第107話 とっくにOK
藤堂家に着くと、お母さんが例のごとく、高いテンションで出迎えてくれた。そしてお土産を渡すと、さらにテンションを高くしていた。
「そうだ。穂乃香ちゃん、明日明後日、旅行に行くことになったのよ」
「それ、守君から聞きました」
「あ、ほんと?じゃあ、ペンションに行くことも?」
「はい」
「向こうでは、うちにおばあちゃんが来てくれてるってことにしておくから、大丈夫よ」
「はあ…」
「どうだった?長野」
「楽しかったです」
「司とは?まさか同じ部屋に」
「い、いいえ!まさか!」
私は思い切り首を横に振った。
その時、リビングでメープルとじゃれまくっていた藤堂君が、
「母さん。穂乃香のご両親はうちとは違うんだよ。一緒の部屋にするわけないじゃん」
と話に加わってきた。
「俺はバイトの人と同室で、穂乃香はご両親と同じ部屋だった」
「あら、そうなんだ。じゃ、夜這いもできないわね。残念だったわね、司」
「だ~~か~~ら~~~。そんな気最初からないって!」
「じゃ、あれも持って行かなかったの?」
「当たり前だろっ」
藤堂君はとうとう、怒りだしてしまった。
「ま、そんなことだろうと思ったけど。真佐江ちゃんも旦那さんも、古そうだし、ちょっと頭固そうだし」
「うちが変わってんの!」
「じゃ、明日明後日は2人っきりになれるんだもの。誰も邪魔する人もいないし。2人だけの時間を過ごせるじゃない?ね?司」
「………」
藤堂君は無言になって、お母さんを呆れた目で見た。
「俺、すごく信頼されてるんだよ」
「え?」
「穂乃香のお父さんに」
「そう!よかったじゃない」
「それなのに、そんな簡単に、手、出せないよ」
「え?」
お母さんがきょとんとした顔をした。
「やあねえ!あんた、そんなこと気にしてるの?案外臆病なのね」
お母さんは笑ってそう言うと、バシンと藤堂君の背中を叩き、
「他の人に取られる前に、穂乃香ちゃんをものにしておかないと、あとで泣きを見ることになるわよ」
と言って、今度は脅かした。
「母さん、そういうの本人の前で言わないでくれる?」
藤堂君はそう言って、私をちらっと見た。
「…わ、わ、わ、私、あの…。他の人なんて、どうでもいいっていうか、その…」
ああ、しどろもどろになっちゃった。
「もう~~、穂乃香ちゃんったら、可愛いんだから!こんなだから、他の人がほっておかないっていうのよ。長野では大丈夫だった?客に言い寄られなかった?」
「…え、はい。お客さんには」
「あら?じゃ、客以外に?もしやバイトの子とか?」
「……」
大当たり。
「ほら、司。うかうかしてると知らないわよ。本当に他の奴に取られちゃうかもしれないんだから!」
「うっせーって」
藤堂君は珍しくそんな言葉使いをして、それから荷物を持って2階に上がって行った。
「穂乃香、本当に他の奴に言い寄られちゃったの?まさか。3角関係になったりした?」
守君が興味津々の顔でリビングからやってきた。
「しないって…」
私はちょっと呆れながらそう答えた。
「本当にあの子ったら、ねえ?穂乃香ちゃんだって、他にかっこいい人が現れて、口説かれたらわからないわよねえ?」
今度はお母さんが楽しげに聞いてくる。
「いいえ。私、別に…」
「じゃあたとえば、俳優の○○とか」
「あの人、そんなにタイプじゃないし」
「じゃあ、ミュージシャンの●●」
「その人もそんなに…」
「じゃ、ほら、れいんどろっぷすの聖君」
「………」
「え?穂乃香って、聖兄ちゃんのこと好きなの?」
守君が目をキラキラさせて聞いてきた。
「聖兄ちゃんって呼んでるの?」
「うん!」
「…聖先輩は前、ファンだった…けど、雲の上の人なのでとっくに、あきらめてるし」
「じゃあ、その聖先輩が穂乃香に言い寄ってきたら、兄ちゃんなんてほっといて、聖先輩のもとに行っちゃうんじゃないの?穂乃香!」
