんだ…」

 …そっか、恋愛ものじゃないのか。

「それって、主人公が誰かに恋したり…とかする?」


「ああ、安心して。ラブシーンはないと思うよ」

「そう、そうなの…。よかった」

 私は安堵の微笑みをわざとらしく作った。心の中では思い切り、がっかりしながら。

 ああ、もうすでに、私の中での計画は、おじゃんになってしまった。


 あ!逆にちょっと怖い映画を借りてきて、司君に「怖い」って言って、抱きついてみるっていうのはどう?

 って、駄目だよね。司君が借りたい映画は、怖くないって言ってたもんね。


 じゃあ、映画を観終わってから、2階に上がって…。司君は私の部屋の前で、

「おやすみ」

って言って、キスをしてくれる。そして、その時、私は司君に抱きついてみる。


 っていうのはどう?

 でも、その先は、どうしたらいいんだろう。

「まだ、寝たくない」

と言ってみるとか。


「勉強教えて」

と言って、司君の部屋に入ってみるとか。でも、本当に勉強だけして、終わりそうな気もする。

 じゃあ、えっと。

「一人で寝るの、怖いな」

 なんてね。まさかね。なんで?って聞かれそうだし。


「怖い夢をみそうで」

 うわ。そんな理由変だよ。

 じゃあ、また停電にでもなってもらうとか。って、そんなうまい具合に停電になるはずもないし。

 じゃあ、また、台風でもきて…。って、今日はすんごくいい天気だし。

 じゃあ、いっそのこと、お化けにでも出てもらって。って、無理!そういうの思い切り怖いし。


 じゃあ、どうするのよ。私!


「穂乃香?」

「え?」

「さっきから、どうしたの?何か変だね」

「え?」

「俺の話も聞いてなかったみたいだし」


「ごめん。なんか話してた?」

「やっぱり…」

 わ~~~。申し訳ない。全然聞いてなかった。

「怖い顔してたけど、なんの考え事?まだ、夕飯のことで悩んでいた?」

「ううん。もう、それはすっきりした」


「そう。じゃあ、どこか具合でも悪い?」

「ううん。いたって元気」

「…そう」

 あ、司君が心配そうに私を見てる。


「なんでもないの。えっと…。夕飯は決まったけど、お昼はどうする?」

「ああ、どっか海の見える店に食べに行こうか。今日、天気良くって気持ちよさそうだし」

「うん」

 司君と、のんびりとまた海に向かって歩き出した。


「どこがいいかな。あ、そうだ。ちょっと歩くけど、海の真ん前にあるイタリアンの店に行く?」

「うん」

「ピザもパスタも美味いんだ」

「そうなの?楽しみ」


 司君は私と手を繋いだ。ドキン。最近、近所でも手を繋いでくれるようになったな。あ、あの変な男につけられてからだ。

 人の目を気にするのはやめたって、そう言っていたもんね。


 司君の手、大きいな。ゴツゴツしてるけど、でもあたかくって、繋いでいると安心するんだ。

 司君の背中、結構広い。腕も筋肉質なんだよね。

 そんな司君の腕や肩を見ながら、私はまた、自分の世界に入って行ってしまった。


 もし、司君とそんな関係になったら、私は変わるのかな。

 どう変わるんだろう。

 司君は?どう変わるの?


 繋いだ手は、今みたいに優しかったり、あったかかったりする?

 こんなふうに、ドキドキする?安心するのにときめいている。それは変わらない?

 司君の目は?この優しいオーラは?どんなふうに変わっちゃうのかな。


「ね?穂乃香」

「……」

「穂乃香?」

「え?ごめん。何?」

「…どうしたの?」


「え?」

「やっぱり、今日変だよ?」

「ごめん。なんでもないの。えっと、なんの話?」

「…父さんと母さん、もう長野に着いたかなって」

「あ、どうだろう…」


 やばい。もう、一人の世界に入らないようにしなくっちゃ。司君に申し訳ない。

 しばらく歩いていると、イタリアンのお店に着いた。そして、2人でピザやパスタ、サラダを頼んで、海をみながら食べた。


「美味しい」

「でしょ?」

「海も綺麗。ここ、夕方も夕焼け見えるんじゃない?」

「かもね。夕方は来たことないからわかんないけど」


「デートには最高だね。あ…」

「え?」

 私はいきなり気になりだした。いったい、司君は誰と来たんだろう。まさか、キャロルさんとか?

「か、家族で来たの?」


「ああ、ここ?うん、そうだよ」

 なんだ。良かった。

「この前は確か…。ああ、母さんと守とキャロルと来たんだ」

 やっぱり、キャロルさんも一緒か~~。ま、まあ、いいか。2人で来たわけじゃないんだし。


「キャロルさん、元気?夏に司君の家に遊びに来ると思ったのに、来ないんだね」

「来てたみたいだよ。俺らが長野に行ってる間に」

「え?そうだったの?」

「今はアメリカだよ。学校も夏休みだしね。彼氏に会いに戻ってるんじゃない?」


 ああ、そうだった。留学中は遠距恋愛してるんだもんねえ。

「司君に会えなくって良かったのかな」

「別に?なんで?」

「ううん、なんとなく」


「…俺とキャロルは…」

「なんでもないんだよね?」

「そうだよ」

 司君はちょっと、眉をひそめてやれやれって顔をした。


「ごめん、もう気にするのはやめるね?」

「…うん」

 司君はうなづいてから、海を見て黙り込んだ。

「穂乃香は、もし聖先輩が付き合おうって言って来たら、どうするの?」


「え?そんなことあり得ないから」

「でも、万が一、そう言って来たら?」

「…万が一もないよ。絶対」

「…俺より、先輩と付き合う?」


 聞いてる?人の話。それに、なんでいきなり聖先輩の話なの?