守君はもっとキラキラと目を輝かせた。なんで、目を輝かせてそんなこと言うかなあ。
「守!」
藤堂君が知らない間にまた、ダイニングにやってきていた。
「その話はもうよそう。穂乃香だって困ってるよ」
私は藤堂君の言葉に、うんうんとうなづいた。
「…そうね。ごめんね?穂乃香ちゃん。穂乃香ちゃんはまだまだ、あれよね?そういうの早いわよね?」
「え?」
お母さんが急に謝ってきた。
「ごめん、ごめん。そうだ。司、あんたまた変な奴が穂乃香ちゃんのこと狙って来たりしないように、ちゃんと守ってあげるのよ」
「わかってるよ」
「それから、むやみに嫌がってる穂乃香ちゃんのこと、襲わないようにね」
「…ああ、わかってる」
藤堂君は真面目な顔でそう答えた。
そして、藤堂君は表情を和らげ、お母さんに、
「洗濯物たくさんあるんだ。今からしてもいい?」
と聞いた。
「してあげるわよ。穂乃香ちゃんも出して」
お母さんにそう言われ、私も洗濯物を出した。
「疲れたでしょ。リビングで冷たいものでも飲んでのんびりしてね」
「はい」
私はリビングに行った。すでに藤堂君と守君がソファに座り、テレビを観ているところだった。
「ワフ!」
メープルが私の足にじゃれついてきた。
「メープル~~」
私がメープルに抱きつくと、メープルは私のことをクンクンと匂いを嗅ぎだした。
「ラブの匂いがするんじゃない?」
藤堂君がそんなメープルを見てそう言った。
「ラブ?」
「うん。ペンションで飼ってる犬だよ。ラブラドールなんだ」
守君に藤堂君は説明をした。
「いいなあ。俺も行きたかった」
「冬に行くか?」
藤堂君は守君にそう聞いた。
「でも、思い切り手伝いをさせられるぞ。きっと冬にはスキー客も大勢来るだろうしね」
「げえ。まじで?スキーはしたいけど、こき使われるのは絶対に嫌だ」
守君がそう言うと、藤堂君は声をあげて笑った。
ああ、なんだか、藤堂君が違っている気がするのは気のせい?さっきだって、お母さんに、けっこう素直に自分の思っていることをどんどん言っていたし。
それにしても…。
お母さんの言葉に、どう反応していいかわかんなかったな。
「そういうの早いわよね?」っていう「そういうの」ってやっぱり、ああいうことだよねえ。
う~~ん。早いかどうか、自分でもよくわかんないよ。ただ一つ言えるのは、前はなんだか怖いって言う気もしていたのに、今は怖さがなくなっていること。
なんでかな。やっぱり、藤堂君の優しさやあったかさに触れたからかな。
きっと、藤堂君なら優しい。って、そう思うと今も胸がバクバクしてきちゃうんだよね。
私ってもしかして、スケベなのか、変態なのかなあ。
私は荷物を部屋に持って行きますと言って、自分の部屋に行った。そして、私って変態なの?ってどうしても気になり、麻衣に思い切ってメールで聞いてみることにした。
麻衣からは、
>それって、自然の流れだと思うよ。きっと、穂乃香が司っちを受け入れる準備ができたんだよ。
という返事がすぐにきた。
う、そうなのか。もしかして、藤堂君が言った、「待つよ。その時が来るまで」の「その時」がきているのかもしれない。
でもでも!私だけ、その時が来ていて、今度は藤堂君がその時って感じてなかったら、どうするの?
私はそれも、麻衣に相談してみた。
>そんなの、司っちにちゃんと素直に言えばいいんじゃないの?
>なんて?
>私ならもう、準備OKですって。
>言えないから悩んでいるの。
>じゃ、夜這いに行くとか、押し倒してみたら?
>できるわけないでしょう~~~~!
>じゃ、セクシーなパジャマでも着て迫ってみる?
>無理!
絶対に面白がってるな、これ。
>だから、ちゃんと言葉で言えばいいじゃない?
そういうことか。
>わかった。ちょっと考えてみる。
言葉で?なんて?「司君になら、いいのに」って?