「付き合わない。私は司君と付き合っているんだもん」

「……、ほんと?」

「本当に」


「もったいないって思わない?」

「ええ?思わないよ~~~」

 何を言ってるの?もう~。

「だったら、いいけど」


「あ、昨日の話、気にしてたの?」

「え…。うん、まあ」

 嘘~~。そんなの司君、気にしたりするの?

「男から見ても、先輩はかっこいいからさ」


「…でも、司君のことが、私は好きなんだもん」

「え?」

「……」

 かあ~~。言ってから顔から火が出た。


「……今、穂乃香、照れてる?」

「え?!」

「顔、真っ赤だけど」

「て、照れてるよ。なんで?」

「いや…」

 

 司君は下を向いて、ちょっと嬉しそうに笑った。

「穂乃香、なんだか変だったから、どうしたのかって気になっちゃって」

「え?」

「なんか、俺、変なことしたり言ったりしたかなとか…。それとも、今日と明日2人でいるのに、緊張してるか、嫌がってるのかなとか…。ちょっとね、考えちゃった」


「そ、そんなわけないよ。嫌がるわけないじゃない」

「…うん。今、赤くなった穂乃香を見て、ほっとした」

「ほっとしたって?」

「嫌われてないってわかって、ほっとした」

 え~~~!!


 嫌うなんて!その逆なのに。いったいどうしたら、今夜司君と結ばれるかって、それをずっと考えてただけなのに。

 かあ~~~~。あ、あれ?顔がもっと熱くなっちゃった。

「穂乃香?あ、もしかして、やっぱり、緊張してた?」


「え?」

「だったら、ほんとに安心していいよ?俺、今日は手なんて出さないし、暴走もしないから」

「…う、うん」

 暴走、してくれないのか。


 ………。

 ………。

 って、何をがっかりしてるんだ。私は…!


 ああ、自分の思考にびっくりする。

 私はしばらく、恥ずかしくなって下を向いた。下を向いたまま、しばらく顔があげられなくなった。

 すると司君はまた、

「穂乃香?」

と心配そうに聞いてきた。


「な、なんでもないの。ほんと、気にしないで」

 必死に私はそう言って、司君から顔をそむけ、海を見た。

「あ、海、綺麗~~~」

とわざとらしく、そんなことを言いながら。


 そして、そして、そして…。夜がやってきてしまった。

 お風呂に入って、やっぱり念入りに体を洗ってしまった。

 出て来てから、かさついた肌にクリームを塗り、勝負下着をつけた。


 それから、夕飯の準備に取り掛かった。 

 1時間半もかけて、ようやく夕飯ができた。もうすでに、8時を過ぎていた。

 人参のグラッセは、硬かった。いんげんのソテーは味がしなかったし、ハンバーグは中身までしっかり焼こうとして、片面が真っ黒にこげてしまった。


 ご飯は、水加減を間違えて、ほとんどお粥に近い状態だ。まともにできたのは、グリーンサラダだけだ。

 ああ、情けなさすぎて、涙が出そうだ。


「ごめん。全部失敗した」

「え?大丈夫だよ。美味しいよ?」

 嘘ばっかり~~~。どれも、まずいよ~~~~。

「ごめんね、残していいよ」

「まさか。せっかく作ってくれたのに、残したりなんかできないよ」

 

 司君はそう言うと、バクバクと全部をたいらげてくれた。

 申し訳なさすぎる。ハンバーグ、絶対に苦かったはず。

「今度は、もっとまとにも作れるようになる…」

「…くす」


 え?

「穂乃香、可愛いよね。いっつも」

「ど、どこが?」

「だって、一生懸命だからさ…」

 嘘だ。全然可愛くなんかないよ。だって、まともにご飯も炊けないんだよ?もう、女の子失格だよ。穴があったら入りたいよ。


 それから、がっくりしたまま洗い物を司君として、リビングに移動した。

「DVD面白いよ。きっと元気が出るよ」

 ああ、私が落ち込んでいるの、司君もわかってるんだ。って、わかるよね、そりゃ。私きっと今、暗い顔してるよね?


 リビングでは、司君は私の真ん前のソファに座ってしまい、隣には来てくれなかった。あ、ここでも私の計画は駄目になってしまったか。

 隣に座って、肩にもたれかかって…ができやしない。

 まあ、いいか。それどころじゃないし。なにしろ私はまだ、落ち込みから這い上がれずにいるし。


 映画は、ハラハラドキドキもするが、夢のある映画だった。

「どう?楽しめた?」

「うん」

 娯楽性のある映画っていうのかな。きっとこういう映画は、司君は好んで見たりしないと思うんだ。もっと、マニアックな映画が好きそうだもん。きっと、私に合わせて借りてくれたんだろうなあ。


「メープルは、もう寝ちゃったか」

 メープルはさっきまで、司君の膝に顔を乗せ、く~んと甘えてみたりしていたが、今はマットの上で丸まって静かになってしまった。


「さ、俺たちも寝ようか。もう11時だし」

「…うん」

 ああ、うんって言っちゃった。でも、待って。これから2階に行って、それから司君が私の部屋に来るかもしれないし、私が司君の部屋に行ってもいいんだし…。


 司君はリビングの電気を消すと、私と一緒に階段を上りだした。

「じゃあ、おやすみ、穂乃香」

 え?

 2階につくと、司君はキスもせず、さっさと部屋に入って行ってしまった。

 ま、待って。


 ええ~~~?

 一人廊下に取り残された。


 おやすみのキスは?そうしたら、抱きつくってイメージしてたの。もうちょっと一緒にいたい…とか、勇気を出して言ってみようか…なんて、そんなことも考えていたのに。


 呆然。

 しばらく私はそのまま、司君の部屋の前で立ち尽くしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