でもいつ?どのタイミングで?いきなりそんなこと言えないし、いったいいつ、どのタイミングで?!
あ~~~。やっぱり、無理。そんなことを言うの。
しばらく部屋で悶々としていた。すると、藤堂君がそこにやってきた。
「穂乃香、開けるよ。いい?」
「え?うん」
慌てて、座りなおして、携帯も隠した。
「あのさ…。何か欲しいものある?」
「へ?」
藤堂君は部屋に入ってくると、唐突にそう聞いてきた。
「その、かなり先だけど、誕生日に」
「…誕生日?私の誕生日って、まだまだ先」
「うん。わかってる。でも、そのために今日もらったお金使おうと思って。何がいいかな。リクエストして?」
「そんな!いいんだってば。司君の使いたいように使って」
「だから、穂乃香のプレゼントに使いたいんだ」
「じゃ、司君にもプレゼント買う。今年の誕生日あげられなかったから」
「いいよ。もう終わったことだし」
「ううん。そんなの不公平だよ。私だって司君のために使いたいもん」
「じゃ、来年のプレゼントでいいよ?」
「わかった。何がいい?来年の4月だよね?」
「…」
藤堂君は黙り込んだ。
「あ!その前にクリスマスプレゼントがある。それ、そっちに使う。ね?何がいい?」
しばらく藤堂君は黙り込み、小さな声で
「…穂乃香」
とつぶやいた。
「うん?」
「だから…、穂乃香…」
「…え?」
「穂乃香…が、俺は…」
え?!
藤堂君は耳を赤くして、私をじっと見ている。私は、目を丸くして藤堂君を見てしまった。
穂乃香ってことは、もしや、私をプレゼントであげるってこと?だよね?
「クリスマスまで時間があるし、考えてもらってもいい?」
藤堂君は顔を赤くしてそう聞いてきた。
「……」
「もし、やっぱり無理そうなら、無理だって言ってくれてもいいから」
「……」
無理じゃないです。っていうか、そんな何か月も先まで、おあづけ?
「あ、でも、母さんに言われたからじゃないよ?そりゃ、他の奴に取られたくないっていうのもあるんだけど…」
「………」
「穂乃香が……」
ゴクン。やばい。生唾が出た。今の聞こえてないよね?
「穂乃香が好きだから…さ」
藤堂君は、はにかみながらそう言った。ああ、良かった。聞こえてないみたいだ。
「穂乃香が大事だ。すごく大事だけど」
「う、うん」
「ああ、なんて言ったらいいのかな」
藤堂君は顔を下げ、頭をぼりって掻いた。
「でも、お互いが好きならきっと、いつかそういう時が来るって思ってて、それが自然の流れだって思うし、その…」
ああ、麻衣と同じことを言ってる。
「だから、もし、穂乃香が、怖くなくなっていたら…」
もう、怖くない!
あ、そうか。今なんだ。今が絶好の言うチャンスじゃない?!
「そ、それじゃ!」
藤堂君は首まで真っ赤にして、部屋をあっという間に出て行ってしまった。
「あ!」
いや、あ…も言えない間に…っていうのが正しいかも。
っていうか、藤堂君が部屋を出てから「あ」と言っても遅いってば、私。
は~~~~~。
クリスマス?
今、8月だから、4か月先。
何か月も先じゃないよね。うん。たったの4か月。
藤堂君は、それまで待っててくれる決意をしたってことかな。
でも!
私が待てませ~~~ん。
「バッタリ」
私はマットの上に倒れこんだ。そして、どうしたらいいんだとまた、悩んでしまっていた。
「司君~~~」
くーーん。泣きたいくらいだ。メープルみたいに今、思い切り藤堂君に甘えたいよ。
どうしたら、藤堂君に伝えられるかな。
そんな思いを抱えながら、次の日がやってきた。
守君が一番初めに、大きなバッグを持って元気に出て行った。それから、お父さんとお母さんが荷物を詰め込み、車に乗り込んだ。
「じゃあね、司、よろしく頼んだわよ」
「わかってるよ。それより運転、気を付けて」
お父さんが「おう!」と返事をして、車を発進させた。
「いってらっしゃい」
私は元気に見送った。
そして、藤堂君にも明るく話しかけ、元気に家に入って、メープルにも元気に背中を撫でた。
それから思い切り、司君!と心で叫びながら、メープルに抱きついたりした。
実は、カラ元気だ。ずっとずっと、どうしたらいいかって頭の中はそればっかりだ。
「さて…。洗濯でもする?」
「え?うん」
ドキドキ。なんだか、だんだんとドキドキしてきちゃった。
私は洗濯機に洗濯物をほうりこみ、洗剤を入れ、スイッチを押してしばらくぼ~~っとしていた。
「穂乃香?」
藤堂君がそんな私を見て、不思議そうに聞いてきた。
「あ、え?なに?」
「…洗濯できるまで、メープルと散歩にでも行く?」
「うん、行く」
玄関のカギを閉め、私たちは海に向かった。8時前だと言うのにもう暑かったし、それに海までの道も海水浴の人や、サーファーが行きかっていた。
「人、すごいね」
「ああ、そうだね」
「司君は泳がないの?」
「たまに泳ぐよ。だけど、今の時期はもうクラゲもいるしね」
「あ、そうだよね。クラゲ、嫌だよね」
「穂乃香は泳がないの?」
「私は海では泳げないの。プールでは泳ぐけど、そんなに得意じゃないし」
「そっか。なんだ、残念だな」
「え?」
「水着姿見れなかった」
「ええ?見なくていいよ。私なんて貧弱なんだから」
「そんなことないよ」
「なんで知ってるの?」
私はわざとそんなことを言ってみた。
「え?なんでって…。あ!見てないよ」
「え?」
「だから、風呂場で…見てないから」
藤堂君は思い切りそう言って、それから顔を赤くした。やっぱり、ちゃんと見ていたんだ。
「長野に行ってる間に、花火大会も終わっちゃったね。残念だな。穂乃香の浴衣姿も見たかったのにな」
「そうだ。司君の浴衣も見たかったんだった」
「ばあちゃんが縫った浴衣?そういえば、きっと持って来るよ」
「おばあさんが?」
「うん。母さんが頼んでおいていたから。でも、持って来ても着る機会ないね」
「え?あるよ、ほら。家で花火したり…とか」
「……そっか。じゃあ、穂乃香も着てね?」
「え?」
「浴衣」
「……う、うん」
藤堂君はなぜか、嬉しそうに笑い、私の手を握ってきた。
「楽しみだな」
あ、本当に楽しみにしているんだ。
藤堂君は本当に楽しみなことしか、口に出して言わないもん。社交辞令も言えないし、嘘もつけない性格だから、藤堂君の何気に言った言葉って、本当の言葉が多いんだよね。
花火大会にダブルデートで行こうと言っていたのは、春だったよね。早かったなあ。あっという間だったかもしれない。
その間に、いろんなことがあったな。
うちの親はいきなり、長野に行っちゃうし。それで、藤堂君と一緒に住むようになっちゃったし。
藤堂君のことが好きになっても、もう藤堂君は私のことをなんとも思っていないって落ち込んでいた春。でも思いが通じて、付き合いだして、毎日ドキドキして。
手を繋ぐのもドキドキで、話もなかなかできなくって、2人してだんまりってことも多くって。
だけど、そういうのも一緒に暮らしだしたらなくなってきて、藤堂君は口数も多くなって、笑顔もいっぱい、見せてくれて。
藤堂君の優しさに何度も触れて、どんどん好きになって、どんどん藤堂君に近づきたくなって。
近づけば近づくほど、藤堂君のあったかさを知った。だから、藤堂君だったら、大丈夫って思えたんだ。
そうだ。これだ。きっと、その気持ちを素直に云えばいいんだよね?きっと伝わるよね?
藤堂君と繋いだ手から、藤堂君の優しさを感じながら、私はそんなことを思っていた。
海は今日もまぶしかった。メープルは浜辺を喜んで走っていた。藤堂君はそんな海と、メープルを嬉しそうに眺めていた。そして私は…、藤堂君をうっとりと眺めていた。




